最高品質のヌメ革を作る、栃木レザーを工場見学!職人の技がささえるなめしの真髄にふれる

最高品質のヌメ革を作る、栃木レザーを工場見学!職人の技がささえるなめしの真髄にふれる_image

取材・文・写真/野口武

動物の皮をくさらない革へと変化させる「なめし」の主流は、化学薬品を使って短時間で仕上げる「クロムなめし」。世の流れに逆らうように、天然由来のタンニンを使い、じっくり時間をかける「植物タンニンなめし」にこだわるのが、今回訪れた栃木レザーだ。

完成まで、全20~25工程、実に6カ月もの期間を要する。伝統的な植物タンニンなめしの製造工程の中に、革新を生み出す、職人の心意気と革づくりの真髄を見た。

MuuseoSquareイメージ
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「原皮」に、生命の痕跡を感じる!

牛からはいだ原皮が、貯蔵庫には、うずたかくつまれていた。まだ毛や脂肪がつく原皮は、独特の匂いを発する。たとえるなら、もつ鍋のモツの脂に、獣臭をブレンドしたような匂いだ。そこには、まぎれもなく生命の痕跡があり、革の原点には命があることに気づかされる。

その隣にある作業場に移動し、この原皮を洗い、半分にカットするまでの流れを追った。職人が、原皮を、水洗いのためにドラムの中に入れていく。一枚皮は、持ちにくく、とても重い。それをヒョイと、一人で簡単に持ち上げる。

すぐ隣では、洗い上がって半分にカットされた皮を、機械で首周りの余分な脂を削でいた。2人の職人が、その原皮の両はしを持って、振り子のようにタイミングよく投げ重ねていく。長年の作業で培った体使いには、力強さと、小気味良いリズムを感じられた。

牛の原皮。塩漬けされた状態で、アメリカの契約農家などから約2週間のペースで着くようになっている。

牛の原皮。塩漬けされた状態で、アメリカの契約農家などから約2週間のペースで着くようになっている。

1枚まるごとの原皮を専用のドラムにいれて、塩や汚れを、24時間かけて洗い落とす(水戻し)。皮の持ち方や体の使い方など、熟練の技が生きる。

1枚まるごとの原皮を専用のドラムにいれて、塩や汚れを、24時間かけて洗い落とす(水戻し)。皮の持ち方や体の使い方など、熟練の技が生きる。

洗い終えた原皮を、半分にカットし、その後の作業をしやすい状態にする(背割り)。

洗い終えた原皮を、半分にカットし、その後の作業をしやすい状態にする(背割り)。

原皮の首まわりにつく脂分などを削いでいく作業(チーキング)。削ぎ終わった皮は、二人で息を合わせてタイミングよく投げ重ねていく。

原皮の首まわりにつく脂分などを削いでいく作業(チーキング)。削ぎ終わった皮は、二人で息を合わせてタイミングよく投げ重ねていく。

栃木レザーの真骨頂、石灰漬けによる脱毛!

石灰の槽。皮を石灰と硫化ソーダの液に浸けることで、皮が膨張し毛が除かれて、不要なタンパク質や脂分が分解される。

石灰の槽。皮を石灰と硫化ソーダの液に浸けることで、皮が膨張し毛が除かれて、不要なタンパク質や脂分が分解される。

次に、年季は入った頑強な建物に案内される。薄暗い室内には、石灰水の入った小さな槽がいくつも並んでいる。床は滑りやすく、慎重さがもとめられる現場だ。

「脱毛の工程は、ドラムを使って短時間で行うところが多いですね。栃木レザーでは、5段階の濃度に分けられた石灰の槽に1日おきに順番に浸けていきます。少しずつ漬け込む濃度を濃くしていくのは、皮に刺激を与えすぎないためです。ここだけで実に5日間かかります」

皮をいたわり、時間をかけてゆっくりと脱毛し、繊維構造を痛めないように仕上げる。大変な手間暇であるが、この工程を経ることで、表面が美しく、なおかつ丈夫で、曲げた時にはねかえってくるようなコシのある革になるのだ。

「今だにこの作業を、時間をかけて行っているのは、うちぐらいだと思います。もし現場に戻るとしたら、私は、この石灰漬けを選びますね。皮は一枚一枚個性が違いますから、脱毛の進行具合が変わります。そんな皮と向き合う作業が、実に奥が深いんです」と、どこかうれしそうに話す遅澤さんの姿に、職人魂の片鱗を見た気がした。

