時計修理の専門学校に通う時計師の卵です。この連載ではわずかな空間で広げられる“小宇宙”とも言える腕時計の世界を、自分の拙い経験の中から見えてきたことや専門家の方々にお話を伺うことで腕時計の魅力を伝えていきたいと思います。
IT企業のサラリーマンから一転、時計修理修行に没頭するワケ。
まずは、元々IT系の企画をやっていた自分がなぜこの世界に踏み入れたのか、をお伝えすると……。
一つは時計が好きだったことがあります。といっても高い時計などは持っておらずGショックを2本所有している程度でした。
本格的に好きになったのは古いシチズンの“セブンスターv2”を父から譲ってもらったことがきっかけです。
このセブンスターは1969年頃に製造されたもので、時刻の目盛りであるインデックスが植字といって別パーツで1個ずつ組み込まれているんです。そのため文字盤が立体的に作られています。
そして文字盤には透き通るようなブルーに刷毛目(はけめ)模様がなされていて現行品では考えられない手間がかけられているのです。
そのときは動かなかったのですが、その美しさに「どうしても直したい!」と思って時計屋さんに持っていったらすごく丁寧に修理していただいて……ピカピカになって返ってきたアノ日のことを今でも覚えています。
機械式時計なら直すことができるんだ、ということをその時に学び、漠然と時計の世界って楽しいかもなと思っていました。
もう一つの理由は、生業(ナリワイ)を見つけたかったということです。
あるきっかけで和歌山の限界集落に行くことがあったのですが、そこで暮らす人々が工作機具や農業用の機械を自分で作ったり直している様子をみて、モノ作りの大切さを身にしみて感じたのです。
それで、「小さいモノが直せれば大きいモノも直せるんじゃないか」という楽観的な考えと、自分の好きな時計という領域を掛け合わせた時に“時計修理”の道が見えてきたんです。
機械式とクオーツ式腕時計の違いってなに?
さて、僕の紹介はこれくらいにして時計の概要についてお話しましょう。
ざっくり言うと時計には機械式とクオーツ式という違いがあります。
前者はゼンマイと歯車で動くもの、後者はクオーツ(水晶振動子)と電池を組み合わせて動くものです。
精度からすると、機械式は日差○秒(1日あたりどれくらいの時計のススミ/オクレが発生するのか)、クオーツ式は月差あるいは年差で○秒、といった数え方をする位ですからクオーツ式の方がはるかに優れています。
機械式は精度の面ではクオーツ式に劣るものの、「オーバーホール」と呼ばれる定期的なメンテナンスさえすれば何十年も使うことができます。またムーブメント(時計を動かすための機構)の美しさも支持されるのでしょう。
ムーブメントなんて裏蓋がシースルーになっているものじゃないと見えないし、自分しか見ないものですが、そこに惹かれてしまうのが不思議だったりします。男子ってメカに弱いんですよね(笑)。
メカがそこにあったので分解してしまいました。
ここで編集部の女性から「なぜ分解するのか」という難しい質問を訊かれました。
その答えは2つあります。まず、まじめな理由としてオーバーホールするためには分解が必要だからです。
分解、清掃、注油、調整、防水テストを行うことで、ムーブメントの正常な動きを取り戻すことがオーバーホールです。
部品間の適切な摩擦を維持するために注油作業をしますが、油が5~10年で劣化してくるのでオーバーホールが必要となるのです。油が切れたまま使っていると部品が摩耗し、時計が止まってしまう原因となります。
もう一つ単純な理由として理由は「分解できるモノがそこにあるから」。
メカが組み合わさっているものを見ると、どうしても“バラす”衝動を抑えがたいんですよね。小さい頃からモノの仕組みを知りたくて、周りにあった目覚まし時計や自転車を分解したりするのが大好きでした。そういうタチなんです。それ以上の理由があんまり見つからない(笑)。
という訳で、今日はオーバーホールの第一歩でもあり、メカ好きの好奇心を掻き立てる“分解”の作業を解説していきます。
マニアなバラしの工程。メカの仕組みをのぞいてみる
分解をしていくパーツは大きく分けると以下の9つになります。
- ①裏蓋
- ②ケース
- ③文字盤
- ④テンプ
- ⑤アンクル
- ⑥角穴車(かくあなぐるま)・丸穴車(まるあなぐるま)・香箱
- ⑦受け
- ⑧輪列(2番車~ガンギ車)
- ⑨裏周り
ここからはちょっと専門的にもなるので流し読みくらいでOKです。
①裏蓋
まずは専用工具を使って時計の裏側のフタを外します。ここは時計の種類にもよるのですが、レンチのような工具を使って外す場合やコジアケと呼ばれる歯先が丸くなったカッターのような工具で裏蓋を開けていきます。
②ケース
それから修理しやすいように、ムーブメントと時計を覆っているケースを外します。さらにゼンマイを巻き上げたり時刻合わせをする、時計の側面にあるリューズを一度取ってケースから離します。
カバーしている部分、ケースを外します。
時刻合わせやゼンマイを巻き上げるリューズ。
③文字盤
次に時刻を示す針と文字盤を外します。針やムーブメントは人に見える部分ですから、極薄のビニールを被せて丁寧に。針外しは緊張する瞬間でもあります。
手が震えると傷つけてしまう恐れがあるので息を止めながら作業をします。時計師は息を止めることが多いので呼吸が長くなるなんてウワサもあったりします。
