トラウザーズ解体新書 第五回:股上を考える

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文/飯野高広

今回からディテールと言うよりも、トラウザーズの寸法により直接的に影響を及ぼす意匠についてお話ししたい。まずは股下関連、ではなくその上、つまり股上に関連するところから。

股下に比べると股上は、意識する人とそうでない人との差が著しいエリアと値だ。自らの体型や世間の流行を何も考えることなくトラウザーズを、正に与えられるがまま穿いてしまう人は「股上」など全く気にしないはず。一方で、それらに敏感な方は自分なりのベストアンサーを必ず持っているか、トラウザーズの種類次第で的確に変化させている。その意味で股上への関心の有無は、トラウザーズのみならず装いそのものへの関心の有無に直結すると言い切れる。

そもそも「股上」って、どこの値?

簡単に言うと股上とは

トラウザーズの「脇丈」-「股下」の値

である。ここで言う「脇丈」とは、トラウザーズの脇にあるサイドシームに沿って、その最上端から裾口まで測った距離のこと。一方「股下」とはトラウザーズの内股側にあるインシーム上を最上端から最下端まで、すなわち股部の付け根から裾までを測った距離だ。

そう、股上はダイレクトには計測・採寸できない。だからであろうか、また、ウェストからヒップ全体を包むエリアの値だからだろうか、日本語ではここの数値を「短い・長い」ではなく、より奥行き感のある「浅い・深い」と表現する点は興味深い。一方英語では、もっと視覚的な観点でここの違いを表現する。すなわち「ロー(低い)」か「ハイ(高い)」かだ。

ファッショントレンドで左右されるのだが……

股下や裾幅ほど顕著ではないものの、トラウザーズの股上も流行で変化しがちな箇所ではある。しかし、それにいたずらに振り回されると着用時の快適性が損なわれる場合もあり注意が必要だ。ウェストやヒップのフィット感に大いに関わる箇所だけに、できれば体型との相性も考慮してチェックしたい。その区分けは大枠で捉えると以下のような感じであろう。

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1.ローライズ

股上が浅い状態のこと。具体的にはトラウザーズの上端が臍より明らかに下に来る場合を指す。体型にもよるが、数値的には股上が23.5㎝未満ならこう考えてよいだろう。

この場合は腸骨、すなわち腰骨の突起より上は覆わない状態で、トラウザーズを身体に固定させることになる。よってずり落ちを防ぐには必然的に、ウェスト~ヒップのシルエットをスリムでかつタイトなものとにせざるを得なくなるため、一般的には細身の方に向いた仕様ではある。

しかしトラウザーズの上端が下腹部に被るのではなく「下支え」する構造になるため、腹部の出っ張った方にも案外快適な場合が多い。「山盛りになった丼ご飯」を想像していただければご理解いただけるかも(笑)? そのため、注文服ではそのような体型の方向けに流行に関わらず以前から活用されていた。また股の付け根(小股)と腰骨までの距離が短めの方にも向いている。

1960年代から70年代にかけて流行し、一旦衰退したものの、1990年代半ばにイタリアのトラウザーズ製造専業メーカーなどが出したこの仕様のものが人気となったのをきっかけに、再び圧倒的に支持されるようになった。今日ではバリエーションの一つとして定着した感がある。タイトフィットのトラウザーズが流行ると、これが比例して流行すると考えてまず間違いない。

ここ十数年は「ローライズにあらねばパンツ(とここでは敢て表記する)にあらず」的状態ではあったが、全ての人に快適とは限らないので、選ぶ際には注意したい。例えば脇腹に何らかの手術跡が残っているような方には、たとえスリムな人であってもこの仕様は実は苦痛以外の何物でもない。トラウザーズの上端にあるウェストバンドに内蔵される芯地やそこを通るベルトが、患部を圧迫するからだ。

2.ミドルライズ

ノーマルライズとも呼ばれる中庸な股上の状態のこと。具体的にはトラウザーズの上端が臍を隠す程度まで来る場合を指す。体型にもよるが、数値的には股上が凡そ23.5㎝~26.0㎝程度であればこれに該当する。

ちょうど腰骨の突起部周辺を覆う、と言うかそこで引っかかる状態でトラウザーズを身体に固定できるので、ずり落ちのリスクが比較的少なく、安定した穿き心地を得やすい仕様とされる。またフィット感の流行にも左右され難い。

3.ハイライズ

股上が深い状態のこと。具体的にはトラウザーズの上端が臍よりも明らかに上に来る場合を指す。体型にもよるが、数値的には股上が26.0㎝以上ならこう考えて構わない。

この仕様は当然ながら、股の付け根と腰骨までの距離が長めの方に向いている。またこの意匠にすると下腹部全体のみならず、一般的には身体で最もくびれる臍部を超えて、上腹部の一部まで覆う構造になる。そのため、ウェストからヒップにかけてのシルエットは必然的な膨らみを帯びた、ある程度以上ゆったりしたものにならざるを得ない。

