まずは、簡単に3人をご紹介。
飯野高広:着方に独自のお約束を設けながらコート(というか服全て)を愛する
倉野路凡:お花のブートニエールやカラフルなスカーフなどを取り入れた、遊び心のある着こなしが得意
成松 淳:既製品を楽しみ尽くし、今は素材とデザインのミックスを探究している
そんな3人がコート愛を語り尽くします。ぜひ連載記事の解説をお供に読んでみてください!
コートの着こなしにも三者三様のこだわりがある!
今回は、コートを中心に秋冬のアウターについて、忘れられない思い出の一着から変遷、着こなしなどを聞いていきたいと思っています。まずは、本日着てきたコートとコーディネートについて教えてください。
コートといえば、2大巨頭のブランドがあったじゃないですか。それが、
バーバリーと
アクアスキュータム(以下、アクアス)。
着こなしとしては、バーバリーのコートはボタンダウンやデニム、あとスーツやジャケットでもアメトラっぽく素朴に着たくなるんですよ。で、靴は外羽根。一方、アクアスのコートは、上着がイングリッシュドレープ系で足元も内羽根にしておかないと気が済まないんですよね。
バーバリーとアクアス、どちらも英国ブランドですよね。何がそんなに違うんですか?
シルエットですかね。あとキャラが違うというか、アクアスは都会的で、バーバリーは無骨というイメージがあるじゃないですか。僕は両方好きなんですけど、今回の鼎談では多分バーバリーの話になるんだろうなと思って、バーバリーのトレンチコートを着てきました。
バーバリー「トレンチ17」モデルの素材・カラー番号DK45。トレンチコートのベルトは絶対に全周させるという飯野さん。「バーバリーは先端を結んで、アクアスはきちんとバックルに通します」
バーバリーのコートに合わせた、今日のコーディネートのポイントは?
本当は天気がよかったら靴はコードバンなんですけど、今日は天気が悪いから
トリッカーズにしました。
飯野さんは、独自のコーディネートルールがあるんですね。コートに関して、他に意識していることってありますか?
小さい頃から父に言われていたんですけど、「男はちょっぴり我慢しなければいけないよ」って。なので、冬は人よりワンテンポ遅くコートを着て、春はワンテンポ早くコートを脱ぐようにしていますね。だからコートって待ち遠しくて楽しみなんですよ!
そう粘って粘って、さあ着るぞって。だから、どんなに寒くても12月初めまではウール系のコートは着ないとか、本当に寒い時や体調が良くない時以外は襟は原則立てないとかっていう、縛りを自分で設けています。ただ最近は冷え性がますます酷くなっていてこの縛りは正直、シンドイ(笑)。
ラファエル カルーゾのチェスターフィールドコート。生地はカシミヤ100%。
僕は80’sです。コートの中に着ているブルーの
マンシングウェアのニットは、アクリル100%。たしかパール編みといったかな。昔流行りました(笑)。
最高!化繊(化学繊維)万歳!よくあの頃あったやつですよね。マンシングウェアにジャック・ニクラウスの
ゴールデンベアだよね。
そうそう。あの辺が大好きで。足元は、
アディダスのスーパースターのハイカットで、シャツは鎌倉シャツ。ボタンダウンは昔から好きですね。
アイビー世代ですから。コートは、ラファエル カルーゾのカシミヤのチェスターフィールドコートです。
倉野さんは、コートの襟元に付けたブートニエールが可愛いですね!今日持ってきていただいたコート3着、全てに付いています。
襟元には、倉野さんの愛用ブートニエールとピンズがキラリ。
以前、愛用しているブートニエールについての記事を書かせてもらいましたが、コートやジャケットの襟元には、いつもブートニエールを付けています。本物の生花だと大変だし、テーラードな服に可愛げというか、愛嬌をちょっと取り入れたいなと思って。こういったワンポイントがあると周囲も和みますよね。
倉野さんのふんわりと穏やかな雰囲気が出ていますよね。
アジャスタブルコスチュームのダブルブレステッド チェスターフィールドコート。
成松さんのコーディネートについても教えてください。
今年はコートの当たり年だと思っていて、
アジャスタブルコスチューム(以下、アジャコス)のアストラカン(カラクール)付きダブルブレステッド チェスターフィールドコートと
