職人に尋ねる、腕時計のオーバーホール

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取材・文/倉野 路凡 写真/佐々木 孝憲

購入した後のアフターケアをしっかりすれば、世代を超えて使える耐久性に優れたアンティークウォッチたち。しかし、馴染みのショップがない人はどうやってメンテナンスすればわからない人も多いのでは?

今回、腕時計を末長く愛用するために必要不可欠なオーバーホールについて、服飾ジャーナリストの倉野さんと、アンティーク時計専門店「ホロル・インターナショナル」の店主、廣江さんに教えていただきました。

腕時計とオーバーホールの切っても切れない関係

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1990年代に機械式腕時計のブームが日本に押し寄せてからオーバーホール(分解掃除)の意識も高まってきた。

世の中で圧倒的に使われているクオーツ式は、電池交換するときに時計屋さんから「そろそろ掃除をした方がいいですよ」と指摘されることがある。一方の機械式はゼンマイが切れたり、なんらかの不具合が生じて初めて時計屋さんに持ち込むことが多い。つまり掃除するタイミングを自分で決める必要がある。

腕時計はメンテナンスしないで使い続けると歯車などのパーツが早く摩耗し、故障の原因になる。そのため、定期的にオーバーホールをする必要がある。

今回は自らの手でオーバーホールを行う、ホロル・インターナショナルの店主、廣江さんにアンティークウォッチのオーバーホールについて伺った。

定期的に出しておきたい。オーバーホールのタイミング

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「防水モデルは3~5年、ねじ込み式の裏蓋ではない非防水モデルは2~3年がオーバーホールの目安です。非防水モデルはケースの気密性が低いため、わずかな隙間から湿気や細かな埃などが入りやすく、ムーヴメントの調子を落としやすいので内部のオイルも早く切れてしまうのです」と廣江さん。

昔は真冬などにオイルが固まって動かなくなるといった不具合もあったそうだが、現代のオイルは品質が向上しているためオイルが凝固して動作が止まるといったことはめったにないそうだ。

つまりオイルが高品質になったことで、オーバーホールの時期が来ているのに一見調子良く動き続けてしまう。これがかえって厄介な故障の原因にもなりかねない。

ちょっとした積み重ねでムーブメントの負担も大きく変わる。時計を取り扱う時のポイント

機械式腕時計ユーザーの方の中には、良かれと思って使わない日もゼンマイを巻いておく人は多いのではないだろうか。

廣江さんによると、使用しない時にムーブメントを動かすことは無駄に負担をかけることにつながるので、ゼンマイを巻かずにしっかりと休ませることが好ましいそうだ。

「車に例えると常にエンジンをかけているようなもの。とうぜんムーブメントへの負担も増えてしまいます。クロノグラフの場合は必要以上にクロノグラフ針を動かさないほうがいいです。見ていて楽しいので、ついついスタート、ストップ、リセットボタンを繰り返し押してしまうんですよね(笑)。でも、この針を動かしている歯車はとても繊細ですから、あまり摩耗させないことです」

「トラブルが生じている場合、オーバーホールするまでの間は使わないで眠らせておいた方がムーブメントへの負担もなくなります。不具合を承知の上で使い続けると故障の原因になり、パーツを交換したり、新規に製作したりする必要が出てくることもありますので、結果的にかえって高くつきます」と廣江さん。

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またオーバーホールをする時期が多少先になったとしても、使う頻度が極端に少ない場合は必ずしも大きな問題につながるとは限らないとのこと。いくつか腕時計があればローテーションで着用していくのも手だ。

とくにサマーシーズンは汗などの湿気に気をつけたい。雨の日や6月~9月頃は出来るだけ使用を控えるというのも賢い方法だ。サマーシーズンは防水性に優れる現行モデルを着用するのもいいだろう。

毎日着用するのと、週に1~2回着用するのとではムーブメントへの負担もずいぶんと違ってくる。ゼンマイの巻き上げを行う時にリューズの動きが重く感じるようになったり、動作する時間が短くなったりするようなSOSの症状が出てきたら、なるべく早めにオーバーホールに出した方が良いだろう。

アンティークウォッチは現行の腕時計のように気密性のしっかりしたケースではないし、何十年も前に作られたいわば年配者だ。それなりにいたわりながら着用するのが正しい付き合い方だ。

工程を知るとより愛着が湧く。オーバーホールの手順

通常は単眼ルーペ(キズミ)を使って作業を行うが、より細かな部分は顕微鏡で確認する。写真は注油しながら組み立てているところ。

通常は単眼ルーペ(キズミ)を使って作業を行うが、より細かな部分は顕微鏡で確認する。写真は注油しながら組み立てているところ。

ホロル・インターナショナルでは、当店で買ったもの以外の時計もオーバーホールや修理に持ち込まれることが多い。店舗の奥が工房になっていて、作業台には各種の工具が並び、ムーブメントをより細かく見るための実体顕微鏡が2台並んでいる。

今回はオメガのセンターセコンドのモデルでオーバーホールの手順を見せてもらった。

部品洗浄

まず、ムーブメントを分解しながら下洗いをする。ベンジンに浸けてハケで汚れを取っていく工程だ。穴石の汚れは爪楊枝で取っていく。この段階で歯車の軸などは磨きをかけておく。すべてのパーツをバラバラにしたら、超音波洗浄用のカゴに入れて洗浄する。

