伝説の古着屋の系譜。モノではなく、カルチャーを売る店「STRANGER」

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取材・文 / 松田 佳祐
写真 / 中村 優子

「古着」の魅力とはなんだろうか? その答えは一様ではないし、世代によっても異なる。


たとえば、その洋服が生まれた国が好きなのかもしれない、周りとは違う珍しい服を着たいのかもしれない、はたまた異国の文化が生み出した着物にロマンを感じるのかもしれない。


初めてオールドのデニムに価値を見出したのは日本人だと言われているが、いわゆる「ヴィンテージ」を定義すると、古くて希少かつ、生まれた当時の文化を映し出す貴重な資料ということができる。

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それは年代がこうとか、ディテールがこうとか、現在では使われていない機械や生地を使っているとか、どちらかと言えば「うんちく」をベースとした左脳的な価値観。


だけど、当然それ以外の価値があっても良いはずだ。たとえば、好きなミュージシャンや映画俳優が着ていたことに由来する「かっこいい」というシンプルで、強くて、純粋な感情……。

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池ノ上にある「STRANGER」は、まさにそんな価値観を体現しているお店だ。オーナーの岩尾修平さんは、90年代のヴィンテージ古着全盛期に、メインストリームを生み出していた裏原宿の古着屋で修行していた一人。


それにも関わらず、ヴィンテージの価値に捉われ過ぎず、自身の好きな音楽や映画からインスパイアされた古着を買い付けている。


だからこそ、「STRANGER」には年代の壁を超えて、ジャンルの壁を超えて、多様なお客さんが集まってくるという。オーナーを筆頭に、洋服の話よりも、音楽や映画、アートについての熱い会話が繰り広げられることもしばしば。さまざまな入り口から、古着の魅力を知ることができる。


古着の価値観が多様化している現代だからこそ、岩尾さんのお店づくりについて知りたくなった。モノではなくカルチャーを売るお店のオーナーが、何を想い、何を考えているのか、お話を伺いました。

伝説の店「ヴィンテージキング」で礎を築く

岩尾さんが古着に傾倒し始めたのは、高校生の頃。裏原ブームの全盛期だった当時は、ヴィンテージウェア人気も現在とは違った形で盛り上がりをみせていた。そして、今なお語り継がれるほどのレジェンド的ショップも数多く存在した。


「僕の古着の原点は、昔原宿にあった『ヴィンテージキング』というお店。スタッフ募集の張り紙を見て、応募したら採用になりました。当時はまだ学生だったので、他のスタッフは全員年上。初めは怖かったですが、古着を勉強する上でとても刺激的な環境でした」

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「ヴィンテージキング」というのは、90年代に裏原ブームのメインストリームを担っていた原宿の「プロペラ通り」に位置した古着屋だ。悲しくも、2000年代に閉店したが、同店出身者の多くは現在もアパレル業界で活躍している。


「当時は、ゴリゴリのヴィンテージウェアで全身を固めている人も多かったのですが、『ヴィンテージキング』にはそれとは違うスタイルの先輩も多かったんです。みんな音楽が好きで、僕がまだお客さんだった時からいつもかっこいい音楽がかかっていました。『今かかっている曲は何ですか?』と聞きたくても聞けないような怖さもあったんですけどね(笑)」


「僕はバンドはやっていなかったものの、ミュージシャンへの憧れが強くて、音楽がすごく好きだったんです。でも、楽器ではなく洋服に興味が向いたんですよ。ミュージシャンのコスプレをしたいというわけではないですけど、彼らの着ている洋服が気になってしまって。だから、単純に洋服を売るだけではなく、音楽などのカルチャーまでを伝えていた『ヴィンテージキング』がとてもかっこいいと思ったんです」


名店での一年半の修行を経た後、アパレルの企画などに携わったものの、やはり自分の原点である古着への想いを捨てきれなかったという岩尾さん。そうして、2010年に自身のお店「STRANGER」を構えた。

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「始めは幡ヶ谷にオープンし、そこで3年ほど営業していました。その後、もっと自分のやりたいような空間を作るために、今の場所へ移転しました。この建物を見つけた時には、リノベーションしたら絶対に面白くなりそうだなと感じましたね」


「1950〜60年代くらいに建てられたヴィンテージマンションなんですが、窓の雰囲気がアメリカのギャラリーっぽくて良いなと。そのおかげもあって、面白がって来てくれるお客さんも多いです」

年代で買い付けない、ジャンルレスな古着セレクト

「STRANGER」の店内を見渡して不思議に感じたのが、いわゆるヴィンテージと呼ばれるような古着が少ないこと。どちらかと言えば、レギュラーと呼ばれる80年代以降の古着が多い印象だ。なぜだろう。


「古いとか、新しいとか、時代背景だけに捉われず洋服を見るようにしています。それよりも人が着た時にどう見えるのか、それが一番大事だと思っているんです。たしかに、バイヤーとしては年代を識別する知識が深いに越したことはないのも事実なんですが、人が洋服を着た時にかっこよく見える瞬間は、タグや年代だけでは計れない。むしろそのモノが持つ個性を引き出すのは、着る側の選ぶ感性やスタイリングのセンスだと思います」


「自分自身も、どちらかと言えばモノよりもスタイルを重視して洋服を選んでいるタイプだと思います。そして、僕自身が音楽や映画を観て古着に関心を持ったので、年代や珍しさよりも『あのミュージシャンが着てた』とか、『あの映画に出てくるスタイル』という観点を重視してセレクトをしています」

