世の中には、さまざまなモノのコレクターがいる。しかし美術品、特に現代アートをコレクションするとなると、どことなく敷居の高さを感じてしまう人も多いようだ。それはひとえに「現代アートってよくわからない」からではないだろうか。
そもそも現代アートとは何だろうか。絵画や彫刻ならただの「アート」でよいのに、そこに敢えて「現代」と付くのは何故か。
そこで当連載企画では『What Is 現代アート!?』と題して、現代アートを取り巻くプレイヤーたちにお話を伺い、現代アートとは何か、それをコレクションするというのはどういうことか、について解き明かしていきたい。(モデレーター 深野一朗)
現代アートのプレイヤーには様々な人がいる。作品を作るアーティスト、美術館のキュレイター、美術批評家、作品を売るディーラーとそれを買うコレクター。連載を始めるに当たっては、まずコレクターたちにお話を伺う。彼ら彼女らはなぜ現代アートをコレクションするのか。現代アートのコレクターであるということにどのような意味があるのか。
記念すべき第一回目のコレクターは宮津大輔さんだ。宮津さんは私の「先生」でもある。藝術学舎(京都造形芸術大学と姉妹校の東北芸術工科大学が共同で企画プロデュースする社会人のためのアートカレッジ)で彼が講師を務める現代アート講座の第一期生でもある私は文字通り彼の生徒であり、講座を修了した後も引続き私淑させて頂いている。
宮津さんの驚くべきところはその目利きぶりとコレクションの質の高さにある。世界には著名な現代アートコレクターが多数いるが、そのほとんどが例外なくスーパー・リッチな超富裕層である。
ところが宮津さんは今でこそ横浜美術大学で教鞭をとられているが、つい先日まで一般企業に勤める「サラリーマン・コレクター」であった。普通のサラリーマンがどうすればこれほど質の高いコレクションを築けるのか。私の興味はそこに尽きる。
普通の人が質の高いコレクションを築くための秘訣は何か?「コレクター宮津大輔の秘密」に迫るべく全2回のインタビューでお話を伺う。
良質な現代アート・コレクションのスタートは草間彌生さんのペインティングから
——宮津大輔さんは現在、およそ400点の現代アート作品をおもちですが、コレクションの内訳を伺うことはできますか?また、日本のコレクターは日本人作家のペインティングをコレクションする傾向が強いようです。宮津さんの場合はいかがでしょうか?
400点のうち、およそ4分の1は映像作品なんです。のこりがペインティングやドローイング、インスタレーションなど。彫刻は、インスタレーションよりも少なめかな。
作家の国別で言うと、3割が日本で、7割が国外。僕は日本人ですから日本のアーティストを応援したい気持ちはあります。日本の若手アーティストの作品を買えるチャンスも多いです。
でも世界水準のアーティストが日本に集中しているわけではありませんので、バランスとしてはこのくらいに落ち着きます。
海外のアーティストの中でも、ここ10年はアジアの作家を買うことが多かったですね。なぜならアジアのアートは、最近になるまで手を出す人が少なかったからです。おかげで、今にして思えば良い作家の初期の作品を、リーズナブルな価格で買うことができました。
——「手を出す人が少なかった」アートに秘密がありそうですが、記念すべき最初の1点は草間彌生さんのペインティングだったそうですね。
そうです。大学卒業後に小さな広告代理店に入社し、そこで30歳になった1994年のことでした。節目の年に自分へのご褒美でブランドバッグや腕時計を買う人がいますが、同じ感覚で、僕は草間さんの作品がほしいと思ったんです。
いま以上に、普通のサラリーマンやOLがアートを買うという風潮もなくどこでいくらで買えるのかは秘密のベールに包まれていました。
美術館にかかる作家の絵を、一般のサラリーマンに買えるのかもわからない。手探りでいくつかのギャラリーに問い合わせてみたところ、当時、河田町にあったフジテレビギャラリーが、草間さんの作品を何点か見せてくださることになりました。
その中にあったのが、白地に黒インクのドットのペインティングです。見た瞬間に「これだ!」と、心の中で即決しました。
その年、僕の夏のボーナスは30万円でした。「しかたがないが、これをすべて使おう」と決意して値段を聞いたら60万円だと(笑)。めっちゃくちゃ悩んでいたら、画廊の方が「今、半分お支払いいただいて、残りは冬でもいいですよ?」と言ってくださったんです。
冬のボーナスで残り30万円を払うことにして、家に帰りました。
——ご家族には相談なく?
