ヴィンテージコートの定番品を例に、コートの源流をたどる飯野高広さんの連載。第五回は優雅さと清楚が際立つチェスターフィールドコートと、より普段使いに適したボックスコートを取り上げる。
よく耳にする「チェスターコート」は、本来の「チェスターフィールドコート」とはまったく異なるもののようで……。
最近「チェスター、チェスター」ってばかり言うけどさぁ……
21世紀に入って少し経った辺りからだろうか、装いのカジュアルダウン化が進むにつれ、冬物のウール系のコートの中である特定のものの名を多く耳にするようになった。いわゆる「チェスターコート」と世間で呼ばれるものである。
スーツのジャケットを膝上10~15cm前後にまで伸ばした雰囲気で、肩パッドや芯地を省略して軽さを追求した、例のヤツだ。
個人的には正直これ、中途半端な感を否めない。どうしても軽薄で貧相な印象が前面に出がちで、冬場のコートに本来求められる「着ている本人を暖めるだけでなく、それを見ている周囲の人を暖かい気持ちにさせる」精神を欠いた、自己中心的な一着に見えてしまうからだ。
本来の「チェスターフィールドコート」とは明らかにかけ離れていると思うが、まあ、存在自体を否定するつもりはないので、いい加減に略すのではなく、せめてその直接的な起源である「スポルベリーノ(Spolverino:イタリア語で「埃避け」を意味する軽さを重視したコートのこと)」と呼んで欲しいなぁと思ったりする。
でも、待てよ? 「本来の」チェスターフィールドコートって、一体どんなものなのだろうか? 今回はそれをしっかりご紹介したい。
優雅さと清楚さが際立つチェスターフィールドコート(Chesterfield Coat)
チェスターフィールドコートとは、ちょうどシングルブレステッドやダブルブレステッドのジャケットの身頃裾を、そのまま膝丈~膝下丈にまで延ばしたようなウール系のロングコートと考えていただければ宜しい。
原型は19世紀中盤に登場し、当時イギリスのファッションリーダーであったチェスターフィールド6世伯にちなんで名付けられたとされる。
着丈が比較的長いのは、その時代の通常服であった膝丈のモーニングコートやイブニングドレスコートの上に羽織るオーバーコートとして考案されたためだ。それらが礼装に昇格するのと共に、このコートも畏まった場に相応しいオーバーコートとみなされる様になった訳である。
シングルブレステッドの場合、下襟はノッチドラペルとなる場合が多く、胸ボタンは3つ若しくは4つ付くが、それらを表面には見せないフライフロント(比翼仕立て)にする場合が多い。
一方、ダブルブレステッドでは下襟は専らピークドラペル、胸ボタンは第二次大戦前までは4つボタン2つ掛けも多かったが、今日では圧倒的に6ボタン下2つ掛けが主流だ。
シングル・ダブルいずれの場合も、上襟の生地を身頃と同素材か黒のベルベットにすると「礼装」的な雰囲気は確かにより強まるものの、その仕様でなくても決して間違いとか略式ではない。正式な場で堂々と通じるのでご安心を。
以前読んだ服飾系の本で、「上襟をベルベットにしていないものを『セミ・チェスターフィールドコート』と呼ぶ」みたいな記述があったのだが、そんな表現は少なくとも私は海外で聴いたことがない。
腰ポケットはいわゆる雨蓋付きのフラップポケットを、地面と平行に配置するのが一般的。
ただし、身頃とフラップとを接合させる玉縁を上下双方に付ける「両玉縁」ではなく、下にのみ付けそれをフラップで隠す「片玉縁」とした方が、印象はより清楚なものとなる。また、このコートには胸ポケットを敢えて付けない場合が多いのも、ゴテゴテした雰囲気を善しとしないためだ。
これまた以前読んだ服飾系の本で、「左胸にはスーツのジャケットと同様の箱ポケットが付いいているものの方がより正式で、そこには手袋を使わない時に挿しておく……」なる記述があったのだが、解ってないなぁと思った。
格式の高い場でそんなキザなことをするのは却って不躾と言うか野暮と言うか…… そんな時は単純に、内ポケットに入れておけば済む話であり、正式とか何とかとは全く関係ない。
生地は登場時こそ素朴なツイード地なども使われていたようだが、礼装用のオーバーコートとしても認知されるようになって以降は、素材はウールやカシミアのメルトン地で、色も濃紺・チャコールグレイ・黒などダークカラーの無地若しくは単色の細かいヘリンボーン柄の場合が圧倒的に多い。
ただし、礼装には使えないもののキャメルブラウン無地のような明るい色のものも、それはそれで華やかな雰囲気を出せる。いずれにせよ生地は、厚みと重さがしっかりあると共にしなやかさやキメ細やかさも兼ね備えた、つまり「暖かく、かつ美しい」ものがこのコートにはやはり最適だ。
