足元にはいつもオールドチャーチ。

足元にはいつもオールドチャーチ。_image

文/倉野路凡

ファッションライター倉野路凡さんが今気になるモノ、従来愛してやまないモノについて綴る連載第7回。「倉野さんにとって英国靴といえば?」「チャーチ!」と即答が返ってくるほど思い入れの強いブランド靴について。しかもオールドチャーチについてブランドの歴史を交えつつ語ってもらいました。

英国靴といえばチャーチ!でインプットされた青春時代。

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Church'sは「チャーチーズ」が正しい発音だと思うのだが、昔から日本では「チャーチ」と呼ばれてきた。おそらく1965年に大塚製靴が輸入を開始した時点でチャーチと呼んでいたのだろう。ここでは馴染み深いチャーチの名称で統一しておく。

チャーチは1873年に英国既製靴の聖地として知られるノーザンプトン(Northampton)で創業した靴メーカーだ。250工程にも及ぶグッドイヤー・ウェルテッド製法(製法についての詳細は革靴通は知っている、基本の革靴3製法。の記事をどうぞ)を守る、英国の真面目な老舗でもある。

その一方で1930年にニューヨークに支店を出すなど、いち早くアメリカやヨーロッパに目を向けた、戦略に長けたブランドという一面もあわせ持っている。ニューヨークのBrooks Brothers(ブルックスブラザーズ)の近くにチャーチのお店があったようで(現在は知らないが)、ブルックスでスーツを買ったら、足元はチャーチというコーディネイトが定番だったようだ。

余談だがブルックスブラザーズやJ.PRESS(Jプレス)などのニューヨークトラッドの老舗ブランドは、昔からチャーチの靴やフォックスの傘など、イギリスブランドの小物類を取り扱うなど、イギリスに敬意を表していたようだ。

さて、日本に英国のドレッシーな靴ブランドが本格的に入ってきたのは1980年代になってからのこと。アメリカ靴やイタリア靴に比べて少し遅かったようだ。

ところが、チャーチだけいち早く輸入されていたこともあり、イギリスの最高級の既製靴=チャーチというステレオタイプ的な思い込みが雑誌を通して世の中に出来上がっていたのだ。そのため、チャーチこそが英国既製靴の最高峰!とアイビー&トラッド好きのボクも信じてしまっていたのである。

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新宿三越南館で憧れのチャーチをついに手に入れる!

1980年代初頭からクロケット&ジョーンズやグレンソン、トリッカーズが雑誌で紹介され始め、1980年代の半ばを過ぎてようやくエドワードグリーンが上陸してきた。ちなみにエドワードグリーンの価格は、1987年当時で5万9000円だった。チャーチのチェットウィンドが5万5000円だったことを考えれば、現在ほどの差はなかったようだ。

バブル期に入ってジョンロブパリが上陸して、英国既製靴の競演が始まったのだが、その頃になるとチャーチは最高峰という位置づけから「英国靴の良心」という曖昧な呼ばれ方で称され、最高級というイメージは失われていったのだ。

とはいえボクにとっては永遠の憧れであることに変わりはなかった。20代で英国製の靴は数足履いていたが、旧チャーチを購入したのは1999年の夏。30代半ばになってからだ。

買ったのは、あの新宿三越南館の閉店セール。この時の閉店セールは伝説になっていて、数多くの高級靴ブランドが格安になっていたのだ。ボクが買いに行ったときはすでに多くの足数が売れていて、残り物のニュー&リングウッドとチャーチを迷って、結局チャーチを2足買った。合うサイズが残っていて良かった!内羽根式フルブローグのヒックステッドと、モンクストラップのピカデリーが最初に買ったチャーチになった。

チャーチの「ヒックステッド」(写真手前)と「ピカデリー」(奥)。初めてのチャーチということもあって思い入れも深い。

チャーチの「ヒックステッド」(写真手前)と「ピカデリー」(奥)。初めてのチャーチということもあって思い入れも深い。

この閉店セール以前に、チャーチの専門店として知られていた銀座シューパブ チャーチに雑誌の取材で行ったことがあった。その時に店長さんをインタビューしたのを覚えている。「靴の駆け込み寺」的なお店だったと記憶している。というのは、他ブランドの靴を履いて、サイズに不満をもったお客さんが訪れて、チャーチを買っていくというのである。

