国立国際美術館で展示されたリチャード・オードリッチの作品をコレクション
左:棟田響さん。現代アート・コレクター。投資運用会社にてファンドの運用に従事。2016年から現代アート・コレクションをはじめ、現在約40点を所有。仕事と子育ての合間に美術館やギャラリーを訪ね、国内外の若手・中堅の絵画・立体を中心に作品を収集。
右:ローゼン美沙子さん。ギャラリー「MISAKO & ROSEN」共同オーナーディレクター。1976年東京生まれ。大学在学中から「小山登美夫ギャラリー」に勤務。その後、10年間に渡り同ギャラリーにてあらゆる業務に携わる。2006年12月に独立し、夫のローゼン・ジェフリーと共に現代美術のギャラリー「MISAKO & ROSEN」を設立。今年で創業15年になる。
ローゼン美沙子(以下ローゼン):こんばんは。CADAN Art Channelのお時間でございます。本日はコレクターの棟田響さんのご自宅からお届けいたします。
棟田響(以下棟田):よろしくお願いします。
ローゼン:まずは棟田さんがコレクターとして、私がギャラリストとしてお付き合いさせていただくことになったリチャード・オードリッチの作品からお話をスタートさせたいと思います。
中央の大きなペインティングがリチャード・オードリッチの作品 Untitled 2016-2018 oil wax and enamel on linen 183x127cm
棟田:リチャード・オードリッチは1975年生まれのニューヨーク在住の画家です。中堅の作家で、BortolamiやGladstone Galleryなどのギャラリーに所属されていて、展示歴も沢山あります。
ローゼン:この作品を私が納める前に、いろいろと研究されていましたね。
棟田:まず、美沙子さんにオードリッチの作品を見せていただきました。30センチほどの黒いワックスのペインティングでした。それがよかったので、美沙子さんにお話を聞きました。
ローゼン:「オードリッチはどんな経歴の作家ですか?」と聞かれたときに、お話をするネタがたくさんありました。サンフランシスコ近代美術館で個展をやったり、2014年にはMoMAで開催された『The Forever Now』という、ローラ・ホプトマンというキュレーターがキュレーションしたペインティングの展覧会に出ていたり。MoMAにもコレクションされています。画風が抽象的だから、日本のコレクターさんからは「難しい」と言われがちでした。棟田さんは「素敵ですね」と言ってくれてすごく嬉しかったです。
棟田:本当に素敵だったんです。でも、どうしてそう思うのかはわかりませんでした。
ローゼン:そこからマニアックに勉強されていましたよね?
棟田:そうですね。インタビューは一通り読みました。大きいギャラリーに所属しているので、批評やインタビューがたくさんあるんです。
ローゼン:興味があると言ってくださったときに、ギャラリーにあるベストの作品はいくつかお見せしました。でも、個展を楽しみにしていてくださいという状態だったんですよね。
棟田:そうなんです。個展のときに見て良かったらコレクションをするつもりでした。
ローゼン:その後、「大阪の国立国際美術館で開催される『抽象世界』という展覧会にオードリッチが参加するのですが、オープニングにいらっしゃいませんか?」と棟田さんをお誘いしたらわざわざ来てくださいました。
棟田:大型作品が展示されると伺いました。大型作品はバーゼル香港か上海のアートフェアで見たことがあるものの、日本で見たのは初めてでした。
ローゼン:棟田さんは美術館で展示された作品を購入したことはありますか?
棟田:コレクションの半分くらいは美術館で展示された作品です。
ローゼン:アカデミックな評価が付いているとグッときますか?
