みんなのコレクションが集まるミュージアム

File

MINIATURE CAR (ISUZU)

1916年創業。現在は主にトラック、バスなどの商用車を製造するメーカー。社名のいすゞは、伊勢神宮の境内に沿って流れる五十鈴川に由来します。 1971年から2006年までGMの関連会社でした。 1993年にワンボックスカーとSUVを除く乗用車の自社開発・生産から撤退し、2002年に自社生産していたSUVを含む乗用車の販売から撤退するまで、ホンダからのOEM供給を受けていました。 本社所在地:東京都品川区南大井

  • File

    ISUZU BELLEL 2000 DELUXE (1963)

  • File

    BELLETT 1600GTR

  • File

    ISUZU 117 COUPE (PA90) 1968

  • 1
    Loading

    ISUZU BELLEL 2000 DELUXE (1963)

    国産名車コレクション 第53号 (2008年01月16日発売)
    アシェット・コレクションズ・ジャパン
    NOREV

    いすゞ・ベレル (1962年 - 1967年)
    1961年に発表、全日本自動車ショーに参考出品。トヨペット・クラウンやニッサン・セドリック、プリンス・グロリアをライバルとする中型セダン。
    車名の由来は、いすゞの社名の由来でもある五十鈴川。五十はローマ数字で「エル」、鈴の「ベル」にその「エル」を合成し、「ベレル」と命名したとされています。
    エンジンは、直4 OHV 1,500cc・2,000ccと直4 2,000cc ディーゼル。ディーゼル車は日本初の量販ディーゼル乗用車で、1963年に日本機械学会賞を受賞しています。
    前期型 (1962年 - 1964年)
    個性的な三角形のテールランプと、フロントのドアとサイドウインドウがリアのそれと比較して小さい点などが特徴。
    1963年の第1回日本グランプリでは、後にF1チーム・シャドウのオーナーとなるドン・ニコルズが4位に入賞し、セドリックやグロリアを大きく上回る成績を残しています。

    • いいね!

      33がいいね!と言っています。

    • 登録日:2020/7/23

    • 8
    • 4
  • 2
    Loading

    BELLETT 1600GTR

    KYOSHO

    いすゞ・ベレット
    1963年から1973年まで製造、1974年まで販売された小型乗用車。
    技術者主導で設計製作が行われ、当時としては数々の新機軸を盛り込んだ、1960年代の日本車を代表する車種の1つ。外観は卵の殻をモチーフにスタイリングされた、丸みの強いコンパクトなもので、1 tを切る軽い車体重量を生かしてモータースポーツでも活躍し、スカイライン台頭以前はサーキットを席巻しました。
    車名の由来は同社の上級モデルであるベレルの小型版を意味する造語。日本初のディスクブレーキを採用、四輪独立懸架による路面追従性の良さと、鋭いハンドリングで、当時の日本車では破格の運動性能を持っており、「和製アルファロメオ」との異名もとりました。日本で初めてGTを名乗ったモデルを設定したことでも知られています。
    1600GTR
    形式名PR91W。正式名称は前期型が「GTR」、1970年のマイナーチェンジ時に「GT typeR」に名称変更されました。エンジンを117クーペ用のミクニ製ソレックスキャブ2連装の1,600ccDOHCに換装、サスペンションを前後輪とも強化スプリングとし、ブレーキにサーボを追加するなどサーキットでの技術をフィードバックさせています。外観上の特徴は2分割されたフロントバンパーと標準装備のフォグランプ。黒のツートンカラーと専用のサイドストライプもオプションカラーとして用意されました。生産総数は1,400台程でした。

    • いいね!

      58がいいね!と言っています。

    • 登録日:2020/7/23

    • 8
    • 1
  • 3
    Loading

    ISUZU 117 COUPE (PA90) 1968

    KONAMI
    絶版名車コレクション Vol.3

    いすゞ・117クーペ (PA90)
    プロトタイプは1966年3月のジュネーヴ・モーターショーで発表され、コンクール・デレガンスを獲得。車名の由来は開発コード番号で、117サルーンのコードネームで開発されていたフローリアンのクーペ版としての位置づけで、シャーシ、ドライブトレーンをフローリアンと共有していました。
    コンセプト、デザイン、パッケージ、スタイリングはカロッツェリア・ギアに委託され、当時のチーフデザイナーであったジョルジェット・ジウジアーロが担当。その後ジウジアーロは独立、イタルデザインを立ち上げ、量産指導はイタルデザインの初仕事となりました。
    斬新で繊細なデザインの完成度の高さは今日に至るまで高く評価されており、4座のラグジュアリークーペとしてのカテゴリを確立した車でもありました。
    発売開始以来の10年間に1台も廃車が出なかったという業界記録を持っています。

    モデルは、1968年~1972年の「ハンドメイド117」と通称される初期型です。

    • いいね!

      58がいいね!と言っています。

    • 登録日:2020/7/23

    • 8
    • 1