磯崎新とは?

1931年生まれ、大分県出身の日本を代表する建築家。

1954年東京大学卒業。1961年東京大学数物系大学院建築学博士課程修了。1963年磯崎新アトリエを設立。
技術より 「空間」を表現する建築を選択し、ポストモダン建築の騎手として建築界をリードする。

1975年に出版された著書『建築の解体 1968年の建築情況』では、当時、世界のいくつかの都市で同時に起こっていた建築領域の拡張に向かう動きを、第14回ミラノ・トリエンナーレ(1968)に参加したヨーロッパの30年代生まれの建築家たちによる60年代の仕事を中心に、個々の建築家のとった手法を通して解説した。

また建築のみならず、評論や設計競技の審査を通じて、世界のラディカルな建築家たちの発想を実現に導くうえでのはかり知れない支援を果たしてきた。
例えば1982年、アメリカ・シャーロッツビルで開催された建築家による国際会議「P3会議」に、当時無名だった安藤忠雄と伊東豊雄を連れて行きピーター・アイゼンマンらに紹介したり、福岡地所の集合住宅プロジェクト「ネクサスワールド」ではコミッショナーとしてレム・コールハースやスティーヴン・ホールを起用したが、彼らにとってはこれがほぼ初めて実現した大きな建築となった。

「建築界のノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞の審査員を、1979年の設立当初から10年近く務めたものの、選考過程において政治的な思惑が働くことに違和感を覚え辞任。そのプリツカー賞を2019年に受賞している。

代表作に大分県医師会館 、群馬県立近代美術館、つくばセンタービル、ロサンゼルス近代美術館など。

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