春夏に気分の上がるファッションって?
写真左から、倉野路凡さん、飯野高広さん、成松 淳
(成松)今回の鼎談では、春夏のきちんとしたい時にどんな服装をするか、過去から今までをおさらいしながらお話ししていきたいと思います。個人的には春夏は思い切って服を変えたくなるのですが。
(飯野さん)ミューゼオスクエアの読者の方も、コロナ禍で以前に比べて在宅ワークが多くなっているのではないかと思います。私の周りでもすっかり在宅ワークが増え、気楽と言ったら気楽ですが、以前のように良い意味での緊張感やきちんとした服を着る機会が減っているようですね。好む好まざるに関わらず、仕事日の服装がリラックス系になっていく。
その一方で、どこかできちんとおしゃれをしたい人はいますよね。これまでオンの日はきちんとした服、オフの日はリラックスした服を着ていたのが、逆転していくのではないかと思います。例えば、休日に行くイベントのためにスーツを仕立てたり、ジャケパンを着たり。若い世代を見ていても、そういう傾向が顕著に表れています。
仕事着と休み着ではなく、普段の服と晴れの日の服のようなイメージでしょうか。
そうですね。「今日は頑張って仕事をしよう」「今日は自分が好きなことをやろう」という一貫で、おしゃれが変わってくるのではないかと思います。
僕も家で仕事をしている時はどうしても気楽な服になってしまうので、逆にきちんとした服を着たいという気持ちが強くなってきましたね。そう考えると、今回は仕事着に限らず「春夏に気分の上がるファッションって?」というテーマで話していきましょうか!
(倉野さん)いいですね。ここ数年、巻き物や時計などの小物の方が気になって興味がメインの服から遠のいていたのですが、引っ越しをきっかけに原点のファッションに戻ってきました。一度リセットしたのかな?今回持ってきたコーディネートと併せて、その辺もお話しできたらと思います。
素材や色の組み合わせを自由に楽しむ、春夏のコーディネート6パターン
今回は、御三方に春と夏のコーディネートを1つずつ紹介してもらいました。それぞれ異なる雰囲気を持っていますが、やはりクラシッククロージング通にはどこか共通しているところがあるようです。
1. 飯野高広さんの春コーディネート:5月の連休から着はじめるコットン混オーダースーツ
飯野高広さんの春コーディネート
2006年頃に仕立てたポリ・コットン混紡(厳密には交撚)のオリーブグリーンのスーツ/ビスポーク
アイリッシュリネンのハンカチ(ポケットチーフの代わり)/ブルーミングデール中西
ワイドスプレッドカラーのチェック柄シャツ/Brooks Brothers(ブルックスブラザーズ)
常にフォアインハンド(プレーンノット)の結び方をしているストライプ柄のネクタイ/Ben Silver(ベンシルバー)
30年以上使っているブレーシス(サスペンダー)/Trafalgar(トラファルガー)
アーガイル柄のウールソックス/Lloyd Footwear(ロイドフットウェア)
Vフロントのプレーントウ。靴:Enzo Bonafé(エンツォ ボナフェ)
黒のブライドルレザーのブリーフケース:Fugee(フジイ)
春のコーディネートは、オリーブグリーンのスーツにチェック柄シャツとストライプタイを合わせました。これで仕事をしても大丈夫か?と思われるかもしれませんが、今なら良いのではないかと。きちんと感のあるグレースーツも好きですけど、お客様によってはこのくらいのカラースーツの方が緊張感を与えないのかなとも思いますね。
仕事でなくても、この格好で休みの日に出かけるのも良いかなと思っています。
スーツは、もうなくなってしまった仕立屋さんのもので、かなり使いこんでいます。オリーブグリーンは春先に着たい色で、いつも5月の連休あたりから着ていますね。生地はイタリアのマーチャントのCaccioppoli(
カチョッポリ)。基本的にウール系はイギリス生地、コットンに関してはものにもよりますがイタリア生地も良いと思っています。
発色と風合いのバランスですね。実はこのスーツは、ポリエステル66%、コットン33%という、私が大好きなポリエステル多めの生地です。グループAのようなグループBですね。
自分の中で好きな素材に、グループAとグループBというものがあります。グループAはとことん天然素材。FOX BROTHERS(
フォックスブラザーズ)の
フランネルやMARTIN & SONS(マーチンソン)のフレスコのような、かちっとしたものも入ります。一方でグループBは、人工的な素材でポリエステルやナイロンが入ります。優劣ではなくどちらも両方いいところがあり、グループAとグループBと分けています。
これはポリエステルが多いからグループBというわけですね。
2006年ごろに仕立ててもらったのですが、とても丈夫で。ほぼ毎シーズン着ていますね。何度着ているんだろうというくらい。
全く色落ちしていないですね。ものによっては、こういった生地は色落ちしますよね。
オリーブグリーンのスーツは、アメリカっぽい?それともイギリスっぽいですか?