ここまでが、「前なめし」とよばれる工程だ。この後、いよいよ、ピット槽での「植物タンニンなめし」が行われる。

うまく脱毛が進まない場合は、前の濃度の槽にもどすこともある。職人の勘と経験が生かされる場所だ。

うまく脱毛が進まない場合は、前の濃度の槽にもどすこともある。職人の勘と経験が生かされる場所だ。

石灰漬けで脱毛した後、皮の肉面(裏側)の皮下組織や脂肪を、フレッシングマシーンで削ぎ取っていく(フレッシング)。ここで出る脂肪は、かつては石けんに使われていたという。

石灰漬けで脱毛した後、皮の肉面(裏側)の皮下組織や脂肪を、フレッシングマシーンで削ぎ取っていく(フレッシング)。ここで出る脂肪は、かつては石けんに使われていたという。

 さらに、ドラムにいれて、皮の中に残る石灰を取り除く(脱灰)。酸素によって不要な成分を除去し、皮の表の銀面を滑らかにする(酵解)。ここまでの工程で「前なめし」が完了する。

さらに、ドラムにいれて、皮の中に残る石灰を取り除く(脱灰)。酸素によって不要な成分を除去し、皮の表の銀面を滑らかにする(酵解)。ここまでの工程で「前なめし」が完了する。

脱灰・酵解が終わった後の皮。なめしの下準備が終わった革を触って見ると、プニプニとした柔らかい感触だった。

脱灰・酵解が終わった後の皮。なめしの下準備が終わった革を触って見ると、プニプニとした柔らかい感触だった。

皮が革になる! ピット槽での「植物タンニンなめし」

ピット槽から、革が引きあげられるところ。約3週間かけて、皮の繊維構造とタンニンを結合させ、「皮」が「革」に変化する。

ピット槽から、革が引きあげられるところ。約3週間かけて、皮の繊維構造とタンニンを結合させ、「皮」が「革」に変化する。

植物タンニンなめしを行う、ピット槽にやってきた。日が差し込まないように遮へいされた暗い建物の中に、ピット槽がずらりとならぶ。その数は、実に約160におよぶという。植物タンニンなめしを行う会社は、日本国内にいくつかあるが、ここまで大規模に行っているのは、栃木レザーをおいて他にない。

「4つの濃度の異なるピット槽があり、少しずつ濃いピット槽へと移していきます。3週間が目安ですが、場合によっては、もっと長い期間必要な場合もあります」

ピット槽のひとつを覗き込むと、タンニンで染まった赤かっ色の液体がゆらゆらしている。ここに皮を織漬け込むことで、革が誕生するのだ。皮はそれぞれの個性だけでなく、気温や湿度などさまざまな条件によっても、なめしの進行具合は変わる。そのため、高品質の革を常に生産し続けるには、職人の経験によって、皮をつけこむ時間を微調整することが必要になってくる。

前なめしまでの工程の「皮」は、どこか〝生物の一部″をあつかっているように見えた。しかし、植物タンニンなめしを経て、ピット槽から引き上げられたとき、「革」が〝物″に生まれ変わったような印象を受けた。

前なめしが終わった皮を、木枠にひもで吊るして、植物タンニンのピット槽に漬け込む。4つの濃度の異なるピット槽に、少しずつ濃度を上げて、順番に漬けこんでいく。

前なめしが終わった皮を、木枠にひもで吊るして、植物タンニンのピット槽に漬け込む。4つの濃度の異なるピット槽に、少しずつ濃度を上げて、順番に漬けこんでいく。

160のピット層がずらりと並ぶ様子は圧巻。ピット槽の植物タンニンの温度は生ぬるい温泉くらいで管理。濃度を均等するために、たえずピット槽の水面を動かしている。

160のピット層がずらりと並ぶ様子は圧巻。ピット槽の植物タンニンの温度は生ぬるい温泉くらいで管理。濃度を均等するために、たえずピット槽の水面を動かしている。

ここで栃木レザー秘伝の配合をもとに、植物タンニンをお湯で溶かし、濃度や温度を調整して、ピット槽に送る。

ここで栃木レザー秘伝の配合をもとに、植物タンニンをお湯で溶かし、濃度や温度を調整して、ピット槽に送る。

陽があたると色が変化してしまうため、建物内は最小限のあかるさだ。

陽があたると色が変化してしまうため、建物内は最小限のあかるさだ。

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タンニンについて知ろう!

