スター作家を生むギャラリスト。小山登美夫さんの世界の見方、ローカルでの振る舞い方

インタビュー/笹川直子
モデレーター/深野一朗
文/塚田史香
写真/新澤遥

スター作家を生むギャラリスト。小山登美夫さんの世界の見方、ローカルでの振る舞い方_image

アートに関心のない方でも、一度はその作品をみたことがあるに違いない。そんなスター作家を世に送り出してきた、小山登美夫ギャラリー代表の小山登美夫さん。プライベートでは、頭で理解できないような主題のアートが好きだという。

「言葉で説明できるものなら、絵にしなくていい。言葉で言ってくれればいいと思ってしまうんです」

しかしアート・マーケットの話題になると、マクロとミクロの視点を切り替えながら、世界の動向を明解に言語化して聞かせてくれる。

欧米が主導権を握り、中国が活気づくアート市場で、日本がすべきこととは?ギャラリーが果たすべき役割とは?現代アート・コレクターの笹川直子さんが、話を聞いた。

インタビュアー笹川直子さんより

小山さんはアートに関する著作も数冊あり、いちギャラリーのオーナーという存在を超えて、現代アート業界を代表するギャラリストです。なのに、とても気さくなお人柄で、初心者の方もお話しやすいと思います。小山登美夫ギャラリー展覧会のオープニングで、受付近辺で大きな笑い声を響かせる小山さんを見ると、ホッとします。

いっぽうで、いち早く海外のアートフェアに出展して日本の作家を海外へ紹介したり、海外の作家の個展を日本で開催したり。日本のアート業界では、早くからグローバルに活動されたビジネスマンという側面もあり、経営者としての小山さんにも興味がわいています。

ローカルに目を向け、アーティストの器になる

笹川直子さん(以下、笹川):最近のアート市場を、どのようにご覧になっていますか?

小山登美夫さん(以下、小山)村上隆さんも言っていますが、「アートの中心は欧米」。まさにその通りで、欧米のギャラリーや美術館によって作られた価値、ないしはアート・マーケットが、この10年間でより一層肥大化しました。ワインを格付けするのと同じように、アートを欧米のギャラリーと美術館が作ったシステムで格付けするんです。

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笹川:アジアのアート・マーケットの急成長には注目していましたが、いまだに欧米のシステムが中心なのですね。

小山:たしかにアジアにおけるアート市場の規模は、ここ10年で急激に大きくなりましたよね。ですが、特に勢いのある中国でさえローカルで価値を創り出すには至っていません。欧米のシステムに乗っかる形で成長しています。

クリスティーズのスタッフが「中国の方々は投資的な価値で動く」と話されていたことがあります。それも一理あるかもしれませんが、投資ばかりではないアート・コレクターも当然います。欧米のステージに乗った方が投資がしやすいのか、或いは欧米の価値観に共感するものがなにかあるのかもしれませんね。

笹川:この状況に、小山さんはギャラリストとしてどう向き合っていますか?

小山:ローカルをどう考えていくかですよね。かつては中国にも日本にも、「ローカルで作ったものをローカルの人たちが買う」というマーケットがありました。日本人の描いた日本画を日本人が買う。今もなくはないのですが、縮小しています。

笹川:ローカルを考える、とはどういうことでしょうか。

小山:たとえば50年代に結成された「具体」や70年代の「もの派」。彼らは結成当初から、日本の美術界でも展覧会をしていたし、彼らを評価していた人は当然いました。しかし、お金にはならなかったし、インターナショナルにもならなかった。彼らをブレイクさせたのはその後の欧米であり、今でも基本的には欧米のステージで評価されています。

ただ面白いのは、彼らが日本で制作をしていた当時は欧米でも評価が確立していなかったということです。彼らにしてみたら「自分たちを認めてくれなかった日本文化」かもしれませんが、実はその日本文化の中で、しかも貧乏だった当時の状況が、彼らの作品を生みだしていたんです。

笹川:欧米のステージを意識せず創作しつづけた結果、欧米で評価されたのですね。

小山:今も日本のアーティストの中には「売れないよ」と言われても、独特な表現をし続けている人がいっぱいいます。ギャラリストである僕らは、それを見ていないといけないし、その状態をキープし、作りつづけさせた方が作品もリアルです。日本の中で作っている、独特な表現をし続けているアーティストたちの受け皿にならないといけないんですよね。