僕もオリーブグリーンは好きだけど、持っているスーツはイギリス生地ですね。グリーンのスーツ=イギリス生地でという考えが、自分の中にあるのかもしれません。
ドイツだとローデングリーン、イギリスだとジャガーのように国の色がありますよね。
すごく気に入っていて、このスーツの色だと靴を選ばないのも良いですね。黒い靴はもちろん、茶色もこげ茶からイチョウの葉や銀杏のような黄色に近い茶色まで合わせることができます。あとはバーガンディが意外と映えますね。
今回は、そこまで暑苦しくならないように、黒っぽい感じで締めました。
はい、大好きなブライドルレザーです。
アーガイル柄の靴下は、多くはLloyd Footwear(ロイドフットウェア)で買っています。ネクタイはBen Silver(ベンシルバー)で、レジメンタルタイやレップタイのマニアの間では有名な、アメリカのチャールストンにあるお店です。
このネクタイは、すでに廃盤になっていますが、おそらくアメリカの軍隊全体を指すレジメンです。
ただのストライプ柄ではないんですよね。鞄は、藤井鞄の職人さんが作ったビスポークでしょうか?
そうです。実はネットオークションで破格の値段で手に入れました。
2. 飯野高広さんの夏コーディネート:休日のお出かけに着るシアサッカーのオーダースーツ
飯野高広さんの夏コーディネート
2017年にジャケットは記念に頂き、トラウザーズは別途オーダーしたシアサッカーのキャンディストライプ柄スーツ/ビスポーク
アイリッシュリネンのハンカチ(ポケットチーフの代わり)/ブルーミングデール中西
ボタンダウンのコットンシャツ/鎌倉シャツ
手結びタイプのレップストライプ柄蝶ネクタイ/Brooks Brothers(ブルックスブラザーズ)
ボックスクロス(フエルト)のブレーシス(サスペンダー)/Albert Thurston(アルバートサーストン)
アーガイル柄のコットンソックス/靴下屋
ライトブラウン色のグルカサンダル。靴/Polo Ralph Lauren(ポロ ラルフローレン)ただしリーガル製
靴の色に合わせたブライドルレザーのブリーフケース/Mulberry(マルベリー)
夏のコーディネートは、シアサッカーのストライプ柄スーツに鎌倉シャツを選びました。こちらは完全に土日にどこかへ出かける時の服装ですね。足元はグルカサンダルで遊びました。どうせ遊ぶなら思い切りと、蝶ネクタイも入れました。
スーツは綿100%です。
夏と言えばシアサッカーですね。先ほどの素材分けで言うと、こちらはグループAですね。
はい、グループBのように見えてグループAですね。
オーダーする際にはどんなに有名な生地でも、どんなにお気に入りの生地でもいわゆる「生地ネーム」は付けないというか、付いていても取り外してしまう私にしては非常に珍しく、このジャケットには敢えてそれを付けたままにしています。これには理由があり、ジャケットはとあるアメトラの仕立屋さんの引退作として頂いたものだからなのです。ただ、上着だけで着るのは忍びない、このテーラーさんの思いを自分は継いでいかなければいけないと思いました。「継ぐ」ということは上着だけを着るのではなく、トラウザーズは自分で同じ生地を探して作らなければいけないなと。
受け取った時に生地はARISTON(アリストン)だと教えてもらったのですが、現在のアリストンはコットン100%ではなく、ポリウレタンが入っていて少し違います。全く同じものはなかなか見つからなかったのですが、ずっと探していたらある時ひょっこり見つけたのです。Loro Piana(ロロピアーナ)の生地ネームが付いていましたが、どう見ても同じ生地で。アリストンもロロピアーナもコットンを織れないので、同じ影武者、恐らくロロピアーナが数年前に傘下に収めたリネンやコットンの生地を得意とするSOLBIATI(ソルビアティ)が作っていたのではないかと思います。
このコーディネートの靴は、グルカサンダルと決めているのですか?
