ファッションジャーナリスト倉野さんは「近藤君の作るオーダーメイドのスーツは、フォルムがエレガントで素敵なんだ」と以前から力説していました。何でもその理由は丁寧な手縫いの技にあるんだとか。次世代テーラーを代表すると倉野さんが太鼓判を押すVick tailor 近藤卓也さんの手仕事についてインタビューしてきました。
型紙から本縫いまで。全工程をオールラウンドでこなす稀有なテーラー&カッター。
次世代テーラーを代表するVick tailorヴィックテーラーへ行ってきました。場所が銀座の昭和通りを渡ってすぐ近くにあるので、利便性も良い。
主宰する近藤卓也さんは某老舗テーラー2店舗で9年間にわたり縫製と型紙作りを習得し、独立した人物。そのため採寸から型紙製作、生地の裁断、仮縫い、中縫い、本縫いまでの全工程を一人でできる稀有なテーラーなのだ。
つまりテーラー(縫製する人)でありカッター(型紙を作り生地を裁断する人)でもあるのだ。現在でも外部の職人に縫わせるのではなく、工房内で縫っている。(ちなみに僕の連載で紹介している職人さんにテーラーもカッターも出来るという人が何人かいるのだけれど、業界全体的においてとても貴重な人材なのだ)
優美なシルエットを作る鍵は「中庸(ちゅうよう)で、クラシックで、美しく」
近藤さんの作るスーツは美しいと言われている。なにをもって美しいかは人によって違うが、他店のスーツよりクラシックな雰囲気を残し、優美なシルエットだと思う。本人によると、まずはお客様の要望を伺い、「中庸で、クラシックで、美しく」という点に気をつけて作っているそうだ。
彼は若い頃から稀代のダンディとして知られるボウ・ブランメル(1778~1840)に心酔し、ウェルドレッサーとして知られるウィンザー公に目覚め、1930年代(サーティーズ)のファッションに身を包み、海外ドラマ「名探偵ポワロ」のDVDを鑑賞していた男である。彼のベースとなっている装いはやはりクラシックなのだ。
日本におけるサーティーズブームは太いパンツなど、誇張された華やかな装いが目立ったが、彼はそのことも理解していて、誇張されたものより中庸であるもの、控えめであるスーツの長所を見抜いたのである。だからこのお店にはいわゆるハウススタイルという型がない。わかりやすい特長をもった●●風といった型を作らないのである。
ハウススタイルがあるほうがお客様も完成モデルを把握しやすく、作る方も楽だろうと思うが・・・。
肩から胸にかけての構築的かつ自然な曲線。ウエストのシェイプと袖のカーブ。フラップのないポケットなど、手縫いとアイロンワーク、適切な芯地などによって生まれる優美なスーツだ。
理想のスーツ作りのために敢えてハウススタイルを作らない
その理由を伺ったところ、お客様の要望を反映しながら、体型補正や選んだ生地の特性から判断して芯地を最初から作ったり、お客様によってすべて変わってくるからだ。
完成したスーツがお客様にとっての理想のスーツ。100人いれば100種類の理想のスーツが生まれるという考え方だ。そう考えるとハウススタイルには意味がなくなってしまうのだ。これといったわかりやすい特長がなくても、お客様に似合うものを作ればいいのだ。むしろ特徴の少ないクラシックで中庸的なスーツの方が着る人の品性、知性を引き出しやすい気がする。
Vick tailorならではの柔らかさ漂う仕立てと手縫いへのこだわり
もう一つの美しさについて・・・。彼がこだわる美しさというのは美しいシルエットであり、動いたときにできる美しいシワでもある。彼がとくにこだわっているのは手縫いということ。
ミシンが最適なところはミシンで縫うが、手縫いのほうがいいところは時間をかけてでも針で縫っていく。とくに肩と袖(アームホール)は手縫い箇所が多く、柔らかく仕立てている。具体的に言うと糸のテンションをあえてゆるくするなど加減しながら縫っているため、完成したスーツには柔らかさが漂うのだ。