棟田:それもあります。美術館の展覧会では素晴らしい作品が出ていることが多いと思います。
ローゼン:そうですよね、専門家の目が入りますからね。私たちの後ろに展示されている作品は、「抽象世界」で展示されたものです。「抽象世界」にはエルズワース・ケリー、トマ・アブツ、ラウル・デ・カイザー、ダーン・ファンゴールデン、フランツ・ヴェスト、ミハエル・クレバー、スターリング・ルビーが出ていました。リチャード・オードリッチは、その中でも一番若手として抜擢されていました。このオブジェもリチャード・オードリッチの作品です。抽象世界で展示されていましたね。
リチャード・オードリッチ Inanna 2016 Painted bronze on marble pedestal 26x14.6x14.6cm, 32.1x14.6x14.6cm, 33.7x14.6x14.6cm
棟田:ちょうど今日納品していただきました。もう少しオードリッチについて理解を深めたかったので、オブジェもコレクションしました。飾ってみたところ良い展示になったと思います。
ローゼン:オードリッチ以外にも、棟田さんのご自宅には素晴らしい作品がたくさん展示されているので、いくつかご紹介いただきます。
アートは飾って楽しむ。棟田コレクションの一部を紹介
千葉正也「Thank you」(ShugoArts)
棟田:千葉さんは僕と同世代の作家です。見ての通り、絵が上手でしっかり描き込まれています。この作品はShugoArtsのグループショーに出ていました。最初、他のお客さんがいたので、別の作品を見ていたんです。でも気になって気になって、他の作品が全然目に入らない。見ていたお客さんがいなくなったあと、すぐに近くに見にいきました。
ギャラリーで遠くから見たら、実際に机が飛び出ていると錯覚するぐらいの迫力があり、本当にいい作品だと思って購入しました。描かれている白い像や机は、実際に作ってそれを描いているんです。背景はハドソン川の絵葉書の絵を描いているということでした。千葉さんの作品はすごく好きなのでもう一点コレクションしています。
杉戸洋「Untitled」(小山登美夫ギャラリー)
棟田:杉戸さんの作品を初めてみたのは、実はMISAKO & ROSENなんです。
ローゼン:10周年記念のマニアックな展覧会ですね。杉戸さん、奈良美智さん、デイヴィッド・シュリグリーなど、90年代にジェフリーと私が好きなアーティストたちを詰め込むという内容でした。
棟田:当時はアートを見始めたばっかりで、杉戸さんのことも知りませんでした。展覧会で作品を見て気になり、お話を聞いてはじめてキャリアがある作家さんと知りました。それから作品がずっと記憶に残っていて、小山登美夫ギャラリーで個展が開催されるとのことで観に行きました。残念ながら、そのとき一番いいなと思った作品は売れてしまっていました。その後、東京都美術館で個展が開催された時には会期中に3回行きました。この作品はその個展で展示されていたものです。
ローゼン:私は下積み時代、10年ほど小山登美夫ギャラリーで働いていたのですが、その時から大好きなペインターの一人です。杉戸さんは奈良美智さんと2人でMISAKO & ROSENで「シャギャーン」というプロジェクトをやりました。その時は若手作家二人という設定でした。杉戸さんはベテランになっても若いスピリッツを忘れない方です。
富田正宣「スライダー」(KAYOKOYUKI)
棟田:富田さんはKAYOKOYUKIに所属しています。他のコレクターの方のお家で拝見して、よかったんです。その後、KAYOKOYUKIの結城さんと一緒に、富田さんのアトリエに行って選びました。東京藝術大学を卒業した若手の作家です。
大山エンリコイサム「FFIGURATI #116」(Takuro Someya Contemporary Art)
棟田:Takuro Someya Contemporary Artでコレクションしました。実は、バックヤードにあってギャラリーで展示されていた作品ではないんです。ロンドンの大和日英基金での展覧会に展示してあった作品でした。「大山さんはストロークの大きい作品を描いている」というイメージを持っている人が多いと思います。この作品は鉛筆で細かく描いてあります。
