付箋でもいい。郵送で受け取った仕事の資料やサンプル品に、手書きで一言「よろしくお願いします」「ありがとうございました」の言葉があると、一瞬でも送り手の顔が思い浮かぶ。一言もないと、意識はすぐにモノに向く。
その一言が付箋ではなく、一筆箋に書かれていたらどうだろう。
一筆箋というと、タテ書きに花のイラスト等があしらわれたもの想像される方が多いかもしれないが、ここで紹介したい一筆箋は少し違う。
抜け感のあるデザインで、紙質はノートのようなカジュアルさ。どこかでみたことがあると思ったら、ツバメノートと同じデザイン。女性っぽくも男性っぽくもないのでビジネスの場でも使いやすく、活版印刷で入った罫線には味がある。便箋よりも軽やか。付箋よりも印象的。
そんなプロダクト『NOTEPAD 活版印刷一筆箋』をデザインしたのは、池上幸志さんとオオネダキヌエさんによるクリエイティブユニット「yuruliku(ユルリク)」だ。ふたりのアトリエを訪ね、『NOTEPAD 活版印刷一筆箋』を作った理由ツバメノートに製造を依頼した経緯、さらにyurulikuのモノ作りへの思いを伺った。
NOTEPAD 一筆箋。2011年発売。W175mm×H84mm。表紙は毛入り紙のオフセット印刷。中紙は30枚。クリームフールス紙に、活版印刷で罫線が入っている。486円(税込)
使いやすいものを形にしたい
2005年より小さな文房具レーベルとしてオリジナルのプロダクトを発信しつづけているユルリクは、2010年に発売したGreenMarkerでグッドデザイン賞を受賞。
その翌年の2011年に、NOTEPAD 一筆箋を発売した。きっかけは女性だけでなく男性にも使いやすい一筆箋がほしいという、個人的なニーズだった。
「今でこそ男性でも使える一筆箋が増えてきましたが、作った当時はほとんど存在しなかった。自分たちが使いやすいものを形にしたい、というところからスタートしました」
金曜日と土曜日はアトリエを開放し、ショップとしても営業する。
検討を重ねいよいよ実現に向け動き出したとき、製造はクラシカルな表紙のノートで知られる日本の文具メーカー、ツバメノートにお願いすることにした。
「ツバメノートさんとは、一筆箋より以前から、ノートのデザインをさせていただく等のご縁がありました。お付き合いが深まる中で、ユルリクの『オリジナル商品が欲しい』と思うようになり、『気軽に使える一筆箋が欲しい』の思いとクロスしたんです」(池上さん)
一筆箋は万年筆と相性のいいものにしたいと考えていたyurulikuにとって、万年筆好きの方にファンが多いという点も、ツバメノートは理想のパートナーだった。
気軽に持ち歩け、余白を埋めてくれる一筆箋
NOTEPAD 一筆箋は、表紙も中もツバメノートと同じ紙、見た目のデザインも近いものに作られている。そこには便箋ほどはかしこまらず、気軽に使ってほしいという想いが込められている。
「いつものノート、いつもの延長線上で使える一筆箋。ノートと一緒に持ち歩いても馴染む一筆箋にしたいと思いました」と池上さんは話す。
「付箋やメモよりは少し畏まる。でもできるだけ気楽に、緊張せずありのままの気持ちを一言二言書いてもらえたら」とオオネダさんも言葉を重ねる。
ブレとかズレ、そういう温かさ
日常の延長線上で、緊張はせずありのままに。このコンセプトの実現には、中の紙の罫線も一役かっている。NOTEPAD一筆箋の表紙をあけ、オオネダさんは活版印刷で入れられた罫線を見せてくれた。
「オフセット印刷だと仕上がりは均一です。そこがオフセットの良さなのですが、この一筆箋には活版印刷がもつ、ほんの少しだけブレたりズレたりという温もりがほしかったんです。一冊だけ手にとってみるだけでは分かりませんが、並べてみると、ロットにより罫線の濃さも結構違う。濃いブルーの時もあれば、薄めのブルーの時もあります」
