伝統と流行が交わるクラシッククロージング。 テーラー 森田智が伝えるレディス オーダースーツの今とこれから

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取材・文/竹林佑子
写真/佐々木孝憲

普段着る服や服装にどこか満足していない、もう一歩先に進んでみたいと感じている方、クラシッククロージングの世界をちょっと覗いてみませんか?

「着こなしは少しカジュアルですが、スーツは女性のクラシッククロージングになり得ると思います」というのは、以前【日本の実力派テーラーを巡る】でも取材させていただいたビスポークテーラー SHEETSの森田智さん。ミューゼオではお馴染みのファッションですが、女性にとってはあまり見慣れないかもしれません。

当連載では、クラシッククロージングの中でもレディスのオーダースーツとジャケットにフォーカスし、オーダーの基礎からテーラーの視点ならではのマニアックなコツまで3回(予定)にわけて森田さんに教えてもらいます。

まずは、レディススーツの原点から現在までの流れとともに、オーダー(手で作りあげられた)スーツと既製品の違いやそれぞれの魅力についてお届けします。スーツやジャケットが全てクラシッククロージングかと言うと、どうやらそうではないようです。ポイントは、中身と過程。

クラシッククロージングとは

仕立てられたスーツやジャケットそのものと、それを着たスタイルのことを総称して、ミューゼオでは「クラシッククロージング」と呼んでいます。時代に合わせて変わっていく要素もあれば、昔から変わらない普遍的な要素も持ち合わせている。その2つが融合し完成されたものこそがクラシッククロージングであり、私たちはそこに面白さがあると感じています。

スーツをベースにすることで、その人自身の魅力がより引き立つ

「レディスクラシッククロージング」と聞いても、多くの方はすぐにイメージが湧きませんよね。実はそれだけ、女性のスーツ事情はまだまだ発展途上なんです。

例えば、ニコール・キッドマンさんがレッドカーペットなどのフォーマルな場で、スーツをカジュアルにアレンジされていたのをご存知ですか?メンズ(特にフォーマルな場)であれば着こなしに約束ごと=伝統がある一方、レディスではインナーで遊んだり、肌の露出を多めにしたりと自由度が高い。まだ決まりごとがない、未開拓ゾーンなんです。

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そもそもレディススーツはメンズに比べて歴史が浅く、女性が社会進出する中で始まったもの。1から育ったファッションではなく、メンズスーツに派生して近年生まれたスタイルです。現代ではスーツを着用する女性が増えてきましたが、大多数がビジネスシーンに止まっています。オフィスとプライベートで服装を変えたい方には、フォーマット化したスーツの着こなしでは物足りないのかもしれませんね。

でも本当はその「フォーマット」こそが、クラシッククロージングの醍醐味であり、開拓の余地でもあります。

スーツは長い歴史の中で色々なものが変化し、削ぎ落とされて行き着いたファッション。多くの方が知る「ベーシックなスタイル」です。軸のある安定感と洗練された美しさがあり、纏うことによってその人自身の魅力がより引き立ちます。フラットな土台があるからこそ、チーフや時計、ジュエリーなどで自分らしさを出すなど、品を保ちながら遊ぶことができるんです。「スーツは堅苦しいもの」という概念を払って、もっと多くの人に着る面白さを感じていただきたいです。

見た目だけではない、作る過程があってこそ「クラシッククロージング」

イギリス「YORKSHIRE TEXTILES(ヨークシャー テキスタイルズ)」の生地、バーズアイを使用し、森田さんご自身で仕立てたスリーピース。「バーズアイは弾力があり伸びもある生地なので、動きやすくシワも付きにくいです」

イギリス「YORKSHIRE TEXTILES(ヨークシャー テキスタイルズ)」の生地、バーズアイを使用し、森田さんご自身で仕立てたスリーピース。「バーズアイは弾力があり伸びもある生地なので、動きやすくシワも付きにくいです」

クラシッククロージングには多くの方が体感していただける効果があります。一から仕立てたスーツは、着るだけで背筋がシャキッとするんです。これには「イメージ」と「着心地」の2点が効いていると思います。

まずは「イメージ」ですが、例えば当店で仕立てる場合は最初のアポイントから完成まで4ヶ月以上はかかります。つまり、時間をかけて自分が着る姿を想像し続けるんですね。ちょっとずつ理想が形になり、仮縫いを試着してからまた直して……と出来上がりのイメージもアップデートを繰り返します。その工程を経て、いざ完成品を着た時には「ついに……!」と気持ちも身体もシャンとするんです。そういうストーリーを一緒に着られるのも魅力の一つ。私は猫背なんですけど、スーツを着る時は自然と背筋が伸びます。

もう1つの「着心地」ですが、オーダースーツはお客様の好みのフィット感をお聞きしながら作るので自分の理想の一着に仕上がります。人それぞれカーブラインや胸の位置などが違うので、それに合わせて縫い方を変えています。また、動きに合わせた柔らかさにも気を使うため、中に入れる芯には柔軟性のある中肉厚のものを選ぶことが多いです。その人にフィットして仕上がるからこそ着心地がよく、自然と背筋も伸びてくるんですよね。

