既製品にオーダーメイド、コートそれぞれのキャラクターを知ることで楽しめることが増える!
飯野さんのチェスターフィールドコート(ビスポーク)。生地はカシミヤ100%。
飯野さんには前編で、トレンチ3着の素敵な思い出や着こなしなどを教えたいただきました。もう1着、トレンチ以外に持ってきていただきましたよね。
はい。こちらは、とあるテーラーでビスポーク(フルオーダー)で仕立てた、カシミヤの
チェスターフィールドコートです。前編でもお話しましたが、
皆川達夫先生が着ていたトレンチコートに憧れ、ロンドンの
バーバリーの直営店でウールライナーを特注したトレンチを着ていました。だけど、やっぱりきちんとしたコートも手に入れたいなと思っていたんです。そんな時に、父から「半額出すから、一着いいのを作れ」と言われ、オーダーしました。
やはり大分以前、1999年の作ですので……。ちなみにこのコートを当時裁断した方は、これを作った翌年にこのテーラーから飛び出した後、やがてそこからも独立なされて、今では非常に有名になっています。胸ポケットは付けず、一番オーソドックスなデザインにしました。
テーラーのオーナーの方から、どっちがいい?と聞かれたんですけど、自然とお互いに「ないほうがいいよね」となりました。チェスターフィールドって、上襟がベルベットつきでかつ胸ポケットつきでないと本物じゃないと言われることがあるけど、ロンドンの以前の
バーバリーや
アクアスキュータムではこのコートのようなシンプルなデザインをチェスターフィールドコートとして正々堂々売っていました。百聞は一見に如かずですね。
余談ですが、今ってみんな「チェスターフィールド」を「チェスター」と呼びますよね。
そうですね。昔はチェスターコートって言わなかったよね。チェスターフィールドコートとはもう言わないのかな?
うーん、でも僕から見るとあれはチェスターではないよって思う(笑)。
「コート解体新書」でも書かせていただきましたが、簡単にいうとジャケットをそのまま下に、伸ばしたコートです。ボタンが打ち抜きだ、比翼だなどは関係なく、ただただ脇ダーツがちゃんとついていて欲しいなと思っています。1面、1.5面、2面になっていて欲しいんです。
3つのパーツか。前身頃、後ろ身頃、脇の面にもう一枚。
最近のウールコートは、昔に比べてルースなシルエットになってきたから余計に1面2面だけのものが多いですよね。
倉野さんの羊屋でオーダーしたビスポークコート。着用するときは、襟元に大ぶりのコサージュを付けている。
倉野さんに持ってきていただいたチャコールグレーのコートも羊屋のビスポークですよね。
たしかにグレーのヘリンボーンも、着回しが利くコート地の代表ですよね。
ラインも丈もいかにも倉野さんという感じがしますね。軽そうだけどきちんとクラシックな雰囲気も出ているというか。
成松さんのオーダーコートも見てみましょう。こちらはトレンチコートのようですが、素材はカシミヤ……珍しいですよね!?そして襟の裏が千鳥柄で、袖の裏地にはスカルマーク!
