「You are what you "collect".」現代アート・コレクター深野一朗のコレクション観

取材日: 2018年8月24日

文・写真/塚田史香

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現代アートは、時に読み解くことがむずかしい。現在進行形なだけに、美術史におけるはっきりとした評価が定まっていないことも多い。そんなアート作品を購入するコレクターさんは、何をみて、何を決め手にしているのだろう。

そこで現代アート・コレクターの深野一朗さんに、こんな質問をした。

‟身近な方がアート作品の購入を迷っていたら、どんなアドバイスをしますか?”

深野さんは「何もいえません」と笑った。

現代アートとの出会いから、作品購入時のチェックポイントまで、深野さんはなんでも具体的に答えてくれていたので、この反応は少し意外だった。しかし「何もいえない」の先にあったのは、あらゆるジャンルの純粋なコレクターほど、深く共感できるであろう、深野さんのコレクション観だった。

あなたなら、どんなアドバイスをしますか?あなたは、何を集めますか?

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現代アートに、ざわざわゾクゾクさせられたい

——深野さんにとっての「よい現代アート」の基準を教えてください。

ざわざわ、ゾクゾクするか。エキサイトできるか。具体的には、今までに考えもしなかったようなことに気づかせてくれたり、自分の目を開かせてくれたりする作品を良い作品だと判断します。


——そのような作品は、みた瞬間にピンときますか?

みた瞬間に、ということは、ほぼありません。見た目がどうでもいいということではなく、表現の新規性は大事です。

何かを表現するとき、文章、写真、映像、彫刻や絵画、パフォーマンスも含めさまざまな手段がある中で、あえてこの手法、この形、この色であることの必然性と、その組み合わせの目新しさ。表現したいことと手法の新規性がバチっとはまっていると、ゾクゾクっときます。

——たとえば、どのような作品にざわざわゾクゾクしましたか?

自分のコレクションから紹介すると、たとえば2015年に発表された、小泉明郎さんの「忘却の地にて」という映像作品があります。これは2つのモニターをつかったビデオインスタレーションなのですが、一つは部屋の入口に入ってすぐのところ、もう一つは部屋の奥に裏返して置いてあり、廻りこまないと見えないようになっています。

展示風景:「境界」高山明+小泉明郎展、銀座メゾンエルメスフォーラム、東京、2015  © Meiro Koizumi  Photo: Nacása  &  Partners  Inc.  Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

展示風景:「境界」高山明+小泉明郎展、銀座メゾンエルメスフォーラム、東京、2015 © Meiro Koizumi Photo: Nacása & Partners Inc. Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

最初のモニターには海や炎の映像が映っており、男性の声だけが聴こえる。その話の内容というのが、戦時中に犯した「ある出来事」の告白なんです。男性はそれをとても苦しそうに語る。

途切れ途切れになったり、同じことを何度も繰り返したり。よほど辛い経験だったのでしょう。トラウマともいえる悪夢を思い出したくないのが良く分かる語り声です。

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小泉明郎「忘却の地にて」2015 2チャンネル・ビデオ・インスタレーション、絵葉書 © Meiro Koizumi Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

次に、2つ目のモニターへ進むと、1人の男性が映っている。先ほど聞いた告白を語っているのだけれど、すぐに疑問がわくんです。告白の内容は、太平洋戦争中のことだと推察されるのに、この語り手は、あまりに若い。とても戦争経験者には見えないんです。

——役者さんでしょうか?

