サファリ、ハッキング、ノーフォーク。個性派スポーツジャケットの起源はここにあった。

サファリ、ハッキング、ノーフォーク。個性派スポーツジャケットの起源はここにあった。_image

文/飯野高広
写真/松本理加
撮影協力/OLD HAT

ファッションにこだわりのある人が好んで着る印象のある、サファリジャケットやハッキングジャケット。もともとはそれぞれの用途に特化した作りがデザインに反映された機能的なアイテムだった。服飾ジャーナリスト・飯野高広さんとともにその起源を解説、知れば知るほどに面白いジャケットの世界だ。

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まず「用途」ありきのさまざまなディテール

若い頃愛読していたメンズファッション誌「MEN’S CLUB」の別冊か何かで、服飾評論家の大御所である、くろすとしゆき先生がこうおっしゃっていたのをたびたび思い出す。

「食事に例えるとスーツはコース料理である一方、ジャケットはアラカルトのメインみたいなもの」

スーツに比べ気楽に着れると思いきや、他の服との合わせ方次第で見栄えの良し悪しが段違いに変化するジャケットの難しさ、そして楽しさを巧みに表現されていて、流石だなぁと今でもうならされるのだ。

では、その着こなしの成否の分水嶺は? と問われると、個人的には、その形や意匠の「起源」を知っているか否かではないかと常日頃考えている。

実は今日言うところのジャケット、厳密にはテーラードジャケットのそれは、かなりの割合でフィールドスポーツ、つまり野山で行う比較的重装備を要するスポーツ向けに考案されたもの。と言うことで今回は、代表的なジャケットについて、そのディテールに垣間見える「起源」にまで踏み込んで採り上げるのを通じ、より奥深い着こなしを読者の皆さんが楽しめる一助としてみたい。

1. ジャケットの原点・原典。ノーフォークジャケット

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アコーディオンポケット、共布のベルト、スロートタブがついた上襟など、様々な機能的ディテールがつく場合が多い。

1870年代にイギリスで登場した、今日言う「ジャケット」の源流の一つ。その名の由来には、初めて着用した人=ノーフォーク公から来たとするものと、初めて着用した地域=ノーフォーク州から来たとするものの二説がある。

「原点」故に厳密な定義は実は存在せず、ある意味試行錯誤的なものがさまざまに存在するものの、敢えて言うとすればカントリースポーツの際に役立つディテールが満載なのが、一応の特徴。例えば縦横にグルリと周りフィット感の微調整が可能な共地ベルト、後身頃の肩先に付いて腕を動かしやすくするアクションプリーツ、収納力が格段に優れた腰のアコーディオンポケット、防雨・防風性をいっそう高めるスロートタブの付いた上襟などなど……。

いや、むしろこの「役に立つの発想」こそが、この服に限らずイギリス起源の紳士服全般の最大の特徴なのであろう。そして個別のスポーツに「より役に立つ一着」となるべく、このジャケットから以下に挙げるいくつかの「特殊系」が産み出されていった訳だ。

2.乗馬での利便性が随所に宿る。ハッキングジャケット

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斜めについたスラントポケット、後ろ身頃の深いセンターヴェントは乗馬をすることを目的にしたハッキングジャケットならでは。

今でこそハッキングはコンピューターでの用語、しかも、概して悪い意味で用いられがち。しかし、こちらのハッキングは、カントリーサイドで馬をのんびり外乗することで、それに特化した服としてノーフォークジャケットから進化したのがこれだ。

タイトな腰のくびれは姿勢をサポーター的に保つのを通じ、馬を驚かせないため。長目の着丈とスカート並みにフレアーな蹴回し(身頃裾の周囲の長さ)は、下からの風の侵入を防ぐため。深いセンターヴェントは跨ぐのを楽に行うため(サイドヴェンツではない点にくれぐれも注意。英国調=サイドヴェンツなんて、一体誰が言い出した?)。

斜めに付いた腰のスラントポケット(ハッキングポケット)は中身を容易に取り出すため。そう、これらは全て騎乗時に快適な環境や姿勢を考慮し尽くしたディテールばかりである。今回採り上げるジャケットの中ではシルエットや雰囲気の良さが際立つ、正に機能美の結晶!

3. 狩猟時の機能に特化した実戦版。シューティングジャケット

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銃床を当てることを考慮して二重に補強された肩周りがシューティングジャケットならではの特徴。下襟より上襟が大きいデザインとなる場合もある。

同じ「狩猟」、つまり野山に入って鉄砲で獲物をしとめる行為でも、ハンティングとシューティングとに大別されるのをご存じだろうか。

馬に乗り狩猟犬と一緒に行うのが前者で、代表例は動物愛護か伝統維持かで近年英国で大論争になったキツネ狩りだ。一方後者は自らの脚のみを頼りにするもので、欧米でのシカ狩りなどが一例。このジャケットは後者向けにノーフォークジャケットから枝分かれしたもので、銃床との摩擦を緩和すべく肩部を二重に補強してあるのが大きな特徴だ。

襟をノッチドラペルではなくバルマカーンカラー(スコットランドの地名「バルマカーン」に因んだ襟の名称。下襟よりも上襟が大きく、上襟の底部の周囲4/5程度に台襟が付くのが特徴)としたり、フロントカットをスクエアにするなど、ジャケットと言うよりハーフコート的要素を持たせるケースが目立つのも、より過酷な環境で着られることを想定しているのか?

