トラウザーズ解体新書 第一回:ベルトループを考える

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文/飯野高広

「トラウザーズ解体新書」 シリーズ 1 回目。

今日のトラウザーズにはメンズの既製品であればほぼ必ず備わっているのがベルトループ、すなわちベルトを通す穴である。身体にベルトとトラウザーズをしっかり固定するのを通じ、中に着るシャツが出て来ないようにするこれこそ、普段無意識に使っているディテールの代表選手だろう。今回はこのベルトループの数だけでなく位置まで探ってみたい。

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はじめに:トラウザーズの細かなディテール、徹底的に探ります。

2018年から19年の初めにかけてこちらで執筆させていただいた一連の「コート解体新書」は、コートという衣服に関する知識の今日的な盲点を突いていたらしく、お蔭様で好評をいただけた。ただ、それは裏を返すと、今日服を着る側が、いかにパッと見やブランドネーム、それに流行と言った表層的な観点だけで選択しているかの証なのかもしれず、少し考えさせられもした。

ひょっとすると、もっと日常的な服に関しても、今日の多くのユーザーは知識をあまり有しない状況で選んでいるのではないか? だとすると売る側・企画する側の、主にコスト的な観点での思うツボになるが故に、服は進化どころか本質的な部分で退化してしまうのではないか、そして服の寿命も一気に縮まってしまい、古着にならず、いやそうはなれず単なるゴミにしかならないものがどんどん増えてゆく…… 余計なお世話であって欲しいが、一服好きとしてはどうにかそれは避けたい。

そんな思いがこのMUUSEO SQUAREにもご理解いただけたのだろう。「解体新書」シリーズはこの度、コートだけに留まらず新たなゾーンに拡大させていただけることになった。その第一弾はトラウザーズ、つまりボトムズのあれこれとしたい。今や性別に関わらず毎日必ず穿くこれも、毎日使うが故に逆に細かい箇所に目が行き届かない服の典型なのかもしれない。だからこそ様式美的なところまで含めて、焦点をしっかりあててお話できたらと思っている。この企画が自分の体型や用途により合致したトラウザーズを見つけたり、それを注文されたりする際の手助けとなっていただければ幸いである。

なお、この服の呼称については、米語のパンツであったり、日本語のズボンであったりと様々なものが存在するが、ここでは今日の紳士服の原点を築いた点に敬意を表し、特別な場合を除きイギリス英語の「トラウザーズ(Trousers)」で統一させていただく。

トラウザーズのキャラや格を示す、ベルトループの数

まずは、一本のトラウザーズに付くベルトループの本数から。お手持ちのワードローブをちょっとチェックするだけで、その本数はトラウザーズの性格と直結していることに気付くのではないか? 具体的には以下のような感じだ。

A:全くなし

ブレーシスで吊って穿くトラウザーズは、ベルトループを付けないほうが、覚悟の決まった印象を与える。

ブレーシスで吊って穿くトラウザーズは、ベルトループを付けないほうが、覚悟の決まった印象を与える。

これはつまり、ベルトを用いずに穿くトラウザーズであることを意味する。地域によって前後こそあるものの、軍服ではなく民間用の日常着であるトラウザーズをそれで固定するのが一般化したのは、概ね第二次大戦前後のこと。よってこの様式は今日のトラウザーズの「上流」にあたる。

だからであろうか、原典にできるだけ忠実に穿こうとする、具体的にはベルトの代わりに ブレーシス(サスペンダー)で吊って穿くのを善しとする場合は、今日でも大抵この仕様になる。ただし既製服では滅多に見られず注文服、しかもベルトを目立たせるのを好まない19世紀以降の英国的な簡素な美意識を汲んだものに限られるのが残念でならない。また、モーニングやディナージャケットのようなフォーマルウェアのトラウザーズもこの仕様が最適だ。ベルトを使う際の宿命=ズリ落ちをブレーシスで吊れば確実に防げると共に、折り目もよりシャープに見せられるからだ。

対照的にスポーツテイストの濃いトラウザーズでもこの仕様のものが稀に存在し、これらにはブレーシスすら使えない場合がある。多分腰回りをスッキリ見せたいのと、ベルトやブレーシスの重さや厚みが厄介に感じるからだろう。その意味ではゴムや紐で固定するカジュアルなボトムズもここに含まれるのか? なお、ベルトループ以外の固定方法については次回詳しくご紹介するのでご期待いただきたい。

B:1つ

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このベルトループは、ベルトではなく「持ち出し」を固定させる意匠。因みにこのトラウザーズは後身頃背中心部上端を敢えて縫合しない「Vカット」仕様(後述)。

下前=右の前身頃に1つだけベルトループを付けたものも、主に注文服のトラウザーズで存在する。ただしこの場合はベルトを通すものではなく「持ち出し」、つまり上前先端のウェストバンドを下前側に若干延長させた意匠を固定するものだ。