中の罫線は、「Section」は書く時に邪魔にならない薄いグレーの方眼。「Ruled」の横罫は、個性的なイエロー。「Plain」は、ブルーの飾り罫。2014年に発売された「Frame」は、先の3種類より少し多めに書ける。
「昔と比べて、手紙を書く機会のない若い方にも、ちょっと一言二言書くシーンが、逆に新鮮に映ったらいいですね。とはいえ実際に書くことと言えば『よろしくお願いします』の一言くらい。ですからデザインする時は、間を埋めてくれる余白を意識しました」
横罫線の幅は、10㎜と広め。方眼も上下左右にちょうど良い余白がある。がんばって文字で埋めようとしなくとも、一言でさまになる。
「これ以上書くスペースがあると、かえって苦しいんですよね」と、オオネダさんは笑う。
拙い文字でも、罫線の雰囲気と文字数ならなんとか逃げ切れる。
製造の工程においては、技術力の確保と価格の折り合いが課題となった。この一筆箋が、職人さんの製本技術により支えられているからだ。
まず、印刷をキレイに仕上げる活版職人さんがいる。印刷ができたら、次に製本職人さんがこのプロダクトの形に製本する。
ここが特に難しいという。梅雨の時期には、湿気にも左右される。表紙と中で紙の種類が違うため、そこの伸縮率にも差が生まれる。後発のシリーズ「Frame」では、約3倍のインクを使うため乾く段階での紙の縮みがさらに大きくなる。
「NOTEPAD Frame 活版印刷一筆箋」は赤と青の2種類。2014年発売。
製本のむずかしさは、製品化のためにクリアしなくてはならない課題だった。最終的には職人さんの技術と長年の勘に頼る形で解決し、発売に至った。
池上さんは「これは東京でのモノづくりをしていく上での課題ともいえるのですが」と断りを入れた上で、これからは職人さんたちの技術力を確保することがますますむずかしくなるという。
高い技術をもつ製本職人さんの高齢化が進んでいるのだ。
オオネダさんもその話にうなずく。
「最近も腕の良い職人さんのうちのおひとりが、ご高齢で引退されました。今のところは大丈夫ですが、活版印刷を使った一筆箋は、将来的にはこの価格でこの質を保つことがむずかしくなっていくかもしれません」。
ユルリクの作り方
2010年より居を構えている御茶ノ水のアトリエ。窓の下には神田川が流れ、目線の高さに御茶ノ水駅に入出する電車が見える。「いい場所ですね」というと「運がいいんです」とオオネダさん。
なぜならオオネダさんは、大の電車好きなのだ。この部屋からは総武線、中央線だけでなく、普段は地下を走る丸ノ内線も観ることができる。事務所を探していた時に、偶然この物件に空きが出たことを知らされ即決した。
ご夫婦である二人は、自宅からここまで毎日自転車で通っている。タイミングにより、3路線が同時にみえることもある。電車は行きかうけれど中は静かで、池上さんの趣味のジャズが流れていた。
このアトリエで、二人はどのようなスタイルでデザインの仕事に向き合っているのだろうか。聞けば製作中は「少し離れてみること」を心がけ、判断のときは「自分が買いたいかどうか」を基準にしているという。
たとえばNOTEPAD 一筆箋の制作時も、いくつかの罫線のパターンができたら、いったん放っておく。
「距離と時間をあけてみると、ここをこうしたらいいんじゃない?というアイデアが次々に出てきます。出てこなくなるまで、時間をおきます」(オオネダさん)
「できるだけ長く使い続けられるものにしたいという思いもあり、すぐに飽きてしまうモノにならないよう気を付けながら冷静に見直す。その繰り返しです」(池上さん)
興味深いのは、二人が役割分担をしていないこと。
「ユルリクはこの一筆箋に限らず、すべてを二人で作ります。役割は分けずデザインも一緒に進めます」と池上さんはいう。
片方が進めたものを、もう片方が直し、ひとつのモノをよりよくするために変えていく。パソコンで作業して、少し席を外して戻ってきたらデザインが変わっているということも日常茶飯事なのだそう。
夫婦とはいえ、当然意見がわかれることもあるからこそ2人は、ひとつの判断基準を設けている。それが「自分がそれを買いたいか」だ。