また、それ故にこの仕様のトラウザーズはベルトではなく、ブレーシス(サスペンダー)で上部から吊るして固定する方が圧倒的に快適に穿ける。ベルトで締める意匠にすると、ウェストを押さえ切れずにずり落ちしてしまうリスクが高いからだ。腹部をスッポリ覆って得られる安心感を満喫するには、ベルトループが付いたものであっても是非ともブレーシスで吊っていただきたい。

1930年代から50年代初めにかけて流行し、極端でないものは1980年代半ばにも多く受け入れられていた。21世紀に入っては注文服でないとお目に掛かれなかったものの、近年再評価が高まっているのはご存じの通り。つまり比較的ルースフィットなトラウザーズが流行ると、これが比例して流行すると考えて差し支えない。

股上のエリアに関連する意匠もさまざま

せっかく股上の話をしているので、それに関連する仕様についても色々見てみよう。まずは背中側=後身頃にあるものから。

1.ハイバック

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前身頃に比べ後身頃の股上を極端に深くせり上げたものを指す。通常はその差が5~6㎝程度だが、中にはその差を7~8㎝と大きく付けたものも存在し、その形状からイギリス英語ではフィッシュテールバックとも呼ばれる。

この意匠の起源は古く、かつてのスコットランド兵のトラウザーズ=トゥルーズに由来するとされている。騎乗中に前傾姿勢を取っても中のシャツがずり上がって外にはみ出すのを防ぐと共に、ウェストからヒップにかけてそして背中のフィット感を高めるのが目的だったようだ。

第二次大戦頃までは比較的お馴染みだったもので、今日でも専ら注文服ではあるものの、上記の理由で股上が深めのトラウザーズの一部に採り入れられる場合がある。また時にはヒップへの密着度を高める目的で、前後の高低差を少なく簡略化させたものを、敢えてローライズのトラウザーズと組み合わされることも稀にある。

2.「ウサギの耳」

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後身頃に付くブレーシスボタンを、まるでウサギの耳のように上部に跳ね上げられる構造としたユニークな仕様。イギリスの注文服のうち1960年代~70年代のものに見られる。それ以前ハイバック仕様全盛期の頃からオーダーを入れ始めた顧客は、ブレーシスの長さもその仕様に合わせて短くカットしがちだった。しかしこのブレーシスは、その後に主流となった前後に差のない通常の股上のトラウザーズには使えなくなってしまい、その救済策として考案されたもののようだ。

3.Vカット

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ウェストバンドの後身頃の背中心部に付くことがある「V字型の切込み」を指す。実はこれ、ハイバックの形状を簡略化したのが起源とも言われている。背骨にあたる部分が左右に割れることを通じ、腰部へのフィット感を若干高めることができる訳だ。比較的高級なトラウザーズに散見される意匠だ。

4.バックストラップ

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ウェストバンド直下の中心部にバックルとストラップを配するのを通じ、ヒップのフィット感の微調整を行えるようにしたもの。もともとは①と併用されることの多い意匠だった。しかし有名なのはアメリカントラッド、と言うより1950年代後半から60年代前半かけてのアイビームーブメントの際に大流行した、全体的にスリムなトラウザーズでのディテールとしてかも? 何せ細身なので、あくまで象徴的な意匠であり実効性には乏しいのだが……。

トラウザーズの上端を固定する「ウェストバンド」のいろいろ

日頃は殆ど気にしないエリアだと思うが、要するにウェストバンドとは「ベルトを通す場所」と考えていただければ結構。例えばストライプ地のトラウザーズの上端部で縦縞ではなく横縞になる場所で、この内部に芯地が入りウェストを固定する役割を果たす。実はここにも様々な仕様があるのだ。

1.スプリットウェストバンド

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通常のウェストバンド、つまりトラウザーズ上端全体が帯状の別布で始末されている仕様を指す。縦幅は通常4cm前後で全体的に均一の幅だが、流行次第でこれより細くも太くもなる。例えば1970年代のトラウザーズにはここの幅が5㎝以上あるものがザラにあった。またイタリア製のトラウザーズの中には、腹部のサポートを高める目的なのか、背中から腹にかけて徐々に太くなってゆくものも存在する。