もう1つ考えていたものが、マラッカスエードの
ローファーでした。旧SHETLANDFOX(
シェットランドフォックス)の
ケープバックのものです。今回、倉野さんがスエード靴を持ってきていますが、私も夏にスエード系は“あり”だと思っていました。この辺りは後で倉野さんにお話しいただきましょう。
1980年代前半にグルカショーツ、グルカサンダルが流行っていましたよね。コロニアルスタイル!
ここ1、2年、こういったスタイルもあって良いかなと思っています。合わせる鞄は、同じライトブラウンです。創業者がまだ頑張っていた頃のMULBERRY(マルベリー)の、バリバリの英国製のものですね。
最近は鞄を持っていない人も多いので良いですね。ロゴも色も良い。
今回ご紹介した2つのコーディネートをまとめると、春は風と共に駆け抜けていきたい。夏は暑いからどうでもいい、楽しんじゃえ!といった感じですね。
3. 倉野路凡さんの春コーディネート:窮屈感なく着られるニットジャケット×ストレッチパンツ
倉野路凡さんの春コーディネート
アウトポケットのダイアゴナル柄のジャケット、ゆったりしたシルエットのネイビー系パンツ/HILTON(ヒルトン)
サックスブルーのオックスフォード生地のシャツ/UNIQLO and JW ANDERSON(ユニクロ アンド JW アンダーソン)
シルク100%のチェック柄ネクタイ/FRANCO PRINZIVALLI(フランコ・プリンツィバァリー)
淡いピンクのリネンソックス/HALISON(ハリソン)
マッケイ製法のスエードスリップオン。靴/Bruno Magli(ブルーノマリ)
次は、倉野さんの春のコーディネートについて伺いましょう。
春は、ダイアゴナル柄のジャケットにネイビーのパンツ、リネンのカラーソックスを選びました。
イタリアのZanieri(ザニエリ)の生地ですね。ひょっとしてニットですか?織ってるのではなく、編んでいるように見えます。
最近、体を鍛えられていると伺いましたが、編み物だと筋肉がついた体でも着やすいのでしょうね。
そうですね。ジャケットは麻52%、コットン48%で、柔らかくて心地良く、シワにもなりにくいです。パンツも同じHILTON(ヒルトン)のもので、多少の伸縮性がありますね。
パンツのタグを見ると、ウール66%、ポリエステル33%、ポリウレタン1%ですね。ポリウレタンが入るということは、ストレッチが効いていそうですね。
僕はポリエステルが大好きです。ポリエステルが入っている方が乾きやすいし、肌触りも良い。
僕が持ってきたパンツ(後述する春コーディネートのパンツ)は、ポリエステル100%ですね。しかも柄はプリント(笑)。動きやすく、使い勝手が良いです。
先ほどお話しした素材グループA,Bというのがありましたよね。人工素材グループBの中でも、とりわけポリエステルが好きです。折り目(センタープレス)が消えなくて、セット性に優れています。
ポリエステル100%のシャツも、着心地とお手入れがラクで良いですよね。
最近は、ポリエステルが面白いです。ポリエステル100%でも、ウールと見間違うような素材があります。サッカーのユニフォームなどは、ほとんどがポリエステル100%。乾くのが早くてセット性に優れている。ただ、ちょっと辛いのは毛玉ができやすいことと、静電気がダメな人がいますね。
買った時が一番良いというのはポリエステルの魅力で、段々汚くなってしまいますよね(笑)。
どんどんしょぼくなってくるのも、また良いのですよ。
その変化を楽しんでいるのですね。飯野さん的に言うと、パンツはグループBの仲間かな。春なので、どこかにコットンを入れたいところでしたが、今回は靴下をリネンにしました。
パッと見で、不思議と倉野さんらしいコーディネートですよね。色合い的にも。
春夏は茶系にブルー、茶系に白の組み合わせがすごく好きです。この季節にブラウンを使いたくなるのは、いつだったか海外の雑誌で「夏はブラウン!」というのを見たからだと思います。
海外だとブラウン系の配色をよく見かけますね。僕も夏にアイリッシュリネンのブラウンのスーツを着ます。
ブラウンと白の組み合わせって、すごく清潔感が出ますよね。
不思議ですよね、半歩間違えると実年齢より老けて見えてしまうけど、上手く着るとすごくきれいに見えるんですよね。
