これからの時代に輝きを増す「ALPINA B3」

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取材・文・写真/金子浩久
写真/ニコル・オートモビルズ
イラスト/shie

2021-2022日本カー・オブ・ザ・イヤーで選考委員を務め、『10年10万キロストーリー』をはじめとするクルマに関する数々の著書を執筆、国内外のモータースポーツを1980年代後半から幅広く取材されている自動車ジャーナリストの金子浩久氏。当連載では、そんな金子氏が「99%のクルマと、1%のクルマ」をテーマに、過去・現在・未来のクルマについて解説していきます。

今回は、ドイツの自動車メーカー「アルピナ(ALPINA)」のB3について。どうやらアルピナのビジネスモデルには、未来のクルマの在り方が見えるようです。

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自動車メーカー「アルピナ」の歩み

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「アルピナ」という自動車メーカーをご存知でしょうか?

BMW各車をベースとして性能を高め、ラグジュアリーに仕立て直したクルマを年間に1500台前後しか造りません。

タイプライターなどを製造する家業の事務機器メーカーを発展させたブルカルト・ボーフェンジーペンが1965年にBMW1500というコンパクトセダン用のキャブレターを製造したことから、現在のアルピナは始まりました。BMWをチューンアップする各種のパーツを売り出すと同時に、それらを組み込んだBMWでモータースポーツに進出し、いくつものチャンピオンシップを獲得。その一方で、コンプリートカーの開発にも着手し、1983年にはドイツの自動車登録局にアルピナは自動車メーカーとして正式に登録され、名実ともにチューナーからメーカーへと脱皮したのです。以後、BMWを使ったプレミアムカーであるアルピナの歩みが重ねられていきます。

現在も創業者の息子ふたりが会社を率いるファミリービジネスであることに変わりはありません。従業員数約220名という、とても小さな自動車メーカーです。BMWとは良好な関係が続き、日本では全国のBMWディーラーで購入し、サービスを受けることも可能です。

アルピナB3のエンジンは絶品。五感を通じて伝わってくるスゴさ

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昨年発表されたアルピナB3は、外見上はほとんどBMW3シリーズそのものですが、乗ってみると3シリーズとは全然違います。

とてもパワフルな6気筒3.0リッターエンジンを搭載していて、強烈な加速をするのにもかかわらず、ガサツなところが一切なく、滑らかでジェントルそのものです。停止から100km/hに達するまでに3.8秒、同じく200km/hまででも13.4秒しか要しません。最高速度は303km/hという超俊足。
他のクルマでは、大きな排気音を出したり、乗り心地が硬過ぎたりする犠牲が伴うものですが、B3は快適性を損なうことなく、滑らかに高性能を発揮します。

仮に、エンジンが発するパワーが粒子のようなものに置き換わって眼に見えるとすると、B3のそれは非常に小さく大きさの揃った粒子がアクセル操作に応じて出たり入ったり流れているのでしょう。小さくて粒が揃っているから、とてもスムーズです。
他の高性能車は粒子の大きさも不揃いで、完全な球体でなかったりするものも混じっているから、パワーの流れに淀みや滞りができてしまいます。
そんな想像をしてしまうほど、B3のエンジンは絶品なのです。アルピナ独自のタービンや吸排気系、クーリングとエンジンマネージメントシステムなどが用いられています。

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足回りも専用に設えられているので、ハイパワーを受け止めながら、高速コーナリングを支え、乗員にはショックを伝えず優しい乗り心地をもたらしています。
低速から高速まで、直線でもコーナーでもB3は快適そのもの。快適なクルマは他にもありますが、ここまで速さと両立させているクルマは見当たりません。

高性能車の中には、エンジンを最高回転まで回すとか、サーキットで限界スピードを出すとかしないとその価値がわからないものが少なくありませんが、B3は違います。誰でも、走り始めた途端にスゴさと違いがすぐにわかります。ハンドルを握った指先や、ペダルを踏んだ足先から、シートを通じた上半身から、五感を通じて伝わってくるのです。エキスパートだったり、極限状況でないとわからないなんてことがありません。