ハバーサックのもふもふしたシャギー素材のフーデットベアコートを購入し、飯野さんのコート解体新書を見て欲しくなったカーズコートをオーダー中です。
その中から今日は、
アジャコスのコートを着てきました。ようやく寒くなってきたので、やっと着ることができました。分厚くハードな感じで、この雰囲気だと本来はもっとフォーマルに着るんですかね。私は逆側にフってみたというか、ポーター&ハーディングのソーンプルーフのスーツでカントリースーツっぽくしました。
その着方が多分、今なんですかね。デザイナーの小高一樹さんは、実はそう着ても欲しいんじゃないかなと思います。ガチガチにやっても、もちろんいいと思いますけど。襟のアストラカンは、古着から取ってきているんですよね。今ではなかなかお目にかかれない。
重くて長いのが好きなんですよ。さすがに2月過ぎると重いのがだんだん肩にきて、軽いコートが着たくなりますけど。今の時期(12月〜1月)は、寒いのが嬉しくて重いコートばっかり着ています。
コートは世代を超えて着られる!記憶に残る最初の一枚から、今までのコート変遷
過去着ていたコートから最近のコートまでの変遷を教えてください。まずは飯野さんから。
実は私ね、子供の頃のコートから先のものは捨てていないんですよ。俗にいう……片付けられない人なんで(笑)。
過去に持っていて、今改めて思い出すのは10代の頃に親が買ってきてくれたダッフルコート。すごいの着ていたんですよ。マリンダッフルとでも言いましょうか。形はダッフルコートなんですけど、素材は裏がボアで、表は水しぶきに耐えられるようにビニールコーティングされていたんです。昔の
ヘリーハンセンのようなコートでした。あのコートを中学から高校まで着せられていたんですよ。
あの当時、父が務めていた食料品会社が、オーナー社長一族の趣味を活かしてマリン系のアパレルブランドもやっていたんですよね。で、父が社販で買ってきたんじゃないかな。見た瞬間、「何だこれ!?」って驚きましたね。黄色に紺のボアだった記憶があります。
マリンダッフル……!それは気に入って着ていたんですか?
まさか!もう着るものがそれしかなかったので。だんだん背が伸びて、結局着なくなっちゃいましたね。よくあんなの着ていたなと思って。
もう一つあります。高校2、3年から大学の初めくらいまで、実はにわかアウトドア・スポーツ派だったんですよね。だから、アウトドアウェアが大好きだったんです。
当時は、アシックスの
タラス ブルバ、それに
モンベル、
テンソン、
ウールリッチが主流だったかな。テンソンには、カメラマンコートっていうのがあって、それを大学初めくらいまで着ていたんですよね。
で、大学に入ってアルバイトを始めた時に、もっときちんとしたコートを着ないといけないなと思ったんです。その時に「お前、これ着ろ」と父からもらったのが、三陽商会のトレンチコートです。これは父の形見ですね。
お父様の形見のトレンチコートですか。何か思い出はありますか?
父が80年代の初めくらいに伊勢丹で買ったものなんですけど、どうもこれは三陽商会がアメリカ向けに輸出しているコートだと店員さんに紹介されたらしいんですね。それを聞いた時は「嘘だろ?」と半信半疑でしたが、91年か92年に初めてニューヨークへ行った時にバーニーズニューヨークで全く同じものを見たんです!
おお!飯野さんがおっしゃるなら、同じものなんでしょうね。
はい、寸分違わず同じものが置いてありました。ディテールから裏地、タグまで同じでした。「ああ、父さん嘘ついてなかったんだ」っていう思い出がありますね。
このトレンチを貰った少し後に買ったのが、たしか「
L.L.Bean(
エルエルビーン)」のマウンテンパーカ。初めて通販に挑戦したんですよ。寒がりなんで、中綿が入ったマウンテンパーカを一着オーダーしたんですけど、自分の好きな色とサイズが品切れで、結局ひと冬待ったんです。
はい、メールオーダーです。当時、色んなブランドのマウンテンパーカを見ていたんですけど、何かが違うなと思っていたんですね。そしたら海外通販というものがあるぞと。それで英語の勉強も兼ねて、アメリカの「L.L.Bean」に手紙を書いて送ったら本当にカタログが届いたんですよ!