はい。すぐ妻に知られることとなり、計画性のなさを叱られましたね。「家庭というのは、二人でやっていくものよね?」と。僕も「申し訳ない。こういう買い物は二度としないから」と平謝り。それが最初の一点です。
日本画好きの少年が、現代アートのコレクターに
——昔からアートがお好きだったんですか?
物心ついたときからですね。小学生の頃、僕のアイドルは日本画家の前田青邨(まえだ せいそん、1885-1977)でしたから。絵を描くのも得意で、小学4年の頃の文集には画家になりたいと書いていました。
でも、ある時祖母に連れられて行った「上村松園・松篁・淳之展」で、ショックを受けたんです。小学生ながらに、これはかなわないと思ったのでしょうね。小学6年の時の文集には「将来は画商になりたい」と書いていました(笑)
——日本画が好きだった少年が、どうして現代アートに興味をもったのでしょうか?
高校生の頃にみた、アンディ・ウォーホル展がきっかけです。
それまで僕は、アートと言えば、超絶技巧で描かれた、花鳥風月やヌード、美しい風景を想像していました。でもウォーホルは、シルクスクリーンで写真を転写しているだけ。しかもモチーフは、電気椅子や事故現場です。
「知っていたアートとは違う!新しい何かに違いない!ウォーホルかっこいい!」と思ったわけです。
そこから現代美術にも目が向くようになり、大学生の時に草間さんの作品と出会いました。『Infinity net』シリーズのペインティングで、作品の前に立った時、『2001年宇宙の旅』(S・キューブリック)のスターゲートに船が吸い込まれていくシーンのような感覚になったんです。
「自分は今、絵の前に立っているのか。絵の中に入っているのか…」と。人工物であんな体験をしたのは初めてでした。
次世代の仲間のためにすべきこと
——購入した作品の管理についても教えてください。それだけの数になると自宅保管は難しいですよね。
ほとんどすべて、倉庫に預けています。
——自宅で鑑賞はされない?
するしないの前に、自宅そのものが、大好きなアーティストと一緒に作ったアート作品なので。
——DREAM HOUSEですね。※編集部注 宮津さんはドミニク・ゴンザレス・フォルステルをはじめ、著名なアーティストたちとともに自宅をデザイン・設計し、家自体をひとつのアート作品にされました。
アートとともにアートの中で暮らし、あとは倉庫に預けています。日本の四季って人間には快適ですが、温度・湿度の変化は作品にとってはストレスですから。
Dominique Gonzalez-Foerster "Moment Dream House" (C)Dominique Gonzalez-Foerster Courtesy of the artist, Gallery Koyanagi,Tokyo and Tokyo Opera City Art Gallery
——飾らない前提で美術作品を購入するようになったのは、いつ頃からですか?
コレクションをはじめて、わりとすぐの頃からです。草間さんの作品だけを集めていた時期でした。
1996年に、僕はオオタファインアーツさんで自分の年収を超える作品を買うことになるのですが、それが草間さんの《ネット 無限の網》シリーズのペインティングでした。これが132cm×152cmある。専門家数人がかりでないと、飾ることのできないサイズですし、当時の僕の家は普通のサラリーマンの家ですよ。
買うと決めた時点で、家の壁に掛けることはもう考えていないんですよね。実際に自宅では一度も飾っておらず、僕がそれを見られるのは、美術館に貸し出される時だけなんです。
"Infinity Net" 1965 Oil on canvas 132cm×152cm (c) YAYOI KUSAMA
——倉庫に預けるにしても、結構な維持費がかかりますよね?
そういうものだと思います。例えばですが、古くてかっこいいポルシェって、維持費がかかりますよね。奥さんとか旦那さんとか、人と暮らすにも維持費はかかります。物でも人間関係でも、買うとか手に入れるのも大変ですが、その後の関係性を維持することのほうがもっと大変なんです。
アートに限らずビンテージのジーンズでも稀覯本でも、今、僕らがそれを楽しめるのは、先達が受け継いできてくれたからですよね。
数百年前、千年も前から「本能寺の変で大変だ!」「第二次世界大戦だ!どうしよう!」とか言いながらも、命がけで守ってきてくれた人たちがいる。ならば、次の世代でそれを大事にしてくれる人たち、将来の自分の仲間たちにも、きちんとバトンタッチしないといけない。コレクターとは、そうあるべきではないでしょうか。
——なるほど。では宮津さんにとっての「現代アートを所有する喜び」は、どこにあるのでしょうか?