今考えると、木型が優れているというのもあると思うが、足囲(ガース)の異なるモデルを多く揃えていたため、どれかに合ったのだろう。モデルによって異なるが、旧チャーチの定番モデルのチェットウィンドやディプロマットはフィッティングをC、D、E、F、Gと幅広く揃えている。一般のモデルでもF、Gの2種類揃えていたのだ。早くから欧米を市場にしたブランドだけのことはあり、サイズ(足長)だけではなくフィッティング(足囲)も充実していたのである。

80という数字はサイズを、FはFit(日本ではウィズが一般的)を意味している。73は木型の番号。最下段にはモデル名「Piccadilly」が手がけた職人によって書き込まれている。

80という数字はサイズを、FはFit(日本ではウィズが一般的)を意味している。73は木型の番号。最下段にはモデル名「Piccadilly」が手がけた職人によって書き込まれている。

チャーチはまた、1999年にプラダグループに買収されるまでは、ずっと同じ木型で生産し続けてきた稀有な靴メーカーとして知られている。

定番人気のチェットウィンドをはじめコンスル、グラフトン、ディプロマット、ウエストミンスター、ピカデリー、ウエストバリー、バックはラスト73。バーウッド、ライダー、フェアフィールド、エクスデイルはラスト81。ヒックステッド、バーフォード、バークロフトはラスト84。

このように同じ木型をずっと使い続けて、異なるデザインのモデルをたくさん作ってきたのだ。プラダに買収されるまでは、定番モデルに関しては、流行に合わせて木型を変えるとか、販売する国によって木型を変えるというファッションコンシャスなブランドではなかったのだ。

買収前の旧ラストを使ったモデルを旧チャーチ、またはオールドチャーチと呼んで現在のものと区別している。

「ヒックステッド」のインソック(中敷き)部分を撮影。長年愛用しているので、ロゴマーク部分は消えかかっているがLONDON  NEWYORK  PARISの3都市名とMADE IN ENGLANDの文字ははっきり読み取れる。

「ヒックステッド」のインソック(中敷き)部分を撮影。長年愛用しているので、ロゴマーク部分は消えかかっているがLONDON NEWYORK PARISの3都市名とMADE IN ENGLANDの文字ははっきり読み取れる。

わかりやすい目安としてはブランド名が記されている中敷(インソック・インソール)にLONDON NEWYORK PARISの3都市名が記されているものが旧チャーチ。さらに古いものは2都市名。この3都市に加えてMILANの都市名があるのがプラダ買収後の新しいチャーチだ。

新しくなったチャーチは現代に合った木型を模索し、何度か木型を変更。ラスト173が現在の定番ラストのようだ。アッパーをガラス仕上げにしたブックバインダーは旧チャーチの十八番だったが、現在もポリッシュドバインダーと名を変えて継続している。一部モデル名も継承されている。

旧チャーチは長年にわたり輸入元の大塚製靴が頑張っていたため、価格も5万円台で購入することができた。現在は革の価格が高騰するなどの事情により9~10万円になっている。現在でもノーザンプトンの工場で生産され、コンサルやバーウッドなどは相変わらず定番人気のようだ。

気がつけばフルブローグばかりを揃えてしまった。

見比べてみると、トウの形やメダリオンがそれぞれ違うのがよく分かる。この比較も面白いのだ。

見比べてみると、トウの形やメダリオンがそれぞれ違うのがよく分かる。この比較も面白いのだ。

ボクが旧チャーチにこだわっているのは前述した憧れがベースにあるのだが、英国らしい質実剛健な作りとデザインが好きだからという理由が大きい。これまで数足手放してしまったのだが、購入したモデルはすべてフルブローグという偏った趣味性が出ている。だいたい趣味というのは偏っていて当然なのだ(笑)。

では同じイギリスのトリッカーズのフルブローグはどうかといえば、やはり興味がないのである。とくにトリッカーズのカントリーは野暮ったいというか、あまりにもゴツすぎる。ボク的にはあまりカッコいいとは思わないのだ。その点、チャーチのフルブローグはたとえ外羽根式であってもタウンユースでも履ける品の良さが感じられるのだ。

