色味と素材感が茶色の革靴の醍醐味
大きいのと小さいのとか、金と銀とか…… 私は同種のものを「ペア」で集めないと気が済まない悲しいタチだ。紳士靴に関しては「黒」と「茶」のペアが典型。とは言っても心理的な受け止め方は、黒と茶ではかなり異なる。
ごく僅かな色味の違いにストイックなまでに心を奪われがちな前者に対し、後者では色味、そして素材感の圧倒的なバリエーションを素直に愉しんでしまう。また、お手入れを通じて「自分の色」に変化できるのも、黒では味わえない茶系の美味しさだと思っている。そんな私の大好きな茶色の靴、ではなくて「靴の茶色」の選抜メンバー、今からとくとご覧あれ!
飯野氏にはこう見えている!色味と素材のバリエーションを楽しむ茶色の革靴分布。
飯野氏が「スポンジのよう」と表現するスエード素材のAvon House by Tricker'sはマットな要素が強め。チャーチ(アリニンカーフ)とエドワードグリーン(アンティークカーフ)の2足はほぼ同じ場所に位置する。
1:私の茶色の標準原器。Church'sの茶・その1(アニリンカーフ)
「持っている紳士靴の茶色で最も好きなものは?」と問われたら、これと即答できるほど大好き!
色は英語名でBrackenなるオレンジ掛かったミディアムブラウン。本来はシダとか蕨の意味だが、これらの葉で草木染めすると類似の色調になるのでそう呼ばれるのだとか。素朴さと気品を兼ね備え、トーンも濃過ぎず薄過ぎず、どんな着こなしにも合うし持ち物を選ばない。因みにこの革は、今は亡きイギリスのタンナー・ピポディ社で鞣されたアニリンカーフ。
同社の革の特徴だったモッチリ感とアニリン染めの透明度が調和し、ことさらメダリオンの表情が引き立つ。何気ないけどもう出せない色味、もう作れない革、そして、もう作れない一足……もう何足か買っておくべきだったかなぁ。
2:エイジングが素晴らしいGinza Yoshinoyaの茶(サドルカーフ)
アッパーはフランス・デュプイ社のサドルカーフ。色はHavanaと呼ばれるもので、語源はもちろん、その名の土地で作られるシガーの葉の色だ。
初めはもっと黄色が表に出たライトブラウンだったが、無色の靴クリームでしかお手入れした記憶が無いにもかかわらず、赤味が加わり落ち着いた印象に変化している。これがコンビなめし(クロムなめし+タンニンなめし)と噂されるサドルカーフらしいところで、キラキラと輝く印象ではないものの、どっしりと光りコシを感じる質感は流石、デュプイ社の革だと思う。
なおこの紳士靴の底付けは、銀座ヨシノヤが長年大切にしているハンドソーン・ウェルテッド九分仕立て。ヒールの端部の面取りの丁寧さなども含め、価格以上の質感と履き心地はもっと評価されて欲しい!
3:明るく圧倒的な重戦車。Church'sの茶・その2(ブックバインダーカーフ)
前回ご紹介した黒の同じモデルと同じタイミングで購入したオールドチャーチ最末期の一足で、アッパーの革も同じ英・ピポディ社のブックバインダーカーフ。ただし色はSandalwood=白檀の木の樹皮のような黄土色で、この革特有のグロッシーな質感もあり足元でのインパクトは最強だ。
構造もダブルソールの外羽根式の重戦車状態なので、英国靴でありながら専ら無骨なアメリカントラッド系、しかも色合わせ的に金ボタンのネイビーブレザーとついつい一緒に使ってしまいがち。
この靴の隠れた魅力は、鳩目の下にある「舌革」がアッパーと袋状に縫合されている「ガセットタン」の意匠。雨や埃が靴の中に入るのを確実に防ぐのだが、チャーチでは昔も今もこのShannon以外には殆ど採用されていない。
4:発想に衝撃が走ったEdward Greenの茶・その1(アンティークカーフ)
高級紳士靴で1990年代に一気に浸透した「アンティークフィニッシュ」なる発想。特殊な染料やバフ掛けなどで施される革への一種の演出だが、そのきっかけを作ったのがエドワードグリーンによる一連の茶系の靴だろう。
このChestnutカラーのアンティークカーフは、基本的には前出のBrackenより僅かに薄口の、ややオレンジっぽいミディアムブラウン。ただし、古い家具や文字通り栗の実の皮のように色味に濃淡が美しく入り混じった仕上がりは、それまでの新品では有り得ないアプローチだった。
初めて見た時「ああヤられた……」と唸りまくったのを今でも思い出す。柔軟なレザーソールやかかと部の小振りな造形も含め、エドワードグリーンがここ四半世紀の英国紳士靴に果たした役割は絶大だ。
5:ラウド&ゴージャス。Florsheimの茶(シェル・コードヴァン)
シェル・コードヴァンのアッパーを代表するワイン色を茶系に含めない方もいるだろうが、私個人はその仲間と考えている。この革は今でこそオールデンの靴で語られることが多いけれど、往年のフローシャイムのものも忘るるべからずだ。
恐らくアメリカのホーウィン社で鞣されたもので、現行のオールデンのそれに比べ色味こそ若干薄口ながら、肉感は遥かに緻密。だからこの革でしか成し得ない「抜け感と乱反射」が入り混じる光沢も、それより大胆でかつゴージャスに放たれる!