パウロ・モンテイロ「Untitled」(MISAKO & ROSEN/ Tomio Koyama Gallery)
棟田:妻の「この作品はすごく良い」という言葉に背中を押されてコレクションしました。ご覧のように、ペインティングとしては手数が少ない。購入した3、4年前はこのような作品をコレクションするのにはなかなか踏み切れませんでした。今は手数が少ないからこその魅力を理解できるようになりました。パウロ・モンテイロはMISAKO & ROSENと小山登美夫ギャラリーで個展を開催しています。
ローゼン:彫刻のような、ペインティングのような作品です。組作品なので、一緒に壁に展示できたらと思うんですが、真ん中はブロンズでできていてすごく重いので立てかけているんですよね。パウロの抽象絵画は、表面に加えてプロセスを楽しめる。見どころがたくさんある絵画ですね。
棟田:組作品なので、インスタレーションみたいな雰囲気も味わえる。自分が広がった感じがしました。
三嶋りつ惠「宇宙のしずく」(ShugoArts)
棟田:ShugoArtsで購入した三嶋りつ惠さんの作品です。この作品は銀とガラスを混ぜて作られています。窓際に置くと外の景色が写ります。
左:松川朋奈「良い母親になるってどういうことなのか、いまだにその意味を考える」(Yuka Tsuruno Gallery) 右: 小林正人「Unnamed 2004」(ShugoArts)
棟田:左はユカ・ツルノ・ギャラリーに所属している松川朋奈さんの作品です。これは森美術館で展示されていました。ストーリーもありつつ、見た目もよい。僕は写実的な作品にはあまり惹かれないのですが、これは別でした。ユカ・ツルノの鶴野さんに連絡をしたときは「美術館に入るかもしれない」とお返事をいただきました。「確かに、こんなに素晴らしい作品は美術館に収蔵された方がいいんじゃないか」と思ったんですけど、後日オファーをいただいたので購入しました。松川さんの作品は「六本木クロッシング」に出展していた作品がいくつか森美術館に収蔵されています。
その右には小林正人さんの作品を展示しています。後ろが浮いているので展示が大変でした。1時間ぐらいかかりました。
リー・キット「Bedside story 2017」(ShugoArts)
棟田:Shugo Artsに所属している、香港出身台湾在住の作家です。ヴェネチア・ビエンナーレなどにも出展し、スター街道を歩んでいます。原美術館や資生堂ギャラリーなど、日本でも展示歴があります。映像を消すとよく見えるんですけど、ドローイングに映像が重なるようになっています。温かくて崇高な感じが好きなんです。この作品はリー・キット的にはペインティングらしいです。
アートのコレクションをしていて一番よかったこと
ローゼン:ご自宅に飾ってある作品を紹介いたしました。まだ紹介していない作品もたくさんあるのですが、お時間の都合もあるのでこのへんにしておきましょう。棟田さん、若い作家の作品を買うときの決め手はありますか?
棟田:昔は一見してよければその場で買っていたんですけど、今は可能な限り調べて、作品をいろいろ見てから買うようになりました。
ローゼン:情報があまり無いから、できるかぎり見るんですね。
棟田:ベテランでもできるだけ見ますし調べます。活動を知ると、いま目の前にある作品は代表作なのか、そこそこの作品なのか判断がつきやすくなります。
ローゼン:思い描いている理想のアートコレクションはありますか?
棟田:最初は家に飾るために買い始めたので、コレクションを作るという意識はありませんでした。いまでも具体的な理想はないんですけど、お金も権限もあって何でも買えると仮定して、この家に何を飾るだろうかと考えてみると、「ジャクソン・ポロックよりマーク・ロスコかな」とは思います。あとは、ドナルド・ジャッドの四角い箱があったり、ディエゴ・ベラスケスの小さな作品があったり。もちろんベラスケスとかロスコが買えるわけではないんですけれども。その部屋に、千葉さんとか、オードリッチの作品が家に飾られていてもいいんじゃないかと思っています。そう思える作品をコレクションしたいです。
ローゼン:ぜひまたお邪魔させてください。アートのコレクションをしていて、一番楽しいことはなんでしょうか?
