観るのと買うのは、世界が違う。笹川直子さんは、現代アートに育てられた

観るのと買うのは、世界が違う。笹川直子さんは、現代アートに育てられた_image

モデレーター/深野一朗
文・写真/塚田史香

「みんなと同じでは、つまらない。違う道に進んでみたい」

程度の差こそあれ、誰もが抱いたことのある感情ではないだろうか。しかし多くの場合、なんとなく右へならえに甘んじてしまう。実際に、みんなと違う一歩を踏み出せる人は、意外と少ない。その道を30年歩みつづけられる人は、もっと少ない。

笹川直子さんは、「お気楽OLだった」と自身を振り返る1980年代のバブル期に、20歳で現代アートの道に足を踏みいれた。背中を押したのは、”へそ曲がり”な性格と好奇心。周りとは少し違うことがしたかったという。

それから約30年がすぎ、今、笹川さんは会社経営者として忙しい毎日を過ごしている。その生活を送る傍らでは、変わらずにギャラリー通いをつづけ、現代アートのコレクションを楽しんでいるという。へそ曲がりや好奇心だけでは続かなかったであろう、現代アートの魅力とは?笹川さんに話を聞いた。

アートは遠い世界のモノではなかった

——初めてアートを購入されたのは、1989年、20歳の時だったそうですね。

母の友人が経営をしていた鎌倉画廊さんで、クロード・ヴィアラさんのアート作品を購入しました。

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——60年代にフランスで起こった、Support/Surface(シュポール/シュルファス)の中心人物ですね。

作品自体を気に入ったのはもちろんですが、ヴィアラさんご本人に、会場でお会いできた高揚感もあったと思います。家に飾れないくらい大きな作品でした(笑)。

——当時、若い女性がアートを買うのは、相当めずらしいことだったのでは?

バブル期で、皆がブランドを買いスキーに行く。そんな時代でした。私は、なんとなく決められたルートに乗るような形で、短大を卒業して大企業のOLになりました。でも、性格的にへそ曲がりなところがあって、心のどこかで、みんなと違うことをしたいという気持ちがあったんです(笑)。

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——どうしてアートだったのでしょうか?

大きいのは、母の影響。母は美術大学の出身で、家には私が小さい頃から色々飾ってありました。ちゃんとしたアート作品も少しはあったのだと思うのですが、母が山で拾ってきた枝で作ったものとか、骨董とか変なモノ(笑)。

そんな母に連れられて、はじめてギャラリーに行ったのが、高校生の時です。

当時銀座七丁目にあった「鎌倉画廊」というギャラリーで、今思えば運がよかったのはそこでアーティストとお話をさせていただけたことでした。

「絵って、見ている人と作品との関係の中で成立するんだよ」と、少し難しいことを言われて、よく分からないけれど面白いな、と素直に受けとめました。

その後、鎌倉画廊さんに時々通うようになり、皆さんがかまってくださるようになった。大人の仲間入りができたようで、そのつながりが楽しかったんです。

——もともとアートが好きで、「みんなと違うことをしたかった」とはいえ、大きな買い物だったでしょうね。

100万円くらいだったかな。清水の舞台から飛び降りる、と言いますが、まさにあれ。1回飛び降りてしまえば、後の決断がラクになる。そういう意味で、何事もはやめに1回飛び降りてしまったほうがいいんだろうなと思いました。飛び降りた後は、何とかするしかなくなりますしね(笑)

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新しい世界を予見するアーティストたち

——へそ曲がりではじめたなんておっしゃっていましたが、その現代アート・コレクションが、今も続いているのですよね。笹川さんにとって、現代アートには、どのような魅力があるのでしょうか?

子育てをしていた30代は、一度、アートから離れていましたので、正確にはコレクター歴20年です。その中でいつも感じてきたのは、現代アートの作家と話をしていて学ぶことが、いかに多いかということです。

技術の進歩について、社会の問題について、世界の動きについて、彼らは敏感に感じて、深く考察し、表現している。今だと、メディアアートやバイオアートが注目されていますね。

現代アートには、新しい世界を予見する一面があるのだと思います。炭鉱に入るときのカナリアみたいに、次の未来にいち早く勘づける存在。未来に真っ先に突っ込んでいき、変化を人々に知らせる存在。それが現代アートの作家たちなのかもしれませんね。

——笹川さんはそのような作品も、コレクションされているのですか?

