コート解体新書:第六回「ガーズコート/ブリティッシュウォーム」ミリタリー系の傑作

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文/飯野高広
写真/佐々木孝憲

ヴィンテージコートの定番品を例に、コートの源流をたどる飯野高広さんの連載。第六回はガーズコートとブリティッシュウォームを取り上げる。

あまり耳にしたことの無いコートかもしれないが、どちらもミリタリー系のコートの傑作だ。

ミリタリー系のコートの傑作は、トレンチコートだけではない

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男性のコートの類は、「起源」や「由来」で分類すると、大まかには3種類にわかれる。

まず街中のある程度以上畏まった場で着用することが起源の「ドレス系」、郊外でスポーツを行ったり観戦したりする際に用いた「スポーツ系」、そして過酷な戦場で身体を守るものに由来する「ミリタリー系」。

具体的には前回ご紹介したチェスターフィールドコートやボックスコートは最初のドレス系、以前に触れたホースライディングコートや、やがてご紹介することになるポロコートなどは「スポーツ系」だ。

では、最後の「ミリタリー系」は? 皆さんが最初にパッと思い浮かべられるのは、例のトレンチコートだろう。しかし実はそれだけではなく、ウール系のコートにこそこの「ミリタリー系」の傑作は、ゴロゴロ転がっている。今回はその代表例を2作採り上げてみたい。

軍用由来の機能美の結晶、ガーズコート(Guard’s Coat)

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ガーズコート(Guard’s Coat)

ガーズコートとは、20世紀初期に英国の近衛兵連隊の将校が着用したものに由来する膝下丈のウール系コートの総称だ。

その形状やディテールの多くは、正に19世紀半ばまで軍事用に使われたグレートコート(Great Coat)を引き継いだものと言える。

写真のものも英国の海兵軍向けに作られたヴィンテージ品だからだろうか、ミリタリー系コートの保守本流的な重厚な風格がビシバシ伝わってくる。

一方で純粋に民用のものには肩章は付かないし、ボタンも一般的な水牛やナットになる。また色もチェスターフィールドコートと同様に、濃紺やグレーの無地若しくは単色の細かいヘリンボーン柄の場合が圧倒的に多くなる。

上襟の先端部の上下位置に注目すれば、アルスターカラーの特徴はすぐに掴める!

上襟の先端部の上下位置に注目すれば、アルスターカラーの特徴はすぐに掴める!

とは言え肝心なディテールは、軍・民変わらない。まず打ち合いは専らダブルブレステッドであり、胸ボタンの数は8つ若しくは6つ。いずれの場合も一番上の胸ボタンは閉じるものと閉じないものの双方がある。

特筆すべき点の一つは襟の形状で、ピークドラペルの場合もあるが、通常は「アルスターカラー」と呼ばれるものが付く。その特徴は、上襟(カラー)の幅が下襟(ラペル)のそれとほぼ同じかそれより太く、また、上襟の先端部がそれとゴージラインとの分岐点から上ではなく下にある点。

一見トレンチコートの襟の形状と酷似するが、「アルスターカラー」は上襟に台襟が付かない点が、それとの決定的な違いである。この形状だからこそ、寒い時に上襟を立てることで首周りを顎先から全周覆えるのだ。

実はこのコートは、バックバンドの長さをコートの内側から微調整できる。「腰にフィットさせて重いコートを軽く着せる」 ことに神経を使っているの証だ。

実はこのコートは、バックバンドの長さをコートの内側から微調整できる。「腰にフィットさせて重いコートを軽く着せる」 ことに神経を使っているの証だ。

背面も非常に凝っていて、例えばちょうど腰がくびれるあたりに、後身頃のみを絞るバックバンドが付く。腰部を絞ることでこのコートならではの重さを肩周りだけでなく背骨と骨盤にも分散させ、より軽い感覚で着用できるようにした、動き易さと着心地のための「機能的工夫」だ。

