精度や取り扱いのしやすさならば機械式時計よりもクオーツ時計の方が優っている。それにもかかわらず機械式時計が人々に愛され続けているのは、チクタクという時計の音に耳をすませたり、自分の手で毎日ゼンマイを回すという持ち主と機械の関わり合いが存在するからではないだろうか。
この記事では機械式時計の機構にスポットライトを当て、自動巻きと手巻きそれぞれの仕組みやメリット・デメリットを見ていきたい。
機械式時計が動く仕組み
リューズを回してゼンマイを巻き上げると針が滑らかに動き出す。歯車と歯車が噛み合って動く音を聞くと1日が気分よくはじまる。機能性や合理性とは相反するけれど、手をかけて動かすという一手間が毎日のコンディションを整えてくれる。
腕時計は大きく2種類に分けられる。ゼンマイによって動く機械式時計と、電池を動力源とするクオーツ時計だ。
クオーツ時計は水晶振動子を振動させることで生まれる電気信号を利用することで時間を測っている。機械式時計は巻き上げられたゼンマイがほどける際に生まれる力を利用し、振り子の原理を働かせることで一定の周期で時を刻み続けている。
機械式時計のゼンマイの巻き上げ方にも2種類ある。手でリューズを回すことでゼンマイを巻き上げる「手巻き」と、腕の動きを利用してゼンマイを巻き上げる「自動巻き」だ。
現行品の機械式時計には自動巻きが搭載されているモデルが多く、手巻きの時計はマイノリティーなことは否めない。ただ、「リューズを回してゼンマイを巻き上げる」と言う手巻きのアイデアは19世紀のパテックフィリップの懐中時計から引き継がれている。
手巻き機構と自動巻き機構の仕組みの違い
手巻き機構とはリューズの回転が専用歯車をつたい、ゼンマイが収納されている香箱車を回すことでゼンマイを巻き上げる方式を採用したムーブメントのこと。「わざわざ手で回す」という一手間を愛する人も多い。
オメガ スピードマスターに搭載されている手巻きムーブメント。
一方で自動巻き機構は、ローターと呼ばれる半円形の部品が腕の動きによって回転し、自動的にゼンマイを巻き上げる機構のことを指す。
ローターを動かすための最初の勢いとしてリューズを回してゼンマイを巻き上げてあげる部分は手巻きと同じ。一回巻き上げてしまえば40時間くらいは使用できる。
自動巻きにも多くの構造があるが、基本構造は現在4つのタイプが主流となっている。中でも、コストやメンテ性に優れた「切り替え車式」がもっとも採用されている。
セイコーの自動巻きムーブメント。ムーブメント左半分を覆っているのがローター。
手巻きと比べるとその歴史は浅く、1924年にジョン・ハーウッドが開発したハーフローター式のモデルが自動巻きの基礎を作ったとされる。
ローターの回転方向を問わずゼンマイを巻き上げられる、「全回転式ローター自動巻」を初めて製作したブランドがロレックス。1931年に開発された「パーペチュアル」と名付けられたその機構は、オイスターと共に今もなおたくさんのモデルに搭載されている。
このローターの有無によって、手巻きと自動巻きそれぞれにメリット・デメリットが存在する。はっきりとした優劣があるわけでは無いので、ライフスタイルや時計との付き合い方によって選ぶのが良いだろう。
機械式時計の動力源となるゼンマイが入っている香箱。リューズや自動巻のローターによって中のゼンマイが巻きあげられることで時計が動く。
手巻きのメリット・デメリット
手巻きのメリットとして、ムーブメントが薄くしやすいことがあげられる。自動巻きの場合は手巻きの部品に加えローターが搭載されるため、どうしても厚くなってしまいがち。
またシンプルな機構で動作しているためたとえ不具合があっても見つけやすく、直しやすい。そしてムーブメントを覆うローターがないため、機構が見えやすい。
一生モノの時計が欲しいという人や、ムーブメントの美しさを眺めたいと言う人は、手巻き式の時計がおすすめだ。
デメリットは少し手間がかかること。使う時にはリューズを巻いてあげないと時間が止まってしまう。そして、ゼンマイがほどけるにつれて精度が狂いやすくなるため、自動巻きほど正確ではないことが多い。
オメガの手巻き式30mmキャリバー(ムーブメント)は、トラブルも少なくメンテナンスもしやすい
現行の機械式時計は、ゼンマイの巻き上げが完了してもリューズを回せるモデルが多い。一方でアンティーク時計の場合はリューズが固くなっているのに無理に回すと、ゼンマイが切れてしまう原因にもなるので注意が必要だ。
自動巻きのメリット・デメリット
最後に自動巻きのメリット・デメリットを紹介する。
メリットとして、腕に着けているとゼンマイが巻き上がるため時計が止まりにくい。またゼンマイが常に巻き上がった状態にあるため、精度も出やすい。
一方で、時計は厚くなるほか、ローターがムーブメントを覆っているぶん見栄えも手巻きほど良くない。また自動巻き機構が摩耗しやすい上、部品点数が多いため修理代が高く付くこともある。基本的には、手巻きのメリット・デメリットをひっくり返すと自動巻きのメリット・デメリットとなる。
世界中にファンが存在するロレックスのバブルバックは、自動巻きのローターを搭載した結果あのような裏蓋が膨らんだ形状になっている。デメリットともなりうる厚さを個性に昇華した好例と言える。
手巻きにも自動巻きにも一長一短はあるので、デザインや精度、メンテナンスのしやすさなどいくつかの判断基準を持って時計を選ぶことをおすすめする。ただ、どちらにしてもメンテナンスは重要だ。オーバーホールには定期的に出して、愛用の腕時計と末長く付き合ってほしい。
ーおわりー
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雑誌「世界の腕時計」で連載していた「機械式時計入門講座」を書籍化
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2020(令和元)年、91歳を迎えた末和海の人生は、時計、とりわけ機械式時計(メカニカルウォッチ)と共にあった。末の姿勢は、すでに10代で確立されていた。それは、「理論と技能技術の両面から機械式時計のすべてに精通する」ことだった。
日本で初実施の「アメリカ時計学会・公認上級時計師(CMW)認定試験」に、1954(昭和29)年、若干27歳で合格した末は、自身の姿勢を機械式時計に関する高度なアフターメンテナンス、時計メーカーでの斬新な製品開発という「現場」で貫くだけにとどまらず、人材育成の面でも若き後進に多大の影響を与え続けている。その末が、自身の91年に及ぶ人生の道のりをつまびらかにすることで、「今、時計師の存在が必須である」ことの意味を訴える。