コート解体新書:第三回「トレンチコート」いかつさには理由がある

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文/飯野高広
写真/佐々木孝憲

時代が移ろい、その機能が求められなくなったとしても、現在進行形で生産されているコートの中には主要なデザインが開発当時から変わっていないものも多い。時代に流されない普遍性はどこにあるのだろう?

ヴィンテージコートの定番品を例に、コートの源流をたどる連載。第三回はトレンチコート。ステンカラーコートと同様に、バーバリーアクアスキュータムのトレンチコートを比較しながらディテールを紐解いていこう。

意外と知られていない、トレンチコートの本格仕様

恐らく今日、世代や性別を超えて最も安定した人気を得ているコットン系のコートであるトレンチコート。

綿の生地で作られたものなら何でもかんでもそれだと思い込んでいる方が結構多いことが、人気の何よりの証拠なのだろう。

だからこそこの服に少しでも興味が出てきたら、本格的なもののディテールをどうか知っていただきたい。

今でこそ単なる飾りに堕してしまう場合も多いこれらではあるが、もともとは戦場、しかも悪天候や泥まみれのような最悪の環境で鍛え抜かれた「生き抜くための機能」そのもの。

つまり、それらの意味を知っているか否かでは、着た時の雰囲気が全く異なってしまうのだ。

今回はそんな、着る人の知性や品格が案外露呈しやすいトレンチコートについて、あれこれ深掘りしてみよう。

圧倒的な人気を誇るトレンチコート(Trench Coat)とは

1895年に英・バーバリーが開発し1901年から英陸軍将校向けに納入された「タイロッケン」をもとに第一次大戦時に完成し、文字通りの塹壕(Trench)戦で効力を発揮した膝~膝下丈のコート。その後は他国の軍隊や民間にも広く普及し現在に至る。

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

通常はダブルブレステッド10若しくは8ボタン仕様。

襟は台襟が首を全周する「スタンドフォールカラー」で、防寒・防風・防水性を最大限考慮し喉元はフックで完全に閉じることが可能なだけでなく、上から別布=チンウォーマーが付けられるようにもなっている。

また肩先には望遠鏡などのストラップの固定と階級章付けとを兼ねたエポーレット、胸には銃床が擦れるのを防ぐガンパッチ、そして背中には撥水性向上を目的としたレインケープが施される。

バックル付きのベルトの下には、そもそもは手榴弾を付けたとされる(暴発しないのか?)Dリングが備わるのも特徴。

これらの機能自体はもはや形骸化してしまったが、そのデザイン性の高さが変わらぬ人気の最大の要因なのだろう。

原型の素材はバーバリーが当時製造特許を保有していたコットンギャバジンだったが、今日ではポリエステル混紡やウールのギャバジン、それにポプリンなども用いられる。色はカーキ・グリーンなどのアーミーカラーがやはり本格的。

バーバリーとアクアスキュータムのトレンチコートを比較する

トレンチコートもかつての2トップ、バーバリーとアクアスキュータムの違いを、それぞれのヴィンテージの大定番品で検証してみたい。

全体のシルエットはステンカラーと同様に、バーバリーはややボクシーでアクアスキュータムはより末広がりのAライン。

後身頃はバーバリーが曲線的なレインケープとボタン付きのインバーテッドプリーツであるのに対し、アクアスキュータムは直線的なレインケープとボタンなしのセンターヴェントと全く好対照である(アクアスキュータムでインバーテッドプリーツのものも存在する)。

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

Aquascutum(アクアスキュータム)

Aquascutum(アクアスキュータム)

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

Aquascutum(アクアスキュータム)

Aquascutum(アクアスキュータム)

ガンパッチはバーバリーのほうが大きく、胸ボタンとは異なるボタンで開閉する一方で、アクアスキュータムは第一ボタンと併用だ(現行品はここがバーバリーと同様のデザインになってしまった)。

喉元に付くチンフラップもバーバリーはバックルとボタンを併用する構造だが、アクアスキュータムのものはボタンのみで固定する。エポーレットの形状はバーバリーの五角形に対してアクアスキュータムは台形。

