英国正統派のクラッシックスタイルを得意とするDittos
水落卓宏さんのBespoke Tailor Dittos.(ビスポークテーラーディトーズ)へ行ってきました。因みにDittos.はスーツを表す古い単語のこと。店名からもわかるようにクラシックな正統派のスーツを得意とするビスポークテーラーなのだ。
前回取材したVick Tailorの近藤卓也さんもそうだが水落さんも全工程を一人で行うことができる数少ないテーラーだ。
つまり採寸、型紙の製作、生地の裁断、仮縫い、中縫い、縫製、仕上げまで行えるカッター(生地を裁断する人)であり、テーラー(縫製する人)なのだ。
各工程を腕のいい職人で分業するのも合理的で、かつ安定した服作りには最適な方法だと思う。しかし、型紙が引けて、仮縫い、中縫い、アイロンワーク、縫製まできる職人はお客さんの修正などをより細かく反映できるはずだ。つまりお客さんにとって、より完成度の高いスーツができるのではないだろうか。
さて、ディトーズのビスポークスーツを思い出してみると、英国らしいクラシックなスタイルが頭に浮かぶ。
当然だがお客さんの要望を伺って仕立てていくわけだから、芯地や肩パッドを感じさせないアンコン仕立てだって作ってくれる。それでもカチッとした印象のスーツが目立つのは、それを求めている社会的地位の高い顧客が多いということだろう。
カシミアのジャケット。素材の柔らかな特性を生かして、敢えてベースに使う柔らかい芯地を胸増芯として入れて仕立てている(通常は張りのある馬毛の芯地を使う)。袖口は“かぶら”と呼ばれる折り返しが施され、クラシックな雰囲気を出している。
顧客の着心地を配慮した芯地もすべてオーダーメイド。
スーツの要である芯地へのこだわりぶりも予想通りハンパではなかった。既製スーツの場合は出来芯と呼ばれる既製の芯地を使うことがほとんどなのだが、ディトーズのビスポークスーツはお客さんの型紙をベースにして水落さんが自ら作っている。
裾付近まで入る台芯に胸増芯(バス芯やキャメル混紡芯など)、肩増芯などを加えて構成していくのだ。胸増芯は男性らしい胸のボリュームを出すために用いる芯で、内側から表地に向けて押し出すように仕立てていく。芯地にどのくらいのボリューム感が必要なのかを考えながら設計していくそうだ。
ダーツを入れる箇所やハ刺しの大きさ、縫製する糸の種類、糸のテンションの具合などを考えながら製作する。アイロンは馴染ませるために用いるそうだ。糸のテンションをゆるくすることで芯地同士が動きやすくなり、着用時の快適さにもつながるのだ。
台芯(ウールを中心にコットン、ビスコースで構成)を見せてもらっているところ。プロから受ける芯地の解説は有り難い。
細かなところでは、バス芯(馬の尻尾)はハリがあるため、繊維が表に出てくるスリップという現象が起こりやすい。それを防ぐためにバス芯の断ち目をテープで覆っている。また芯地同士の段差が表にアタリとして出ないように工夫するなど、ここまでするの?という細かなところまで気を使っているのだ。
馬の尻尾から作られるバス芯(胸増芯)は、とくに弾力性に優れているため、胸を内側から立体的に見せる効果が高い。
ハの字になっている糸は“ハ刺し”と呼ばれる技術。ラペル、胸増芯、肩増芯にそれぞれハ刺しが施され、糸のテンションやピッチ(縫い目の間隔のこと)を効果的に変えている。
ポケットの布袋の内側にプリーツを配して、物を入れた時に立体的になるようにしている。また、ポケットの袋布や芯地の端は段差ができないようにずらしたり、芯の端をカットしている。これは表側にアタリが出ないように水落さんならではの配慮なのだ。
芯地と並んでアームホールも大切な部位。ちなみにアームホールは小さいほど動きやすくていいそうだ。
また、肩増芯とは違う副資材で、ゆき綿というものもある。これはアームホールに付ける帯状の部材で、袖山に丸みを出して美しく見せる効果がある。雨降らし袖のような袖にしたいときは省略するそうだ。水落さんいわく「とくに上着は工程数も多く、工夫することは無限大にある」とのこと。
袖山をまるく立体的に作るために、ゆき綿と呼ばれる帯状のパーツをアームホールに沿うように配置する。ビジネススーツに入れることが多いとのこと(一般的なテーラードジャケットにもいれられる)。
スーツの完成度を最大限に上げるためDittosがこだわる仮縫いとは
話は前後するが、ビスポークの手順について簡単に説明しておこう。まずどういった時に着用するのか、スーツなのかジャケットなのか、生地の選択など時間をかけて決めていく。