速く走ることよりもドライバーへ上質な反応を返すことがB3の魅力

B3というか、アルピナの真骨頂はタッチの上質さにあります。加速し、ブレーキを踏み、ハンドルを切る。運転操作から返ってくる感触が、きわめて上質なのです。滑らかで柔らかく、それでいて硬質でもあり、節度があって正確かつ明確。BMWも上質なクルマであることは間違いないのですが、完全にその上を行っています。

例えると、B3はきわめて上質なカシミアのようなものです。柔くて、艶があって、暖かい、極上のカシミアです。ファストファッションや世界展開しているブランドで大量に作られるカシミアセーターではなく、ロンドンのジャーミンストリートやバーリントンアーケードなどで昔から店を構えているニット専門店のカシミア。ミラノのモンテナポレオーネにもそういった専門店が何軒もあります。

そうした店でずいぶん前に購入したセーターやマフラーなどを僕は今でも愛用しています。肌触りの気持ち良さと発色の鮮やかさ、プレーンなデザインゆえにトレンドの範囲の外にあって秋から冬に掛けての出番が毎年必ず回ってくる、永年の頼れる相棒です。

B3に例えたくなるものは、まだあります。とびきり高級な機械式腕時計です。筆者が触ったことのあるものの中でも、パテックフィリップブランパンランゲ・アンド・ゾーネなどの腕時計は、竜頭(リューズ)を引き出す時の感触からして違っていました。指先に力を込めなくても滑らかに引き出せ、回すのにも力が要らない。それなのに、動きには節度があって、ガタ付きのようなものがほとんど感じられません。まるで歯車と歯車が隙間なく組み上げられているのではないかと思えるほど、動きに無駄やムラがない。ホンのちょっとの力を指先に加えるだけで滑らかに動いて、ゼンマイを巻き上げたり、針を進めることができました。いつまでもやっていたくなるほど、操作すること自体が快楽になっていました。

B3の魅力も、速く走ることよりも、ドライバーへ上質な反応を返すところにあります。運転すること自体が快楽なのです。

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また、B3の魅力は走りっぷりだけに限られません。新車のBMW3シリーズのシートやインテリアを外し、新たに特別な素材で設え直されている内装にも惹かれます。もちろん、希少なラヴァリナレザーをはじめとする革やウッドなどは豊富に選択肢が用意され、ステッチやエンボスまでカスタマイズできて、“自分だけの一台”を仕立て上げることができるのです。所有する喜び、誂える楽しみなどに於いても、B3は単なる移動手段以上の存在価値を発揮しています。

では、そのようなアルピナB3は、「99%のクルマ」なのでしょうか、それとも「1%」なのでしょうか?

アルピナB3は「99%のクルマ」か、それとも「1%のクルマ」か?

もちろん、1%のクルマに分けられます。アルピナのクルマすべてが1%です。移動手段としてのクルマではなく、ドライビングの快楽や愉楽をもたらすものとして、ごく少数だけ生産される希少なクルマであるわけですから、間違いなく1%に分けられます。

しかし、ベースとなるBMWはプレミアムクラスに属するとはいえ、大量に製造される99%のクルマなわけですから、その要素は引き継がれています。最新の運転支援機能やインターネットへの接続など、クルマに課せられた諸課題を解決するための手段はアルピナも漏らさず身に付けています。
その点でも、“BMWをベースとして、パーツを付け替えたり、独自の設定を施したり、特別の内装に誂え直して特別の一台を造る”というアルピナの方法論は、これからの時代にこそ理に適っていて輝きを増すと言えるでしょう。