当時、メールオーダーといえば「L.L.Bean」でしたよね。
今でこそネットオーダーですぐに手に入るようになりましたけど、その原点ですよね。11月に頼んで、結局届いたのが3月でした。でも、とにかく届いたことが嬉しかったですね。
L.L.Beanは油井昌由樹さんが日本に引っ張ってきたんですよね。ずいぶん経ってから直販店ができたんです。
ドンキーコートは、簡単に説明すると表面の素材がコットンベルベットで、裏面がアクリルボアのようになっています。裏面の生地が襟まで続いて、その襟がおり返しになっているデザインですね。
僕が着ていたのは襟がニットのショールカラーになったタイプで、兄からのお下がりですね。とても気に入って、高校卒業まで毎冬着ていました。
飯野さんはお父様から、倉野さんはお兄様から。やっぱりコートって、譲り受けるものですよね。実は私も、過去のコートでちゃんと覚えているのって祖父がカシミヤで仕立てたものなんです。一時的に父から渡されて着ていたんですけど、やけに肌触りがよくて、いつも撫でていたのを思い出しますね。
季節的に限られた期間しか着ないから、持ちもいいんですよね。
そうですね。極端に流行に流されることもないから、長く使っていけます。私も飯野さんと同じく、あまり捨てる気にならないんですよね。
僕も父のオーダーコートがあったんですけど、ウール生地が重くて、おまけに樟脳臭くて(笑)。ちょっと若者向けではなかったかな。
私はきっと、父のじゃなくて祖父のだったからよかったのかもしれませんね。一世代超えているので、逆に新しく見えたのかもしれません。
お爺さまのオーダーコートは、その当時だと貫禄がありますよね。おそらく戦前、戦後すぐくらいのものでしょうか。
そうですね。なんとなく、いい服と最初に出会ったのがそのコートだったと思います。もしかしたらクラシックウェア好きになったのも、祖父のコートがきっかけかもしれません。
倉野さんは、ドンキーコートの後はどんなコートを着ていたんですか?
10代の終わり頃は、大阪のアメ村の古着屋で見つけた
ウィンザー公が着ていたような、チェック柄のヘビーウェイトなツイードコート。それを着てヨーロッパ旅行へ行きましたね。あとは、上京してすぐに買ったキャバリーというブランドの
ステンカラーコート。素材は定番のコットン
ツイルです。これは就職用に買いました。
それと当時に、テイジンメンズショップ(テイメン)で買ったダンロップマスターズのダスターコートも愛用していました。デザインはほぼトレンチコートなんですが、バイクに乗っても裾がバタつかないレッグストラップがついていて、素材はトレンチコートよりも柔らかいコットンツイルでした。それが僕にとっての最初で最後のトレンチコートかな。
ダンマスは懐かしい!幻のブランドなんですけど、品質がとてもよかったんですよね。
「ダンロップマスターズ」とは、どんなブランドだったんですか?
ダンロップといえば車のタイヤですが、もう一つ有名なアイテムがゴルフボール。で、ゴルフボールをやっているんだったら、ゴルフのアパレルもやらなきゃねということで80年代くらいから「ダンロップマスターズ」というアパレルブランドをやっていたんです。これがすごく高品質だったんですよ!
そうそう。めちゃくちゃいいよね!ラムウールのベストも持っていた。あの頃は、テイジンメンズショップをはじめトラッドショップに置いてあったんですよ。
本当にすごくよかったんです。たしかアパレルの方は、95年の阪神・淡路大震災の時にたたんでしまったんですよね。神戸にあった本社が被災してしまったのが原因だったはず。
ダッフルコートやピーコートなど、学生の王道コートについてはどうですか?