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

Aquascutum(アクアスキュータム)

Aquascutum(アクアスキュータム)

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

Aquascutum(アクアスキュータム)

Aquascutum(アクアスキュータム)

腰ポケットはバーバリーのものは端部が曲線状で中央の1つのボタンで背→腹方向に開閉するのに対し、アクアスキュータムは端部が直線で両端の2つのボタンで腹→背方向に開閉する。

バーバリーのものには前身頃をよりしっかり固定するために内側の下部に「スカートタブ」と呼ばれる開閉ボタンが付くが、アクアスキュータムのものには付かない。

対するにバーバリーでは裏地が身頃・袖共に一般的なものが用いられるが、アクアスキュータムでは最上級モデルに限り無双仕立て、つまり身頃の肩先と袖には裏地ではなく表地を二枚重ねにすることで、防水性をより確かなものにしている。

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

Aquascutum(アクアスキュータム)

Aquascutum(アクアスキュータム)

BURBERRY(バーバリー)

BURBERRY(バーバリー)

Aquascutum(アクアスキュータム)

Aquascutum(アクアスキュータム)

ステンカラーコートと同様に、バーバリーのものは無骨な印象であるのとは対照的にアクアスキュータムのものはどこか垢抜けた容姿と言って良かろう。

面倒臭がらず、ベルトをキチッと締めるべし!

トレンチコートに限らず、ベルトが胴回りをグルッと一周するコートについては、それをきちんと活用したい。理由は当然、ベルトには単なる飾りではなく機能的な、そして美観的な意味が備わっているからだ。

第一にベルトをグルッと一周させることによって、コートの「重さ」が肩に集中せず腰と背骨に分散できるから。

第二にその結果、肩周りが楽になる分姿勢が良くなる、つまり不自然に前かがみにならなくなるから。

そして最後に、きちんと設計されたものであれば必ず、コートのベルトは着用者のお腹の最もくびれた部分を押さえにかかる。そしてそこはトラウザーズの上端よりも大抵上、と言うことは…… 実際よりも足長に見せることが可能になるからだ。

余計なお世話かもしれないが、ベルトを後ろ半分でしか結んでいなかったりそれを完全に取り除いた着方は、私から言わせれば機能を活用できていない、何とも「もったいない」着方。

バックルに律儀に通しても良いし、無造作に結んでしまっても良い。ベルトは是非とも全周させて、バシッと締め上げて着こなしていただきたい。

ーおわりー

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コートの本

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日本がアメリカンスタイルを救った物語

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AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?

<対象>
日本のファッションを理解したい服飾関係者向け

<学べる内容>
日本のファッション文化史

アメリカで話題を呼んだ書籍『Ametora: How Japan Saved American Style』の翻訳版。アイビーがなぜ日本に根付いたのか、なぜジーンズが日本で流行ったのかなど日本が経てきたファッションの歴史を紐解く一冊。流行ったという歴史をたどるだけではなく、その背景、例えば洋服を売る企業側の戦略も取り上げられており、具体的で考察も深い。参考文献の多さからも察することができるように、著者が数々の文献を読み解き、しっかりとインタビューを行ってきたことが推察できる内容。日本のファッション文化史を理解するならこの本をまず進めるであろう、歴史に残る名著。

【目次】
イントロダクション 東京オリンピック前夜の銀座で起こった奇妙な事件
第1章 スタイルなき国、ニッポン
第2章 アイビー教――石津謙介の教え
第3章 アイビーを人民に――VANの戦略
第4章 ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?
第5章 アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立
第6章 くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ
第7章 新興成金――プレッピー、DC、シブカジ
第8章 原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出
第9章 ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭
第10章 アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

公開日:2018年10月27日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

「トレンチは似合わなそう」と敬遠される方も多い。しかしこれは典型的な「慣れて覚える服」で、若いうちから定番を着込んで感覚を鍛えてゆくのがベスト。とは言え、近年は当の「永遠普遍」と呼べる商品は、もはや新品では見つけられない! 各老舗ブランドには原点回帰を願うのみだが……

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