結果として背面が美しく見えるようにはなるものの、そうすることが第一の目的では断じてないことを、どうか覚えておいて欲しい。また、バックバンドの周辺で一旦閉じて再び開く、非常に深いインバーテッドプリーツが付く場合も多いが、これも分厚い生地を用いるために腕が動かし難くなるなるのを緩和させるための、やはり一種の機能なのだ。

このコートの袖裾は切り返し仕様だが、防寒性を高めるべく折り返しの仕様を採用する場合も多い。

このコートの袖裾は切り返し仕様だが、防寒性を高めるべく折り返しの仕様を採用する場合も多い。

防寒対策で袖元にカフスが付く場合もあり、またかなりのロング丈故に脚の動きを妨げないよう身頃の裾周り(け回し)も広く取る。つまりこれらの諸機能が総合した結果、このコート全体が雄々しくも優雅な印象に映るわけだ。

民間向けを入手するには事実上ビスポークするしかないのだが、魅力を存分に味わうには生地選びが肝心。厳寒の環境の下、多くの軍人を守り抜いたコートの末裔であることを思い出せば、選択肢は絶対にウール地しかも分厚く重い無骨なものしかあり得ない。そしてその方が、このコートでしか味わえない「機能美の塊感」をより深く堪能できる。

まかり間違ってもカシミア100%のようなしなやかな生地で仕立てないように! 粋なようでかえって無粋なので。

最近はすっかり見なくなったブリティッシュウォーム(British Warm)

ブリティッシュウォームとは、20世紀初頭からイギリス陸軍の将校に供給され始めたウール系のコート、並びにそれを民間が真似たものである。軍用のものは前述のガーズコートの簡略版若しくはトレンチコートの耐寒強化版的な存在だったようで、任地などによりいずれかを選択できたようだ。

また、第一次大戦後に肩章が付いたまま民間に広まった点もトレンチコートと似た歴史を辿っている。

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ブリティッシュウォーム(British Warm)

通常はダブルブレステッド6つボタン3つ掛けで、膝丈前後のロングバージョンとPコートと似た雰囲気になる七分丈のショートバージョンの2種類がある。

前者は胸ダーツをしっかり取ることで、身頃に砂時計型のシェイプを美しく出せるものが多い。

一方後者はかのチャーチルがヤルタ会談で着用していたことで知られ、彼がこれを着てF.ルーズヴェルトとスターリンと共に収まった記念写真はあまりに有名だ。

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襟はロングバージョンがピークドラペル若しくはアルスターカラー、ショートバージョンは専らアルスターカラーとなる。素材は厚地のウールメルトンかキャバリーツイルで、陸軍由来のコートらしく、色は民間用でも緑掛かったグレーとカーキベージュが大半を占める。

それとは対照的なディテールが、革製のくるみボタンではないか? 厳つい軍服には一見不釣り合いに見えるが、実はこれも手袋を付けたままでの開閉を考慮したもので、機能を優先した意味ある仕様である。

何気に機能性の高い革製のくるみボタン。

何気に機能性の高い革製のくるみボタン。

写真はイギリスのとある百貨店が自社ブランドで売っていた1970年代製の民生品で、生地には目が詰まっており既製品とはとても思えないウールメルトンが用いられている。

実際、ロングであれショートであれブリティッシュウォームは、1980年代まではイギリスとアメリカでは真冬のビジネス向けオーバーコートとして一定の人気があり、有名な紳士服ブランドでは毎冬必ず用意してある定番商品だった。

日本はもとよりその両国でも最近はすっかりお目に掛らなくなったのは、地球温暖化やオフィスウェアのカジュアル化の進展、それに機能性下着の普及などを通じ、いつの間にこのコートの「任地」が無くなってしまったからかもしれない。

防寒性抜群のコートだからこそ、気を付けたいこともある

ガーズコートであれブリティッシュウォームであれ、出自が出自だけに、同じウール系のロングコートであってもチェスターフィールドコートに比べ無骨さや重厚感が前面に出てくる。

