スーツ姿はコース料理であるのに対し、ジャケパンはアラカルト。
オフィスウェアのカジュアル化の進展に伴いジャケパン、つまりジャケットとトラウザーズ(米語である「パンツ」のイギリス英語での表現)を組み合わせた装いを、休日のみならずビジネスの場でも多く見掛けるようになった。
特にタイを身に着けない場合(私個人は断じてそうはしないけれど)は、下手なスーツ姿より精悍に見えてしまう場合すらある。
ただ、私の同年代の友人などからは、「ジャケパンはスーツより、むしろ着方が難しい……」と嘆く声もチラホラ聴こえる。そりゃそうだろう。上下を自由に選べる分、その人のセンスが如実に表れるのだから。
レストランでの注文に例えると、スーツ姿はコース料理であるのに対し、ジャケパンはアラカルト。工夫次第でより楽しめもする一方で、上手く組めずに終わってしまう場合もある。
では、その「工夫」とは、いったい何だろう? 今回はその基本中の基本を、主にジャケットとトラウザーズの色、更には柄に焦点を当てて考察してみたい。
(工夫その1)「彩度」をできるだけ近づける
明度と彩度の表(色相は赤色)
詳しくは拙著「紳士服を嗜む」をご一読いただきたいのだが、「色」には色相、明度、そして彩度の3つの属性がある。
色相とは「赤」「青」のような、色の様相の違い。明度とは「明るい」「暗い」のような、色の明るさの違い。彩度とははっきりした」「濁った」のような、色の鮮やかさの違いのことを表す。
私達は日頃、この3つのポイントで多様な色を識別しているわけだが、色相や明度に比べ、彩度については意識がほとんどなかったり、明度とゴチャ混ぜに感じている方も多いようだ。
実はこの「彩度」の意識こそ、ジャケパン姿がきれいに収まる、色の面から見た最も肝心な秘訣。
白・グレイ・黒のように鮮やかさの皆無な「無彩色」から(誤解されがちだが白は明度こそ最強だが彩度はない)、赤・青・黄のように明度は中庸ながら最も鮮やかな「純色」まで、彩度には結構な違いがある。
これをジャケットとトラウザーズでなるべく揃えるようにすると、見た目の違和感が一気に緩和されるのだ。
典型的なのが、濃紺無地のブレザーとチャコールグレイ無地のトラウザーズの、あのあまりに当たり前な組み合わせ。
前者は無彩色に限りなく近く、後者は典型的な無彩色。色相が比較的近いこともあって、スーツの代わりとしてオンビジネスでも筆頭で受け入れられ易いのは、半ば当然のコンビなのである。
また、キャメルベージュ無地のジャケットと杢調のダークブラウン無地のトラウザーズなどの組み合わせも、両者の明度こそ対照的だが、色相が似ていると共に彩度つまりくすみ具合が近いから、目に優しく感じる。
(工夫その2)類似色で纏めるか? 補色で引き立てるか?