苦しそうに声を出すさまは、到底演技とは思えません。そして鑑賞後に分かったのは、その男性は事故が原因で重度の記憶障害をもち、あらゆる事柄を、覚える先から忘れてしまう。

作家の小泉さんは、自身が図書館で見つけた旧日本兵のある告白を、その男性に暗記してもらい、カメラの前で"告白"してもらっていたんです。男性の記憶はどんどん曖昧になっていく。最初に聞いたあの苦しそうな声は、薄れゆく記憶に必死にしがみつこうとする男性の苦悶の声だった。

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小泉明郎「忘却の地にて」2015 2チャンネル・ビデオ・インスタレーション、絵葉書 © Meiro Koizumi Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

——考えさせられることが多いですね。

人間にとって記憶とは何であろうか。旧日本兵にとって記憶は生きる上で足枷になっていたに違いない。しかし、カメラの前の男性にとって記憶は取り戻したいもの。

この男性は、よく悪夢を見るというんです。それは部屋の中に闇が忍び入って、ついには男性自身が闇に呑み込まれてしまうという夢。

どうにかこうにか、「告白」を終えた男性は、はにかみながら、やっと終わったという感じで「頭の中が真っ白です」って。僕は、この一言に救いに似たものを感じました。この終わり方はそれまでの小泉作品にはなかったものです。

コレクションする前に、可能な限り調べます。

——コレクションの基準も、その「ざわざわ、ゾクゾク」ですか?

コレクションにあたっては、さらに現実的な基準を設けて、徹底的に調べます。過去にコレクションしたことのない作家さんの場合、まずCV (カリキュラム・ヴィタエ≒履歴書)を取り寄せ、経歴、展歴、所属ギャラリーの情報、批評・展評も可能な限り調べます。それでも分からないことはすべてギャラリーや作家本人に質問します。


——展歴ではどういった点をみますか?

コンスタントに作品を発表できる作家なのか。発表の場は、ギャラリーだったのか、美術館だったのか。あるいはビエンナーレのような国際展だったのか。展覧会が開かれた当時、批評家はどの媒体でどう評価したか。グループ展であれば、どのキュレイターがどのような意図で企画し、他にどんな作家とともに括られて紹介されたか。

親しく交流している他の作家たちも、大事な判断材料です。美術史を振り返ってみると、後世の研究者によるグルーピングとはいえ、時代ごとに、同時代の作家の横の交流から沸き上がったムーブメントのようなものがある。それが後世の評価と少なからずリンクしているようにもみえる。

だから、仲間の作家たちがどのような活動をしているか、そこからある傾向が見て取れるかも確認します。

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——所属ギャラリーも大事なのですね。

極めて大事です。そのギャラリーには他にどういう作家が所属していて、それぞれどのようにプロモートされているか。どういうコレクターが顧客にいるか。国際的なアートフェアに継続的に出展できているか。可能な限り時間をかけて調べて、折り合いがついた作品をコレクションします。


——コレクションに加えた後の、世間的評価は気になりますか?

コレクションを始めた当初は気にならなかったのですが、続けるうちに気になるようになってきました。やはりいつかは世間にも評価されるアーティストになってほしい、という思いがあります。


——では、すでに評価が定まった作家さんの作品を買うこともありますか?

それは、ありません。そういう作品が、例外なく値段が高いというのもありますが、そもそもエスタブリッシュされた作家さんの作品にはゾクゾクしないからです。

コレクションは、自分にとってのある種のエクスタシーです。新雪のパウダースノーの中にバサッと踏み出すような感覚を求めています。

購入後も長く愛せるのは、オープンエンドに対話がつづく作品ですね。宮津さんも仰っていたように、50年前に何かの意図を持って作られた作品が、時代を超えて、現代の全く別の社会問題を語り始めることがある。あり方が一義的でなく、かつ、意味を持ち続けることができる作品は理想的です。


——時代にあわせた意味を作品に見いだせるかは、受け手にもよりますよね?

そこがアートの懐の深さであり、コレクターの力量が試されるところでもあります。アートは、ただそこにあるだけ。作品にどうアプローチし、何を得るかは観る側のリテラシー。これを面白いと感じられるなら、現代アートも面白いと感じられるのではないでしょうか。

——現代アートはいつごろからお好きだったのでしょうか?きっかけを教えてください。

きっかけは、2011年の東日本大震災です。当時僕は、ガラスをコレクションしていたんです。食器ではなくvase(花瓶)のような装飾的なもの。ヴェネチアングラスや北欧のヴィンテージを、結構なお金と情熱をかけてコレクションしていました。それが震災で、7割がた壊れてしまったんです。


——差し支えなければ、被害の程度を伺えますか?