僕の考えでは2つあります。1つ目はともに暮らす喜びです。美術作品の良さって、人との付き合いと似ていて、ある人に出会い興味をもち、話をしてみる。恋愛対象としてみるようになり「デートをしたいな」「お付き合いしたいな」「結婚したいな」と思い、一緒に暮らすようになる。
一緒に暮らす大変さもありますが、一緒に暮らして初めて分かる良さもある。美術館のガラス越しの恋と、所有し、ともに暮らすこととは、美術作品から享受する喜びが全然違うんですよね。
——宮津さんの場合、自宅そのものが作品なので、まさに一緒に暮らしているわけですね。では、もうひとつの喜びとは何でしょうか?
美術展って、基本的に赤字なんです。だから日本ならば助成金や税金、アメリカならファンドレイジングで資金を集めて開催する。でもその前に、そもそも誰かが作品を買い、保管しておかないと、美術展も開けません。
有名な作家のペインティングは世界中のコレクターや美術館が、我先にとお金を払いますが、若いアーティストの映像作品やインスタレーションなんかは、誰も買わなかったら美術展に出ることもなく消えていく。
アーティストだって、今日のご飯もたべられない。じゃあ僕が作品を買おう。だから美術館にくる人は、1500円ずつ払ってみてね、という思いもあるんです。
——使命感に近いものでしょうか?
「俺がサポートする」みたいな偉そうなことを言う気はありませんが、でも、これくらい素晴らしい作品なら、美術館の最初の何人か分の入場料を払ったつもりで僕が買おうという思いはあります。これは僕にとっての人生の仕事でもあります。
ずっと愛せる宝物と出会うために
——宮津さんは、過去に1点も作品をリセールに出した(売却した)ことはありませんよね。400点も作品があると、中には気持ちが冷めていく作品もありませんか?「あれ?買ったときはこうだと思っていたけれど、長く一緒に暮らしているとこうなのかな?」みたいなこともあるのではないかと思うんです。
僕は全部、変わらず好きですね。
——出会った頃の気持ちのまま?
そう!だから1点も手放したことはないし、そのくらい好きじゃないと手を出さない。もちろん良い意味で、見方が変わった作品はありますよ。新しい魅力に気がついたり、世の中が変化して作品のもつコンセプトの重要性が増したり。
——そのように長く愛せる作品を選ぶコツはありますか?コレクター同士の最高の誉め言葉として「You have an eye」と言いますが、宮津さんのような目を持つにはどうしたらよいのでしょうか。
褒められちゃいましたね、ありがとうございます(笑)。
ポイントは1つだけで、自分が好きかどうか。世間の評価と、自分が好きだという気持ちを、ちゃんと分けることができれば、作品とコレクターの不幸な出会いはなくなると思います。
「ギャラリーの誰々さんがいいと言っていたから」とか「ヴェネツィア・ヴィエンナーレに出ていた作家のだから」という理由で買うのは、「あの子かわいいと、仲間みんなが言うから付き合いたい」というのと同じだと思うんです。
自分の軸で選んだなら、仮に10年前の買った時は有名で、今は無名になった作家の作品でも、世間での評価額に左右されず好きでいられる。
株を買い、世間的な評価が崩れたら株券は紙くずになるけれど、アートの場合、世間的な評価額がゼロになろうが、自分が好きなら自分にとっては宝物。僕はそこに、アートの懐の深さを感じます。
自分の価値基準でコレクションすること。それこそが難しくもあるのですが、それさえできればアートコレクターは、自分にとっての宝物と暮らすことが出来ます。
ーおわりー
宮津大輔さんへのインタビューは、第2回へ続きます。
終わりに
自分の軸で選んだなら、いつまでも好きでいられる。そう言える宮津さんはやっぱりカッコイイ。なぜなら「自分の軸」をしっかり持つというのはとても難しいからだ。現代アートは底なしの大海である。そこで遭難することなく目的地にたどり着くためにはぶれることのないコンパスが不可欠だ。宮津さんはそれをもっている。ぶれない軸を持つこと。それが質の高いコレクションを築くコツなのかもしれない。次回は現代アートの買い方から注目の作家まで、より具体的なノウハウを伺っていきたい。