昔は
グローバーオールのダッフルコートも着ていたんだけど、デパートや電車の中では暑いから脱ぐでしょ?で、脱ぐと手に持たなきゃいけない。それがだんだん嫌になって着なくなっていったんだよね。次にピーコートも着ていたけど、ピーコートは着丈が短い分まだ持ちやすかった。
うん。学生の頃、私もダッフルコートの次は「
Schott(ショット)」のピーコートを買いましたね。ダッフルだとちょっとハイパワーすぎるから。ただし例の「錨マークのボタン」は恥ずかしかったので、買ってすぐに黒の普通の練りボタンに替えました。
バブルの時でしょ?僕もバブルの頃、Schottのピーコートが欲しくて、アメカジ系のお店をよく回っていましたね。
私は学生の頃、キャプテンコルセアにとても憧れて、お金をためて買った記憶があります。
Schottのピーコートとは、またちょっと違うんですよね。
あとは
フィルソンのマッキーノクルーザーをコート代わりにしていました。それは大学を卒業してからもしばらく使っていましたね。
暑かったですよ(笑)。重い生地好きは、当時から変わらないんですよね。
あの当時、マッキーノクルーザーってたしか3種類ありましたよね。生地が一層の基本の「シングル」、二層になったより厚地の「ダブル」、あともう一つダウンが入ったタイプがあったんですよ。
グレー単色のシングルを使っていました。めちゃくちゃ硬かったですね。それを学生時代からしばらく着ていました。
うわー、思い出のコートだなぁ。チェック柄じゃないんですね。
学生の頃は、あんまり派手なものは着ず、紺とグレーをメインにしていたんです。どっちも探せばまだ出てくると思います。
資格試験と格闘している間に服の妄想が溜まっていたので、就職後はすぐオーダーにはまりました。あ、その前にアプレセイズを買っていたかな。
はい。アプレセイズからすぐオーダーに移ったので、もうアプレセイズとオーダーしかない。
そうそう。ダッフルともう一着持っていたかな。
その後は、自由が丘にあったお店でしばらくオーダーしていました。もう閉店されましたが、アメカジで海外から個人で仕入れているお店でした。グレーのカシミヤ混とキャメルヘアー製の2種類で、チェスターフィールドコートを作りましたね。
そうなんですよね(笑)。あと私はやっぱり、「コート=重い×長い」がいいですね。
重いのがいいというより、質感のある素材を求めると結果的にそうなっちゃう。軽いものはみんな一緒だけど、重いものは独自ですもんね。
今でも忘れられない、かっこいいコート姿。僕らが出会った憧れの人
今回のコート鼎談のために、倉野さんが持ってきた3着。(ライトベージュ)ラファエル カルーゾのカシミヤ100%。(チャコールグレー)羊屋で仕立てたビスポーク。英国生地のウールを使用。(キャメル)ファクトリーブランドの「aldex(アルデックス)」のパターンオーダー。生地は、イタリアの名門生地メーカー「DRAPPERS(ドラッパーズ)」。
倉野さんが持ってきたコートは、どれもふんわりと柔らかい素材のチェスターフィールドコートですよね。こういったコートを選ぶようになったのは、いつ頃からですか?
95年頃に2回目のパリ旅行へ行き、改装前のホテル「
ジョルジュ サンク」に泊まったんです。僕はステンカラーコートを着ていたんですけど……、クラシックなホテルにステンカラーコートは浮くのね。全くエレガントさがなくて、それが本当に恥ずかしかった。今までステンカラーコートっていいと思っていたんだけど、やっぱりビジネスウェアだったんだなって。
そんな時に、
ホテルの前に車が一台止まって、そこから降りてきた初老の白人男性がキャメル色のカシミヤのコートを着ていたんです。茶系のBorsalino(ボルサリーノ)をかぶって、ストールをたらして、颯爽と降りてきたのを見て、ああこうゆうことなんだなと思った。その姿が強烈で、それからずっとキャメル色のコートに憧れていますね。直接誰かを見て嫉妬したのはあれが初めてかな。
倉野さんはスカーフをしているイメージもありますよね。
僕の肌色にはキャメルやベージュが似合わないから、差し色で間に赤やオレンジ系、グリーン系のマフラーかスカーフをするようにしています。
飯野さんはどうですか?憧れたコートってありますか?