「どんな商品を作る時も、最初のハードルは自分たちでお金を払ってそれを買うかどうか。今は企業の中にいるデザイナーではないので、作りたいものを作ることができます。だからこそ商品にするならば最低限、そこは重視しています。極端な話、誰も買わなくても自分たちだけは買うというものにしておかないといけない。それを2人という最小単位で、常に検証し続けます。一人が作ったものを片方が『そんなのいらない』と言えば、そこをクリアしないといけない」(池上さん)
「そこで喧嘩になることもあります(笑)。『私がこんなに一生懸命何日もかけてデザインしたものを、なぜあなたは簡単に否定するの?』って。でも少し冷静になれば『たしかに会社の営業さんなら、これをもって営業にいくのはいやだろうな』とか、気がつくんです。頭の中には常に何人かの自分がいる気がしますね。サラリーマン時代に営業さんや他の部門の人から言われたような言葉を、今は頭の中のもう一人の自分が言っている感じです。企画会議、営業会議もこの二人だけですがとことんやります」(オオネダさん)
変化を見据え、変わり続ける
オオネダさんは今、自身が興味をもつ電車や地図に関わる仕事の機会を多く得ている。次の目標は何かと尋ねると、「続けていくこと」と答えてくれた。
「常に、続けていくことが目標です。物事を始めるのは意外と簡単で、同じクオリティでずっと続けていくことのほうがずっとむずかしいと思うんです。続けるって、変化の連続の中で、変わりながら続けていくことですから」
池上さんもまた、これからについては変化を見据えた思いを語る。
「人の気持ちに近いところを、プロダクトに入れ込んでいきたい。それはこれまでも今も変わりません。でも『気持ち』は変わっていくものですよね。時代でも世代でも、性別や国籍でも、気持ちは変わります。そんな中に常に共通するものを見つけて、プロダクトに反映していけたらと思います」
同時に、時代による変化、世代や性差や国によるギャップは、現時点でもすでにユルリクが向き合っている課題だという。
「一筆箋も、作った当時は男性向けのモノがほとんどなかったけれども今はたくさんあります。時代の流れとしては、一筆箋を添える行為自体が減っています。それに加えて今、この一筆箋はイギリスを中心にヨーロッパでも販売いただいているのですが、海外の方はこれを横長サイズの、ちょっと変わったノートとして受け止めています。作ってみて初めて分かること、変わっていくこともふまえて、今あるものを否定するのではなく、次に『あう形』を常に探していきたいですね」
人がいて、思いがある。人がいる限り、人がモノに込める思いもなくならない。誰かに思いを伝えたいときは、ぜひNOTEPAD 活版印刷一筆箋を思い出してほしい。
ーおわりー
yuruliku
2005年、デザイナーの池上幸志とオオネダキヌエにより結成されたクリエイティブユニット。yuruliku(ユルリク)の語源は、「ゆるり」と「ゆっくり」からきている。鮮やかな配色や、文房具をパターンに盛り込むなど、ユニークなデザインが特徴。文具をはじめ使うことが楽しく、嬉しくなるようなものを提案している。
ユルリクのアトリエは、毎週金曜日と土曜日限定でショップとしてオープンしている。定番の文房具はもちろんショップ限定製品やオーダーメイド製品などもあり、品揃え豊富だ。また、多くのユルリク製品は、機能性と使いやすさを重視しながら、下町の職人によって丁寧に制作されている。JR御茶ノ水駅(御茶ノ水橋口)から歩いて5分の場所にありアクセスもしやすい。
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終わりに
手書きの文字に自信がない方にこそ、NOTEPAD 活版印刷一筆箋をおすすめします。美しい余白のおかげで、なんとか逃げ切れます。真っすぐなのにふわっとした印象の罫線のおかげで、私のつたない文字も雰囲気美人にみえてきました。