樹木からとれる天然由来の樹脂「タンニン」には、いくつか種類があり、大きな違いとしては仕上がりの色味が変わる。よく知られているチェストナット、ミモザ、ケブラッチョの3つのタンニンでいうと、右に行くほど色が薄くなる。栃木レザーで使うのは、中間のミモザで、ほんのり茶がかった色合いの革になる。

超強力な革を作る、特別なピット槽があった!

ピット槽の中に、ひときわ色の濃い一角があることを発見! ここは通常のラインとは異なる、特別仕様の革を作るためのピット槽であるという。
 
「栃木レザーには、こんな革がほしいという、特別なオーダーが入ることがあります。中でも、特に規格が厳しいのが、警察官の身に付ける革なんです」

常に身の危険があり、拳銃を所持する警察官が身に付ける革は、特別に強度があり、かつ伸縮性もある革が求められるということだ。

「そこで出てくるのが、この超高濃度のピット槽なんです。一度なめした革を、ケブラッチョ、合成タンニンで作られた濃いタンニン液で、で再なめしをします。レタンという名前は、再なめし(リターン)からつけられた名前です」

レタン槽は、見るからにどす黒い、特別感ただよう色合いだ。通常のピット槽は約3週間皮を漬け込むが、レタン槽は約6カ月間という長期にわたって漬け込まれる。ここで簡単に切ったり、引きちぎったりできない、超強力な革ができあがるのだ。

タンニンの濃度が特別濃いレタン槽は、警察官のベルトなど、特別仕様の丈夫な革を作る際に使う。

タンニンの濃度が特別濃いレタン槽は、警察官のベルトなど、特別仕様の丈夫な革を作る際に使う。

味わい深く、加工しやすい、最高品質の「ヌメ革」が完成!

なめした革を、直射日光に当てると色が変わるため、屋内で乾燥させる。乾燥が終わるとヌメ革の完成。

なめした革を、直射日光に当てると色が変わるため、屋内で乾燥させる。乾燥が終わるとヌメ革の完成。

さて、革の製造工程に再び戻りたい。 植物タンニンなめしが終わった後、水分を絞って、柔軟性を出すために油を加えて、ドラムで回す。ここで使用する油は、なんと魚油だ。その後、革のシワをのばして、直射日光の当たらない風通しの良い屋内に10日間ほど干す。温風を使えば短時間で乾かせるが、栃木レザーでは、あくまで自然乾燥にこだわる。

「魚油を使ったり、自然乾燥にこだわるのは、実験をして確証を得たというよりも、先人が取り組んできた昔からのやり方を信じ、かたくなに守り続けているためです」

室内での自然乾燥が終われば、「ヌメ革」の完成だ。

 サミングマシンという機械を使って水分を絞った後(水絞り)、ドラムに入れて油を加えて回転させる (加脂)。20分回転させたあと、さらに油を足して、20分回転させる。

サミングマシンという機械を使って水分を絞った後(水絞り)、ドラムに入れて油を加えて回転させる (加脂)。20分回転させたあと、さらに油を足して、20分回転させる。

加脂の工程で使う油は、なんと天然の魚油。使用する材料も先人たちの経験の蓄積によるものが大きい。

加脂の工程で使う油は、なんと天然の魚油。使用する材料も先人たちの経験の蓄積によるものが大きい。

ドラムの中には、たくさんの突起がある。回転することで、革が引っかかって上にあがり、落ちてたたきつけられ、油が染み込んでいく。

ドラムの中には、たくさんの突起がある。回転することで、革が引っかかって上にあがり、落ちてたたきつけられ、油が染み込んでいく。

ヌメ革と女性編集部員。並んでみると、その大きさがよくわかる。乾燥させた革は、用途によって、革すきで厚さの調整をする。

ヌメ革と女性編集部員。並んでみると、その大きさがよくわかる。乾燥させた革は、用途によって、革すきで厚さの調整をする。

丈夫でコシのある加工しやすいヌメ革

栃木レザーの革を使った製品は、このタグがついているのが目印になる。

栃木レザーの革を使った製品は、このタグがついているのが目印になる。

素朴な疑問だが、短時間で作るヌメ革と、ピット槽でじっくり作るヌメ革はどこが違うのだろうか?

