約束事が厳密になりがちな礼装(礼服・フォーマルウェア)について整理する本企画。前編は礼服の考え方や礼装の種類を服飾ジャーナリストの飯野高広さんに教えていただきました。
後編ではモーニングからダークスーツまで、礼装の具体的な装いをイラストを参考に整理します。飯野さん流「礼装の選び方」も必見です。
今回紹介する礼装は略礼装を含めた6種類
さて男性の洋服での礼装だが、具体的には前記事で挙げた「儀式か宴か」を縦軸に、「格式」を横軸に捉えた上で挙げるのが、やはり理解はしやすい。
主に昼間に行われる行事は「儀式」=厳か・地味。主に夜間に行われる行事は「宴席・パーティ」=楽しい・派手。
「儀式か宴か」は、その場の意味の違いが用いられる生地の違いに直結するので、まずはそれを示しておきたい。
儀式と宴で異なる生地の違い
儀式の礼装に使われる生地:黒以外に濃いチャコールグレイも可。細かな柄物は大丈夫。光沢の強い生地は避ける。
宴の礼装に使われる生地:黒以外に濃いミッドナイトブルーも可。度を越さなければ光沢の強い生地でも大丈夫。
黒以外でも実は大丈夫なことに驚かれる方も多いだろう。実際、海外の「礼装用」の服地を見てみると、たとえ「黒」との表記があっても僅かに灰色や青みを帯びたものばかりで、真っ黒と言うか全ての光沢をブラックホール的に吸収する日本のそれとのあまりの違いに驚かされる。
彼らにとっては礼装とは「ルール」ではなくあくまで「マナー」の範疇であり、可変的なものであることを象徴するかのようだ。
また、礼装全てに共通する約束事もあるので、個別の具体的な装いを見ていく前に確認しておきたい。
礼装と礼服の違い
この記事では、礼服と礼装の以下のように書きわける。
礼服=冠婚葬祭の場だけで用いられるスーツ系=ジャケット・トラウザーズ・ウェストコートに限定して焦点を当てた表現。
礼装=礼服を含み、帽子やシャツ・タイ・などまでも含めたより広範囲な表現。
礼装に共通する約束事
トラウザーズはシングルが原則
礼装用のトラウザーズは、裾に折り返しを付けない「シングル」とするのが原則で、前身頃の裾を後見頃より短く仕上げ裾前方のダブつき感を除去したアングルドヘム(日本での通称は「モーニングカット」)とするのが通例。
トラウザーズはブレーシスで固定する
トラウザーズの固定は、モーニングに限らず正礼装・準礼装に関してはベルトではなく、ブレーシス(サスペンダー)で行うのが相応しいとされている。前者では不可避の「ずり落ち」を直す仕草が不躾に見えるからだろう。
腕時計はなるべく身につけない
腕時計はできればはめないほうが望ましい。礼装を着用する場というのは「時間を気にする」のが失礼に値する場だからだ。やむを得ない際は極力目立たないものにするか、表から見えない位置に懐中時計を装着したい。昨今流行の大きなフェイスの腕時計を誇らしげにはめて臨むのは、不躾極まりない。
手袋を持つ場合は、腕にはめない
手袋は基本的に、キッドスキンスエード製の縫い目が表に出ない内縫いのものしか許されない。ただし現在では素材が布製のものも認められている。なお、モーニングの場合はクリームかグレイのもの、イブニングドレスコートとディナージャケットは白が望ましい。
A.儀式の正礼装・モーニング
皇居での新年一般参賀や春・秋の園遊会の際、男性皇族の方々がお召しになられているのがこれ。あるいは内閣認証式での男性新閣僚の装い、と申せばよりピンと来る方も多いだろう。
認証式は典型的な「儀式」であるため、組閣が延びて夜間に行われる場合でもこの装いで大正解。
入学式や卒業式での校長先生の装いも、かつてはこれと相場が決まっていた。また、大きな企業や団体が社葬を執り行う際には、会長・社長をはじめ役員の方々がこれを着用するケースも多い。「公式度」の高い礼装であり、それ故に立場が立場だと身に着ける必要に迫られる場面は、まだまだ結構存在する。
なお、ジャケット・トラウザーズ・ウェストコートが全て異なる素材・異なる色柄の組み合わせとなり得るのは、対照的にそれらが全て同じ組み合わせであるスーツが登場する以前、つまり19世紀中盤までの価値観や様式美の名残だ。
