アートが押した感覚のスイッチ。変わったのは「ビルの谷間から見える景色」。

取材日: 2018年12月10日

モデレーター/深野一朗
文/塚田史香
写真/新澤遥

アートが押した感覚のスイッチ。変わったのは「ビルの谷間から見える景色」。_image

現代アート・コレクターの棟田響さんは、引っ越しを機に「新居の、あの壁を埋めたい」という思いから、最初の一点となる現代アート作品を購入した。

しかし棟田さんが購入したのは青木野枝さんの立体作品。

モデレーターの深野が、思わず「壁、埋まらないですよね!?」と切り込むと、棟田さんは笑って「なんか気に入ってしまって」と答えた。

いい生活をしたい。その気持ちに素直に従い、コレクションという意識もなく集まった棟田さんの現代アート・コレクション。

現代アートが、棟田さんの日常に与えたものとは?アート作品に溢れるご自宅で、お話を伺った。

MuuseoSquareイメージ

きっかけは「集めたい」より「向上させたい」

棟田さんは、何かをコレクションすることがお好きなタイプですか?窓辺には、アートの隣に仏像があり、キリスト教のイコンのようなものもあり、ベネチアン・ガラスもあります。

物は多いのですが、何かをすごく集めたいという衝動はあまりない方です。家を飾りたい、生活を向上させたいという気持ちから買うことが多いです。

——生活を向上させるものというと、現代アートの他にはどのようなものが?

スーツや時計、家具を揃えるのも、その一つでしょうか。

コレクションというほどではありませんが、2016年9月ごろから茶碗も買うようになりました。湯呑を探していた時に、日本橋高島屋の裏手にある三和堂さんで、これだと思えるものをみつけたんです。

会計を待つ間に、また「いいな」と思うものをみつけてしまい、それが内田鋼一さんという作家さんのもので7万円でした。少し悩み、結局、後日購入すると、今度は「使わないともったいない」という気持ちになりました。それまでお茶をたてた経験はなかったのですが、茶筅(ちゃせん)や抹茶を買い、自分でお茶をたててみたりとお茶にも興味が向くようになりました。

その時その時に、色々なものを集中的に買ってきましたが、現代アートは興味が尽きることがありません。

絵画を購入するつもりが、最初に購入したのは立体作品

——昔からアートがお好きだったのですか?

森美術館東京都現代美術館には行っていましたし、学生時代にパリのポンピドゥーセンターにも行きました。でもジャクソン・ポロックマーク・ロスコの区別もつかない、「趣味、絵画鑑賞」とも言えないくらい、なんとなく美術鑑賞をしていただけ。現代アートは買える、という認識もありませんでした。

——最初に買ったアート作品について教えてください。

2016年5月に購入した、青木野枝さんの『空玉』という作品です。

作家名:青木野枝
作品名:空玉2016-18
制作年:2016年
素材:コルテン鋼
サイズ:h53×w40×d28cm

作家名:青木野枝
作品名:空玉2016-18
制作年:2016年
素材:コルテン鋼
サイズ:h53×w40×d28cm

この家に引っ越す前には知人から買った絵をかけていたのですが、引っ越しを機に、家の壁に合う絵を探すことにしました。

壁を埋めるだけならば、写真でも版画でも良かったのかもしれません。そこでなぜそう思ったのかは記憶がないのですが、現代アートを買おうと考え、宮津大輔さんの著書「現代アートを買おう!」にたどり着いたんです。

まずは本で紹介されていたギャラリー・ハシモト(現在は新ギャラリー「ANOMALY」として活動)に足を運びました。その後、アートフェア東京で青木さんを知り、ギャラリー・ハシモトで購入しました。

——あれ? 棟田さん、壁にかけるつもりだったんですよね?

そうなんですよね。なんか気に入ってしまい、立体作品を買ってしまいました(笑)。

——棟田さんにとってアート作品は、インテリアの延長線上にあるのですね。

そうとも言えます。その意味ではテレビ台も、元々はアート作品。2018年にSCAI THE BATHHOUSEさんで、ボスコ・ソディさんの個展がありました。そこに出た『Cubo』という、素焼きの直方体1600個を積み上げた作品があるのですが、ブロックを1個1000円で持ち帰ることができたんです。

会期中にだんだん作品が減っていくというものでした。それを10点購入し、テレビ台にしています。

——贅沢なテレビ台ですね!ボスコ・ソディさんの作品、ふつうではなかなか手が出せませんよ。

そう思います。ただ、テレビ台としてはすごく不安定なんです(笑)。

直接見て、直感を信じて

——現在のコレクションについて教えてください。

現代アートは30点程度で、8割は絵です。のこりは彫刻やガラスで、映像と写真は1点ずつ。コレクションの9割は日本人作家さんのものです。

——2016年5月からはじめて2018年12月現在で30点。なかなかのペースですよね?