「ドラムなどを使って短時間で早くなめすものは、革の内部の繊維構造が崩れて、柔らかい革に仕上がります。じっくりとピット槽に漬け込んで時間をかけて作る革は、とても丈夫でコシのある革に仕上がります」

同じタンニンなめしの革といっても、異なる特徴を持った革に仕上がるということだ。ピット槽を使った丈夫なヌメ革の用途としては、使うほどに形が馴染む特性から、馬具などとして利用されるのが代表的だ。

「かつてヌメ革は、丈夫ではあるが、硬すぎて加工できないと言われていました。しかし、栃木レザーのヌメ革の特徴は、コシ(弾力)があるため曲がりやすく、さまざまな製品に加工しやすいヌメ革です。革を薄くすることで、、小物からカバン、靴にいたるまで、さまざまな製品に利用されています」

 栃木レザーの革は、先人の工夫がたくさん詰まった、伝統的な手法で作られる革だ。見た目の純朴な風合いは、使うほどに味わいが増し、経年変化も楽しめる。その革ができるまでの工程を知れば、製品となってからも、なおさら所有する喜びを与えてくれるだろう。実際の製品については、記事の最後で紹介する。

職人の天才的な感性から技術革新が生まれる

曲げたときのこのコシが、栃木レザーの革の持ち味。

曲げたときのこのコシが、栃木レザーの革の持ち味。

出荷する前のヌメ革。革の大きさ(デシ)を計量している。

出荷する前のヌメ革。革の大きさ(デシ)を計量している。

「栃木レザーでやっていることは、何ひとつ特殊なことはありません。昔から伝わることを、忠実に守っているだけなんです。ですから、製造工程はすべてオープンにしています」

遅澤さんは、そう謙虚に語る。しかし、今や日本国内で、ここまで時間をかけて、大規模に植物タンニンなめしを行っているところはない。伝統をかたくなに守り続けていたら、周りがやめてしまい、結果として特殊な存在になった、ともいえるかもしれない。なぜ、栃木レザーは、時代の変化にのみこまれることなく、伝統的な製法を守り続けることができたのだろうか?

「栃木県人の気質なのかもしれないですね。新しいものを受け入れ難く、これまでのやり方をがんこに守り続けるところがあります。ただし、時おりですが、現場からの着想で、製造工程を見直すこともあるんです」

 栃木レザーの各工程を担当する職人は、10年以上ひとつの作業を受け持つことが珍しくない。毎日、同じ作業を繰り返す中で、職人はちょっとした違いの中に、出来上がりの変化を見出すことがある。そんな天才的な職人の感性から、これまでとは異なる作業工程が生まれ、技術革新につながる。

革に色をつける 染色の技術革新

革のなめしの後の、仕上げの作業も見させてもらった。原皮から製品革になるまでを一貫してできるタンナーは、それほど多くはない。

「染色の工程では、ここ数年で大きな変化がありました。以前は前日の夜からドラムをまわし始めて、翌日の夕方にようやく革の中まで色が染み込んでいたんです。ところが、今の職人に変わって、数年経過した頃に、朝からドラムを回して、夕方にはしっかり染まるようになりました」

短い時間で染めるということは、革を痛めず、より良い品質を維持できるということ。ちょっとした職人の工夫の積み重ねが、このようなより良い染色方法を編み出すことにつながっている。 しかし、その職人のコツは、数値化でできないものも多い。次代に継承できるものもあれば、職人一代でついえてしまうものもあるという。