B.儀式の準礼装・ディレクターズスーツ
簡単に言うと、モーニングコートを今日の一般的なジャケットと同様の丈と形状のものに置き換えただけで、残りは全く同じ装い。
なのでイギリスでは「ショートモーニング」とも呼ばれる。今でこそ一流ホテルのコンシェルジュの装いはたいてい制服だが、少し前までは国の内外を問わずこれが主流だった。
日本でも1990年代には、某大手礼服メーカーが黒無地の3ピースに代わる婚礼の装いとして普及に奮闘していた記憶もある。
しかし、礼装に正・準の区別が無くなりつつある影響、さらには礼装それ自体の簡略化の大きなうねりに呑み込まれ、今日この装いは国の内外を問わずあまり見られなくなっている。
より詳しくディレクターズスーツを知りたい方はこちら
C.宴の正礼装・イブニングドレスコート(燕尾服)
礼装の中では着用マナーが格段に厳格に定められているためか、今日見ることができるのは、国王が主賓となる宮中晩餐会やノーベル賞の授賞式(その後に王室関係者も参加する晩餐会や舞踏会が催されるため、「式」ではあるがこの服の着用が指定される)、クラッシック音楽のソワレのコンサートでのオーケストラの団員、それに格の高い舞踏会や競技ダンスなどしかなくなっている。
実はこの装いは歴史的経緯から、軍人ではなく文民男性の「儀式」「宴」の垣根を超える最高礼装でもある(軍人には別に「軍礼装」がある)。
そのため今日でも、例えば勲章の佩用が求められる際は宴ではなく儀式、つまり夜ではなく昼間でもこれを着用する場合があり、その際は「フルコートドレス」と呼称を変化させる。
我が国で昼間の婚礼であるにもかかわらず新郎がモーニングではなく敢えてこれを着用するケースが見られるのも、理由は同じだ。
より詳しくイブニングドレスコートを知りたい方はこちら
D.宴の準礼装・ディナージャケット(タキシード)
畏まった礼装が求められる宴の場が極端に減少している今日では、もはや事実上の宴の正礼装とも言え、宮中晩餐会でもイブニングドレスコートではなくこの装いが指定のケースも増えている。
また正礼装・準礼装の中では弔事での着用を想定していない唯一のものであるためか、他のものに比べディテールの選択に許される範囲も広い。
例えば映画のアカデミー賞の受賞式(起源が晩餐会だった名残なのか、「式」ではあるが今日でもこの着用が求められる)での男性の装いを見れば、その許容度はご理解いただけよう。
日本では遥かにお馴染みの呼称である「タキシード」は米語。
「ディナージャケット」はイギリス英語での表現で、英国以外でのヨーロッパでは「スモーキング」と呼ばれる。各々に由来の微妙な違いがあるのだが(是非ご自身で調べて見てください!)、それが呼称の違いに直結し、またいずれも1870~80年代に原型が登場した点、そしてイブニングドレスコートの簡略化を目的に創造された点では一緒である。
なお、アニメの「セーラームーン」にはタキシード仮面なる人物が出てくるが、彼の装いは実はこれではなくてイブニングドレスコートである。
E.略礼装①・ダークスーツ
日本では略礼装と言えば「正に真っ黒としか言いようのない無地の生地で作られた3ピース」のイメージが本当に、本当に強い。
しかしこれからは、もう少しだけ色柄の枠を広げて「ダークスーツ」としての活用を考えるべきではないか。
確かに国内での告別式などの弔事への出席に際しては、深い悲しみの気持ちを示す「喪服」という意味合いで、黒の3ピースは最適かつ必要な服だろう。
しかし逆の場合、すなわち婚礼のような慶事でもこの装いで済ますのは何と言うのか…… 何か「代用」的な感が拭えないからだ。
神社や教会での厳かな結婚式に出るのなら、廃れたとは言えやはりディレクターズスーツを着用してあげたい。
逆にレストランウェディングのような気さくな雰囲気を重んじた慶事では、真っ黒な略礼服ではむしろ慇懃無礼な感もあり、このような場こそ着こなしを工夫したダークスーツ姿で十分に礼装ではないだろうか。