この靴は1970年代後半の作と思われ、別の革を挟まずアッパーを薄く漉きクルッと被せる履き口の始末も、当時の優れた革質とフローシャイムの高度「だった」技術の証。こんなに芸の細かな靴がライン生産されていたとは……
6:ふわっとスポンジのようなAvon House by Tricker'sの茶(スタッグスエード)
50歳以上のトラッドファンにとっては感涙必至の一足だろう。アッパーはパッと見、ただのスエードに見えるが、実は牛革ではなく雄鹿=Stagのスエードである。肉面を起毛させたものなので、同じ鹿革でも銀面を起毛させた「バックスキン」でもないのが意外と珍しかったりする。
なめしたのはイギリスの起毛革専門タンナーとして知られるチャールズ・F・ステッド社。この革特有のスポンジのような弾力が、小さ目のタッセルが付いたリラックスしたデザインと上手く調和している。
靴箱にはMedium Brownと書かれてあるので、恐らくこの色調こそ英国人には最もポピュラーな茶色なのだろう。例のモヤッとしたベージュのダッフルコートをはじめイギリスのカジュアルアイテムには、確かに合わせ易い色味だ。
7:どうして「真っ赤」?? Edward Greenの茶・その2(カントリーカーフ)
気付いたら陰影が大分付いてしまい、すっかり「自分の色」と化してしまったけれど、この靴を初めてお手入れした時に目玉が飛び出そうになった記憶は今でも鮮明だ。
Almondと命名された黄味を帯びたミディアムブラウンなのに、クリーナーで汚れを落として現れた「もともと入っていた靴クリームの色」は、まるで口紅のような真っ赤だったから。アンティーク仕上げの元祖たるエドワードグリーンらしい巧みなテクニック……。
このメーカーの言うカントリーカーフは、要は型押しのスコッチグレインレザー。気持ちリジッドな印象とは対照的に抜群にソフトな革質のお陰で、つま先など吊り込みが効くエリアは型押しが薄くなり、通常のお手入れどころか鏡面磨きすら存分に楽しめるのも隠れた魅力だ。
8:茶色い黒靴。Parabootの茶(リスカーフ)
ヤフオクが始まった頃、今となっては信じられない価格で購入できたこれの靴は、実はもともとの色はブラック!
なんか表情に愛嬌を感じず、ならばと失敗覚悟でベンジンやら除光液やらで脱色した後、各種の茶系の靴クリームで色をガンガン加えまくった成れの果てである。色名はSpeclal Dark Oakとでも名付ければ良いのか(笑)?
アッパーはフランス・デュプイ社製の通称「リスカーフ」で、オイルドレザーとまでは行かないものの通常のスムースレザーに比べ油分が多く含まれ、厚みもあるのが特徴。同一レシピではパラブーツ向けにしか作られていないらしい。
もともとの素性の良さと調教のし甲斐があったのか、光沢がしっかり持続する革に育ってくれ、雨天時や旅行に必ず登板となる頼れる一足だ。
ーおわりー
BRITISH MADEの公式ミュージアムを公開中!
ミューゼオにて、BRITISH MADEが扱っている英国の魅力が詰まったプロダクトを、公式ミュージアムとして公開中。
ジョセフ チーニーやチャーチの革靴、ラベンハムのキルティングジャケット、ドレイクスのネクタイ、グレンロイヤルの革小物やバッグ類など、永く使える英国のプロダクトが数多く展示されています。
ぜひ、ご覧ください。
終わりに
茶色の革靴は単に暗い・明るいだけでは分類し切れない点が、黒のものとはまた一味異なる面白さ。タンナーでの薬品や排水の規制がますます強まる中、今では出せなくなった色味も結構ある。これらをどう育てて行くか? 引き続き楽しく悩ませて下さい!