ジャッジメントのはやさを世界に求めて

笹川:小山さんがギャラリーを始めたのは1996年ですね。

小山:ギャラリーを始める前、僕は白石コンテンポラリーアートに、さらに前には西村画廊に勤めていました。西村画廊にいた頃は、主に美術館がお客さんでした。美術館にはバジェットがあり、それにあわせて輸入して売る。白石コンテンポラリーアートにいた時はバブル期で、企業がアートにお金を出す時代でした。

東京・六本木にある「TOMIO KOYAMA GALLERY」。この日は、福井 篤展「アルカディアン」が開催されていた。

東京・六本木にある「TOMIO KOYAMA GALLERY」。この日は、福井 篤展「アルカディアン」が開催されていた。

笹川:小山さんは、バブル崩壊後に開廊されたのですね。

小山:大変でしたよ(笑)。

笹川:そのような中、日本のギャラリーとして海外のアートフェアにいち早く出展されたのですよね。

小山::1996年に、グラマシーアートフェア(Gramercy Art Fair)に出展したのが最初です。

笹川:当時はまだ国際的なアートフェアが少ない頃ですね。

小山フリーズアートフェア(Frieze Art Fair)のフの字さえない頃です。グラマシーアートフェアはアーモリー・ショー(The Armory Show)の前身となるアートフェアで、現在のようなコンベンションセンターではなく、ホテルで開催するものでした。

笹川:どのような狙いで海外のフェアに行かれたのですか?

小山:早い段階で海外に出たのは、海外の方のほうが日本の方よりも購入のジャッジメントが早いだろうと考えたからです。海外のアートフェアには、作品をたくさん見て経験を蓄積した人が世界中から集まります。

実際に、はじめてのアートフェアには、奈良さんや村上さんやMr.を出したのですが、売れました。当時はまだ今ほど高額ではありませんでしたが、とはいえ彼らにとっては、予備知識もなく初めて見る作家の作品です。売っておいてなんですが、「恐がらずに買うなんて」と驚きました(笑)。このような国際的なフェアが、今では、上海を筆頭にアジアで大変な勢いですよ。

笹川:同じアジアでも、上海と日本とでは勢いが違いますね。どこに差があるのでしょうか?

小山:1つは、フットワークでしょうか。上海のロン・ミュージアム(LONG MUSEUM WEST BUND)やロックバンド・アートミュージアム(Rockbund Art Museum)などの企画にもフットワークの軽さを感じました。それらの美術館は、ある意味でプライベートミュージアムのような存在ですから、アクティブに動けるんです。例えるなら、原美術館を大きくしたようなイメージ。

日本の美術館の場合、多くは70年代から90年代に公立の施設として建てられました。役所がつくった美術館ですから、動きの鈍さは仕方ないところがあります。

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小山:もう1つ言えるのは、なぜ?というくらい、日本はブランディングをしていません。食でも造形でも日本には、すでにある遺産だけで、文化大国になれるだけのものを持っています。それを活かせていない。日本という国が、ブランド化やアピールに興味がないんですよね。この点は、確実に中国に追い抜かれた要因です。

現状を問題視し、国として取り組もうという意識も薄いです。たとえばドイツ政府は、急成長した中国のアート市場をリサーチするために、国費でキュレーターを現地に派遣し、フィードバックをさせました。ドイツ文化という、国の財産を守るために、国の課題として動いたんです。

以前、文化庁のレクチャーでもお話したのですが、日本のアート市場を活気づけようというならば、なにも日本作家の作品にこだわる必要はないんです。江戸時代以前に、大陸文化を尊敬し憧れて買い集めてきた中国や韓国の美術、或いはシャガール(Marc Chagall)やミロ(Joan Miró)でもいい。日本にいる人が買ってきたコレクションを見せればいい。私は、これをジャパンコレクションと呼んだんです。日本人の作品だけじゃない、日本が歴史の中でコレクションしてきたものです。

ニューヨークのMoMAに、世界中から訪れる観光客の目当ては何だと思いますか?アメリカ人作家の絵ではなく、セザンヌ(Paul Cézanne)やゴーギャン(Paul Gauguin)、ヴァン・ゴッホ(Vincent van Gogh)などヨーロッパの作品を見にきているんです。日本の美術館にも、シャガールとかミロの部屋を創ればいいんですよね。その点、大相撲はインターナショナル化が進んでいますよね。モンゴル出身力士がトップに立っている国技ですから。

そのお金は、次のアートに回ってくる

笹川:ギャラリーからみて、良いコレクターとはどのような方でしょうか?