あとは赤と茶色を組み合わせると、赤が落ち着いて見えるというのもありますよね。ブラウンを上手く使えるとおしゃれに見えると思います。
とても倉野さんらしさが出ていて、不思議なことにイタリアブランドのヒルトンのパンツを履いていても「少し寄り道したけど、今までアメリカントラッドを着ていたんだな」ということが分かります。
4. 倉野路凡さんの夏コーディネート:ここぞという時のシルク100%のジャケット×インディゴデニム
倉野路凡さんの夏コーディネート
服地商「Holland & Sherry(ホーランド&シェリー)」のシルク100%ジャケット/aldex(アルデックス)
ロールアップすることもあるインディゴデニム/無印良品
ホリゾンタルワイドカラーのチェック柄シャツ/鎌倉シャツ
プレーンノットで結び目は小さく。シルク製ニットタイ/Ralph Lauren(ラルフローレン)
「クラッシュド」形状で挿しているシルク製ポケットチーフ/Hackett London(ハケットロンドン)
茶靴と相性の良いオレンジカラーのスーピマコットンのソックス/HALISON(ハリソン)
スエードの内羽根式パンチドキャップトウ。靴/The Asakusa Cobbler(浅草コブラー)
夏というか、春から夏にかけての短い期間のコーディネートですが、ラベンダーのシルクジャケット×インディゴのデニムに、ネクタイで黄色とコットン靴下でオレンジを差しました。シャツは鎌倉シャツのオーダーです。
シャツもシルクで作りたかったのですが、着る期間が短いので。このジャケットも正直、着るタイミングが難しいというのがありますね。でも、毎年大切に着ています。
ジャケットのボタンは黒蝶貝でしょうか。初夏のイメージですね。
倉野さんのイメージに合っている色ですね。ふんわりした淡い色味が好みだろうなと思います。
1980年代初頭のPaul Stuart(
ポールスチュアート)の影響ですね。当時、高くて買えなかったけど覚えています。強烈なインパクトでしたね。
こういう恰好をしてるおじいさんはあまりいないだろうから、「あいつ浮ついてるな」という感じが良いなと思って(笑)。
春夏どちらのコーディネートも、スエードの靴ですね。先ほど飯野さんも、夏のスエード靴が良いとおっしゃっていましたけれど。
20歳の頃、Laurence Fellows(
ローレンス・フェローズ)のイラストを見て、たしか夏にスエードの靴を履いていたんですよね。「夏にスエードを履くんだ!」って。その時、飯野さんにも「革靴だと蒸れないから、意外と夏は涼しいですよ」と言われて履いています。革が呼吸するのですよね。
フェローズのイラストを見た頃は、ほぼ全てレザーソールでした。夏靴はスエードにレザーソールというのが、すごく爽やかで良いなと思うようになりましたね。
ゲリラ豪雨などの日本の気候を考えると、ラバーソールの方が適してるのは間違いないのですが、天気の良い日にレザーソールを履くと汗がこもらないのです。
5. ミューゼオスクエア編集長・成松の春コーディネート:イギリスのレア生地「トニック」のジャケット×ストレッチパンツ
ミューゼオスクエア編集長・成松の春コーディネート
今となっては珍しい生地「オールド・トニック」のジャケット/A WORKROOM(ア・ワークルーム)
LOUD GARDEN(ラウドガーデン)でオーダーしたリバティプリントの花柄シャツ/Ryoji Okada(リョウジオカダ)
ポリエステル100%のストレッチパンツ/EDIFICE (エディフィス)
時計/Cartier(カルティエ)のタンクディヴァン
時計バンド/ジャンルソーのオーダー品(表:ガルーシャ/裏:シャーク)
ビジネスシーンでよく使うメガネ/CHARMANT(シャルマン)
ネイビーのローファー。靴/John Lobb(ジョンロブ)のアシュレイ
春はグレーをよく使うので、グレージャケットに花柄シャツ、ストレッチ素材のチェック柄パンツです。ジャケットの素材は
モヘア。光が反射してシルバーに見えるモヘアのグレーは、春に使いたくなります。
このジャケットは……、Tonik(トニック)だー!ビスポークが大好きな人が血眼になって追いかけている生地ですね。だけどもう出てこない!