はい。たとえばインターネット空間で動くコンポジション作品で有名なオランダ出身のアーティスト、ラファエル・ローゼンタールRafaël Rozendaal、拠点:NYC、Takuro Someya Contemporary Art所属)さんの作品は、最近のお気に入りです。

Into Time 16 03 02  Lenticular Print with Wooden Frame  2016 (H)165.0 x (W)124.5 cm ©Rafaël Rozendaal, Courtesy of Takuro Someya  Contemporary Art, Photo: Ken Kato

Into Time 16 03 02 Lenticular Print with Wooden Frame 2016 (H)165.0 x (W)124.5 cm ©Rafaël Rozendaal, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art, Photo: Ken Kato

——最近、アート作品をGoogleクロームのプラグインとして発表された方ですね。

私が購入したのは、レンチキュラーという技法で、見る角度を変えたり近づいたり遠ざかったりすることで、見え方が変わる、オールオーヴァーな抽象作品です。

自宅のステンレスの床の廊下に飾っているですが、その色が床に反射して周囲の空気まで薔薇色に変わるんです。廊下を通るたびに、薔薇色でハッピーな気分になれます!

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Into Time 16 03 02 Lenticular Print with Wooden Frame 2016 (H)165.0 x (W)124.5 cm ©Rafaël Rozendaal, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art, Photo: Ken Kato

ギャラリー巡りはフィールドワーク

——笹川さんのコレクション点数と、その内訳を教えてください。

もっているのは100点前後です。その中の約2割が写真、6割が平面、残りがその他です。


——作品は、どのような場所で、どういう基準で購入されていますか?ひとりの作家を深堀して調べたりされますか?

フィールドワークに近いです。ギャラリーに足を運ぶと、気になる作品が見つかる。その時にご縁があったもの、その時の自分の気持ちや好みを反映してコレクションをしています。その意味で、コレクションは自分史とリンクします。

海外のアートフェアにも足を運びますが、購入するのは、これまでのところ、いつも国内のギャラリーです。

なぜならギャラリストとのお付き合いが楽しいから。そして、お付き合いのあるギャラリストの審美眼や選択眼を信頼しているからです。小山登美夫さんNANZUKAさんはじめ、多くのギャラリーにお世話になっています。

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——購入の時は、どのようなポイントをみていますか?

作品そのもののインパクトと、コンセプトと、当然、予算感。その折り合いですね。

「こんなの初めて見た!」という新鮮さに加えて、作家の今後の成長のイメージが決め手になることもあります。「この作家さんは、あの頃の誰々さんに似ているな」という既視感も、大事にしています。


——おもしろいですね、笹川さん独特の目線かもしれません。別の世代のアーティストとの比較、ということでしょうか。

たとえば、アーティストの淺井裕介さん。ギャラリーのURANOさんの企画で、美術館でのライブドローイングの場をたずねたことがあったのですが、淺井さんはとにかくずっと描いていました。描けるスペースがなくなると、自分の腕にも描く。

その後、ライブドローイングとは別な場でご一緒した評論家の方が「淺井さんは、昔の奈良美智さんのようですね」とおっしゃっていました。奈良美智さんがロンドンの企画展に淺井さんを選んだこともあり、私の中で淺井さんと奈良さんのイメージが重なったんです。


——なるほど。それをみて「将来は、奈良美智さんみたいになるだろう」と。

「なるのかな?」くらい。でも、実際には分かりませんよね。中園孔二さんみたいに、残念なことに20代で亡くなってしまう方もいる。分からないところも含めて、リアルタイムでみていけるのが現代アートの醍醐味だと思っています。

私はきっと、作品の先の、人とのつながりもみているんです。現役の作家さんにお会いして、コミュニケーションをして、説明を聞ける。これも現代アートだからできることですよね。コレクター同士やギャラリーとのコミュニケーションやご縁。そこを楽しんでいる自分もあります。

笹川さんが経営する会社では、アーティストとコラボしたブランド<a href="https://www.cinqsens.tokyo/ ">CINQ SENS(サンクセンス)</a> を展開している。「トップブランドが、アーティストとコラボレーションしているのをみて気がついたんです。『そういえば私、アーティストとすごい仲良しだ』って。ラファエルの絵が空間を変え気分を変えるように、パッケージによって楽しい気持ちになり、アートに触れる入り口となったら嬉しいです。」(笹川さん)

