ミロとは?

ジョアン・ミロ(Joan Miró・1893年生まれ)は、スペイン出身の美術家。
1912年スペイン・バルセロナの美術学校に入学し、1919年パリへ移住し多くの絵を描き始めた。パリではピカソ(Pablo Picasso)など美術家と交流を持つようになり、「シュルレアリスム運動」の主唱者であるアンドレ・ブルトン(André Breton)とも出会う。ブルトンはミロの自由奔放な絵画こそが真のシュルレアリスムであるとして共鳴し、グループに迎え入れられることとなった。
月や星、女性、鳥など身近なモチーフをデフォルメした有機的な形と鮮やかな色彩で表現した、具象と抽象のあいだを描いているような独特な画風が特徴的。
1956年にはイタリア・パルマに大規模なアトリエを構え、作品の規模も大きくなっていった。アトリエでは絵画や版画以外の分野の職人との共同制作も幅広く展開し、陶器、壁画、彫刻などを次々と生み出した。晩年にはコンクリート製の大型彫刻や壁画などのパブリックアートの大作を数多く残した。

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近代日本写真史における前衛写真は、海外から伝わってきたシュルレアリスムや抽象美術の影響を受け、1930年代から1940年代までの間に全国各地のアマチュア団体を中心に勃興した写真の潮流です。活動期間が短く、またピクトリアリズム写真やリアリズム写真といった潮流の間に位置することでこれまではあまり顧みられていませんでした。しかし、ここ数年福岡や名古屋をはじめとする各地の美術館により研究が進み、海外の展覧会でも展示される機会も増えています。

今回はオルタナティブ・ロックバンド「羊文学」ボーカル・ギターの塩塚モエカさんをお招きし、東京都写真美術館学芸員の藤村里美さんと展示を観ながら言葉を交わしました。新しい表現を模索した作家の足跡を、前衛写真を塩塚さんはどのように観たのでしょうか。

※こちらはTOPMuseum Podcast「#01ゲスト・トーク|塩塚モエカ(ミュージシャン)×藤村里美(学芸員)【アヴァンガルド勃興】(前編)」のトークを編集した記事です。