一時、大量に出ましたよね。その時に一気に何着も作りました(笑)。DORMEUIL(ドーメル)という生地屋の商標。このタグの赤が良いですよね。
ウールとモヘアを交織させた一大傑作!開発こそ1950年代後半ですが、日本では1960年代後半から70年代にかけて、夏服向けの高級生地として非常に人気の高かったものです。
温暖化が進んでいない頃は、夏の素材だったそうです。1970年代頃の東京は30℃を越えたら凄く暑い日で、窓を開ければすむくらいの気候に都合の良い生地でした。モヘアは熱伝導率が低く、触れた時に暑くならないという効果があります。
夏のモヘアと冬のモヘアについて
- 「モヘア」と聞くとふんわり暖かく、冬の素材を思い浮かべる人もいると思います。が、実はそれとは全く別に、夏のスーツやジャケットに用いられるモヘアがあります。
- 冬に使われるもふもふのモヘアは、アンゴラ「ウサギ」の毛。一方、スーツやジャケットの生地によく使われているモヘアは、アンゴラ「ヤギ」の毛。
- コシとハリ、落ち感があり、シワになりにくく丈夫な生地です。シャリシャリとした触り心地で熱がこもりにくいので夏スーツとしてよく用いられますが、年間を通して着られるそう。
結論としては、糸ができなくなったから。昔はトニックのための糸を撚る工場があったのですが、廃業して1社が持っていたノウハウが潰れ喪失してしまいました。
当時のトニックの生地は、
経糸がウールで
緯糸がモヘアだったと思います。ウールは髪の毛と同じでキューティクルがあり、多少ちりちりしているので撚るのが簡単です。一方、モヘアは直線的でツルツルしているので引っかかりがない。そのため撚るのがとても難しいのです。その技術を持っていた工場が廃業したため、一気に姿を消したという話ですね。
ドーメルも2000年に復刻版を出しましたが、以前とはやはり違いましたね。
十数年前、伊勢丹が本格的にトニックを復刻させようとしていましたが、イギリスではもうモヘアを撚る技術がないので、その時は日本の会社で撚らせていました。なので、この生地は、今となってはとても貴重ですね。
このジャケット、普通に使っちゃっていますけどね(笑)。
普通に使っても耐えられるから良いんです!