超音波洗浄用のカゴに入れて各部品を洗浄する。オーバーホールの要でもある基本的な工程だ。

超音波洗浄用のカゴに入れて各部品を洗浄する。オーバーホールの要でもある基本的な工程だ。

注油

組み立てる前にガンギ車などにエピラム液という液体を塗布する。塗布することによってオイルが長持ちするのだ。しかしこの液体はとても高価で、おまけに揮発しやすいという特徴がある。そのため瓶に入れて保管している。

塗布するオイルはスイス製のオイルを使う箇所によって4~5種類使い分けている。おもに粘性のあるもの、サラっとしているものに分かれている。

エピラム液を部品に塗布することによって、オイルの持続時間を向上させている。

エピラム液を部品に塗布することによって、オイルの持続時間を向上させている。

オイルカップには各種オイルが保存されていて、そこからムーブメントの各箇所に適したオイルを差していく。

オイルカップには各種オイルが保存されていて、そこからムーブメントの各箇所に適したオイルを差していく。

ムーブメントの組み立て

コパー色の地板がアンティークのオメガらしい。

コパー色の地板がアンティークのオメガらしい。

不具合のあるパーツは、分解しているときに見つかったり、組み立てている段階でわかるそう。組み立てた後で精度の調整を行うのだが、精度が出ないときはゼンマイが劣化していたり、テンワの不具合だったりとさまざま。不具合の原因を見つけるのにけっこう時間がかかることもあるそうだ。

精度を計測する「ウィッチ」というテスター。各姿勢差を計測することで、コンディションを確認することができる。

精度を計測する「ウィッチ」というテスター。各姿勢差を計測することで、コンディションを確認することができる。

外装のメンテナンス

夜光針の夜光部分が劣化して欠けて無くなったものは、あらたに夜光塗料を塗布するなど、修復してくれる。

またメーカーに修理を出して、アンティークウォッチらしくない青々とした夜光針に交換されたものなどは、文字盤の経年変化に合わせて褐色に塗り直してくれる。

ただし夜光インデックスに関しては大変手間がかかり、綺麗に塗布することが難しいため断っているそうだ。

ここまで細かくオーバーホールや修理をやってくれるところはそうないだろう。ちなみに店頭に並んでいる商品は基本的にオーバーホール済のもの。つまりコンディションの良いものを販売しているのだ。

手巻きで三針。トラブルが少ない腕時計の選び方

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お店では手巻き3針、自動巻き3針、クロノグラフなど状態の良いものを販売しているが、故障の少ない、メンテナンスしやすいものにも力を入れている。

おすすめはシンプルな3針モデル。なかでもオメガの30mmキャリバーは質実剛健な作りで、トラブルも少なく、メンテナンスもしやすいという。また、アンティークウォッチ全般に言えるのだが、自動巻きよりも手巻きのほうがトラブルも少ない。

というのもアンティークの自動巻きモデルは発展途上のものが多く、時計史を語る上ではユニークな構造のものもあり、時計好きにはたまらない世界なのだが、状態の良いものばかりではないのだ。たとえばハーフローターは全回転式に比べて衝撃が強いため、プレートを留めているネジが緩みやすいなど、モデルによって特徴(クセ)があるのだ。

その点、手巻きの3針モデルは1940年代には完成していた。設計もシンプルなものが多く、たとえ不具合があっても見つけやすく、直しやすいというメリットがある。コレクターなら、すべて手巻き式で揃えたいとも思わないだろうが、コストパフォーマンスの視点から考えてみると、シンプルな手巻きモデルは賢い選択なのだと思う。

ーおわりー

時計を一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

機械式時計の魅力をふんだんに解説した決定版書籍

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機械式時計講座

雑誌「世界の腕時計」で連載していた「機械式時計入門講座」を書籍化

1970年代以降デジタル時計の発展に伴い、機械式時計のシェアは縮小してきたが、近年その魅力が見直され、販売台数も増加傾向にある。本書は、機械式時計の仕組みから、組立、調整、これからの方向性まで、その魅力までをふんだんに解説した決定版書籍。

機械式時計の製作、アフターメンテナンスを志す人、そして機械式時計を「思い出の一品」とする全ユーザー必読の書。

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稀世の「時計師」ものがたり (文藝春秋企画出版)

2020(令和元)年、91歳を迎えた末和海の人生は、時計、とりわけ機械式時計(メカニカルウォッチ)と共にあった。末の姿勢は、すでに10代で確立されていた。それは、「理論と技能技術の両面から機械式時計のすべてに精通する」ことだった。
日本で初実施の「アメリカ時計学会・公認上級時計師(CMW)認定試験」に、1954(昭和29)年、若干27歳で合格した末は、自身の姿勢を機械式時計に関する高度なアフターメンテナンス、時計メーカーでの斬新な製品開発という「現場」で貫くだけにとどまらず、人材育成の面でも若き後進に多大の影響を与え続けている。その末が、自身の91年に及ぶ人生の道のりをつまびらかにすることで、「今、時計師の存在が必須である」ことの意味を訴える。

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公開日:2018年1月13日

更新日:2022年4月13日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

終わりに

倉野路凡_image

オーバーホールは時計コレクターにとって大切なセレモニーだ。ただ集めている量が増えると、オーバーホール代を捻出するのが難しくなってくる。そのお金で新たに時計が買えたりするからだ。引き出しに眠らしているオーバーホール待ちの時計たちのどれを最初にオーバーホールしようかと、かならず迷うものだ(笑)。これから時計を集める人は毎月オーバーホール貯金をしたほうがいい。やはり着けたいときに、着けられないというのはツラいものだ。

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