99%のクルマは、今後、自動化や電動化、コネクティビティなどを推し進めることによって、事故を減らし、クリーン化を推進し、乗車時間を有効に使えるようになります。シェアリングによって、個人で所有する必要性も薄まってくるでしょう。これまで、自動車が宿命的に抱えていたさまざまな課題が、99%のクルマの間では急速に解決されていきます。クルマは“移動のための道具”という基本に立ち返り、目的と手段が再定義されるわけです。

その結果、移動の道具でありコモディティと化していく99%のクルマと、趣味や嗜好品としての1%のクルマに二極化するというのが僕の解釈です。経済ニュースなどで報じられる「自動車100年に一度の大改革」の意味は、そこにあります。

未来を切り開いていく、アピルナのビジネスモデル

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アルピナは1%のクルマでありながら、99%のクルマが有する先進技術や装備も併せ持つことができます。事故を起こさずクリーンで便利な機能は有しながら、クルマが本来的に有する楽しみや喜びなどを諦めなくても済むのです。1%でありながら、99%的に振舞うことも許される稀有な存在たり得るでしょう。

また、自動化と電動化が推進されるこれからの時代のクルマにとって、アルピナの方法論は大いに示唆的です。自動化はデジタルとセンシング技術の賜物です。コンピュータと同じようなものですから、大手のIT企業とタッグを組まなければ開発が進みません。小さな自動車メーカーだけの力ではどうすることもできないのです。

その一方で電動化はエンジン車と較べて必要とされるパーツの数が3分の1ほどで済むので、専門メーカーが開発したモーターやバッテリーなどを組み込めば、独自のクルマを造ることができます。
つまり、大手自動車メーカーのクルマを造り直すことによって新たな価値を加え、独自のクルマをごく少数だけ仕立て上げるというアルピナのビジネスモデルは、今後とても有効なのです。もしかしたら、アルピナのような自動車メーカーが新たに誕生するかもしれません。大量生産と大量消費でなければ成り立ち難かった自動車製造業が、これからの時代には小規模生産によっても持続可能性を獲得するかもしれません。

新しいセンスでクルマ造りに参入する人が次々と現れれば、それだけユーザーの選択肢も増えてきます。アルピナは1%のクルマなのですが、99%のクルマの要素をうまく織り込みながら自らの存在価値を高め、未来を切り開いているのではないか? B3に乗って、これからのクルマのあり方を想像していました。

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ーおわりー

金子氏の著書はこちら

1台のクルマに“10年もしくは10万キロ”を超えて乗り続ける人々のストーリー

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10年、10万キロストーリー。1台のクルマに長く乗り続けた人たち (NAVI BOOKS)

僕の心に、いつもエビナ医院のブルーバードがあった-。1台のクルマに10年間もしくは10万kmも乗り続けた人びと25人を探し当てて綴る人とクルマのストーリー。クルマを大切に乗るための基礎知識コラム付き。

ユーラシア横断についてのドキュメント

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ユーラシア横断1万5000キロ―練馬ナンバーで目指した西の果て

中古車のトヨタ・カルディナワゴンを駆って、ロシアから大陸を横断、ポルトガルを経て英国まで1万5000kmを走破した大旅行記。

公開日:2021年5月11日

更新日:2021年11月22日

Contributor Profile

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金子浩久

1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務後、独立。自動車とモータースポーツをテーマに取材執筆活動を始める。主な著書に、『10年10万kmストーリー』『ユーラシア横断1万5000km』『セナと日本人』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『レクサスのジレンマ』『地球自動車旅行』や『力説 自動車』(共著)などがある。 現在は、新車の試乗記や開発者インタビュー執筆などに加え、YouTube動画「金子浩久チャンネル」も開始。  「最近のEVの進化ぶりにはシビレっ放しで、遠くないうちに買うつもり。その一方で、最近取材した1989年から91年にかけて1000台だけ造られた、とあるクルマが急に魅力的に見えてきて仕方がない。同時代で接していた時は何も感じなかったのに、猛烈に欲しくなってきたのは、そのクルマが僕の中で“1%化”したからだろう」

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