「こんなに買ってしまったのか」という自戒をこめて、購入した作品の情報は金額も含めてエクセルに残し、管理しています。それを後から見返すと戦慄を覚えます(笑)。

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——コレクションは、どちらに保管されていますか?

ほとんどすべて、自宅に飾っています。

——作品は、どこで購入されることが多いですか?

ここまでのところ、国内のプライマリー・ギャラリーですね。

アートフェア東京で購入したこともありますが、会場で即決しないといけないフェアよりも、売れていなければ1週間くらい落ち着いて検討することもできるギャラリーの方が、個人的にあっているのかなと。

ですから私にとってアートフェアは、情報収集の場という感覚です。名前だけ知っていて、実際の作品をみたことがない作家さんの作品を見ることができたり、気に留めていなかったギャラリーや作家さんへの発見があったり。

——フェアで収集した情報が、その後のコレクションに活きてくるのですね。

たとえば上海のアートフェアでブルーチップな海外作家さんのトップピースが出ていると、「一流作家の一級品はこれくらいのクオリティなのだな」となんとなく理解できる。これは美術館でマスターピースを鑑賞するのと同じ感覚ですね。目を鍛えるイメージです。

——作品の好みや、コレクションする際の基準はありますか?

必ず直接見て、ぱっと見た感じでいいと思ったら値段を伺い、買える範囲で納得できる価格であれば購入します。たとえば目当ての作家さんを見にグループ展に行ったのに、ぱっと見で別の方の作品が気になってしまって仕方がない。結局そちらを購入したこともあります。

その感覚が購入の基準になっており、言葉で説明しがたいのですが、あえていうなら「気になるもの」「見て、なんかいいと思えるもの」ですね。理解が難しい作品は、購入後も部屋に飾り見ているうちに発見があったりと、のちのちまで楽しめます。

自慢のコレクション:山口晃さん

山水圖(雲谷派写し) 2016 ミクストメディア 98 x 58.3 cm  撮影:宮島径
©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

山水圖(雲谷派写し) 2016 ミクストメディア 98 x 58.3 cm 撮影:宮島径
©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

山口晃さんが制作したこちらの作品、一見平面の水墨画のように見えますが中央に穴があいているんです。中にはライトがはいっていて、光源に貼られたフィルムの色により、作品の印象も変わります。穴の奥行は20㎝程度あるのですが、光が灯ると穴は消え平面のように感じられるんです。

パッと見で違和感がありました。古くからの水墨画の魅力をもちつつも、現代でないとできないアプローチに魅力を感じます。

注目しているアーティスト:千葉正也さん

千葉正也 サンキュー(閻魔大王と奪衣婆) #2 2014-2017, oil on canvas, 80.5x117cm copyright the artist courtesy of ShugoArts

千葉正也 サンキュー(閻魔大王と奪衣婆) #2 2014-2017, oil on canvas, 80.5x117cm copyright the artist courtesy of ShugoArts

歴史上の巨匠のように絵が上手く見飽きず、訳の分からないモチーフに、何だろうという気持ちにさせられます。同時に、同世代の作家であり、同じようなカルチャーをくぐってきたことを感じられる作品に感じるところがあります。

家族にも友人にも伝えたい、現代アートの魅力とは?

——奥様とご一緒にギャラリーにいらっしゃる姿を、何度かお見かけしました。購入の際は、ふたりで相談されるのですか?

基本的には相談しますが、一人でギャラリーにいき、価格的にも相談の必要がないと判断したときは独断で。

——相談の結果、購入しなかったことはあるのでしょうか。

おおむね趣味が一致しているのと、相談する時点で、すでに気持ちが固まっていることもありまして、意見があわずに買わなかった、ということは今のところありません。過去に一度、妻が「これはちょっと…」という反応をした作品があり、それは私の部屋に飾っています(笑)。

——奥様も、昔からアートがお好きなのですか?

