だから僕は、ギャラリーで買う
——アート作品を購入できる場所は、ギャラリー・画廊だけではありません。たとえばオークションやアートフェアなどもありますが、普段どのようなルートで購入されますか?
僕はほぼ100%、ギャラリーで買いますね。
——少し意外です。若い作家さんから直接購入するチャンスもありますよね?
たしかにコレクターさんの中には、美大・藝大の卒業制作展で青田買いをするという方もいて、学生さんの方も、それを分かっているから展示作品の脇に名刺をおいていたりすることはあります。
過去にはギャラリーに所属する前の若手作家さんから直接購入したこともありましたが、基本的に、僕はギャラリー所属後に買いたいと思ってます。
——ギャラリーでの購入にこだわる理由を教えてください。
理由は2つありまして、1つは現代アート作品の場合、作家が存命でプライマリーでの購入ならば、偽物はあり得ないからです。
セカンダリーでは、サザビーズやクリスティーズのような国際的オークション・ハウスでさえ、過去に贋作(の可能性が極めて高い作品)が出品直前までわからなかったというケースもありました。
2つ目の理由として、僕は自分が好きなアーティストがずっと活動を続けられるような支援をしたい。そういう気持ちはあるのですが、元はサラリーマンで今は貧乏学者。「これは」という作品を購入して応援するのが精一杯です。
そうやって僕が1点しか買わなかったとしても、たとえその作家が創作活動を止めてしまったとしても、ギャラリーに落としたお金は、積もり積もって次のアーティストを世に出すためのお金になる。
そこに敬意を表して、僕はギャラリーから買いたい。他の購入方法がダメというわけではなく、僕の意志。といいつつ僕はギャラリーに、分割払いでご迷惑をおかけしているんですが(苦笑)。
宮津大輔・著 『現代アートを買おう!』 集英社新書
——アートフェアは、一般の人にもアクセスしやすい場だと思われます。宮津さんはどのように活用されていますか?
僕にとって、アートフェアは買うより情報収集や人に出会う場所ですね。フェアならば、百軒単位のギャラリーを一気に見てまわることができます。そこが大きな魅力ですが、買うのは、アートフェアの後に作家さんがギャラリーで個展を開く時が多いですね。
初めて行く方はアートフェアの雰囲気にのまれて、本来の好みとは少し違う、他のブースや隣の作品と比較して、単に目に留まっただけの作品を買ってしまうことがあるかもしれません。
インタビューの前編でもお話しましたが、自分の軸で本当にその作家のその作品が好きなのか、コンセプトに共感できるのかを自問自答することが大切。楽しみながら冷静に!(笑)
ギャラリーの扉を開けてみる
——宮津さんはギャラリーで購入されるということですが、ギャラリーは敷居が高くて、扉が重くないですか? 僕個人の感覚として、精神的にも物理的にも扉が重い。
たしかに重い!(笑)実際、一部には排他的な空気のギャラリーもありますよね。スタッフの方も知っているお客さんがきた時には「ああ、〇〇さん!どうも~!」って駆け寄るのに、知らない人の時は、パソコン打ちながら、無言で一瞥……みたいな。
——それです!(笑)
洋服屋さんにも同じことが言えると思うのですが、「冷たくされる=自由にみて良い」ということなんじゃないのかな。「サイズはどうですか?」とかあれこれ話しかけられない分、ゆっくり見られると思えばいい。
でも、本当に買う気がある時は、事前に電話の一本でも連絡することが結構大事。
「実際に買うかどうか迷っていますが、展示中の作品にとても興味があります。気に入った作品が私の払える金額で買えるなら、購入を前向きに考えたいのですが、何日の何時に伺えばよろしいですか?」と。
そのような連絡をくれたお客さんに対してなら、ギャラリー側も準備万端待っていてくれるはずです。皆さんが、人気レストランに行くときにやっていることと同じことをすればいいだけです。
そして本当に気に入った作品があった時には「プライスリストを見せてください」と言えば、価格表をみせてくれます。
——みせてもらって価格が予算とあわない時はどうされますか?
ものすごく気に入ったけれどこれは買えない、と思ったら正直にいいます。「予算は〇〇円くらいなので、この作品は買えないのですが、この作家さんがすごくいいと思いました。この作家さんの版画とか、小さいサイズの作品はありませんか?」と。すると何かしら提案してくれることが多いです。
——参考までに、インターネットでアート作品を購入することもありますか?
信用しているギャラリーの知っている作家の作品であればメールのやり取りだけで買います。今は高解像度で画質もいいですし、映像作品であれば、ほぼ本物を見ることができます。作家のバックグラウンドや思想、シリーズ作品のコンテクストが分かっていれば、本物をみなくても買うことはあります。現代アートでは、コンセプトがものすごく重要なので。
宮津さんが現代アートに期待すること
——コンセプトですか。前編のインタビューの中でも宮津さんは、「世の中が変化して作品のもつコンセプトの重要性が増すことがある」と仰いました。それほど宮津さんにとって「コンセプト」というのが重要なんですね。
僕がコレクションしているのが、現代アート作品だからというのも大きいです。「現代アート」の定義からお話しすると、1950年代以降の作家の作品をコンテンポラリーアート(contemporary art)だという人もいれば、時代で区切ることはできないと考える方もいます。
contemporaryという単語には「現代の」だけでなく、「同時代の」という意味もあります。つまり「この時代でなければ表現されることがなかった」「同時代性と社会性を備えている」といえる作品を「現代アート」だと私は認識しています。
今我々が生きているこの時代とのつながりが薄い作品は、ただ現在つくられただけの「現在アート」ではないかなと思っています。
その上で、現代アートというものは、多種多様な価値観をもつ人たちがお互いの違いを知り、尊重し、共存するためのツールやヒントとなりうるものだと思っています。
——宮津さんは今、どんなアーティストに注目されていますか?