ニューヨークで父からもらったトレンチコートを見た前後くらいかな?やっぱり自分でトレンチコートを買うのが大人だよねと考え、初めてイギリスに行った時に買うことにしました。
バーバリーにするかアクアスにするか逡巡したんですけど、そこでハッと思い出したのが、音楽家の皆川達夫先生が着ていたバーバリーのトレンチコートです。大学時代に私が入っていた団体でミサ曲の指揮を振っていただく機会があり、その練習の時に皆川先生が着ていたんです。そのトレンチには、襟にフェルトが付いていたんですよね。
はい。皆川先生のコートをお預かりした時に、ラベルを見てバーバリーということがわかったんですけど、あんなバーバリーのトレンチは日本で見たことがなかったんです。だから先生はきっと海外で買われたんだろうなと思っていたんですね。で、イギリスへ行った時にその記憶が蘇ったんです。
ロンドンのバーバリーで、襟にフェルトがついているトレンチについて尋ねたんですけど、今は在庫がないと言われてしまって……。がっかりしていたら、店員さんが代替案を出してくれたんです。定番のトレンチに襟のフェルトとライナーを組み合わせればいいんじゃないかって。特別に作るよと言ってくれたので、オーダーしました。
注文から1ヶ月過ぎるとコートが届いたんですけど、手紙にライナーは今製作中ですって書いてあった。その後、待てど暮らせど届かない……(笑)。どうしたのかな?忘れられたのかな?縁がなかったかな?なんて諦めかけていたら、ようやく完成したという手紙が届いたんです。結局、全て届くまで1年半待ちました。でもラッキーなことに、その時為替レートがちょうど下がっていたんですよ。価格的にも質的にも、待った甲斐がありましたね。
そしてその後、本物というか皆川先生が着られていたものと同じトレンチも手に入れました。
(写真左)バーバリーの「トレンチ17」モデルの素材・カラー番号DK45、(写真右)皆川達夫先生のと同じ「トレンチ21」モデルの素材・カラー番号DK46
イギリスで注文したのが「トレンチ17」モデルの素材・カラー番号DK45(写真左)で、もう一つが皆川先生のと同じ「トレンチ21」モデルの素材・カラー番号DK46(写真右)です。どちらも玉虫色なんですけど、17の方が光沢が強く出ていると思います。21の方は、高円寺などの古着屋さんに着ていくと、それどこで手に入れたんですか?って聞かれるくらい今はもう珍しいものになっています。
トレンチコートは玉虫色ですね。父からもらったベージュのトレンチは、なんとなく躊躇うんですよ。最初から持っていたので。ちなみにステンカラーコートは何色か持っていますが、ダントツに好みなのはオイスターベージュです。
飯野くんは、シネマ系で憧れってある?『カサブランカ』を観て、ハンフリー・ボガードに憧れるとかよくあるでしょ。
あまりないけど、唯一「あっ、いいな!」と思ったのは、ウディ・アレンの『アニー・ホール』(1977年)です。別れちゃった二人がもう一度会う、最後の最後のシーン。そこでウディが着ていたのが多分トレンチコートなんです。ああゆうロングコートをダメなおっさんが着るのもいいなって思ったんですよね。ダメトラ*(=アメトラ)いいなーって。
あの映画でウディは助けてくれたよね、ダメな大人を(笑)。
ダメトラの神様ですよ。Ralph Lauren(
ラルフローレン)をあんなにダメに着られるなんて。
*アメトラ(アメリカン・トラディショナル)を飯野さん流に言うと「ダメトラ」になる。
前半はここまでとしましょう。当日のコーディネートテーマから始まり、学生時代からこれまでのコート変遷、そして憧れのコート姿を語っていただきました。
なんとなく寒さ凌ぎで着ているコートにも、「トレンチのベルトは絶対に全周させる」「12月初めまで綿コートだけで過ごす」など、飯野さんのように自分ルールを見つけてみると面白いかもしれません。
後半では、オーダーメイドコートの楽しみ方を教えてもらいます。素材フェチの成松がこれまで仕立ててもらったコートも大公開!お楽しみに!
ーおわりー
写真右から、飯野高広さん、成松淳、倉野路凡さん。
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