コート解体新書:第四回「タイロッケン」トレンチコートの生みの親

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文/飯野高広
写真/佐々木孝憲

ヴィンテージコートの定番品を例に、コートの源流をたどる連載。第四回はトレンチコートのベースとなったタイロッケンを取り上げる。

これまで紹介してきたトレンチコートやステンカラーと比べると知名度は無いものの、カジュアルな格好でもスーツ姿でも受け入れてくれる懐の広いコートだ。

陰で努力して、シンプルに見せています!

ホースライディングコートの回で記したコットンギャバジンとラバライズドコットン並びにオイルドクロスの関係のように、前回話をしたトレンチコートにも「その前の歴史」が存在する。それが今回ご紹介するタイロッケンだ。

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英語で書くとTielocken、すなわち結んで固定するのが大きな特徴で、身体に衣服を巻きつけるための最も原始的な方法を採用している。胸ボタンが存在しないシンプルな見た目のため、トレンチコートはどうも厳つく感じて苦手…… と仰る方でも、これならサラッと羽織れてしまうかも?

ただし本格的なものは、この「シンプルな見た目」を維持するために、目に付き難い箇所で結構凝ったディテールを採用している点も、どうか頭に入れておきたい。

トレンチコートの父親的存在。タイロッケン(Tielocken)とは

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胸ボタン無しで単に腰ベルトを結ぶだけで身体を覆うラップコート(Wrap Coat)をもとに、バックルを前身頃に2つ、更には後身頃に1つ設けることで安定した着用感と着脱の容易さを両立させた膝下丈のコート。

1895年に英・バーバリーが開発し、第二次ボーア戦争でイギリス軍の将校向けのコートとして納入されたものが原型。これが第一次大戦の際トレンチコートへと発展する訳で、言わばトレンチコートの父親的存在だ。

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胸ボタンこそないものの、ダブルブレステッド状に打ち合いを深く取る意匠はこのコートが軍服、特に陸軍系のそれを起源に持つことを如実に物語っている。戦闘を妨げる雨風それに泥や埃を入り難くするための伝統的な工夫だ。

また後身頃に備えたバックルがラップコートとの決定的な違いであり、文字通りしっかり結んで身体にロックさせる機能の象徴なのだが、今日ではこれがないものでも「タイロッケン」と称しているものがほとんど。これのお陰でコート自体の重さも感じ難くなる大切な意匠なのだが……

もともとの素材はこちらもバーバリーが1888年から1917年まで特許を保有していたコットンギャバジンだが、現在ではポリエステルとの混紡のものも多く用いられる。

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オリジネーターでありながら、残念ながらバーバリーではタイロッケンが定番メニューではない状態が長年続いている。近年では1980年代に完全復刻版が出たのみ。

これをチェックすると、ディテール的には一見、同社のトレンチコートよりも前述したステンカラーコートに近い印象を持つ。エポーレット(肩章)や背中のレインケープがない一方で襟元にボタンホールがあることや、カフストラップと腰ポケットの形状などなど…… しかし慎重にご覧いただければ、上前と下前を繋げるフックのみならずこのコートの独自性は歴然。

例えば下襟を留める胸ボタンの存在だけでなく、バルマカーンカラーの襟元にフックが一対備わっている点だ。

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また袖裾にある五角形のカフストラップも同社のステンカラーコートとは付く向きが逆で、これはラグランスリーブの構造が両者で異なることに起因する。今日のバーバリーのそれは通常「二枚袖」、つまり袖の縫い目が肩側に1本・脇側に1本の構造であるのに対し、タイロッケンは「一枚袖」、つまり袖の縫い目が肩にはなく脇側に1本しかないので、こう付けざるを得ない訳だ。

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19世紀最強の軍人の一人であるラグラン男爵が考案した袖の原型は実は後者で、着脱のし易さから近年再評価が著しい意匠でもある。因みにアクアスキュータムのコートのラグランスリーブは、現行品は二枚袖だが、1970年代から80年代のものには袖のフィット感を高めるべく、その縫い目が肩側に1本・脇側に2本の「三枚袖」が多く採用されていた。

タイロッケン、もっと広まってほしいなぁ……

ダブルブレステッドなのに胸ボタンが一切付かない構造なので、いわゆる「ステンカラー」とトレンチコートの中間と言うか合いの子的にも見えてしまうタイロッケン。

だからだろうか、着こなしも非常に応用が利きやすい。スーツ姿でもカジュアルな格好でも広く受け入れてくれるので、個人的には秋の半ばから花曇りの頃までついつい手が出がちなコートになっている。

ベルトを複数のバックルで固定するのが構造上の最大の特徴なので、そこだけは疎かに扱わず必ず全周させること。その締め上げ方次第で、X字状のシルエットをトレンチコート以上にタイトにもソフトにも自在に変化できる点も含め、もっと広まってほしいコートなのだが……。

ーおわりー

クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

読むだけでもコートに関する知識が付く

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男のコートの本

<対象>
服飾関係者向け

<学べる内容>
コートの歴史。コートの作り方

メンズコートが自作できるようになる一冊。コートの中でもベーシックなPコート、トレンチコート、ダッフルコート、ステンカラーコートのデザインを紹介している。著者は東京コレクションにも出場した経験を持つ嶋崎 隆一郎。掲載されているコートは嶋崎氏が製作したもので、パターンが掲載されている。トレンチコートとダッフルコートは実物大サイズのパターンが付属。パターンだけではなく手順も詳細に綴られており、ある程度の採寸、縫製の知識があればコートが作れてしまうのではないだろうか。細かいパーツの話も豊富に収録しているので、読むだけでもコートに関する知識が付く。

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公開日:2018年11月17日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

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見つかりそうで全然見つけられないのがこのタイロッケン。本来のディテールで製造しているブランドは殆ど存在しないのでは? トレンチコートよりスッキリしたデザインなので、その厳つさが苦手な方でも気楽に羽織れるはず。変にアレンジせず直球勝負の一着が出て来て欲しい。

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