ルーペで眺めていると、気分は考古学者。
アンティークのシルバーカトラリーを集め出したのは20年ほど前のこと。といっても集めているのはスプーンのみで、年に1本買うかどうかという不真面目なコレクターだ。
基本的にフィドルパターンのものを収集しているが、さらに古いデザインのオールドイングリッシュパターンのものも気に入ったら買うようにしている。
しかもイギリスのものが中心というピンポイントでの収集だ。
既によく知られていることだがイギリスのシルバーカトラリーは製造年度がわかるホールマークが刻印されていて、これが面白い。
スプーンの裏側にある刻印で、一見してわかるのはよほどのコレクターで、たいていはルーペで刻印を見ながら、ホールマークが説明してある本と刻印を照らし合わせて、製造年などを調べることになる。
コーヒーでも飲みながら、のんびりといつの時代のものか調べるのは、まるで考古学者のようで楽しいものだ。
ルーペであれこれ調べた後に、スプーンを磨くのがまた楽しい。
長年愛用しているのがオランダのハガティー社のシルバーポリッシュで、中身はドロっとしたローションというのが使いやすい。ローション特有の粘性があるため垂れずに済む。
よく振った後にクロスに適量を取って、シルバーを磨いていく。黒ずみが酷いときは塗布してしばらく放置すると良い。クロスは真っ黒になるのだが、これで磨くとシルバーの光沢が長持ちするし、シルバーへの負担も少ない成分だと思う。おすすめしたい商品だ。
スプーンに施された刻印は、鑑定済みの証
さて、イギリスのシルバーのスプーンは、プレートとスターリングシルバー(92.5%以上)に大別され、スターリングシルバーのものはたいていライオンのマークが記されている。
刻印を押しているのはアセイオフィス(Assay Office)と呼ばれる金属を検査する鑑定機関で、イギリス国内で11ヶ所存在していた。検査に合格したもののみ市場に出回るというしくみだ。
イギリスのシルバーカトラリーにはホールマークが刻印されている。これで製造年などがわかるのである。この「W・B」の刻印は有名な銀職人一族のウィリアム・ベイトンの工房製を表している。
ロンドン、シェフィールド、バーミンガム、グラスゴー、エディンバラ、ダブリン、エクセター、ニューキャッスル、チェスター、ヨーク、ノリッチの11都市にアセイオフィスがあり、それぞれの地域によって異なる刻印が押されている。
アンティーク市場で出回っているものの多くはシェフィールドの刻印のもの。ボクが持っているスプーンもやはりシェフィールドのものが多い。シェフィールド、ロンドン、バーミンガムの3都市で7割を占めているそうだ。
ちなみにこのホールマークの制度は14世紀頃には始まっていて16世紀の半ばには巷のアンティーク製品で見られる刻印になったと言われている。
シンプルで力強い、フィドルパターンのスプーンたち
前述したようにイギリスのシルバーのスプーンをコツコツとせこく集めているのだが、もうひとつ好みがあって、それはフィドルパターンと呼ばれるデザインにこだわっている。
イギリスのスプーンでは比較的多く見られるデザインで、シンプルで力強いデザインが気に入っている。
たとえばフランスのスプーンは繊細な装飾が施されて、優雅な一点ものの雰囲気なのだが、あまり好みではない。
一方のフィドルパターンは量産に適した工業製品的なモダンな形状を19世紀にすでに備えている点が魅力的だ。それがとても心地良い。
もちろん現在のような大量生産品ではなく、よく見ると形も年代によって微妙に違っている。あくまでも量産品に見えるということだ。
通常のフィドルパターンは装飾のないものが多いが、これはシェルパターンを加えたパターン。フィドルパターンの後期にデザインされたといわれている。
このfiddleとは英語で弦楽器の総称らしく、ヴァイオリンとほぼ同義語なのだが、民族音楽で使われるヴァイオリンを指すことが多い。
つまりスプーンの持ち手の形状がヴァイオリンに似ていることからフィドルパターンと呼ばれるようになった。楽器ではヴァイオリンが一番好きな音色なので、そういうところも収集の追い風になっているのかもしれない。
そういえば、ビスポークの靴のソールのデザインにもフィドル仕上げというのがあって、こちらもヴァイオリンではなくフィドルという呼称なのだ。イギリスではヴァイオリンよりもフィドルという呼称が馴染み深いのか。
フィドルパターンのルーツはフランス?
このフィドルパターンは1675年頃にフランスで誕生したデザインで、その後イギリスにわたり流行。イギリスでは18世紀末から19世紀初頭に流行した。
それまではオールドイングリッシュパターンという繊細なデザインがスプーンの主流だったのだが、それにかわって力強いフィドルパターンが席巻したようだ。大きさは14~17センチ前後のティースプーンが多い。
スプーンの先端にはモノグラムや家紋などをあしらったものも多く見かける。上流の家庭で使われていたのだろう。
持ち手の先端部分が平らということもあり、そこにイニシャルや紋章を刻印したものも見かける。
察するに比較的裕福な家庭で使われていたのだろう。スターリングシルバーのスプーンは製造年代に関係なく、市場での価格が安定している。ただし有名な職人のウィリアム ベイトン(William Bateman)といった、一目置かれている工房が手掛けたものは高価格だったりする。
ボクが持っているフィドルパターンのスプーンで古いものは1800年代初頭のもの。イギリスでこのデザインが流行り出して間もなくしてのものだ。
イギリスのスプーンをメインで集めているため、フランス製にはうとい。フランスでフィドルパターンのスプーンがあるのか謎である。フランスのシルバーカトラリーの老舗クリストフルのデザインで、フィドルパターンに似たものはある。が、やはりイギリスのデザインとは少し違う。
フランスでフィドルパターンのものをなんと呼んでいたのかも謎である。
上がオールドイングリッシュパターン。繊細なドロップ型が特徴で現在のスプーンの原型ともいえるパターンだ。下がフィドルパターンで、力強いデザインが特徴。ともにイギリスのシルバーのアンティークスプーンを代表するデザインである。
そもそもなぜスプーンにフィドルのデザインを取り入れたのかも謎のまま。ヴァイオリン製作者で有名なアマティ一族やストラディバリがクレモナ(イタリアの都市)で活躍した16~17世紀と、フランスでフィドルパターンが誕生した時期がほぼ一致しているので、フランス起源説も嘘ではなさそうだ。
通販サイトの社長じゃないので、高額なストラディバリウスはとても買えないが(笑)、フィドルパターンのスプーンなら買えるので、これからもコツコツ集めようと思う。
ーおわりー
倉野さん所有のアンティークカトラリー・セレクション
装飾的なブライトカットを施したオールドイングリッシュパターンのスプーン。当時は職人が手で彫って模様を刻んだのだろう。
オーストリアのアンティークのフォーク。詳しい製造年代はわからないが、この刻印が施されている。オーストリア、ドイツ圏ではこのような形状のフォークがしばしば見られる。モダンなデザインが気に入っている。
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終わりに
フィドルのスプーンはこれかもコツコツと集めていこうと思っている。一方で、イギリスのシルバーのスプーンではあまり見かけないが、バーメイル(ベルメイユ)のスプーンも機会があれば集めたい。
バーメイルとはスターリングシルバーにゴールドのメッキを施したもので、印象も豪華。スプーンのくぼみの部分のみバーメイル仕様というのもあって、シルバーとのコンビネーションが楽しめたりする。
バーメイルのものはとくにフィドルにはこだわっていないし、バーメイルの曇りは消しゴムで消えるので意外と手入れも簡単なのだ。数が揃ったらいつかお見せしたい。