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今はオーダースーツと見た目が近い既製品も手に入るかもしれません。すぐに着用できる、比較的安価で購入できるというメリットが既製品にはあります。その一方で、お客様と長い時間共にするものは内側からしっかりと作りあげるので、より生活に馴染み、支えることもできる、というのが作り手側の思いです。

アナログではありますが、伝統的な方法や素材で作りあげることによって仕上がる暖かみのある服、その過程で生まれるコミュニケーションこそ、クラシッククロージングなんだと思っています。

作るのは簡単ではない。でも女性の身体的特徴と仕立てられたスーツは相性がいい

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オーダースーツの種類には、メイドトゥメジャーパターンオーダー)とビスポーク(フルオーダー)があります(この辺りの違いは、次回詳しくお話しします)。ビスポークの場合は一から仕立てるため、ゆったりさせたい部分とポイントで締めたり支えたりしたい部分を狙って作ることができます。

女性の身体的特徴とビスポークスーツって、実は相性がいいんです。スーツのラインは、たるまずにほどよくハリがあることが美しいとされています。そのためにメンズの場合は硬い馬のしっぽの毛を使った生地を入れることがあるのですが、女性の場合はバストやヒップの膨らみで内側から少し張ってくれるので、きちんと形が合ったスーツであれば自然に綺麗なラインが出ます。

逆に、そういったカーブラインを目指さないスーツもあります。最近のレディスファッションの流行のように、オーバーサイズやIラインのものも目にする機会が増えてきました。オーセンティックと思われるスーツスタイルも、その時代のファッション要素をちょこっとだけ取り込んでいるんですよ。

ただやっぱりレディススーツを作るのは簡単ではないですね。メンズものを作るのとでは4割くらい別物、という感覚。強いカーブで作る場合にはパーツが増えることも。また、製図をする際の効率的なダーツの取り方や縫製面でのカーブ同士の縫い合わせ、アイロンの当て方など技術を要する場面は多々あります。

機械で作られたものと手で作ったもの。それぞれの良さを感じながら使い分けてほしい

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レディスへのアプローチは業界でも少しずつ動き始めています。イギリスの人気ブランド「ハンツマン」にはレディスのカッターがいるので、積極的にレディススーツを仕立てている印象。日本でもここ数年は、レディススーツ(主にパターンオーダー)に力を入れているお店が少しずつ増えてきています。女性のテーラーも増えているので、数年後にはレディスクラシッククロージングも盛んになるかもしれませんね。

レディスファッションは、流行の流れが速くアイテム数も多い。そうなると1着にかける予算がある程度の範囲になるため、ビスポークスーツに人は集まらないのではと聞いたことがあります。しかし、私が祖母や母と一緒に買い物に行った際に「長く着ても汚れが目立たないカラーに」「体型が変わってもわかりにくいものを」と聞いた経験から、多角的にものを見る人にとってビスポークスーツは選ばれない選択肢ではないと感じています。

慎重だからこそ長く着られるのかどうか、先々のメンテナンスや生産背景なども選択に関わってくるのではないでしょうか。

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機械で作られたものと手で作ったもの、それぞれの良さを感じながら使い分けていただきたいです。食器などでも同じことを思うのですが、工場で効率的に大量生産されたものの気軽さがちょうどいい時もある。一方で、職人の手を感じられるもので温かみや面白さを感じられる時もある。そういったもの達を選んで楽しむ事が生活を少しだけ豊かにしてくれるのではないかな、と思っています。

お直しをすれば一生楽しめるファッションですから、レディスクラシッククロージングもぜひ一度楽しんでいただきたいです。

次回は、実際にオーダーする前に知っておきたいこと、「ビスポーク」「メイドトゥメジャー」などのオーダースーツの種類について詳しくお話しします。お楽しみに。


ーおわりー

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SHEETS

2014年立ち上げ。サビル・ロウの老舗「Kilgour(キルガー)」「Stowers Bespork(ストアーズ・ビスポーク)」にて修行を経た、森田智さんによるテーラー「SHEETS(シーツ)」。シンプルで落ち着いた内装には、お客様やご近所さんからもらった動物の置き物がちょこんと飾られており、ほっこりとした気持ちになる。

☎︎ 03-6256-9293

mail@sheets-studio.com
ご予約はメールでも受け付けています。氏名、ご希望日時を記入の上、ご連絡ください。

公開日:2020年12月4日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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竹林佑子

エディター、ライター。北海道出身、出没エリアは渋谷~下北沢界隈。美容・ファッション系の雑誌編集部を経て、現在は飲食媒体やショップ取材、著名人インタビューなども行う。インディーズ音楽や食べ歩き、エシカルなものづくりが好き。

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