ミシンで縫うとパリっとした仕立てになるが、手縫い箇所が多いとクタっとした仕立てになる。後者は自然な美しさに加えて、動きやすいというのも特長だ。動きによってテンションのかかる箇所の糸を少しゆるめることで、動きやすくしているのだ。そういうところはイタリアのサルト(仕立て職人)に近いのかもしれない。
後ろから見ると縦にしわが何本か入っているのがわかる。アイロンワークによって立体的に作っている証拠。着用した際に背中にゆとりができるように服地をアイロンでのばしているのだ。
上衿をひっくり返すとヒゲ仕様(折り返し)になっていて、ハ刺しの跡がくっきりと見える。前身と後ろ身の肩の縫い合わせもしっかりイセ込んでいる。着心地、美しさを優先すると要所手縫いになるのだ。
台芯と毛芯について近藤さんからいろいろ教えてもらっているところ。
注文主の好みや服地の特徴に合わせて芯地を変えているとのこと。
試着サンプルを使わないVick tailorのパターンオーダー。
あまり知られていないがビスポークスーツ以外にパターンオーダーも行っている。一般的なパターンオーダーとは異なり、ゲージを使わない。
手順としてはこうだ。まずお客様を採寸して、縫製工場にデータのみ送って縫製してもらう。半完成品で戻ってきたスーツを再びお客様に着用してもらい、フィッティングをしてサイズやデザインをチェックするのだ。つまりここで仮縫いの工程を入れているのだ。各パーツをバラして修正後に再び縫製工場に送って完成させるのだ。こちらの納期2ヶ月ちょっと。生地によっても異なるが2ピーススーツで価格12万~14万円くらいだそうだ。
一方、ビスポークスーツは採寸後して2ヶ月後に仮縫い、2ヶ月後に中縫い、さらに2ヶ月後にお渡し。約6ヶ月の納期。2ピーススーツで価格32万7000円~。工房内では腕のいいテーラー(伊藤理沙さん)と二人で、朝から夜遅くまで縫っている。オーダーされる方は必ず予約してから行くこと。
Vick tailorおすすめのスーツ生地とは
最後におすすめの生地を聞いてみた。
H.Lesser & Sons.(H.レッサー)のラムズゴールデンベールは高品質で打ち込みもしっかりしていて、テーラーリングしやすいという。パターンオーダーよりビスポークで選びたい生地だ。
同じくH.レッサーのファインウーステッドは実用的でアイロンもかけやすくおすすめ。昔から英国らしい柄を作っている定番生地なのだ。
近藤さんが個人的に好きなのがホーランド&シェリーの生地。クラシックを踏襲しながらモダンな柄を提案している英国のマーチャントである。とくに価格の高い生地は高品質でおすすめとのこと。ラグジュアリー感のある生地ならこのブランドだろう。
ーおわりー
ホーランド&シェリーの生地
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Vick tailor
Vick tailor(ヴィックテーラー)は、フルオーダーが専門のテーラー。店主である近藤卓也氏は顧客の採寸、型紙、生地の裁断、縫製、仮縫い、納品までの工程を一人でこなす、カッターでありテーラーでもある。ハウススタイルは持たず、顧客一人一人の身体的な特徴や、細かな要望を反映した丁寧なスーツ作りに定評がある。英国のクラシックな雰囲気を残しつつ優美なシルエットが特徴的なVick tailorのスーツやジャケット。エレガントな一着を求める方に是非おすすめしたいテーラーである。
終わりに
近藤さんはクラシックなスーツへの造詣が深く、(噂では)パターンも上手いらしい。手縫いの工程が多いなど、常にテーラーリングのことを考えている。手縫いの工程も生地の厚みなどによってもテンションを変えているようで、そんな細かなところも好きなのである。意外とラグジュアリーな生地を好んだり、一流ブランドの鉛筆を使っていたり(笑)、ガチガチの頭でっかちのクラシック人間でもないのだ。あと、美意識の高さを感じることも多く、トータルで信頼できる、任せられるテーラーなのだ。