C:5つ

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ジーンズやチノーズの類は大抵、ベルトループは5つだ。

左右に2対+背中心に1つ付けたもので、ジーンズやチノーズのようなアメカジ系のワークウェア・ミリタリーウェア起源のものは大抵これである。あくまで必要最小限、と言った感じの仕様だ。
大量生産が前提のこれらは、ベルトループを1つ足すか否かで生産性やコストが大きく変わってしまうので、この選択にはある意味合点が行く。また、それが増えるとフィット感が高まると共に腰回りへの拘束性も強まるものの、ジーンズやチノーズにそこまで厳密な装着感を求めるのも野暮ではある。

D:6つ

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ドレス系のトラウザーズでは、ベルトループを6個付けたものが今日では最も一般的。

左右に3対付けたもの。既製品は当然ながら、注文服であっても今日のドレス系のトラウザーズで最も多いのが恐らくこの仕様。後述する7つや8つのものに比べコストが掛からないだけでなく、スッキリとした見た目とフィット感とが両立しやすいからかもしれない。

E:7つ

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通常ベルトループが7つ付くトラウザーズの中で、今日最もお馴染みなのはこの写真のようなペインターパンツかも?

左右に3対+背中心に1つ付けたもの。私の記憶が正しければ、1990年代前半までは既製品のドレス系のトラウザーズでは、日本ではこれが圧倒的に主流派で、特にアメリカントラッドを意識したブランドはほぼこの仕様だった。バブル経済崩壊以降のコスト削減意識の拡大や、その頃から人気が急上昇して来たクラシコイタリア系のパンツ(敢えて「トラウザーズ」ではなく「パンツ」と書く)のベルトループが6つだったためか、猫も杓子もいつの間にそちらに移行してしまった感もある。

面白いところでは、ジーンズでも米・ラングラーの定番モノは、5つではなくて実は伝統的にこれ。ラングラーのものはカウボーイ、つまり馬に長時間乗る人の為の作業着を起源に持つので、暴れ馬に跨ってもフィット感を維持し、少しでも安全に操れるべくこの仕様としたのかもしれない。また、写真のようなペインターパンツに関しても、ベルトループの数は素材やブランドに限らず昔から7つだ。

なお、この記事の写真にはないものの、背中心に付ける7つ目のベルトループの中には、ウェストバンドの下端にしか縫合されていないものもある。これは「フラシループ」と呼ばれる仕様で、例えば椅子に座る時のように尻部に大きなテンションが掛かり後身頃が引っ張られる際、敢えてベルト全体を追随させずに一種の逃げ場を設けることで、トラウザーズの型崩れと着用感の悪化を防ぐための工夫である。この場合、得てしてウェストバンド自体も背中心部上端は縫合せず閂止めのようにした「Vカット」にして相乗効果を出すことが多い。

F:8つ

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以前のトラウザーズでは、このようにベルトループを8つ付けたものが最も一般的だった。

左右に4対付けたもの。今日の既製品ではあまり見掛けないが、もともとはこの数が主流だった。証拠と言う訳でもないが、日本では注文服のトラウザーズでベルトループ仕様を選択すると、何も言わないと普通は今でもこれになる(6つになる場合も増えているが)。腰周りをベルトでしっかりとホールドするには、ベルトループはある程度多い方が有利なのは間違いない。

G:9つ

左右に4対+下前側に更に1つ多く付けたもので、恰幅の良い方のトラウザーズに結構見られる仕様だ。これは腰周り全体と言うよりも腹、ことさら下腹部のホールド感を高めるとともにベルトのバックルだけが持ち上がらないためのアイデアである。

トラウザーズの現代化で変化した、ベルトループの「上下の位置」

今日世界的に圧倒的な主流なのは、「トップループ」と呼ばれる仕様である。これはベルトループの上端が素直にトラウザーズの上端に縫い付けられているものだ。腰周りがスッキリと見えると共に、ベルトが通る位置がトラウザーズ自体の最も上になるので、たとえその股上が浅いものであっても、少しでも脚長に見せられるからであろう。イタリアのファクトリーブランドの商品を中心に、ここ十数年は股上の浅いローライズ系のドレストラウザーズが市場を席巻したが、見え方にこだわりまくるこれらも当然、この仕様である。

その一方で、ベルトで固定して穿くのが一般化し始めたころのトラウザーズでは、「ループ下がり」と呼ばれる仕様が当たり前であった。これはベルトループの上端が、トラウザーズの上端よりも明らかに下に縫い付けられているもの。より具体的には上端から1~2cm程度下がった位置から縫合されていた。