2000万円近かったかな(苦笑)。とはいえ多くの方が被災し亡くなられ、東京でも電車が止まり、余震が続き、節電が始まりTVは自粛ムード。とても「ガラスが割れた」なんて言える雰囲気ではありません。だから当時は口にもしませんでしたが、ふり返ってみると、精神的に傷ついていたのだと思います。

大事なコレクションが…という話ではなく、ガラスがシェルフから落ち、床でバラバラに散らばった光景は、ビジュアル的にものすごくショッキングだった。

日常が戻りはじめ、何か新しい趣味をもとうと思った時に、「物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさを」と考えた。そこで思い出したのが、美術鑑賞でした。


——それ以前から、美術がお好きだったのですか?

1999年から4年間、イタリアに住んでいたことがありまして、当時は時間をみつけてはヨーロッパ中の美術館を巡っていました。日本に巡回展でくるような作品を、現地で徹底的にみていたんです。西洋美術史もその時に勉強しました。でも当時は現代アートをほとんど見ていなかった。見はじめるなら、今かなと思ったんです。

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——現代アートには、抵抗なく入ることができましたか?

西洋美術を観る目では理解できないところに、とっつきにくさを感じることがあります。僕もそれまで、現代アートにはちっとも興味をもてませんでした。

何を言いたいのか分からない、って。でも、さっそく訪れた現代アートの美術展で、オーディオガイドを借りてみたところ、ものすごく分かりやすくて、びっくりするほど面白かった。現代アートの面白さは、見た目以外のところにあると体感し、一気にハマってしまいました。


——その後、宮津大輔さんが講師をつとめる藝術学舎・外苑キャンパスの講座の第一期生となり、深野さんご自身もコレクションを始められました。現在は、どのような作品を何点ほどおもちですか?

コレクションの多くは、倉庫に預けてあります。6畳ほどのスペースが、満杯になるくらいのコレクション数です。正確な数を把握していなくてすみません(笑)。

インスタレーションなどもありますが、絵画や写真、それから映像作品も多くコレクションしています。映像作品が占める比率が高いのは、宮津さんの影響です。

「You are what you collect.」あなたは、あなたが集めたものでできている

——この記事をきっかけにギャラリーに足を運んだ方が、これはという作品に出会い買うか買わないかを悩んでいた場合、しかもそれが深野さんの身近な方だった場合、どんなアドバイスをされますか?

それは……、難しいですね(笑)。資産運用が目的のコレクターさんであれば、「専門のアドバイザーをつけるといい」って答えるのですが、純粋にコレクションをする人には、多分何もいえません。だってコレクションって、エゴですから。

——コレクションは、エゴですか?

今日お話したコレクションの基準も、あくまで僕の基準。僕はコレクションを通じて、自己を表現している気がする。「You are what you eat.」というフレーズを聞くことがありますが、コレクションにも同じことが言えます。

「You are what you collect.」。あなたは、あなたが集めたものでできている、といえばいいのかな。

コレクションの形成は、自分自身を形づくる行為にも似ています。足したり、シェイプを変えたり、そぎ落としたり。どれだけ親しい間柄でも、アドバイスが難しいのはそのためです。これは現代アートに限らず、あらゆるジャンルのコレクターさんに共感いただける感覚ではないでしょうか。

ーおわりー

取材ライターが感じたひと言

You are what you collect. この言葉を聞き、最初に想像したのは、ガラス・コレクションが壊れてしまった時の深野さんの喪失感でした。現代アートはもちろん、すべてのコレクターさんへのリスペクトを感じます。

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