ビジュアルとコンセプトのバランスがとれた作品に、魅力を感じます。作家の中に強いコンセプトがあるか。それをどう視覚表現に転換し、我々にアピールしているか。そんな基準で選んだ、3人のアーティストを紹介しますね。
フォトグラファー 武田陽介さん(タカ・イシイギャラリー所属)
武田陽介 「081112」2012年 LightJet Print © Yosuke Takeda Courtesy of Taka Ishii Gallery
武田陽介 「074418」2012年 LightJet Print © Yosuke Takeda Courtesy of Taka Ishii Gallery
まず1人目が、フォトグラファーの武田陽介さん(タカ・イシイギャラリー所属)です。非常に美しく完成度の高い写真作品を発表されています。光をどのように捉えるかというのは、印象派の頃から連綿と続く流れですが、そうした問題に対して彼はデジタルカメラやビデオを通した現代的な視点で追及しています。
ペインター 坂本和也さん(nca |nichido contemporary art所属)
坂本和也 Sakamoto Kazuya 「Echinodorus」2012年| 162 x 130 cm | Oil on canvas ©Kazuya Sakamoto Courtesy of nca | nichido contemporary art
続いて、ペインターの坂本和也さん(nca |nichido contemporary art所属)。自分の家で育てている水草をモチーフにしていますが、表現されているのは、ある種のミクロコスモス。世の中の多様性やエコシステムを水槽内に映し込んだ作品を発表しています。
ペインター 富田直樹さん(MAHO KUBOTA GALLERY所属)
Night Rain (Yosame), 2014, Oil on cotton ©︎Naoki Tomita / MAHO KUBOTA GALLERY
最後に、もうお一人ペインターである富田直樹さん(MAHO KUBOTA GALLERY所属)を紹介させてもらいたいと思います。
一見荒々しいタッチですが、離れてみた時と近づいてみた時で作品から受ける印象がまるで違います。
描いているのは日本の郊外の何気ない風景。バイパスができ、チェーン店ができ、そこに暮らす人がいる。見慣れている風景も、外国の人たちにとっては観たことのない風景。そういう時に感じる違和感を捉えた、視点の新鮮さとダイナミックな筆致が生み出すリズムが魅力です。
アートの解釈は、100人いれば100通り
——最後に、これから現代アートを買ってみようかと考えている人に対して、コレクターのパイオニアとして何かアドバイスを頂けますか?
現代アートって、今の世の中の仕組みや政治、経済などと密接に関わっています。だから、1つは世の中のこと全般に興味を持ち、アンテナを張っておくことが大事です。
もう1点はある意味逆説的になりますが、毎日の仕事を一生懸命やることも大切だと思っています。仕事を一生懸命やれば、自分の専門分野を窓口にして、その人なりの社会が見えてくる。するとコレクションも、その人なりのモノとして形づくられていくのではないでしょうか。
思えば、僕は運が良かったんです。まず、初期に集中して草間彌生さんの作品をコレクションできた。そして僕がコレクションを始めた時期と、現在、第一線で活躍するギャラリストの方々が、独立して自分のギャラリーを開きはじめた時期が重なった。
小山登美夫さん(小山登美夫ギャラリー)や石井孝之さん(タカ・イシイギャラリー)、小柳敦子さん(ギャラリー小柳)、そして大田秀則さん(オオタファインアーツ)たちですね。
これから現代アート作品を買ってみようかと考えている人も、まずはギャラリーに足を運んでみてほしいですね。自分と同世代で、なんとなく趣味が似ているなと感じられるギャラリストに出会えたら、その人とディスカッションを楽しみながらお気に入りの作家を見つけて、その魅力を探っていくというのがいいんじゃないでしょうか。
アートの解釈は、100人いれば100通り。あくまで一人ひとりが、自分の軸で見て、好きな作品を見つけ出してほしいですね。
ーおわりー
終わりに
宮津さんは世界的にも有名なコレクターであるにもかかわらず、いつもユーモアたっぷりの冗談を交えながら気さくにお話をしてくださる。しかしその明るいムードとは裏腹に、発せられる言葉は実にシリアスだ。とりわけ最後に仰った「毎日の仕事を一生懸命やる」というひとことは現代アートとの向き合い方を見事に言い当てている。一見難解な現代アートだが、そのテーマは「今ここで起きていること」にほかならない。アーティストはそれをオブラートにくるみながら何重ものレイヤーで表現してくる。それに感応できるかどうかは鑑賞者の日々の「心がけ」次第だ。「毎日の仕事を一生懸命やる」ことで積極的に自分を取り巻く社会とかかわっていく。そんな真摯な態度が大切だというひとことは、日々を怠惰に送る私の胸にグサリと突き刺さった。やはり宮津さんは私の「先生」だ。