棟田:美術手帖に出たり、ディナーに参加したら杉本博司さんが隣の席だったりと、瞬間的にミーハーな到達点みたいなことは多々あります。夜、家でひとり「なかなか良い作品が集まってきた」と悦に入ることもありますが、一番は友達が増えたことですね。
ローゼン:ピュアですね。
棟田:30歳を過ぎると、なかなか友達は増えないんですよ。
ローゼン:趣味を通して仲良くなった人は大切ですよね。
棟田:美沙子さんも(CaM by Muuseoをプロデュースした)深野一朗さんも先輩であり友達です。もうひとつ楽しいことをあげるならば、ディープにはまれる趣味を見つけたことですね。正直、人生で真面目に熱意を持ってやったことって、仕事ぐらいしかありませんでした。音楽も好きだったんですけど、DJをやっている友達、その道を突き進んでいこうとしている人と比べたら浅いんです。普通の人が見れば音楽好きなんでしょうけどね。アートだけは初めて本腰を入れてはまれた感じがしました。
ローゼン:すごくいいお話ですね。
棟田:仕事しかなかった人生が40歳近くになって、「子育てとアートと仕事」になりました。「仕事に役立つアート」とか言われていますけど、僕にとっては何の役にも立っていないんです。でも役に立たなくていいんですよ。人生は仕事だけではないので。
密集しているようで密集していない東京のギャラリー
ローゼン:新型コロナウイルスによって、アートフェアに行きにくくなっています。この状況が落ち着いたら訪問したいアートフェアはありますか?
棟田:ベタなんですけど、バーゼル・バーゼルです。今回(2020年)はOVR(Online Viewing Room)で開催していましたね。バーゼル香港よりバーゼル・バーゼルの方がいい作品が出ているように思いました。フリーズが知的な展示だとしたら、バーゼルは150kmの直球を投げるような展示でした。オンラインで一通りみたので、次は自分の目で見たいです。
アートフェアといえば、天王洲で開催されたアートフェア「artTNZ」には多くの人が訪れていました。それと比べると、ギャラリーに訪れる人は少ないように思います。比較的六本木のギャラリーには人がいるものの、MISAKO & ROSENはいかがですか?
ローゼン:「MISAKO & ROSENはマニアックな展示をしている」とは言われますね。棟田さんはギャラリーによく来てくれますよね?
棟田:展示のたびに毎回行っています。僕はすごく魅力的な展示だと思っています。
ローゼン:アートは音楽と違ってマス・オーディエンスではないので、一人が「この作品は素晴らしい」と買ってくれたら、成り立つかもしれないじゃないですか。
棟田:確かに。そうですね。
加賀美健「アブストラクション」 2020年 MISAKO & ROSENでの展示風景
Ken Kagami “Abstraction” 2020 installation view at MISAKO & ROSEN
Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO
ローゼン:エリアの話をすると、六本木は森美術館というお城のお膝元でアートの街というイメージがついています。みんな「六本木は便利だ」というんですけど、私にとってはちょっと不便なんです。デパートがないし、東急ハンズもドイトもないじゃないですか。
棟田:六本木には用事のついでに行けるんですよね。職場が近い人も多いのかもしれません。
ローゼン:大塚は池袋に近くて、外国からアーティストが来たときに何でもそろうから便利なんです。大塚あたりにギャラリーやスペースが増えて、いろんな人が来たいと思えるエリアにできたらいいかなと思っています。東京という街はちょっと不思議で、池袋も渋谷も六本木も中心近くにあります。私たちは資金がたくさんあるわけではないので、東京のいいところを使いながら、マニアックな場所で自分からカルチャーや文化を作っていきたいんです。その方が楽しいと思います。
棟田:確かにMISAKO & ROSENに行くときには、XYZ collectiveにも行くことが多いです。
ローゼン:海外でいうと、例えば90年代のニューヨークではソーホーがギャラリー街だったんです。それからどんどんチェルシーに移りました。今度は47 Canalのようなギャラリーがローワー・イースト・サイドにでき、若いギャラリーがいっぱいあるチャイナタウン周辺がローワー・イースト・サイドというふうに拡張しました。
ニューヨークは少し前から、トライベッカがギャラリー街になっています。芸能人やセレブが住んでいたりするそうなんですけど、ニューヨークタイムズ曰く、昔はブルックリンみたいな感じでアーティストが住むくらい安かったそうです。そのうちファンシーな感じになって土地が高くなっていったんです。でもオンラインブームで空き店舗がどんどん増えてしまって、そこにギャラリーはどんどん移転しています。
