ジャケットを楽しむための小粋なアイテム。胸元を彩るブートニエールとは。

ジャケットを楽しむための小粋なアイテム。胸元を彩るブートニエールとは。_image

文/倉野 路凡
写真/本多 祐斗

ジャケットスタイルが気になる季節。手持ちのジャケットに小さな彩りを加えるだけで、身につける気分も変わってくるアイテム。それがブートニエール。起源はどこにあるのか、どう楽しむのが粋なのか、ブートニエールを愛用する倉野さんがご紹介。

倉野さん愛用のブートニエール。小ぶりだがオレンジの鮮やかさが目を引く。

倉野さん愛用のブートニエール。小ぶりだがオレンジの鮮やかさが目を引く。

MuuseoSquareイメージ

「ブートニエール」という言葉を知ったのは1980年代前半、ちょうどニューヨークトラッドがアメリカ東海岸から日本に上陸した頃だ。ニューヨークデザイナーのアラン・フラッサーを筆頭にクラシックな装いが見直されたとき、ブートニエールというアイテムがふたたび注目されたのである。雑誌「メンズクラブ」でも往年のハリウッドスターのフレッド・アステアの着こなしが紹介されたり、なんとなく1930年代のスタイルがブームになり始めた頃だ。では、そもそもブートニエールとは何なのか? その正体を、歴史を追いながら述べたいと思う。

事の発端は女性への求婚⁉︎ ブートニエールの起源

こちらも倉野さん私物、ベルベット生地のフランス製ブートニエール。大輪の花で存在感があるため、同系色のグレーの厚手のコートに合わせて楽しんでいるそう。

こちらも倉野さん私物、ベルベット生地のフランス製ブートニエール。大輪の花で存在感があるため、同系色のグレーの厚手のコートに合わせて楽しんでいるそう。

服飾評論でお馴染みの出石尚三先生が以前(1970年代)、雑誌「DANSEN」で長年にわたって連載されていたコラムがあり、その中でブートニエールについて触れられていた。簡単にまとめると、ブートニエールはもともとフランス語で「ボタンホール」のこと。その言語としての起源も古く14世紀まで遡ることができるようだ。それがそのまま英語でも使われるようになったのは19世紀後半に入ってからで、イギリスでは「飾り花」を意味しているとのこと。つまりブートニエールはラペルのフラワーホールのことであり、同時に飾り花を指す言葉なのだ。

テーラードジャケットにはブートニエールを飾るためのラベルの穴、そして支えて固定させるための伸縮性のある細いバンドがつけられている。

テーラードジャケットにはブートニエールを飾るためのラベルの穴、そして支えて固定させるための伸縮性のある細いバンドがつけられている。

ラペルの穴に花を挿す習慣の起源は定かではないのだが、19世紀のヨーロッパでは求婚する際に男性から女性に花束を贈る習慣があったらしく、もし女性が承諾する場合はその花束から一輪を抜き取り男性に返したそうなのだ。おそらく男性のラペルに挿して飾ったのだろう。

その後、求婚の有無にかかわらず、スーツを着用した際はラペルの穴に花を飾ることが普及していく。この優雅な嗜みは1930年代くらいまでは続くのだが、第二次世界大戦を境に廃れていったようだ。

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そういえば以前、出石先生と二人でチョコレートケーキを食べているとき、「倉野くん、その昔、男性が会社に向かう途中には、かならず花売り娘たちがいてね。お目当ての娘から一輪の花を買って、その花をスーツのラペルに飾ったんだよ・・・」とおっしゃっていた。どこの国のいつの時代の話かは不明。そういえば昔のフランス映画「巴里祭」の中でも可愛い花売り娘がいたなあ・・・(笑)。

オスカーワイルドはスミレを飾った。ブートニエールにふさわしい花とは?

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とくに花の種類に決まりはないようだが、カーネーションを筆頭にバラが一般的で、赤よりも白のカーネーションの方がフォーマルと言われている。靴に関する著書もあり、服飾の歴史に造詣の深い飯野高広さんによると、地域やイベントにより飾る花も異なり、万能と言われている白いカーネーションですら、地域によっては縁起の良くない花になることもあるとか。日本においては気にする必要もないようだが。

「ドリアン・グレイの肖像」の著者として知られる英国の作家オスカー・ワイルドもブートニエールの愛好者で、大輪のスミレを飾っていた。一説によると緑色のカーネーションを挿していたとも言われている。当時、緑色のカーネーションは同性愛者の目印だったそうだ。