これは
ラウドガーデンでオーダーしたカシミヤのトレンチ。悪ノリしたコートです(笑)。
でもよくカシミヤでトレンチコートを作ってくれましたね。
そうなんですよ。カシミヤは縫うのがとても面倒なんだそう。これは、相当大変だったと思います。
カシミヤは、湿気をよく吸っちゃうから難しいんですよね。
そうなんです。すぐに生地が曲がってしまうんですって。ちゃんとミシンが通らないらしいですね。
ただでさえ、トレンチってパーツが多いんです。ボックスプリーツとかケープとか、だからオーダーでトレンチコートを作ってくれるお店ってすごく少ないんですよね。
裏地に付いた生地の織りネームも珍しくて、今あまり見ないですよね。このコートの裏地は、表地のカシミヤと同じくらい重さがあるものにしたので余計に重い(笑)。
細かいところまで、成松さんのこだわりと遊び心が反映されているんですね。
こちらは、ヴォルテラーノの岡本圭司さんに頼んだ革のチェスターフィールドコートです。「映画の『マトリックス』みたいなコートにしてください!」と頼んだらこんな風に仕上がって出てきたんですよ。
さすがに重くて、坂道を登る時はシンドイです。表面は馬の革で、襟の裏は蛇革です。悪趣味の限りですよね(笑)。
いや、もうここまでやると綺麗ですよ。それに馬は理にかなっています。本来は馬革って柔らかいですし。
普通の仕立て屋さんだったら、前身頃の片側を2枚の革を繋げて作るところですよね。だけどこのコートは一枚で作られているから、とても贅沢!よくこの大きさの一枚革を見つけられましたね!テーラーさんは布を見つけるのは頑張れるけど、革を見つけるのは専門外なんですよね。
このコートを着こなすには、あと30年後くらいかなぁ。フォーマルなコートに、あえてワークやミリタリー系の素材を合わせてみたくなるんですよね。本来、合わせちゃいけない素材を強引に合体させてみるのが面白いんです。ちょっと飯野さんに怒られそうだな(笑)。
怒りませんよ(笑)。
だってそれって、素材感を全面で楽しんでいるってことですもん。こんな素材で、こうゆうコートがあったらいいのにっていう願望はありますよね。例えば、形はガチガチのチェスターフィールドで色味もオーソドックスな霜降りグレー無地だけど、生地を敢えてポリ混のコットン
ギャバジンで作ってみたらどうなるのかな?なんて考えること、私もあります。
「それって要は
カバートコートの変型じゃん」と言われそうだけど、そうじゃなくて袖裾の4本ステッチのところにはボタンが付いていてほしいなぁとか。
そうそう。まだ未熟なんで、ついそういうのを妄想しちゃうんですよね。
ジャケットやスーツでは見ない素材がありますもんね。
同じチェスターフィールドにしても、カシミヤ100%にキャメル、カシミヤ混、ウール100%、全部違うんですよね。きちんと線引きをしたくなる人もいれば、成松さんのように領空侵犯していく人もいる。
そういった、人によって解釈の度合いが違うところも楽しい。
そうですね。「クラシックとフォーマル」「ミリタリー」「アウトドアとワーク」という3つの枠がはっきりあって、それに素材がそれぞれ結びついていたけど、今はもうどう着てもよくなりましたもんね。その人の中にそれぞれルールがあって。面白い時代になってきましたよね。
コートの中でも一番好きだと言っても過言ではないモーターサイクルコートです。モーターサイクルには目が無いので全部で4着持っています。
こちらは、デザイナー日高久代さんの
SCYE(サイ)で購入しました。生地は、カシミヤ混のウール。モーターサイクルコートの特徴である胸元の斜めポケットがポイントです。
SCYEはどんな服でも生地のこだわりが半端ないのですが、こういうミリタリーな印象のコートを優美なカシミア混のウール地で作るところに、彼らの探求心が表れていると思います。
最後はダッフルコートです。
ハバーサックの
ラベンハム別注品です。ラインが綺麗なんですよね。フードをかぶってボタンを閉めれば暖かいですし、折り畳んでも全くへたらないので出張に持っていくのにも便利です。
このダッフルコートは可愛いですね!ダッフルコートとステンカラーコートは
アイビー世代のマストアイテムでした。
出張に良さそう。これ欲しいなー!襟元のチンフラップをマフラー代わりにしたり、フードのボタンで頭の形に合わせて大きさを変えたり。裾には、レッグストラップも付いていますね。
レッグストラップで裾がバタつかないので、風が強い日にもいいんです。
こうやって見ると成松さんのコートは、スーツにもカジュアルにも合わせられるバーサタイル(ルアーフィッシング用語で、 対応幅が広いことを意味する)のものが多いですよね。パパッと羽織ってもサマになる。
サマになっているかな。飯野さんのようにバーバリーのトレンチには外羽根、アクアスのトレンチには内羽根の靴を合わせるなどの約束事はなく、その日の気分で適当にコーディネートしています。
いや、それをやれる人ってすごいんですよ。適当に組み合わせられるチョイスを初めからしているんです。
飯野くんは、コーディネートよりも一個一個をコレクションしているからね。
3人ともオーダー経験豊富ですが、今後オーダーしてみたいコートはありますか?