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「『ヴィンテージキング』時代の先輩たちも、ヴィンテージが好きだったり、知識もある上で、レギュラー古着を混ぜて着ていることも多かったんですよ。たとえば、ニルヴァーナのカート・コバーンのように、レギュラーのネルシャツに、自分の好きなバンドのTシャツを合わせてみたり。一度は誰もが通る道ですよね」


「だから、うちでは何年代だからという理由で買い付けることはあまりないですね。古いモノの中には作りが良かったり、今の時代にはない縫製技術が使われているモノがあることは知っていますが、あえてそこを取っ払って洋服を見ているかも知れません」


「だから、自分が昔好きで着ていたり、影響を受けたデザイナーズブランドの洋服も取り入れてます。古着や新品という境界線を越えて、一着の洋服として面白いかどうかで判断しているんです。それに、当たり前ですが、現在世の中に並んでいる洋服も、何十年かの月日が経てば立派な古着になりますよね。ちょっと古着屋っぽくない考え方かもしれないですが(笑)」

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お話を聞いてから改めて店内を見渡すと、どのラックからも岩尾さんの好きがビシビシと伝わってくるのを感じる。この洋服はどんなスタイルを思い浮かべて買い付けてきたのか、そんなことを聞きながら買い物をするのも楽しそうだ。

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「たとえば、このラックには僕の好きなエリオット・スミスが着ていそうなTシャツをかけています。自分がとくに影響を受けているのは、彼とジェフ・バックリーのスタイル。なんてことのないネルシャツや変なアニマルTシャツを着ているのに自然体でとてもかっこ良く見えてしまう」

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「おそらく本人はあまり意識せず、適当に選んで着ていただけなのかも知れませんが、そういうところも含めて好きなんです。お客さんが見ても絶対に分からないとは思うんですが、もし『このTシャツ、エリオットっぽいな』と分かってくれる人がいたら話が盛り上がりそうです」

壁を作らないのが、ニューヨークスタイル

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洋服だけの歴史に縛られず、音楽や映画などのさまざまなカルチャーが交錯して「STRANGER」は作られている。たとえば、店内ではいつも岩尾さんの好きな音楽が邦楽、洋楽問わずジャンルレスでかかっており、今では希少なカセットテープ音源の販売もしている。

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また、レジの奥には店名の由来になったという名作映画のポスターが貼られている。ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』だ。


「ジム・ジャームッシュ監督の作品が好きなんですが、ニューヨークを舞台にしていることが多いんです。僕も古着の買い付けのため年に数回はニューヨークを訪れるのですが、街を歩いているだけで、数多くのスタイルやカルチャーに触れることができるのが面白い。ヒップホップっぽい格好や、ロックっぽい格好、モードや民族っぽいスタイルの人を、あの小さな都市で一度に見られるのはすごいです。古着を買い付ける時の良いインスピレーションにもなりますからね」

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ジャンルの壁を作らないニューヨークのスタイルは、岩尾さんのお店づくりにも強く影響しているという。


「買い付けの時には、洋服を見るだけではなく、ギャラリーやミュージアムにも訪れるようにしています。洋服だけを追っていると、刺激がなくなってくるので、まったく違うものを見ると面白いんです。だからこそ、うちの店には洋服もあれば、音楽もあって、アートもあるんです」

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岩尾さんがお店に並べているのは、モノではなくカルチャーだ。それこそが古着の付加価値であり、お店へ足を運んで買い物をすることの醍醐味でもあるという。


「僕が『ヴィンテージキング』で働いていた頃は怖くて聞けなかったですが、『このバンド、誰ですか?』とか、『今かかっている曲はなんですか?』と尋ねてもらえたら、カルチャーの橋渡し役として教えてあげたい。それがきっかけで、古着が面白いと思ってもらえたら最高ですね! このバンドが着ていたとか、背景を知れば、モノの価値を超えて愛着がわくと思います」

ーおわりー

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STRANGER

渋谷や下北沢からほど近い、京王井の頭線・池ノ上駅を出たら南側へ直進。右側に見えるレトロなマンションの階段を登った先にある古着屋。店名の「STRANGER(ストレンジャー)」は、ジム・ジャームッシュ監督の「STRANGER THAN PARADISE」から。年代に縛られることなく、オーナー・岩尾修平さんの好きなミュージシャンや映画のスタイルをベースに買い付けられたアメリカ古着が並ぶ。とくに、オーナー自身が好きで集めているというレアなバンドTシャツは必見。洋服以外にもミュージシャンのカセットテープ音源や、アート作品の販売もあり。店内で、ビールやドリンクを楽しむこともできる。

公開日:2018年8月25日

更新日:2021年11月9日

Contributor Profile

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松田 佳祐

1987年生まれ。新潟県三条市出身。大学在学中にセレクトショップに勤務し、洋服のカルチャーと小売業の仕組みを学ぶ。卒業後、フリーランスの編集・ライターとして活動をスタート。数々のファッション・ライフスタイル誌に携わる。その後、編集プロダクション・広告代理店・デザイン会社を経て2017年に独立。現在は、フリーランスの編集者/コピーライターとして活動。

終わりに

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単純にモノだけを買うのであればWEBでも事足りますが、お店に足を運ぶ醍醐味は、オーナーがどんな想いで買い付けたきたのかを聞くことができるということ。そういう話を聞いて心を動かされた時に、モノがモノ以上の価値に変わります。だからこそ、オーナーの「好き」が全開の店は何度も通いたくなるくらい楽しいんです。STRANGERを訪れた際には、ぜひ岩尾さんの音楽愛に触れてみてください。余談ですが、取材日はフジロックの数日前。当然、その話で大盛り上がりしました(笑)。

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