そのため、ガーズコートは民間向けで色が濃紺やチャコールグレイ無地のものであれば、まあ、厳寒の場なら礼装の上に羽織るのも止む無しではあるが、ブリティッシュウォームになると色が色だけに、コットン系のトレンチコートと同様にオンビジネスまでに留めたいところだ。

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ただ、どちらにしてもダブルブレステッドだけに防寒性には非常に優れている。だからこそ気を付けたいのが襟で、悪天候や体調不良などで体の芯から冷える時以外はそれを立てないほうが望ましい。

もともと暖かいコートなのだから、さらに襟を立ててしまうと本当に寒い思いをしている方々に申し訳が立たなくなってしまうからだ。摂氏10度前後と大して寒くない屋外であっても、この種のダブルブレステッドのウール系ロングコートの襟を立て粋がって着ている輩が東京には結構いる。

奇しくもファッション業界関係者に多いようだ。しかしそれは、私に言わせれば軽薄に着飾っているのみで深い思慮が無く弱々しい与太者、今時の言葉でいうチャラ男の証明であり、守るべきものが自身のみであるかのような小振りな感を受け、情けないと言うかみっともない。

何度も言うが冬場のコートには「着ている本人を暖めるだけでなく、それを見ている周囲の人を暖かい気持ちにさせる性能」も求められている。それをどうか都度思い出しながら袖を通していただきたい。

ーおわりー

クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

読むだけでもコートに関する知識が付く

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男のコートの本

<対象>
服飾関係者向け

<学べる内容>
コートの歴史。コートの作り方

メンズコートが自作できるようになる一冊。コートの中でもベーシックなPコート、トレンチコート、ダッフルコート、ステンカラーコートのデザインを紹介している。著者は東京コレクションにも出場した経験を持つ嶋崎 隆一郎。掲載されているコートは嶋崎氏が製作したもので、パターンが掲載されている。トレンチコートとダッフルコートは実物大サイズのパターンが付属。パターンだけではなく手順も詳細に綴られており、ある程度の採寸、縫製の知識があればコートが作れてしまうのではないだろうか。細かいパーツの話も豊富に収録しているので、読むだけでもコートに関する知識が付く。

日本がアメリカンスタイルを救った物語

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AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?

<対象>
日本のファッションを理解したい服飾関係者向け

<学べる内容>
日本のファッション文化史

アメリカで話題を呼んだ書籍『Ametora: How Japan Saved American Style』の翻訳版。アイビーがなぜ日本に根付いたのか、なぜジーンズが日本で流行ったのかなど日本が経てきたファッションの歴史を紐解く一冊。流行ったという歴史をたどるだけではなく、その背景、例えば洋服を売る企業側の戦略も取り上げられており、具体的で考察も深い。参考文献の多さからも察することができるように、著者が数々の文献を読み解き、しっかりとインタビューを行ってきたことが推察できる内容。日本のファッション文化史を理解するならこの本をまず進めるであろう、歴史に残る名著。

【目次】
イントロダクション 東京オリンピック前夜の銀座で起こった奇妙な事件
第1章 スタイルなき国、ニッポン
第2章 アイビー教――石津謙介の教え
第3章 アイビーを人民に――VANの戦略
第4章 ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?
第5章 アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立
第6章 くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ
第7章 新興成金――プレッピー、DC、シブカジ
第8章 原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出
第9章 ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭
第10章 アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

公開日:2019年1月23日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

私の知り合いが二十数年前、ロンドンのサヴィル・ローの著名な某軍服系テーラー(名前は敢えて伏せる)でガーズコートをビスポークした。生地を見立ててもらった際、彼らが候補に出してきたのは見事なまでにウール100%の分厚いものばかりで、カシミアが少しでも入っているものは皆無だったそう。そんなある種のプライドは今、あのテーラーにまだ残っているのだろうか……。

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