さらに文字盤を押さえるネジを緩めて文字盤を外します。そうすると外装と呼ばれるケースや文字盤とムーブメントが切り離され、作業がしやすくなります。
息を止めて、慎重に……。緊張の瞬間。
④テンプ
次に外すのはテンプです。テンプには時計の周期を司るヒゲゼンマイやテンワと呼ばれるパーツが入っています。少しでもヒゲゼンマイが曲がったりすると時計の狂いの原因になってしまうので壊さないように慎重に取り外します。
ヒゲゼンマイが曲がらないように慎重に持ち上げます
⑤アンクル
テンプを外すと顔を出すのがアンクルです。アンクルは小さいですが、動力をテンプに伝える重要な役目をしています。正常な動きであるか、位置は間違っていないかをチェックし、取り外します。
⑥角穴車(かくあなぐるま)・丸穴車(まるあなぐるま)・香箱
アンクルを外したら角穴車、丸穴車といったパーツを外していきます。角穴車は手でゼンマイを巻くときに香箱にその力を伝えます。
強い力がかかる部分でもありますので、光に当てて歯の曲がりや欠けがないかチェックします。角穴車や丸穴車が乗っている2受け(1受けと呼ばれるパーツもあります)と呼ばれる板を外すと香箱が顔を出します。こちらも歯先の状態などを確認して外していきます。
角穴車(左)、丸穴車(右)
香箱の中にもゼンマイが入っています。
⑦1受け
次に外すのが1受けです。これを外すと輪列と呼ばれる歯車群が顔を出します。
⑧輪列(2番車~ガンギ車)
ここまでくると「一仕事終えたな」という感じがいつもします。美しい歯車の並びを見ると安心感がなぜかこみ上げてくるのです。
しかしまだ全部を分解していないので手は止められません。左上から時計回りに3番車、ガンギ車、2番車、4番車です。外し終えたら“表周り”と呼ばれる部分が一通り分解し終わったことになります。
⑨裏周り
次はムーブメントを裏返しにして“裏周り”と呼ばれる部分を外していきます。裏周りは時刻合わせやゼンマイを巻くためのパーツが多いです。複雑に組み合わさるパーツが多いので形状やかみ合わせの具合などをよく覚えて取り外します。
これで分解の作業が終わりになります。さあ、分解部品を並べてみましょう。
先人の試行錯誤の結晶。ミリ単位のマクロな世界に思わず唸る。
小さいものから比較的大きなものまでずらーっと並べると機械の美しさがよく分かりますね。この中の一つでも欠けると時計は動かなくなってしまいます。ちなみにこれでもパーツ数は少ない方で複雑なものだと3~5倍のパーツ数になっていたりします。
これはテンプです。時計が決まった周期で動くのを司る部品で心臓部と言えます。
こちらはアンクルです。ゼンマイのエネルギーを歯車を介してテンプに伝える役目をしています
こちらは香箱。中にゼンマイが入っていて、リューズや自動巻のローターによって中のゼンマイが巻き上げられ時計が動きます。
ピンセットが差す先にある赤い石が耐震装置です。赤い石は人工ルビーになります。米粒より小さな石ですが、テンプが安定して動くのをサポートします。
長々と作業の様子を綴ってしまいました。様々なキャリバーを分解して思うことは、それぞれ設計思想があり、それは人の頭で考えられているものなんだな、といつも関心しています。
特に古い時代の時計なんかを見てみると、今のようなコンピューターもなく、工作機械も発展していないのに精密なパーツが組み合わされ、開く度に感動を覚えるものですね。
まだまだ技術力不足で手に負えないムーブメントがほとんどです。この道50年近くやってらっしゃる先人の方々を見習って自分も励みたいと思います。
ーおわりー
時計を一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
異分野からの挑戦者たちが時計づくりの常識を変えた!
ジャパン・メイド トゥールビヨン-超高級機械式腕時計に挑んだ日本のモノづくり
最高の腕時計作りを目的とした共同開発企画「プロジェクト トゥール・ビヨン」の活動の記録をまとめた一冊。1つの部品に2ページや3ページも割いている書籍は他では見かけない。裏を返せば、部品1点1点にこだわりが反映されていることの証明に他ならない。独立時計師の浅岡肇氏、精密機械加工を手がける由紀精密、工具メーカーのOSGが一丸となって作られたトゥールビヨンは、省力化やコストパフォーマンスが重視されている日本のモノづくりに一石を投じるくらい、徹底的にクオリティにこだわっている。著者たちのモノづくりに対する愛が伝わってくる内容になっている。
機械式時計の魅力をふんだんに解説した決定版書籍
機械式時計講座
雑誌「世界の腕時計」で連載していた「機械式時計入門講座」を書籍化
1970年代以降デジタル時計の発展に伴い、機械式時計のシェアは縮小してきたが、近年その魅力が見直され、販売台数も増加傾向にある。本書は、機械式時計の仕組みから、組立、調整、これからの方向性まで、その魅力までをふんだんに解説した決定版書籍。
終わりに
まだまだ時計師の卵、修行中の身なので、時計について語るのがおこがましい気持ちもありました。しかし、こうやって文章にしてみると自分の頭の中の整理がつくものですね。他の種類の時計でも分解しながら文章にしてみたくなってしまいますね!
機械式時計って何だろう、と興味のある方が少しでも読んでもらえたら嬉しいなと思います。