外羽根式のグラフトンなんて、強くてカッコいいノコギリクワガタみたいなデザインだから、履いていると少年のような気持ちになるし、すれ違う人がどんな高級靴を履いていても負けていないという高揚感がある(笑)。そして旧チャーチを履いていると年配のお洒落な方に「チャーチでしょ?」と嬉しそうに聞かれることだってあるのだ。コミュニケーションツールとしても楽しめる。

世代的にはリーガル世代なのでフルブローグ(ウィングチップ)には抵抗感がまったくなく、スーツにもジャケットにも似合うと信じている。しかし、アメリカ靴に多いロングウィングチップはあまり興味が湧かない。たかだか切り替えのデザインにすぎないのだが、こだわりとは偏ったものなのだ(笑)。

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フルブローグの魅力はやはり穴飾り。昔から装飾美術に興味があり、そのことが靴にも影響しているのか、連続した装飾過多な穴飾り(メダリオンやブローギング)が大好きなのである。ピンキングのギザギザも大きい方が好きなのだ。そんな理由からプレーントウはなんと一足しか持っていない!

けっして新しいチャーチが駄目と言っているわけではない。むしろ木型や作りは現在のチャーチの方が優れているかもしれない。そう、あくまでも好みの問題なのだ。靴全般に話を広げると…、プレーントウやストレーチップから集めてという王道もおすすめだが、ボクのような偏った趣向で買い揃えていくのも面白いと思う。靴の趣向はその人の生き方そのものなのだから。

数少ない旧チャーチファンのために、今回紹介している靴について簡単に説明しておこう。

ボクのオールドチャーチコレクション

チェットウィンド

ラスト73。定番中の定番モデルとしてチャーチを語るうえで必ず登場する内羽根式フルブローグ。磨くとわかるのだが、透明感のあるカーフでシワの復元力も高い。代表モデルだけに良質の革を使っていたんだと思う。生産された時代によりデザインが少し違うようだ。

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ヒックステッド

ラスト84。ブックバインダー。ダークブラウン。新宿三越南館の閉店セールで購入した内羽根式フルブローグ。アーモンドトウが気に入っている。チャーチでは珍しい木型だと思う。

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バーウッド

ラスト81。ブックバインダー。丸味の強いラウンドトウの内羽根式フルブローグ。現在でも生産されていて、スタッズを穴飾りに入れたモデルもあり、レディスでも人気が高い。

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バック

ラスト73。Real Cape Buck(銀面を起毛した鹿革)をアッパーに使用した内羽根式のフルブローグ。チェットウィンドと同じ木型。

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ピカデリー

ラスト73。ブックバインダー。新宿三越南館の閉店セールで購入したモンクストラップ。トウのW形のブローギングとモンクストラップの組み合わせがたまらなくいい。ブラックなのでスーツに合わせることも多い。

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グラフトン

ラスト73。ブックバインダー。フィッティング表示Eの新品同様のものを入手。甲の低いボクにもジャストフィットだった。サンダルウッド色がお気に入り!

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エクスデイル

ラスト81。肉厚なスコッチグレインレザーであるランチオックスハイド(Ranch Oxhide)を使用。柔らかい感触もたまらなく好きなのだ。1980年代まで販売されていたモデル。明るいブラウンとブラックを所有。

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ーおわりー

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BRITISH MADEの公式ミュージアムを公開中!

ミューゼオにて、チャーチの販売店でもあるBRITISH MADEが取り扱う英国の魅力が詰まったプロダクトを、公式ミュージアムとして公開中。

チャーチの革靴の他にも、ラベンハムのキルティングジャケット、ドレイクスのネクタイ、グレンロイヤルの革小物やバッグ類など、永く使える英国のプロダクトが数多く展示されています。

ぜひ、ご覧ください。

公開日:2016年6月24日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

終わりに

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現在、チャーチより丁寧に作られたグッドイヤーウェルテッド製法の靴はある。日本人に合った履きやすい木型の靴もたくさんある。しかし旧チャーチには自然な無骨感というか、意図しない田舎臭さが残っている。しかも作りは頑強だ。ボクはそこに居心地の良さと、父性的な安心感を感じてるんだと思う。

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