小山:作品を買う人は、美術業界からみれば全員いいコレクターですよ!

笹川:すぐにオークションなどで売ってしまう方でも?

小山:譲渡・再販は5年以降と契約を交わした作品が、5年たつと同時にオークションに出て、驚いたことはあります。しかしそれも、コレクターさんの事情があってのことでしょうし、私自身、個人所有の作品をオークションに出すことはあります。

日本でも最近はオークションで得た利益の何パーセントかを、アーティストに還元する「追及権」を法律化しようという議論がありますよね?

だからというわけではありませんが、オークションで価格が上がるのはアーティストの人気があってこそ。転売屋はいつの時代にもいるものですし、結果としてアーティストのプライマリーの値段が上がるならば、オークションで作品が流通することはいいことだと思います。売買により、コレクターさんが得たお金は、また次のアートの購入に回ってくるはずだとも考えています。

日本のアート市場は、買った作品の流動性が低いですよね。一度買ったら売らないという空気があります。昔のコレクターの方々の中には、奥さんに内緒で買い集めたせいで、表に出せなかったという事情もあったとか。

笹川:(笑)

小山:そういった方が、家族に隠して箪笥にしまったまま亡くなってしまい、遺族が二束三文で業者に売ったり捨ててしまうこともあったと思います。作品自体が失われる可能性を考えると、売買による流動性は歓迎するべきことでしょうね。

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笹川:小山さんのギャラリーでは、コレクターさんからの「売りたい」という声に、どう応えていますか?

小山:引き取る場合と、受託販売の場合があります。引き取る時は、僕らもリスクを負うので安く引き取ることになりますが、受託の場合はその時点でのリテールプライスで販売し、成約した場合に手数料をいただきます。必ずしも売れる作品ばかりではないので、難しいところですね。

多様化するギャラリー

笹川:先ほど、これまでの10年間でアートマーケットは変わったとお話をしていましたが、今後の10年間について小山さんはどのようにお考えですか?

小山:アートマーケットの形はある程度崩壊、ないしは多様化していくのでしょうね。マーケットという言葉を使う以上は、貨幣経済に基いたお金に交換できる場ということですが、お金ではないもので成り立つ場も出てくるのではないでしょうか。だって、お金を持ったまま死ねませんよね?

実際、neugerriemschneiderのような超有名ギャラリーが、WEBにもほとんど情報を出さず、独自のコミュニティーを形成しはじめている。Vitamin Creative Spaceみたいに農園を作っているギャラリーもある。笹川さんがオフィスで開催しているサロンも、それに近いかもしれません。

オルタナティブなマーケットはできてくる。でも、どんなペインティングも三次元ですし、現物を目の前にした時に感じる、モノとしての魅力はすごくあります。現物を扱うのもギャラリーの役割です。

笹川:わかります。コレクションする理由を聞かれても「そこに作品があるから」としか言えないんです。

小山:モノとしての作品を扱いつつ、グローバルなギャラリーと、ローカルなギャラリーに分かれていくと思っています。両者は競争できるものではないので、共存していくのでしょうね。

ーおわりー

左から:小山登美夫、笹川直子

左から:小山登美夫、笹川直子

小山氏へのQ&A

Q:アート・コレクターとしての一面もある小山さんですが、プライベートではどのような作品がお好きなのでしょうか。

作る際に、身体性や技術といったものが入った作品が好きです。エドヴァルド・チリダ(Eduardo Chillida Juantegui)がずっと好きなんですよ。でも、いまだによくわからない。

日本では中西夏之さん、菅木志雄さんとか。菅さんは、目の前に繰り広げられる作品の状況が、頭というより感覚とか身体で感じられます。頭で考えて、言葉で説明できるものなら、作品にしなくていい。言葉で言ってくれればいいと思ってしまうんです。私がギャラリーを始めた頃、まだ美術界では、クレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg)が強く、中村一美さんなど抽象絵画中心ですごく評価されていた。言葉も強かったですね。それに対する反発がすごくあって、村上隆さんや奈良美智さんを始めたんです。そこからまた、菅木志雄さんかな。変わっていきますよね。

Q:アート以外の趣味はありますか?