半日から1日かけてドラムで染色を行っていく。水分をしぼった後、革を屋内に干して、自然乾燥させる。

半日から1日かけてドラムで染色を行っていく。水分をしぼった後、革を屋内に干して、自然乾燥させる。

職人の工夫から、短時間でしっかりと染まり、色落ちしにくい革に仕上げることができるようになった。これも技術革新のひとつ。

職人の工夫から、短時間でしっかりと染まり、色落ちしにくい革に仕上げることができるようになった。これも技術革新のひとつ。

最後に、一枚一枚微妙に異なる染まり具合の革を、スプレーで染色して同じ色味に仕上げる。

最後に、一枚一枚微妙に異なる染まり具合の革を、スプレーで染色して同じ色味に仕上げる。

 乾いた後の色を予測しながら、調合した色をスプレーで吹付けていく作業は、技だけでなく感性も求められる。

乾いた後の色を予測しながら、調合した色をスプレーで吹付けていく作業は、技だけでなく感性も求められる。

革の美しさを引き出す特別な仕上げ

 丁寧にシワをのばした革を、体にふれることなく運んで、天井にぶら下げる。さりげなく行っているが、実にきつい作業。

丁寧にシワをのばした革を、体にふれることなく運んで、天井にぶら下げる。さりげなく行っているが、実にきつい作業。

革の表面の美しさにだわる製品(ダレスバック、高級革小物など)に関しては、革の表面のシワをのばす特別な工程も加わる。

栃木レザーの革のシワの手伸ばしは、2段階で行う。まず最初にハンドセッターという30kgのマシンで大きなシワを伸ばす。その後、職人の手作業でハガネという道具で細かいシワをのばす。職人が、全身を使って、ハガネの先に体重をのせてシワを伸ばしていく様子は、躍動感があり、見ている方も力が入る。

美しく仕上げられた革は、T字型の竿にひっかけ、革の表面に体がふれないように運び、天井からぶら下げておく。実際に革を運ばせてもらったが、ただ運ぶだけならまだしも、革にふれないように運ぶのは、腕の力と体幹のバランス感覚が求められ非常にむずかしい。革を運ぶ作業ひとつにも、美しさを追求する職人のこだわりがうかがえた。

30kgの重さのハンドセッターを使って、革の表面の大きなシワを伸ばしていく。自在に操るのは力と技が必要。

30kgの重さのハンドセッターを使って、革の表面の大きなシワを伸ばしていく。自在に操るのは力と技が必要。

ハガネで細かいシワをのばす。素早く、手際よく、かつ力強い動きで、革の表面のシワを伸ばしていく。

ハガネで細かいシワをのばす。素早く、手際よく、かつ力強い動きで、革の表面のシワを伸ばしていく。

 ハンドセッターは約30kg。女性編集部員が挑戦しようとしたが、持つこともできなかった。

ハンドセッターは約30kg。女性編集部員が挑戦しようとしたが、持つこともできなかった。

革を運ぶ作業は、実際に体験させてもらったが、力だけでなく、絶妙なバランス感覚がもとめられる。

革を運ぶ作業は、実際に体験させてもらったが、力だけでなく、絶妙なバランス感覚がもとめられる。

持続可能な形で伝統を継承する

最後に遅澤さんは、栃木レザーの誇る、大規模な排水処理の設備を見せてくれた。汚水が流れ込む場所から、浄化された水を川にもどすまで、説明を受けて見て回るだけで10分以上かかる、実に巨大な設備だ。

「ここでは、薬品を使わずにバクテリアや微生物を使って、時間をかけて浄水しています。その水の一部は原皮の水洗いに再利用し、残りは川に戻します」

ドイツなど、革のなめしによる環境汚染が原因で、革の製造から撤退した国もある。この栃木に残された伝統的な植物タンニンなめしを未来永劫続けていくには、環境にやさしい持続可能な産業にすることが不可欠ということだ。この設備の力の入れようからも、栃木レザーが背負う責任と、覚悟がうかがい知れる。

古くからの伝統を守りながら、進化をつづける栃木レザー。効率が求められる世の中で、ここまで時間と手間をかけて作られる植物タンニンなめしの革は、他ではお目にかかれない。栃木というがんこな土地柄や、職人たちの日々の献身によって守られた、奇跡の革と言っても過言ではないだろう。

この排水設備を使って、1日使用される800トンの水を浄化し、再び川に戻す。

この排水設備を使って、1日使用される800トンの水を浄化し、再び川に戻す。

浄水の過程で出てくる汚泥は、栄養素が豊富に含まれるため、土壌改良材や肥料として福島の復興のために利用してもらっているという。

浄水の過程で出てくる汚泥は、栄養素が豊富に含まれるため、土壌改良材や肥料として福島の復興のために利用してもらっているという。

栃木レザーの革を使うさまざまなプロダクト

ここまで、栃木レザーの革ができるまでの流れを見てきた。最後に、その革を使って製品を作っている、こだわりのブランドと、そのプロダクトをいくつか見ていきたい。

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革の個性を活かす新技法で創作する『yes』

「本当にいい革」を伝えたい、という想いで選ばれたのは、栃木レザーの革だった。
革には、人と同じように個体差があり、部位で表情が変わる。その特徴を最大限に活かし、一枚の革を余すことなく使い切るために、スクエア状に分割し、質感、色味などの違いを絶妙に組み合わせ、“新しい素材”を創り出していく。こうして生まれたプロダクトは一点一点、唯一無二の輝きを放っている。