なお、生誕地であるイギリスではこの服を、その種の厚手のオーバーコート用生地の製造に特化していたことで有名だったかつての生地メーカーから名を取り「クロンビー(Crombie)」とも呼ばれる。
ちなみに写真のものは私物で、1980年代にイギリスで織られたカシミア100%のメルトン生地を用いてビスポークしたもの。キラキラとした光沢とウールとは異なる優しい重量感・肌触りはヴィンテージのカシミアならではで、フワッと美しくくびれたシェイプはトルソーでも十分出てはいるが、注文者本人が着ると一層、説得力が増す。
身頃の裾は表地と裏地とを線状にではなく、このように点状に数か所を縫い留めるのみ。
裏地の縫いつけも丁寧さの極みで、裾を表地と最小限にしか縫い留めない「フラシ仕立て」。一見雑な仕様に思えるかもしれないが、天候や湿度それに身体の動きで生じる「ツレ」を防ぎ着心地を安定させる、既製品ではもはやお目に欠かれないスペックである。
より「普段着」な印象のボックスコート(Box Coat)
一方ボックスコートとは、その名通りの迫力あるずん胴形=ボックスシルエットを特徴としたオーバーコートの総称だ。今となってはチェスターフィールドコートと混同・誤解されることが非常に多いが、それとの決定的な違いは、胴回りを絞り身体にフィットさせる目的の「脇ダーツ」を、前身頃の側面に配していないこと。
それに比べより少ない面構成で身体を包み込むことになるので、必然的にボクシーでややルースなシルエットになる訳である。
左側のチェスターフィールドコートには、大分起毛に覆われているものの、脇下から腰ポケットに向けてダーツが取られているのが判るだろうか?
通常は膝下丈のシングルブレステッドで、第二次大戦後から1950年代にかけて世界的に大流行した。写真のものもその時代のビスポーク品だ。
脇ダーツの有無以外にも、チェスターフィールドコートとの違いは探すとまだまだ結構出てくる。
例えば胸ボタンは3つ若しくは4つ付くこと自体は同じだが、このコートではそれらを表面に見せるボタンスルーフロント(通称:ブチ抜き)が主流だ。袖は通常のセットインスリーブではなく、肩線が外袖まで延長され上下に貫通する「セミラグランスリーブ」を採用するのが一般的で、袖裾にカフスが付く場合も多い。
セミラグランスリーブには外袖の中心部に肩線の延長線が上下に貫通する。
腰ポケットもチェスターフィールドコートに比べバリエーションが豊富で、フラップポケット以外にいわゆる「ステンカラー」に多く見られる箱ポケットや、ポロコートと同様のフレームドパッチポケット(メールポケット)仕様もある。
生地もウールのメルトンだけでなくツイード、それにウールギャバジンなどチェスターフィールドコートに比べると自由度が高いが、個人的にはより厚く・重く・粗いもののほうが雰囲気は増すような気がする。
色柄もそれに比べると制約があまりなく、何しろややルースなシルエットと相まって「普段着感」と言うか、より粗野で素朴な印象が前面に出るコートなので、上手く創作さえすればビジネス・カジュアルと言った場の境目がなくなりつつある今日には、より合目的的なコートとして大復活するかも?
いや、昨今巷で「チェスターコート」と呼ばれているものの中には、恐らくコスト面での理由だろうが、実は構造的には脇ダーツのないこのボックスコートだったりする場合もあるので、見た目を変えて既に復活しているとも……。
生地の選択が着こなしを左右する
チェスターフィールドコートであれボックスコートであれ、基本的にはタイドアップした装いの上に羽織るのがやはり本来の着方だと思う。
特に前者は礼装には最も相応しいウールコートであるのは間違いないものの、時にはセーターとデニム姿のようなカジュアルな装いに合わせたくなるから不思議だ。その意味でも色は真っ黒よりも濃紺やチャコールグレイの方が汎用性は高く重宝する気がする。ウールのメリハリ、カシミアの優しさ、どちらを選ぶかで悩むのもまた楽しい。
一方後者は、無地でも全く構わないが、ヘリンボーンやグレナカートプレイド(いわゆるグレンチェック)のような柄物、それもできるだけ大きな柄なものを選んで、その「普段着」感を素直に楽しむのが良いかも。いずれにせよ目の詰まった重量感のある生地のものを選ぶのがお勧めだ。
ーおわりー
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終わりに
どちらのコートも、残念ながら近年では満足する品質のものが既製品では見付からなくなってしまった。丁寧に扱えば間違いなく一生モノなので、スーツをオーダーしているのであれば、これらのコートも同じテーラーで仕立ててもらうのが、着心地の点でも間違いないだろう。高い金額を掛けるだけの価値は、必ずある。