あまりないのかな?昔は映画を仕事のように見ていた時がありましたが、いまは全然。庭の雑草とりとか好きです。ガーデニングなんてものではないですが。

Q:アートをこれから購入する方へのアドバイス

自分が好きなものに絞らなければならないのですが、好きなものがなかなかわからない。だったらまず、嫌いなものをはっきりさせること。気になるものは別においておいて、まずこれはないな、というものを排除する。そうすると好きなものも見えてくるかも。もう一段階、気になるものを、自分の好き嫌いを超えて買ってみて、自分の未知を知る、それもいいかもしれません。

Exhibition

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杉戸 洋 「cut and restrain」

2019年3月16日(土)から2019年4月13日 (土)にかけて、小山登美夫ギャラリーは杉戸 洋「cut and restrain」を開催している。

前回、2017年の小山登美夫ギャラリーでの個展「frontispiece and end leaf  チリと見返し」では、六本木の通常の展示スペースではなく、普段見せる事のない倉庫と、展示室と展示室の間のアプローチ部分を使用した。その空間の壁色の差異や構造から本の「チリ」や「見返し」を着想し、その要素を分解。タイル作品の深みのある釉薬と配置のリズムを融合させ、観る人を驚かせる新たな空間を生み出した。

「cut and restrain」では新作を発表し、約3×2mのキャンバス2点と、それらを中心に小作品が加わる。普段制作で使用している素材、木枠とキャンバス地で、引っ張ったり緩めたり、作家が「テンションや撓みの言うことを聞きながら」、貼り合わせた物を展示している。

営業時間:11:00-19:00 (日月祝休)
会場:小山登美夫ギャラリー

作品画像:image from sketch book 2019 ©Hiroshi Sugito

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トム・サックス 「Smutshow」

2019年4月20日(土)から5月25日(土)にかけて、小山登美夫ギャラリーではトム・サックス「Smutshow」を開催する。

本展は、東京オペラシティアートギャラリー(新宿・初台)にて、2019年4月20日(土)から6月23日(日)にて開催される「トム・サックス ティーセレモニー」展との連動企画展だ。

また、関連展示としてKOMAGOME 1-14 cas(東京、駒込)でのトム・サックス「Indoctrination Center」(2019年4月20日(土)–5月14日(火))、ビームス 原宿での「トム・サックス ポップアップストア」(2019年4月19日(金)–5月6日(月・祝))と合わせ、都内4ヶ所をクロスオーバーする、トム・サックス日本初の大規模な展覧会となる。

営業時間:11:00-19:00 (日月祝休)
4月30日(火)- 5月2日(木)営業 / 5月25日(土)は22時まで営業
会場:小山登美夫ギャラリー
オープニングレセプション:2019年4月20日(土)18:00 - 20:00

作品画像:©Tom Sachs

公開日:2019年4月6日

更新日:2019年7月22日

Moderator Profile

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深野一朗

現代アート・コレクター。コレクターとギャラリーの交流に特化した招待制SNSサービス「CaM by MUUSEO」をプロデュース。主な著書は『「クラシコ・イタリア」ショッピングガイド』(光文社)。

Writer Profile

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塚田 史香

東京在住。ライター。PRSJ認定PRプランナー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館です。

終わりに

深野一朗_image

小山さんがローカルの重要性を説かれた時に仰った具体やもの派の例えは示唆に富む。確かに当時の日本は冷たかったかも知れない。しかし、当時制作を続けることが出来たからこそ、後になって欧米の評価を得られることが出来たのもまた紛れもない事実である。だからこそ、「いまここ」で起きていること=ローカルに我々は常に注意を払わなければならないし、それを見せて呉れるのがギャラリーの役割でもあるという小山さんのご指摘には、目から鱗が落ちる思いであった。

ところで、小山さんはギャラリストであると同時に、コレクターでもある。ギャラリストがコレクターであることは別に珍しくないが、誠に僭越ながら小山さんは「相当」なものとお見受けする。フェア会場でご自身のブースを抜け出して、他のギャラリーを見て廻られている小山さんをお見かけしたことがあるが、その目は敵情視察をしているギャラリストというよりもむしろ、面白い作品を探して回るコレクターのものだった。いつか『小山登美夫コレクション展』を見てみたいと思っているのは僕ばかりではあるまい。

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