最初に移転したのがQT (Queer Thoughts)っていうアーティスト・ラン・スペースなんです。その後James CohanやAndrew Kreps Galleryといった大御所のギャラリーが移っていきました。今は、海外のギャラリーがニューヨークのアッパーイーストサイドにスペースを持つのが流行っているそうです。東京でもそういうことがあったらいいなと思っています。
棟田:アメリカの作家はどのような流れでギャラリーに所属するのでしょうか。
ローゼン:欧米ではアートコミュニティが発達しています。例えば、「有名なアーティストが大学の先生をやっていて、その生徒で面白いアーティストがいるらしい」というふうにコミュニティが発展していきます。
例えば、ケイト・スペンサー・スチュワートというロサンゼルス出身の若い作家がいます。彼女はタカ・イシイギャラリーで展示をしているシルケ・オットー・ナップというドイツのペインターの生徒なんです。早くもPARK VIEW / PAUL SOTOというロサンゼルスのギャラリーがリプレゼントしていて、今度ニューヨークでも展示をします。学生時代から噂になっていたらしいです。
MISAKO & ROSENに所属している、ネイサン・ヒルデンという作家がいます。彼はマイケル・クレバーという作家の生徒です。トレバー・シミズはダン・グレアムのアシスタントで、マーガレット・リーは、シンディ・シャーマンのアシスタントでした。海外では若いアーティストが大御所の作家の下で働くことも多いんです。それでギャラリーに噂が広まって、所属して、活動を広げていくんです。
ネイサン・ヒルデン Untitled 2018 acrylic on aluminum 208.2x172.1cm
Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO
トレバー・シミズ Sunset and Clouds 2020 oil on canvas 269x376cm
Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO
マーガレット・リー I.C.W,U.M. #12 2020 Newspaper, oil paint, nails, rope on canvas 157x127cm
Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO
棟田:海外だと大きいスタジオを持っている作家がたくさんいますもんね。
ローゼン:あと、エリカ・ヴェルズッティというブラジルの作家は、杉戸さんの紹介です。
棟田:有名作家になる前ですね。
ローゼン:エリカが所属するブラジルのギャラリーが「今度、エリカと東京に行くから一緒にご飯食べようよ」と声をかけてくれたんです。話をしているうちに個展をやろうという話になり、とんとん拍子にすすんでいきました。
エリカ・ヴェルズッティ「Chunk」 2018年 MISAKO & ROSENでの展示風景
Erika Verzutti “Chunk” 2018 installation view at MISAKO & ROSEN
Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO
棟田:作家がメガギャラリーに移っていくのは、どのような理由があるのでしょうか。富裕層のお客さんがいるとか、大規模なインスタレーションをする予算を持っているとかでしょうか。
ローゼン:資金力も理由の一つだと思います。ただ、大きなマーケットを持ったギャラリーに所属することにはリスクもあります。すごく高くなって、美術館が収蔵できなくなったり、棟田さんようなプライベートコレクターが買えなくなってしまったり。そうなると作品の行き場は無くなってしまいます。そのため、どんなに有名になっても、Gagosianとか、Pace Galleryとかではやらずに、Gladstone Gallery、Matthew Marks Galleryのようなテイストが先行している良いギャラリーに所属するアーティストもいます。お金よりもテイストを重視するギャラリーで、自分のテイストを大事にしつつ、お金とマーケットを同時に築いていくというやりかたです。
棟田:Gladstoneは、全体的に統一感がある感じがします。
ローゼン:コンセプトがきちんとしていて、アカデミックな感じがあるじゃないですか。メガギャラリーだとお金の匂いしかしないこともある。最近はお金よりもテイストを気にする作家が多いですね。テイストが先に重視され、そのあとにお金がついてくることがいいんじゃないでしょうか。
欧米では、アーティストがギャラリーを移ることはよくあるんです。それは、ギャラリーが仕事をした証にもなります。ただ、アーティストとギャラリーが一緒に大きくなっていくのが理想ですね。ギャラリストとしては、高くなったときに「あのとき買って良かったです」といってもらえるのは快感なんですけど、コレクターもそうではないですか?