2.ワンピースウェストバンド

いわゆる「ハリウッドウェストバンド」ではないが、このトラウザーズも何気に上端に別布のウェストバンドが存在しない。

いわゆる「ハリウッドウェストバンド」ではないが、このトラウザーズも何気に上端に別布のウェストバンドが存在しない。

トラウザーズ本体の上端にウェストバンドが存在しない仕様を指す。縫い継ぎの無い分スプリットウェストバンドに比べウェスト全体のフィット感が格段に柔らかくなる。今日ではあまり見掛けないものの、1930年代後半から50年代初めにかけてアメリカ西海岸、特にハリウッドの映画俳優を中心に大流行した仕様だ。そのため「カリフォルニアウェストバンド」「ハリウッドウェストバンド」なる別称もある。

フィット感を何気に決めるウェストバンドの裏側=腰裏

ウェストバンドに入る芯地の硬軟と同様に、ウェストへの「あたり」に何気なく作用するのがこの部分。固定するのがブレーシス(サスペンダー)なのかベルトなのかによっても、最適解が異なる。

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1.表地

着用感以上に耐久性を重視したい場合やカジュアルな要素を強くした場合は、腰裏に表地そのものを用いる場合がある。綿や麻を主素材とするトラウザーズに多く見られる意匠で、ジーンズやミリタリー系のチノーズではおなじみの意匠だ。

2.スレーキ

スレーキ(「スレキ」とも言う)とは表面に光沢の出る仕上げを施した綿若しくは綿混紡の裏地で、「滑らかな」とか「艶のある」を意味する英語のSleekが訛って我が国での名称になったもの。滑りが良いだけでなく肌あたりも柔らかいのが特徴。

3.ゴム付きスレーキ

日本ではこれを以前製造・販売していた企業名から「マーベルト」なる別名も広く用いられている。ウェストのずり落ちや裏返りを防ぐべく、スレーキの中央部にゴムを配置したもの。固定方法がブレーシス(サスペンダー)からベルトに変化して以降、ゴムがウェストに噛み付くのを通じずり落ちを防止する効果が認められ急速に普及した。

4.シャツ地

イタリア的要素の強いトラウザーズに多く見られる。スレーキに比べ耐久性こそやや劣るものの、ベルトを締めてもウェストへの感触はそれより柔らかくなる。なお、こちらもゴム付きスレーキのように中央部にゴムを付けたものが多々見られる。

5.ジャケットの袖裏地もしくは胴裏地

具体的にはキュプラやレーヨン或いはポリエステル、並びにそれらと綿とを混紡した生地。イギリスのフルビスポーク、つまり完全な意味での注文服のトラウザーズの現在の主流はこれ。スレーキから次第に変化したものと思われ、それと同等の耐久性が得られると共に、ウェストの感触は若干ソフトになる。

前身頃の押さえ方の工夫

最後に前身頃を押さえるための一工夫についても、あれこれチェックしておこう! ここにも実は国別の様式美的なものが多くみられるのだ。

1.持ち出し

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英語ではエクテンデッドウェストバンドと呼ばれる、上前先端のウェストバンドを下前側に若干延長させた意匠。1930年代頃から登場したもの。その先端部の固定には、裏側にフックを設ける(ただし表には露出しない)方法と、ボタンで留める方法とが見られる。特に前者はイギリス的な要素が強いトラウザーズに多い仕様だ。

これの有無でウェストへのフット感が変化するかと申せば、正直あまり関係ない。ただし、ウェストコートを着用する場合は、この仕様のほうがそれは左右にずれ難くなる感はある。

2.天狗

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下前の先端を延長してボタンホールを配置し、それを上前裏側に設けたボタンで固定し腹部を押さえ込む意匠。これはトラウザーズの固定方法がブレーシスからベルトに主流が移って以降、ずり落ちを少しでも防ぐべく本格的に採用されたもの。天狗の鼻に似ていることから来た命名で、形状によっては「烏」と呼ぶ場合もあり、いずれも英語の名称は「ボタンキャッチ」。因みにこれが付かない古典的な意匠は日本語で「棒」と称する。

3.パンチェリーナ

腰裏から分離したそれと同素材のボタンホール付き布が上前の途中から前方に伸び、それを下前の先端を延長して設けたボタンで固定するのを通じウェストを押さえ込む意匠。天狗とはボタンとボタンホールの位置関係が逆になると共に、布部が大きくなりがちなのが特徴。イタリア語で「腹巻き」を意味するパンチェラ(Panciera)に「小さな」を意味する接尾語のinaが付いたもので、実際イタリアの注文服的なトラウザーズで多く見受けられる。

ーおわりー

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公開日:2020年4月13日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

第三回のプリーツ(タック)と同様に、股上は頓着の無い人が多い。どちらもお腹周りに大いに関連するので、誰でも関心のあるエリアの筈だが…。まずは今お持ちのトラウザーズで、ここが浅いものと深いものとの差がどの位あるか、チェックしてみて欲しい。

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