こちらも詳しくは拙著「紳士服を嗜む」をご一読いただきたいのだが、前述した色相は個々のものを整然と秩序立てて行くとリング状に並べることが可能で、これを「色相環」と言う。
ちょうど虹の色の順番、すなわち赤→橙→黄→緑→青→藍→紫に赤紫を加えて時計回りに配置することでこれが成立し、通常は黄色を一番上に配置し、青紫色を一番下に配置する。
この色相環で、隣り合う色のことを「類似色」と称し、類似色同士は互いの色を違和感なく纏め上げる効果がある。(厳密には若干異なるが)例えば「赤と橙」や「緑と青」が典型的な類似色の関係だ。
一方、色相環で真逆の位置となる色同士は「補色」と称し、補色同士は単色で見た時よりも、互いの色を明瞭に引き立てる効果がある。(こちらも厳密には若干異なるが)「赤と緑」とか「青と黄」が補色の関係の典型で、こちらは「花と葉」「夜空と月」と覚えておけば忘れない。
そしてこの2つの関係を意識してジャケット・トラウザーズを組み合わせるようになると、見た目の印象にチグハグさがなくなってくる。
例えばダークオレンジ(レンガ色)系のツイードジャケットとキツネ色のコーデュロイトラウザーズなどは、類似色での組み合わせのお手本。
対照的なのが濃紺無地のブレザーとベージュのチノーズの組み合わせ。こちらは補色の関係に近い組み合わせだからこそ、世間に広く浸透したのだろう。
(工夫その3)一方が柄物なら、もう一方は無地
昨今はあまり言われなくなったけれど、ジャケットとトラウザーズのどちらか一方を柄物とする場合もう一方はできる限り無地とするのが、破綻を招かない不文律だ。
双方に柄物、特に異なる柄を持ってくる着こなしは非常に高度なテクニックを要するので、できれば避けたい。また、小柄な方は身体を大きく見せようと、ジャケットであれトラウザーズであれついつい大きな柄のものを選んでしまいがちだが、逆に身体が柄に埋没してしまうので、こちらもやめておいた方が無難である。
さてその際、是非とも気を付けたいのは生地の地の色だけでなく、むしろ「柄」の色の方。
一つでも良いのでこれに使われている色相と明度を、もう一方の生地のそれらに近づけると、ジャケパン姿は驚くほどきれいにキマる。そうすることで上下の色味に連続性・一体感が出て来るからだ。
「色を拾う」なる表現で、このコツを耳にしたことがある人もいるだろう。要は柄の色のお蔭で、地の色が本来とは若干異なる色味、と言うよりはもう一方の生地の色味に近づいたように錯覚する訳で、色彩学的にはこれを「同化」と称する。
例えば、紺地にライトグレイと白系のウィンドーペーンの入ったジャケットであれば、似合うトラウザーズはやはりライトグレイや白の無地だ。
ここにオリーブカーキのチノーズを持って来てしまうと、どうしても間が抜けた印象が拭えなくなる。
また、濃紺無地のジャケットに白と黒のグレナカートプレイドチェックが入ったトラウザーズの組み合わせは決して大間違いではないものの、できればそれにブルーのウィンドーペーンが加えたものの方が、より洗練された印象になる。
(補足)互いの生地の「質感」を揃える
ジャケパンの装いの引き立つ人と、そうでない人との意識が大きく異なるもう一つの点がこれ。
単に生地の厚みだけでなく「ふわふわ」「ざらざら」「つやつや」のような、目で見て手で触れた時の生地の質感を、ジャケットとトラウザーズでなるべく合わせておくと、装いに説得力が俄然増して来る。
簡単に言えば、秋冬物の厚地で起毛感のあるジャケットには、やはり秋冬物のトラウザーズを合わせたい。春夏物の薄地で艶感のあるものでは、全くアンバランスだということ。
実はこのような生地の質感は、その色味の彩度に少なからぬ影響を与えることを知っておいて損はしない。
具体的には、たとえ色自体が全く同じ濃紺無地であったとしても、太めの糸を用いた毛羽立ちのある紡毛フランネルと細番手の糸を用いた打ち込みの甘い梳毛トロピカルとでは、後者の方が彩度は高くすなわちはっきりとした色味に感じられがち。
このことに気付いてしまうと、スーツでは名目上だけでも「4シーズン対応」の生地がだいぶ多くなっているのに対し、ジャケットとトラウザーズの生地ではそのようなものがあまり多くない理由も、おぼろげながらご理解いただけるはずだ。
ーおわりー
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
男のお洒落はこの3人に学べ!
メンズファッションの極意を説いた、伝説的バイブル
着るか 着られるか
「服装を変えることによって自分のパーソナリティのさまざまな可能性を実証できるとしたら、ジキルになったりハイドになったり、まったく愉しいではないか。服装によって人間は縛られているが、縛られること自体がオシャレの快感であると同時に、縛られ方のバラエティがおしゃれの楽しさでもある」
日本におけるアイビーの先駆的存在である著者がメンズファッションの極意を説いた、伝説的バイブルの復刻版!時代を超えたスタンダード。