棟田:そうですね。
ローゼン:買った作品を、美術館に貸し出すことになったとか。
棟田:嬉しいですね。
ローゼン:ちゃんとアカデミックな評価がついていて、かつマーケットもある作品をコレクションしているということになります。
アートにおける文化的な投資とは
棟田:「日本にはアートを買う人があまりいない」と言われます。その言葉の前後にはだいたい「寄付税制が整っていないから」という批判が伴います。確かに富裕層にとってはそうだと思うんですけど、サラリーマンや士業の人は、すぐにでも美術館が寄付を受け入れてくれるような作品は通常買えないから寄付税制は関係ないんですよね。税制は「アートを買う人があまりいない」理由の一つではあるものの、税制がすべてではないと私は思っています。ニューヨークで働いているサラリーマンや士業の人はどういう理由でアートを買っているのでしょうか。
ローゼン:アメリカでは文化の一部として生活の中にアートがあるんです。美術館にも当たり前に行くし、「アートを飾りたいからギャラリーで買おうかな」というお医者さん、弁護士さんはたくさんいます。そうお話をすると「投資ですか?」と聞かれることが多いんですけど、アートに対する投資の考えが日本と欧米では少し違います。日本では、「投資=お金を増やす」という考えが多いのではないでしょうか。欧米では「投資=若いアーティストのサポート」という考え方です。つまり、自分の文化の中で良いと思ったものをコレクションすることが投資になるわけです。アーティストが有名になって、作品が高くなって、美術館などでコレクションされた時点で投資になると言い換えてもいいかもしれません。
棟田:たしかに、そういうマインドを持つ人は日本より欧米に多いように思います。
ローゼン:多いですね。アメリカでいえば、「良い作品を持ってる」ことを自慢するというよりも「文化の一部に自分が関わっている」ことが誇りなんだと思います。コレクターの家族同士でグループを組んで、お金を出し合って何を買うか決めて、それを美術館に納めている方もいます。私も美術館のキュレーターから、「もうエディションで買えないから、寄付していただけませんか」と言われ、寄付したことがあります。美術館からも買ったギャラリーからも「本当にありがとうございました」と言われました。こうした時に、アメリカでは税金が免除になることもあります。そういう意味では、アメリカの富裕層はコレクションをしやすい環境にいますね。
棟田:富裕層はコレクションをしやすいでしょうね。
ローゼン:コレクターからの寄付を受けるアメリカの美術館などもコレクションを充実させることができています。そういった流れは日本にはないですよね。
棟田:今のところは無いですね。
ローゼン:色々なところで言われつくしていますが、寄付税制は日本にアートを買う人があまりいないことの一つの理由としてあると思います。あとは、マインドの違いの根本にはアートに触れる頻度の差があるのではないでしょうか。欧米の人はアートに触れる機会がたくさんあり、吸収力があります。
棟田:そうですね。ニューヨークやロンドンに住んでいる方がうらやましいです。
ローゼン:日本とは文化背景が少し違いますよね。日本もアートに触れる機会を増やしていく必要があると思います。ただ、みんなネガティブに「日本は……」と言うんですけど、私は良くなってきていると思っています。
棟田:最後の質問です。最近、オークションやアートフェアを眺めていると、美術館とリンクしない作品が高値で取引されています。この現象は世界中で起きているのでしょうか。それとも日本独自の現象なのでしょうか。
ローゼン:日本だけだと思います。他のギャラリストは「万が一、そういったアーティストが美術館で展示をする日がきたらXデーだ」と言っていました。ギャラリストが好きか嫌いか、キュレーターが好きか嫌いかという前に、アカデミックな評価は全くありませんよね。
棟田:そうですね。素人がいうのもあれですけど、今後もつかないんじゃないかと思いますね。
ローゼン:お金だけが一人歩きしているマネーゲームのようなところがあります。そういう作品を独自の視点で突き詰めることに関してはすごいことだと思います。ただ、私は美術としては受け入れられないです。これは本当に日本特有の現象です。
棟田:僕も買うかと聞かれたら、おそらく買わないです。
ローゼン:MISAKO & ROSENは、リチャード・オードリッチやエリカ・ヴェルズッティ、南川史門さんなど、みんなに難しいと言われ続け、ようやく美術館に評価されたアートを引き続きやっていきます。本日は、棟田さんどうもありがとうございました。
棟田:ありがとうございました。
—おわり—