元々は関心がなかったようですが、一緒にいくうちに興味を持つように。はじめの頃だけは、知識や成り立ちを説明することもありました。

——知識や成り立ちなど、現代アートを楽しむには、やはり勉強が必要でしょうか?

作品のタイプにも、鑑賞者のタイプにもよると思います。パッとみて楽しめる作品ももちろんありますし、僕自身は感覚的に楽しめる方です。一方で妻は、現代アートの文脈から理解する方が受け入れやすいようです。「理系だから」と本人は言っています。

我が家に遊びにきた友人とも、現代アートの話になることがしばしばあるのですが、以前、ラスコーの洞窟画まで遡り、現代アートの成り立ちについて説明したことがありました。2時間近くかけて語ってしまい、これはさすがにどうだろうと(笑)。

MuuseoSquareイメージ

——聞いてくれるご友人も素晴らしいですね。

そう思います(笑)。そこで今は、パワーポイント20枚くらいでまとめたものを用意しています。多くの友人は、「なるほど。現代アートは成り立ちがわかると面白いね」と言ってくれます。

——そこまでして、現代アートについて語ろうとするのは、なぜですか?

面白いからですね。我々が考えないようなことを考えたり、我々には見えないものを見ている作家がいる。私たちは作品を通して考え方、見え方を知る。この体験によって、私自身、日常生活でもモノの見え方が変わっていくのを感じています。

ファースト・コレクションである青木さんの作品を購入した1年後くらいに、青木さんから「購入後どうですか?」と聞かれたことがあったんです。私は「町を歩いていてビルの合間から見える景色、見えた空が美しいと思えるようになりました」と答えました。

どこまで影響しているかはわかりませんが、アートをコレクションし始める前と後では、感覚が変わったように思えるんです。そこが面白いところです。

——その言葉を聞いて、青木さんもうれしかったでしょうね。アート作品は、美術館やギャラリーで鑑賞もできます。棟田さんにとって、購入し所有する行為に、どんな価値があるのでしょうか。

目に入るところにあり、いつでも、いくらでも見ていられることは、大事だと思います。私は所有ではなく、飾って鑑賞できることに価値を感じるので。所有やコレクションへのこだわりより、「いい生活をしたい」という思いの延長線上に、現代アートの購入があるイメージですね。

ーおわりー

終わりに

棟田さんから突然メールを頂いたのは今から10年以上も前のことだ。なんでも私の著書(『「クラシコ・イタリア」ショッピングガイド』光文社)を読まれて、これからイタリアに行くのでその前に会えないか、といった趣旨で、私の勤務先の代表アドレスに届いたメールだった。

実は私が独立前に勤務していた監査法人にお勤めになっているとのことで、それなら安心だろうと、突然の「ファン・レター」に応えることにして、二人でイタリアンを食べた。

日本の紳士に我が著書を片手にイタリア旅行して頂くのが出版の趣旨であったので、それを実践して呉れる方が、しかも同じ職場の後輩から現れたことは嬉しかった。

それから10年後・・・。その後一度もお会いしていなかった棟田さんからまた突然メールを頂いた。何と今度は現代アートにご興味があるとのこと。早速お会いして、再びみたび「先輩風」を吹かさせて頂いた。

その後はギャラリーでのオープニングやアフター・パーティでもお会いする機会が多く、いつも決まって奥様がご一緒されていた。(最近はお子さまが生まれ、棟田さんお一人のこともあるが。)

棟田さんのご様子を見ていると、コレクターとしてデビューした当時の自分を思い出す。見ること、聞くこと、すべてが楽しく、とにかくアートのことばかり考えていた。
コレクター歴3年目の棟田さんも今が一番楽しい時期ではないかと察するが、取材では「そろそろコレクションのペースを落としていきたい」と仰るではないか。棟田さん、そいつはちょいと早すぎやしませんか!?

〈おわりに〉
さて、これでコレクターへの取材はひとまず終了です。企画に当たり、僕の「先生」である宮津さんから始めて、「後輩」の棟田さんで終わらせることだけは初めから決めていました。ベテランからビギナーまで、いろいろなコレクターの本音が少しでも引きだせたなら、そしてこの連載を読まれた方が少しでも「現代アートをコレクションする」ことに興味を持って下さったならとても嬉しく思います。
『What is 現代アート⁉』の連載自体はまだまだ続きます。コレクターの次はギャラリーのお話を伺っていきます。引続きご愛読のほど宜しくお願い致します!

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