笹川さんが経営する会社では、アーティストとコラボしたブランドCINQ SENS(サンクセンス) を展開している。「トップブランドが、アーティストとコラボレーションしているのをみて気がついたんです。『そういえば私、アーティストとすごい仲良しだ』って。ラファエルの絵が空間を変え気分を変えるように、パッケージによって楽しい気持ちになり、アートに触れる入り口となったら嬉しいです。」(笹川さん)

——笹川さんのコレクションから、おすすめの若手アーティストの作品を1点ご紹介ください。

1点と言われると、ものすごく悩むのですが……。潘逸舟(Ishu Han、URANO所属)さんの《海の中で考える人》という映像作品。

トーキョーワンダーサイト渋谷で展示されていたもので、作家自身がロダンの彫刻「考える人」になりきって海の中をゆらゆらと漂っている姿を撮影したものなんです。可笑しさと哀しさと美しさが入り混じっていて、見飽きない映像です。

潘逸舟 海で考える人 2016年 ビデオ (6min. 53sec.)  (c)Ishu Han, Courtesy of URANO, Tokyo

潘逸舟 海で考える人 2016年 ビデオ (6min. 53sec.) (c)Ishu Han, Courtesy of URANO, Tokyo

アートに育てられ、チャンスをつかんで成長した

——ギャラリーにはいくけれど、まだ購入をしたことがないという方には、どのようなアドバイスをしますか?たとえばクロード・ヴィアラの絵を買う前の、ご自身のような若い女性に向けて。

1回買ってみると世界が変わるよ?と伝えたいです。アートは美術館でもみることができますが、鑑賞するだけと、買うつもりでみるのとでは、全然違う。

ほしいと思った作品が、手の届かない金額ということもあるかもしれませんが、私の場合、買える自分になるための努力はしました。

結婚する前まで、夫は「自分もアートが好きだ」といっていた。でも結婚をしたら「アートは自分(笹川さん)で買ってね」って(笑)。

だから、好きなアートを買えるように自分で働くことにしました。おかげで若い時に比べると、少し予算が増えました。

あきらめずに続けていれば、いつかそこにたどり着ける。私自身、アートとの関わりをモチベーションに、成長してきたつもりです。これって、現代アートが私を育ててくれた、ということだと思っています。

ーおわりー

笹川さんのおすすめ若手ギャラリー

NANZUKA
10年以上かけて日本のアーティストを世界へ紹介し、海外ギャラリーとも提携する手腕、情熱はすごいと尊敬しています。

KOSAKU KANECHIKA
独自の審美眼が光る若手ギャラリー。自分がコレクションしていた作家さんが、気づいたらここの所属になっていました。

ASAKUSA
浅草の一軒家というディープな空間で、最先端のキュレーションが見られます。

WAITINGROOM
女性オーナーのアートに対する情熱、ギャラリー以外のオルタナティブ活動、子育てしながら運営しつづけているところ。応援したいギャラリーです。

MAHO KUBOTA
アートへの情熱と冷静のバランスがとれたギャラリー。所属作家さんがバラエティに富んでいます。

公開日:2018年10月22日

更新日:2020年6月8日

Moderator Profile

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深野一朗

現代アート・コレクター。 国内外のアートコレクターとギャラリーのためのオンライン・プラットフォーム 「CaM by MUUSEO」をプロデュース。主な著書は『「クラシコ・イタリア」ショッピングガイド』(光文社)。

Contributor Profile

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塚田 史香

東京在住。ライター。PRSJ認定PRプランナー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館です。

終わりに

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笹川さんは僕と「同級生」(=同い年)ということもあって、一方的に親しみを感じさせて頂いているコレクターさんだ。もっとも年齢は同じでも、コレクター歴には雲泥の差がある。40歳を過ぎてコレクションを始めた自分に対して、なんと笹川さんは20歳で初めて作品を買っている。大先輩なのだ。

笹川さんを拝見していると本当に心からアートを楽しんでいらっしゃるという印象をいつも受ける。最近ではそれがお仕事とも融合し始めていて、アーティストとコラボするブランドを立ち上げたり、アーティストと触れ合えるサロンを設けたりと、どうも最近の笹川さんはノッテいる。私生活とお仕事とアートが渾然一体となって、ポジティブなオーラがあふれている。最近正直「息切れ」気味の自分には、同級生のこのご活躍はほとんど驚異でありまた大いに刺激を受けている。これからの笹川さんの仕掛けが実に楽しみだ。

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