「ループ下がり」仕様のトラウザーズ。ベルトループの上端がトラウザーズの上端より下に縫い付けられているのがお判りいただけよう。

「ループ下がり」仕様のトラウザーズ。ベルトループの上端がトラウザーズの上端より下に縫い付けられているのがお判りいただけよう。

当時の股上の深いトラウザーズでは、その上端が腰部のくびれの部分=ウェストの一番細い部分よりも上になり得る。そのため、ウェストを効果的にホールドさせためには、物理的にこの位置とならざるを得なかったのだ。また、トラウザーズ全体の長さを強調できるので脚長効果を期待できる点も喜ばれたのであろう。

ループ下がりを設定することで、ベルトを締めた際にバックルが持ち上がりトラウザーズの上に飛び出すのを防ぐ効果も高かったが、今日ではこの効果を狙った別の仕様が存在する。前立ての上部に付く小さな横ループで、「プロングループ」とか「ピンループ」とか「ステイループ」などと呼ばれるものだ。ベルトを締める際にバックルのピンをこれに通すのを通じ、ベルトが不用意に上下するのを防ぎ、トラウザーズのウェスト位置をしっかり固定させるものである。

「プロングループ」仕様のトラウザーズでは、ベルトのピンをこのように通して用いる。

「プロングループ」仕様のトラウザーズでは、ベルトのピンをこのように通して用いる。

ベルトがトラウザーズと共生地になっているもの

MuuseoSquareイメージ

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トラウザーズと同じ生地でベルトが作られたものは、ご覧の通りベルトが目立ち難い。

ベルトループの「数」とは直接関係ないが、写真のようにベルトがトラウザーズと同じ生地で作られて合わせて売られているものも、ごく稀に存在するのでここでご紹介しておきたい。何と言ってもベルトもベルトループも目立ち難い=お腹周りがスッキリ見えるのが最大の特徴。通常のベルトを通すことももちろん可能だ。

例えばベルトやバックルが変に目立つのも嫌だけど、ブレーシスで吊るのにも抵抗があるような方には、これは最適な意匠ではないだろうか。服地でベルトを作るのはかなり面倒そうだが、個人的にはもっと普及して欲しい。

何気ないけど気になるステッチの有無

最後に、非常に細かいのだがベルトループのステッチの有無に付いて。かつてはドレス系であれカジュアル系であれ、ベルトループには2本のミシンステッチ上下に走るのが当たり前だった。しかし今日では、欧米で企画・生産されたドレストラウザーズを中心に、それが付かないものが主流になりつつある。ステッチの有無の違いは、ベルトループを作成する際に用いるミシンやその部品の違いによるようだが、このような僅かな違いで雰囲気が大分変化すると言うのも、知っておいて損はしない。

ーおわりー

クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

紳士服を極めるために是非読みたい! 服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の渾身の1冊。

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紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ

服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書、第二弾。飯野氏が6年もの歳月をかけて完成させたという本作は、スーツスタイルをはじめとしたフォーマルな装いについて、基本編から応用編に至るまで飯野氏の膨大な知識がギュギュギュっと凝縮された読み応えのある一冊。まずは自分の体(骨格)を知るところに始まり、スーツを更生するパーツ名称、素材、出来上がるまでの製法、スーツの歴史やお手入れの方法まで。文化的な内容から実用的な内容まで幅広く網羅しながらも、どのページも飯野氏による深い知識と見解が感じられる濃度の濃い仕上がり。紳士の装いを極めたいならば是非持っておきたい一冊だ。

日本がアメリカンスタイルを救った物語

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AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?

<対象>
日本のファッションを理解したい服飾関係者向け

<学べる内容>
日本のファッション文化史

アメリカで話題を呼んだ書籍『Ametora: How Japan Saved American Style』の翻訳版。アイビーがなぜ日本に根付いたのか、なぜジーンズが日本で流行ったのかなど日本が経てきたファッションの歴史を紐解く一冊。流行ったという歴史をたどるだけではなく、その背景、例えば洋服を売る企業側の戦略も取り上げられており、具体的で考察も深い。参考文献の多さからも察することができるように、著者が数々の文献を読み解き、しっかりとインタビューを行ってきたことが推察できる内容。日本のファッション文化史を理解するならこの本をまず進めるであろう、歴史に残る名著。

【目次】
イントロダクション 東京オリンピック前夜の銀座で起こった奇妙な事件
第1章 スタイルなき国、ニッポン
第2章 アイビー教――石津謙介の教え
第3章 アイビーを人民に――VANの戦略
第4章 ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?
第5章 アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立
第6章 くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ
第7章 新興成金――プレッピー、DC、シブカジ
第8章 原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出
第9章 ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭
第10章 アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

公開日:2019年7月16日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

ベルトループの数の違いは、トラウザーズの性格の違いに直結する。例えば同じコットンチノーズでも、それが6本や8本だったらドレス系、5本ならばカジュアル系、のような感じ。是非とも購入時の参考にしてほしい。

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