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時代に流されず、ゆっくり創作を探求する『slow』

原点にあるのは、「自分たちが持ちたくなるモノを作る」こと。それは時代の流行で激しく移り変わるものではなく、使うほどに味わい深くなり、ゆっくり長く愛用できもの。時代を超えて愛されるアメリカンカジュアル、アメリカントラッドを背景にしたプロダクトを、日本の職人が誇る技術を駆使して創作している。栃木レザーと共同開発した特注革を使用し、ぬくもりのあるプロダクトが誕生した。

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次世代へ受け継がれるモノづくり『ポルコロッソ』

職人の手仕事、機能美、厳選素材にこだわるポルコロッソが選ぶのが、栃木レザーの革だ。手の温もりが感じられる、使い込むほどに愛着がわく、自分らしさを表現できるモノを提案するブランド。大量生産、大量消費、大量廃棄の現代において、使い捨てではない、修理しながら使い続けられる、職人手作りの革バッグや革小物を作る。「20年後に息子に譲る」、そんな世代を超えて受け継がれるモノづくりをモットーとしている。

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時計業界に革新をもたらす『Knot』

「シャツやネクタイのように、腕時計も気分に合わせて選びたい」。そんなコンセプトから、5,000通り以上の組み合わせから腕時計本体とベルトを自由に選択し、自分だけの腕時計が購入できるカスタムオーダーの時計ブランド。さらに流通や製造工程を見直すことで、価格をおさえながらも、メイド・イン・ジャパンにこだわった高品質なプロダクトを実現している。日本の伝統と世界を結ぶ「MUSUBUプロジェクト」第1弾として、栃木レザーとコラボレーションした時計のベルトも展開している。

栃木レザーの革を採用するブランドもまた、日本の伝統的な革を大切に想い、ひたむきにモノづくりに取り組んでいることがよくわかった。栃木レザーの革は、日本の宝ともいえる、人の手で作りだされた、真にぬくもりのある革だ。その宝を次世代に残せるかどうかは、製品を買う立場にある、自分たちの見識も求められている。

ーおわりー

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栃木レザー

昭和12年創業のこだわりが詰まっている栃木レザーは、革本来の風合いを生かしエイジングを楽しめる“本物の革”を生み出すため「ベジタブルタンニン鞣し」を追求し続ける国内唯一のタンナー(製革業者)。革一枚一枚を職人が手間を惜しまず丁寧に仕上げており、皮革製造では20にも及ぶ工程を経て商品になる。使うほどに革の油分がにじみ出てくるのがフルベジタブルタンニンレザーの特徴で、色艶が増しエイジングを楽しめる「使うほどに、“あなただけの革”に進化する」革が仕上がる。

フルベジタブルタンニンレザーは植物性の天然成分で作られたタンニンで鞣された革を指し、アカシア系の樹木、ミモザの樹皮から抽出された樹脂のタンニンと有害な物質を一切使っていない。時間をかけて丁寧に鞣された素材のため、ほぼ100%土に還るという特徴も。
「自然との共存」という環境革命を目指している栃木レザーでは、自然環境保護の観点から製造工程で生じる排水の処理にも薬品は使用せず、バクテリアや微生物によって段階的に中和、浄化させる循環システムを採用している。

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公開日:2016年2月1日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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野口 武

編集者・ライター。大学時代にバックパッカーとして旅する。編プロ・出版社に勤務し、ガイドブック、革などのグッズ系、インテリアなどの本を手がける。現在、編集プロダクションJETに所属し児童書を中心に多岐の本を制作。また、2015年には株式会社まる出版の立ち上げに参画。リアル遊びメディア『Playlife』の公式プランナーで100万PVを超える。著書に被災地等を取材した『タオルの絆』(コープ出版)がある。

終わりに

野口 武_image

職人たちが丹精込めてなめした革は、こだわりある職人たちの手でモノに生まれ変わる。そして、本当に良い革、本当に良いモノは、そこから人の手にわたり、さまざまな物語がつむがれていく。モノを選ぶときの“モノサシ”が、ひとつ増えたような気がする。

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