紺のチェスターフィールドはカシミヤでウエイト580gなんですけど、本当は生地1メーターあたり1kg前後ある超重量級のバッサバサなウール地のものを作りたいんですよね。それこそガーズコートとか。
まだあります。たしかFox Brothers(
フォックスブラザーズ)とアブラハムムーンが作っています。
今回の鼎談には間に合わなかったけど、今フランスに移られたヴォルテラーノの岡本圭司さんに、ガーズコートをフォックスブラザーズの生地で作ってもらっています。真鍮製のアンティークボタンで、カーキ系の色にしました。
フォックスブラザーズは、重い生地が得意な生地屋さんですよね。あのブランドなら、「ミリタリーイシュー」か「グレートコート」シリーズじゃないかな?(ミリタリーイシュー:意味はそのまま「軍用品」。グレートコート:大昔から軍用コートの頂点である「大外套」の意味)。いくつか生地がウェブサイトに出ていましたよ。
ガーズコートの出来上がりが待ち遠しいですね!
オーダーには色んな楽しみ方があるようですが、既製品を買うなら今は何がおすすめですか?
レインコートを買うなら、今だったらアナトミカがおすすめ。トレンチコートとステンカラーコートどちらも素敵なのですが、特にステンがいいですね。ちょっと着丈が短いんですけど、昔のバーバリーのように形が綺麗です。チェスターフィールドなどのウール系コートはオーダーした方がいいと思います。自分の好きな生地で作れますし、いい意味でやりたい放題できるから。
ただ綿コートは、既製品で買いたいんですよね。
必ずしも既製品が劣っているという訳ではないんですよね。
アナトミカのステンカラーコートは、”Gentlemen's Walking Burberry 1”っていう昔のバーバリーの定番ステンのディテールをちゃんと守ってくれているんですよ。ポコッとしたAラインシルエットとか
一枚袖ラグランスリーブとか喉元のフックとか…今でこそ一枚袖はあちこちでチヤホヤされていますけど、彼らは流行に関係なく長年ポリシーを貫き通している点に、好感が持てます。
タイロッケンコートにも似ているし、形が独特です。あと特徴的なのは、胸元にある斜めのポケットですよね。
日本のアパレルブランドの中では、一番気合を入れて作っているのではないかなと思います。
見る人が見ればわかる!20年後に着てもいいなと思えるコートに出会おう
前編・後編にわたり、幻の良質コートブランドやオーダーの楽しみ方、既製品の一押しなど、改めてコートの魅力を教えていただきました。最後は、飯野さんに「コートとは?」で〆ていただきましょう。
コートとは……、「人の心を包むもの」ではないかと。人によって包まれたいものって、その時々で違うじゃないですか。物理的にも心理的にも、やっぱり何に包まれたいかっていうところが重要。それが結果、着るコートそれぞれのキャラクターに通じてくるんじゃないですかね。だから面白くって、いろんな選び方がある。
他の服と違って、本当に色々な選び方がありますよね。コートって、もっと楽しめる服なんですよ。しかも長持ちするから、貧乏くさいと言われるかもしれないけど、20年後に着てもちょっといいなって思えるんです。
そうです。30歳で仕立てたコートを50過ぎても着られますし、父や祖父、兄弟からコートを譲り受けることもできます。それに形はクラシックだけどあえてミリタリーの素材に変えてみたり、素材はフォーマルだけど形をワークにしてみたり、そうゆう組み合わせを楽しめるのがコートですよね。
うん。あとは、いいコートを着ていると社会的にちゃんとした人に見える。いいものを着ていたら周囲はわかるもんなんですよ。
コートは着る服の中で、唯一他の人に預けるシーンがありますよね。クロークとか。そういう服だから、どこのブランドを着なきゃいけないっていうのではなく、いいものを着てねっていうことですかね。
【番外編】コートの機能 〜マッキントッシュ&バブアー〜
3人ともコート愛が深く、深すぎて全ての会話を本編に入れられなかった……。でも一つ、この話は共感する人もいるのでは?と思ったので、最後の最後に番外編としてマッキントッシュとバブアーのお話を。
そういえばマッキントッシュのゴム引きコートをクリーニングに出したら、縫い目を留めているテープが外れて問題になっていたことがあったよね。あの時、やっぱりゴム引きは難しいんだなって思った。
最近は、仙台の
ラヴァレックスさんがクリーニングで有名で、ゴム引きとオイルドクロスも一部ですが洗えるようになっていますよ。
詳しくはわからないけど、たしかテーピングも再生できますよ。またちょっと時代が変わってきましたよね。
バブアーのオイルドクロスってさ、オイルをスチームで抜くんだっけ?