また、写真のものには付いていないが、伏せた姿勢で銃を用いるケースを想定し、肘部に予め革製のパッチをあてているものも多く見られる。

4. アメリカ的な開放的なアレンジ。サファリジャケット

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暑い地域での着用を考えてウールではなくコットン生地が使用され軽快な印象。シャツの構造に近いデザインがサファリジャケットならでは。

今回ご紹介する中で、さまざまな点で異端児的な存在。

まず、生まれが英国ではなく米国である点で、オリジネーターは当時ニューヨークにあった高級スポーツ用品店アーバークロンビー&フィッチ、あの「アバクロ」である。ここがケニアで探検に挑む顧客向けに、従来の商品を1920年代に改良したものが起源らしく、暑い地域での着用を想定したため、素材がウールではなくコットン主体で芯地も付かない、付いても極力薄い場合が多い点も大きく異なる。

襟や袖裾のカフス、それに前立てなどはジャケットと言うよりシャツの構造に近い点も、他のフィールドジャケットには見られない特徴だろう。なおこの服、1960年代終盤まではブッシュジャケットと呼ばれていた。サファリジャケットと呼ばれるようになったのは、当時の女性解放運動に賛同してイヴ・サン=ローランがこれの女性版を作り上げた際に命名した「サファリルック」が広まって以降である。

起源や機能を知れば、ジャケットの着こなしもさらに深めて楽しめる。

スーツに限らず最近のジャケットには、使われている個々の意匠に矛盾があり、全体のデザインとして破綻が生じてしまっているものが、結構多く見られる。「流行」とか「個性」とかと言ってしまえばそれまでなのだろうが、ともすれば無教養と誤解されてしまう場合もあり得るので要注意だ。

スーツに比べ気軽に羽織れるジャケットだからこそ、その選択は是非とも丁寧に行ってほしい。そして、例えばハッキングジャケットの足元には乗馬繋がりでジョッパーブーツを持ってくるとか、合わせる他の服に何かしらの共通点を与えられるようになれると、その着こなしは格段に深化する。

ーおわりー

クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

紳士服を極めるために是非読みたい! 服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の渾身の1冊。

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紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ

服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書、第二弾。飯野氏が6年もの歳月をかけて完成させたという本作は、スーツスタイルをはじめとしたフォーマルな装いについて、基本編から応用編に至るまで飯野氏の膨大な知識がギュギュギュっと凝縮された読み応えのある一冊。まずは自分の体(骨格)を知るところに始まり、スーツを更生するパーツ名称、素材、出来上がるまでの製法、スーツの歴史やお手入れの方法まで。文化的な内容から実用的な内容まで幅広く網羅しながらも、どのページも飯野氏による深い知識と見解が感じられる濃度の濃い仕上がり。紳士の装いを極めたいならば是非持っておきたい一冊だ。

日本がアメリカンスタイルを救った物語

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AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?

<対象>
日本のファッションを理解したい服飾関係者向け

<学べる内容>
日本のファッション文化史

アメリカで話題を呼んだ書籍『Ametora: How Japan Saved American Style』の翻訳版。アイビーがなぜ日本に根付いたのか、なぜジーンズが日本で流行ったのかなど日本が経てきたファッションの歴史を紐解く一冊。流行ったという歴史をたどるだけではなく、その背景、例えば洋服を売る企業側の戦略も取り上げられており、具体的で考察も深い。参考文献の多さからも察することができるように、著者が数々の文献を読み解き、しっかりとインタビューを行ってきたことが推察できる内容。日本のファッション文化史を理解するならこの本をまず進めるであろう、歴史に残る名著。

【目次】
イントロダクション 東京オリンピック前夜の銀座で起こった奇妙な事件
第1章 スタイルなき国、ニッポン
第2章 アイビー教――石津謙介の教え
第3章 アイビーを人民に――VANの戦略
第4章 ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?
第5章 アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立
第6章 くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ
第7章 新興成金――プレッピー、DC、シブカジ
第8章 原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出
第9章 ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭
第10章 アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

公開日:2017年6月17日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

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今回登場したものは、いずれもベージュ・ブラウン・グリーンのアースカラーばかり。要はどれも野山に同化する色であり、この点からも起源が容易に想像できるだろう。日本ではお馴染みのグレイ系のツイードで作られたジャケットは、主にアメリカの東海岸で街着として別解釈された際に広まったもの。これらの多くの故郷=英国では実は少数派だ。

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