胸元の花を労わる特別なアイテムまで登場。

生花をラペルの穴に挿した場合、時間の経過とともに元気がなくなってしまう。それを防ぐためにラペルベース、ブートニエールベース、フラワーホルダーと言われるとても小さなシルバーの花瓶があったのだ。水を入れた小さな花瓶をジャケットのラペルの裏側に引っ掛けて、茎を浸すという簡単な仕組みの小物で、現在も探せばアンティークで見つけることができる。当時どれほど需要があったかはわからないが、なかなか洒落た小物だと思う。

誰もが小粋に花を飾るため。イタリアブランドの粋な提案がスタンダードに。

参考商品/FAIRFAX   カラーバリエーションも豊富。ジャケットと同系色で合わせるのもよし、挿し色としてビビッドな色と合わせるのも◯。

参考商品/FAIRFAX  カラーバリエーションも豊富。ジャケットと同系色で合わせるのもよし、挿し色としてビビッドな色と合わせるのも◯。

アラン・フラッサーが「MAKING THE MAN 男の服飾学」(1983年初版/アメリカでは1981年出版)の中で、面白いことを言っている。その一節を抜粋すると、「ボタンホールは・・・花を挿したりする。ここにホールがなくて、花をピンで止めている男を見たことがあるが、不粋だった。仕立てのよいスーツは、必ず衿のボタンホールを忘れてはいない」

つまりフラワーホールが開いていない既製スーツのラペルに、造花の飾り花をピンでとめていた男の話だ。そもそもアラン・フラッサーは幼い頃からロンドンのサヴィル・ロウでビスポークスーツを仕立てていたという背景があり、ラペルホールは当たり前のように開いていたわけだ。今の言葉で言うと、セレブ気取りの上から目線の嫌味な発言だと思う(笑)。

参考商品/FAIRFAX   ピンタイプで装着もシンプル。ラペルの穴がないジャケットの上にも楽しめる。

参考商品/FAIRFAX   ピンタイプで装着もシンプル。ラペルの穴がないジャケットの上にも楽しめる。

みんながみんな生花を挿せるスーツを着ているわけではないのだ。そんな屈辱的な思いを晴らしたのがイタリアのラルディーニの既製ジャケットだ。数年前に流行ったそのジャケットには花を簡略化したデザインのブートニエールが飾られていた。このジャケットのブームが追い風となり花を模したブートニエールが注目され、日本でもブートニエールが作られるようになったのだ。その多くはピンを挿して付けるタイプだ。これならフラワーホールが開いていない既製のジャケットでも挿すことができるというわけだ。

たしかにフラッサーが言うように、本物の花をフラワーホールに挿すのが王道かもしれない。しかし満員電車に乗ればすぐに潰れてしまうし、花を飾っているビジネスマンを目撃しただけでも恥ずかしい気分になってしまう。そんなときに花を模した小さなブートニエールだったら抵抗なく付けられるはずだ。

ーおわりー

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あなたはどれを選ぶ? FAIRFAXのブートニエール(ピンズ)。

FAIRFAXはネクタイやシャツをはじめとしたメンズファッションアイテムをデザインする、ファッションブランド。ファッションを楽しむためのオリジナルピンズもサイズやカラーのバリエーションも豊富に取り揃えている。
・上段 各¥2,500(税抜)
・中段 各¥2,800(税抜)
・下段(左)¥2,800(税抜)、(右)2,500(税抜)
問い合わせ先 FAIRFAX COLLECTIVE ☎️03-3497-1281   

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Dressing the Man: Mastering the Art of Permanent Fashion

「うまく着こなすことはそれほど難しいことではなく、本当の課題は適切なパーソナライズされた指導を受けることができるかどうかにある」とフラッサーはいう。服を着こなすということは、プロポーションとカラーの2つの柱を軸にしている。「恒久的なファッション性」は、読者への目標でもあるが、個人的なトレードマークのセットに責任を持つことから始まるものであり、季節ごとにランダムに提供されるファッションの流行ではないと考えている。

公開日:2016年9月30日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

終わりに

倉野路凡_image

ピンタイプのブートニエールは家の中で行方不明になってしまうので、着脱は控えめにすること。スーツやジャケットの色に合うブートニエールを数種類揃えて、それぞれのスーツにつけっぱなしにするのがいいと思う。意外にも女性ウケが良く、一度だけ牛丼屋のおばちゃんに褒められたことがあった(笑)。

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