うん、一回抜いてリプルーフする。要は入れ直すんです。
「オイルを抜いてくれ」っていう人がいるんですよね。電車で座ると隣の人にオイルがついてしまい、周りに迷惑だから。それに独特の臭いがするからね(笑)。
はい。実はコートには悲惨な素材というのがあるんですよね。それがオイルドクロスとゴム引き。今日誰か持ってくるんじゃないかと思っていたけど、大丈夫な人は大丈夫、ダメな人はどう頑張っても無理、という意味で、2つともコート界の納豆&くさやの干物……とでも言いますか。
ゴム引きの代表的なブランドだと
マッキントッシュ、オイルドクロスはバーバー(飯野さんは鼎談中「
バブアー」ではなく常に「バーバー」と発音されていました。英語だと床屋のバーバーと同じ発音だと、知り合いのイギリス人から教わったのだそう)です。
この中で言うと、バブアーといえば飯野さんですよね。アプレセイズのマッキントッシュを持っていたけど、あれはもう処分した覚えがあります。
生地と生地の間にゴムが挟んであって、どうしても蒸れるんですよね。
そう、蒸れる。さらにゴムの匂いがする。防水を狙ってゴムをサンドウィッチしたんだけど、そのゴムを糸で縫うじゃないですか。縫うってことは、糸の縫穴から雨が入ってくる。だから縫い目をテーピングで覆う。やがてそのテープが劣化して……。
そう、結局肝心な時に濡れちゃうんだよね。それに経年によってゴムが硬化してしまい、ついたシワがそのまま戻らない。これが好きな人はもう英国服フェチだよね(笑)。
でもそうゆうのも面白いんだよね。極めているというか、ヘビーウェイトにいくと匂いにも暑さにも耐えられる。「ゴアテックスでいいじゃん」って今の機能性を求める人もいれば、ゴム引きやオイルドクロスがいいっていう人もいる。
私はゴアテックスも好きだし、バーバーもマッキントッシュも好きだな。
ゴム引きもオイルドクロスも機能だけど、今の普段使いの機能じゃないっていうのかな?
昔のクラシックな機能……、発展途上の機能じゃないですかね。そういえば、昔の英国傘のフォックスの生地も、雨をはじきませんでしたよね(笑)。
自分の専門分野でいうと、靴の修理職人さんとか靴磨き職人さんの間ではバーバーの愛用者が実に多いのです。オイルのおかげなのか、どうやら靴クリームが付いても落としやすいらしい。ファッションや雰囲気ではなくて、何かしらちゃんと合理的な理由があって着ているわけです。
必ずしも「いいもの」が最新機能だけじゃないってことですね。
コートの機能をどんな風に使うかを見ていくと楽しいんですよね。
普段着るにはちょっぴり厄介と思われるコートも、用途によっては優れた機能になるんですね。
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読むだけでもコートに関する知識が付く
男のコートの本
<対象>
服飾関係者向け
<学べる内容>
コートの歴史。コートの作り方
メンズコートが自作できるようになる一冊。コートの中でもベーシックなPコート、トレンチコート、ダッフルコート、ステンカラーコートのデザインを紹介している。著者は東京コレクションにも出場した経験を持つ嶋崎 隆一郎。掲載されているコートは嶋崎氏が製作したもので、パターンが掲載されている。トレンチコートとダッフルコートは実物大サイズのパターンが付属。パターンだけではなく手順も詳細に綴られており、ある程度の採寸、縫製の知識があればコートが作れてしまうのではないだろうか。細かいパーツの話も豊富に収録しているので、読むだけでもコートに関する知識が付く。
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