モヘアの繊維は、良い意味でも悪い意味でも曲がりにくい生地です。だから結果として、スーツに仕立てた時に仕立て映えが良くなります。作る人も仕立て映えして高く売れ、着る人もスタイル良く見える。引っかき傷にだけ気を付けないといけないけど、それ以外は比較的に長持ちします。
「高いお金出しただけのことはあるな」と、皆がハッピーになります。
10年近く着ていますが、いまだ頑丈できれいに保っていますね。
6. ミューゼオスクエア編集長・成松の夏コーディネート:重量感が心地いいリネンジャケット×白デニム
ミューゼオスクエア編集長・成松の夏コーディネート
10年ほど前に仕立ててもらったリネンジャケット。生地はアイリッシュリネンの織元ウィリアムクラーク/A WORKROOM(ア・ワークルーム)
ラウドガーデンでオーダーしたリバティプリント。クレリックの花柄シャツ/Ryoji Okada(リョウジオカダ)
ホワイトのパンツ/PT TORINO(ピーティー トリノ)
小ぶりのホワイトフェイスが気に入っている時計/Rolex(ロレックス)のスピードキング
クラシックな雰囲気を出したい時に使うメガネ/金子眼鏡
チェスナッツアンティークという色名がついたセミブローグのスリップオン。靴/Edward Green(エドワードグリーン)のロッキンガム
夏のコーディネートは、リネンジャケットにホワイトパンツ、シャツはリバティプリントのひまわり柄を選びました。
このジャケットの生地は、今でもアイルランドにあるWILLIAM CLARK(ウィリアムクラーク)という織元のリネンです。これも2011年に作って愛用しているので長いですね。年間何回も着るので、さすがに少しよたっとしてきました。
このよたっとしているのと、ぽわんとハッているバランスが良いです。
この生地は当時テーラーの特別セールで出てきて、リネンなのに500gくらいだったと記憶しています。薄いリネンはあまり好きではなくて。あまり売れなかったらしいですが、僕は5色買いました。
とてもではないけど、夏服のウェイトではないですね!
シーズンごとの服地の重さについて
- 基本的な知識として紳士服の服地は、春夏向けか秋冬向けかという大まかな境目になるのが、(横幅150cm前後で考えると)縦の長さ1mあたり300gと言われています。300gより軽いとどちらかというと春夏向け、重いと秋冬向け。もちろん300g以下でも起毛加工することで秋冬向けのものはありますが、基本的には300gが境目。
- 秋冬物でとても有名な生地は「フォックスブラザーズ」ですが、その一般的なフランネルで370~400gくらいです。
- そう考えると、成松さんのリネンジャケットは夏物なのに500g以上というのは、どういうことなんだ?となりますよね。
- ーー飯野さんより
450gは今でもあるけど、500g越えは本当にないですね。
リネンの不思議なところは、どうも夏に熱を持たないところです。ウール製品は温かすぎて触る気になれないけど、リネンジャケットは肩に引っ掻けて出かけられます。
リネンは熱伝導率が低いという特徴があります。ある程度以上、気温が高くなるとジャケットはさすがに暑いかもしれないけど、下手に半袖を着ているよりもリネンのシャツで長袖を着ている方が涼しく感じることがありますね。
前述したトニックと正反対で、仕立ての良し悪しが出ますよね。トニックは変にギミックにしなくても仕立て映えが良くなるので。このリネンジャケットは、きちんと仕立てられていて良いなと思いました。色焼けしないでよく残っていますね!
リネンは長持ちしますよね。アンティークでもリネンのものは残っていますよね。汚れが繊維に入りにくいと聞いたことがあります。ヴィンテージでもリネンのハンカチとか、ワンピースとかは残っていますね。
本当に色落ちさえ気を付ければ長持ちしますね。でも、だいぶ色が抜けてきました。当初はもっと濃かったと思います。
例えば紺のリネンにすると、色焼けとか色抜けするんですよ。でもベージュや白は洗濯すると、どんどん良い色になっていきますよね。リネンは上手く選べば色落ちまで楽しめます。
リネンジャケットは、自分でアイロンを当てますか?熱に強くても怖くないですか?
当てます。でも夏は霧吹きで水をかけて、午前中干すだけで終わりますね。それで結構きれいに戻りますよ。
ちなみに、夏のジャケットは貝ボタンが好きなのですが、皆さんはどうですか?
僕は水牛派ですね。でも、成松さんのジャケットは貝ボタンとよく色合わせできていますよね。白蝶貝ですか?