つまり、それぞれの場の「現実的な礼」により則した装いで臨むのが大切で、その点でもダークスーツの活用範囲は、ビジネス向け以外にもまだまだ案外広いと思う。
F.略礼装②・紺無地のブレザー
慶事にのみではあるものの、国際的にも着こなし次第で十分略礼装になってくれるのがこれ。
この服の源流にはユニフォーム、つまり制服的な要素が多分にあるので、「同じ服を着て同じ場に集まり同じ気持ちを示す」礼装本来の意義にバッチリ叶っているからだ。
服飾史とその背景を理解できない一部の教育関係者のせいで、日本では高校生までで卒業する服に歪曲させられてしまっているのが、あまりにも悔しい。レストランウェディングのような場ではもっと活用されてほしい服だ。
今の私なら、こう揃える。
ここまであれこれ書いてきたが、長い長いこの稿を纏めるにあたり、今の自分のライフスタイルだったらどんなものを用意するか? 現実に照らし合わせて記してみたい。ジャケット・トラウザーズ・ウェストコートのみの紹介ではあるが、皆さんの一助になれば幸いである。
①「真っ黒ではない黒無地」の3ピーススーツ
ジャケットはシングルブレステッドの敢えてピークドラペルではなくノッチドラペルで、胸ボタンの数は1つ。
トラウザーズはベルトではなくブレーシス(サスペンダー)留め。ウェストコートはシングルブレステッド6つボタン6つ掛け。
色味のニュアンスはともかくとして、一応黒無地なので弔事には当然着てゆけるし、蝶ネクタイなどを活用するなど上手く着こなせば、今日ではディナージャケット代わりにも十分なる。
②黒*グレイのストライプトドレストラウザーズとペールグレイ無地のウェストコート
要は①のジャケットと組み合わせて、神社や教会での結婚式のような慶事の儀式用のディレクターズスーツにしてしまう作戦。
こちらもトラウザーズはベルトではなくブレーシス(サスペンダー)留め。一方ウェストコートはダブルブレステッド6つボタン3つ掛けしかもピークドラペル付きとして、黒のものと対照性を出したい。
③濃いチャコールグレイ無地スーツ ④濃いミッドナイトブルー無地のスーツ
どちらも①や②を着るまでの厳格さは必要ないものの、例えば③は子供の入学式や七回忌以降の法事、④は会社のレセプションや披露宴から参加する結婚式のような、それなりに程度かしこまった場のためのもの。
③はジャケットはシングルブレステッドのノッチドラペルで、胸ボタンの数は3つボタン中掛け。シングルブレステッド6つボタン6つ掛けのウェストコート付きにする。対照的に④はダブルブレステッドのピークドラペルで、胸ボタンは6つボタン下2つ掛けとし、敢えてウェストコートを付けない2ピースとすることで①との「格」の違いを出したい。
④は地位や職場が限られるかもしれないが、③はオンビジネスでの活用も当然視野に入れている。
⑤紺無地のブレザーにチャコールグレイ無地のトラウザーズ
③や④よりは若干カジュアルな慶事だが、華やかかつある程度しっかりした装いが求められそうな場のための、言わばパーティウェア的存在。
気取らないレストランウェディングやガーデンウェディングなどにも向いていると思う。ブレザーはシングルブレステッドでも全く構わないが、流石にこの年齢になるとダブルブレステッドのほうが妙に落ち着く。
トラウザーズは、普段はミディアムグレイ好きの方でもこういう時用にチャコールグレイ無地を1本用意していくと絶対に困らない。
礼装とは思いやり
最初に書いたことを繰り返すが、礼装とは「互いに似た服を着るのを通じ、その場に限ってではあるが混じって団結することに賛同する」と言う、服を通じて発するメッセージ。
つまりその場に参加する人全員を思いやる「マナー」=文字通りの「礼」の典型であり、無理やり強制される「ルール」ではない。だからここで記したことを「守れ!」とか「こうでなくてはならない!」なんて声高に言うつもりは、全くない。でもその根本は知っておいて、絶対に損はしない。
ーおわりー
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