それに前後して注文主の体型を細かく採寸していく。その後、採寸データを参考にしながら筋肉の付き方をイメージして型紙を引いていく。そして仮縫いの準備を進める。
袖なしのジャケット。これは仮縫いの工程で、もう一度袖を外して分解し、袖丈を決めたりする必要があるため。
ディトーズでは仮縫いを2回行い、2回目の仮縫いのことを中縫いと呼んでいる。1回目の仮縫いは本番用の生地ではなく、安価な別の生地を使って行う。
仮縫いの目的は、型紙から初めて立体にする際に必ず誤差が出る。その誤差を修正するのが仮縫いを行う理由なのだ。そのため袖や身頃をバラバラに外せるようになっている。
たとえば採寸データをベースに作った袖を、本物の肩に乗せて、組み上げれば完成度の高い袖になるというわけだ。仮縫い時にラペルの幅や着丈の長さなどデザインの確認を行い、変更することも可能だ。
別の生地を使っている理由はこうだ。本番の生地だと縫い代を多くとるため、この縫い代が厚みとなってゴロゴロしてしまう。そのためお客さんに着心地を確認してもわかりにくいのだ。別の生地の場合は縫い代もギリギリまでカットしておけるので正確なデータがとれるのである。
この仮縫いでの修正データを型紙に反映させるのが次の工程だ。ディトーズではもう一度型紙を引き直して、ようやく本番の生地を裁断するのだ。2回目の仮縫い(中縫い)では微調整する程度で、必要なら再補正を行うらしい。
3パッチポケットのカントリーテイストなジャケット。春夏用素材のウール×リネンを使用している。背中の中心にプリーツが施され、体を動かしやすいようにデザインされている。
肩のイセ込みやアイロンワークによるクセとりも妥協なく丁寧に行うのもディトーズなのである。ここまで徹底して仕立ててくれるテーラーはほとんどないだろう。他店のテーラーが一目置くのもよくわかる。水落さんの妥協を許さない性格と技術力の高さがブレンドして完成度の高いスーツを生み出しているのである。
ーおわりー
英国の服地の聖地として知られるハダスフィールドで1883年に創業した名門ミルTaylor&Lodge(テーラー&ロッヂ)。おすすめの服地はディトーズのために織らせたラムズゴールデンベールで、厳選された羊毛(メリノウール)のみで織られる最高峰の服地なのである。今回は反物で発注しているため、耳(端)にDITTOSのロゴも織り込まれている。色はクラシックなネイビーとグレーのストライプ、無地を用意。スーツとして最適な色柄を選んでいるのも嬉しい。
Taylor&Lodge(テーラー&ロッヂ)のタグ。赤糸でAnniversary for Dittosと織り込まれている。特注生地には限りがあるが、反物で購入しているためコストパフォーマンスが高くておすすめだ。
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
現在の変貌する紳士服の聖地「サヴィル・ロウ」を象徴する全11テーラーを紹介
男性の多様性を称えるファッションの写真集
Bespoke Tailor Dittos.
ヘッドーテーラーを水落卓宏氏が務める、Bespoke Tailor Dittos.(ビスポークテーラー ディトーズ)。着る人のために細部まで計算し尽くされた緻密なテーラリングが見事の一言。ビスポーク上級者からはもちろん、業界内でも一目を置かれる存在。ビスポークの他に、ハウススタイルオーダーといって水落氏の手がけた型紙をベースに、縫製は水落氏が信頼する縫製工房で行うタイプのオーダーもある。
<ハウススタイルオーダー>
水落さんが信頼する国内の縫製工場での生産。
ツーピーススーツ価格115,000円~
スリーピーススーツ価格145,000円~
ともに税抜価格
納期約3週間
<ビスポークオーダー>
ツーピーススーツ価格400,000円~
スリーピーススーツ価格408,000円
ともに税抜価格
納期約半年
※最新情報はDittos BLOGにてご確認ください。
(http://dittos.seesaa.net)
終わりに
水落さんはメンズファッション専門学校の5つ年下の後輩になるのだが、ボクからの目線は年上の先輩といった感じだ。技術だけではなく、服装史的にも探究心が強く、服作りへの真摯な態度にはほんと、頭が下がる。いろんなテーラーを取材して思ったのだが、優秀なテーラーは理論的に服作りを説明できる人が多い。やはり水落さんもそうで、各工程をわかりやすく理論的に説明してくれる。若い人にいきなりビスポークオーダーというのは難しいが、ハウススタイルオーダーも完成度が高いのでおすすめしたい。ハウススタイルオーダーからビスポークオーダーにステップアップされるお客さんもいるそうだ。