これは高瀬貝ですね。前述の春のジャケットは黒蝶貝です。
よくありましたね!白蝶貝は真っ白になるので、それが少しつらいんですよ。僕に言わせると、白蝶貝はいわゆるロサンゼルスなんです。自然派レストラン。アルファルファのサラダを食べないといけないんですよ。(飯野注:1977年に公開された映画『アニー・ホール』で、生粋のニューヨーカーである監督の
ウディ・アレンが、雑味を嫌い過度な健康志向が風靡した当時のロサンゼルスを批判的に捉えていたのを象徴する1シーンです)
それはきついね、飯野さんはカリフォルニアのイメージがないもんね(笑)。
白蝶貝には、そういう気取ったイメージがありますよね(笑)。シャツなら白蝶貝でも良いかもしれませんね。
優れた最新素材もいいけど、天然素材のきちんとした雰囲気もやはりいい
バラバラですけど、素材と色を楽しんでいるのは共通しているような。
素材感に何を季節と思うのかは人それぞれ。正解はないけど、機能や歴史などの知識は知っておいた方が楽しいのは間違いない。
そうですね。ここ数年、春夏はスニーカーに短パン、もしくはストレッチ素材のジャケットにTシャツという服装の方を見かける機会が多かったですよね。でも、あえてそこに革靴や天然素材のテーラードジャケットを取り入れるのが楽しいですよね。例えば、パンツとアンダーウェアは新素材だけど、靴とジャケットは旧素材。その方が締まって見えるというか、戦闘状態になるような。
すごく分かります。全部が全部リラックス系ではなく、どこかにきちんとしたものを取り入れたくなりますよね。
一般的に春夏服はすぐダメになる印象もありますが、今回紹介したものはいずれも10年選手のようなもの。SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)や、ミューゼオの「大切なものをずっと楽しむ」というコンセプトにもありますが、最新の優れた機能性を持った素材もいいけど、従来の天然素材が与えてくれるちゃんとした雰囲気もなんとも言えない良さがありますよね。
最先端の素材も面白いけど、一方で今まで持っていた素材の魅力を感じられると、そこから新しい使い方ができてきて楽しいと思います。
固定観念で何が良いという原理主義的な方向にいかず、自由にいろいろ探究して特徴を掴むと面白い。クラシックとカジュアル、新素材と天然素材をいったりきたりはいつでも楽しいです。
皆さん、ありがとうございました。前半では、春夏のコーディネートをお話しいただきました。後半では、春夏の革靴にフォーカスしてお届けします。お楽しみに。
ーおわりー
今回登場したジャケットをご紹介
【飯野さんの春ジャケット】2006年頃に仕立てたポリ・コットン混紡(厳密には交撚)のオリーブグリーンのスーツ:ビスポーク
【飯野さんの夏ジャケット】2017年にジャケットは記念に頂き、トラウザーズは別途オーダーしたシアサッカーのキャンディストライプ柄スーツ:ビスポーク
【倉野さんの春ジャケット】アウトポケットのダイアゴナル柄のスーツ:HILTON(ヒルトン)
【倉野さんの夏ジャケット】服地商「Holland & Sherry(ホーランド&シェリー)」のシルク100%ジャケット:aldex(アルデックス)
【成松さんの春ジャケット】今となっては珍しい生地「オールド・トニック」のジャケット:A WORKROOM(ア・ワークルーム)
【成松さんの夏ジャケット】10年ほど前に仕立ててもらったリネンジャケット。生地はアイリッシュリネンの織元ウィリアムクラーク:A WORKROOM(ア・ワークルーム)
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
紳士服を極めるために是非読みたい! 服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の渾身の1冊。
紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ
服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書、第二弾。飯野氏が6年もの歳月をかけて完成させたという本作は、スーツスタイルをはじめとしたフォーマルな装いについて、基本編から応用編に至るまで飯野氏の膨大な知識がギュギュギュっと凝縮された読み応えのある一冊。まずは自分の体(骨格)を知るところに始まり、スーツを更生するパーツ名称、素材、出来上がるまでの製法、スーツの歴史やお手入れの方法まで。文化的な内容から実用的な内容まで幅広く網羅しながらも、どのページも飯野氏による深い知識と見解が感じられる濃度の濃い仕上がり。紳士の装いを極めたいならば是非持っておきたい一冊だ。
この一冊があれば、ジャケット素材の知識は完璧⁉︎
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