作り手の偏愛と熱量が溢れ出る腕時計。世にも奇妙な「GEEK WATCH」のお話

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取材・文・写真/松田 佳祐

「その時はやってきた」。

これは、初代「Apple Watch」発売時のキャッチコピーだ。今や、老若男女がスマートフォンを握りしめ、何千何万の機能を持ち運ぶ時代が到来した。だが、そのはるか以前から腕に機能を集約するということは研究者たちの憧れであり夢だった。

もっとも象徴的なプロダクトは腕時計だろう。時を計るための機能に加え、どんな機能を搭載するかという競争にメーカーは技術の粋を尽くしてきた。

そんな作る側の熱量と偏愛とも呼ぶべきセンスが反映された腕時計を「ギーク・ウォッチ」と命名した男がいる。コレクターのドナルド・ムネアキ氏だ。

氏は南青山にあるワタリウム美術館の地下、「on Sundays」というミュージアムショップの一角に自作のアトリエを構え、そこにずらりと腕時計を並べて販売している。その数はなんと400本以上。

生産国やメーカーの垣根がなく、膨大な量のアーカイブ群から銘品を発掘するのは、並大抵の知識と労力ではできないはずだ。今回、「ギーク・ウォッチ」の背景や魅力について、ドナルド博士(敬意を込めて)に教鞭を振るっていただいた。

コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。

過去のアーカイブではなく、現在進行系のカルチャー。

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そもそも、私たちにとって聞き馴染みのない「ギーク・ウォッチ」とは、どんなジャンルを指すのであろうか。直訳すれば、ギーク=オタクという意味である。……オタクな時計?


「僕にとって『ギーク』というのは、作り手の機能偏愛に対して尊敬の意を込めた言葉。つまり、腕時計が気の利いた機能を持っていることを表しています。とくに年代で分けているわけではないのですが、一番萌えるのは1970年代以降に日本のメーカーが作っていた腕時計。主にSEIKO、CASIO、CITIZEN、ORIENTなどが作っていました」


「当時はアナログ時計からデジタル時計への過渡期だったので、今まで時計に求められなかった『時を計る以外の機能』をこぞって開発していたんです。たとえば、脈拍を計るパルスメーターが付いていたり、サウンドマシーンが搭載されていたり、パンチ力が測れたり、占いができたり……、メジャーなもので言えば計算機付きの腕時計があります」

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話に違わず、コレクションの時計はどれもビンビンと個性を発しているものばかり。そうは言っても、単純に機能性を考えれば最新のモノの方が優れているはず。一体、ドナルド氏はどんなところに魅力を感じているのだろう。


「今でこそ、携帯電話に全ての機能が入っていますが、当時のメーカーは、腕時計にどれだけの機能を搭載できるかということに情熱をかけていたと思います。それぞれの機能には理由なんてなくて、会社には『そんなものは売れないだろう』と言われながらも反骨して、プロジェクトを進めていたんじゃないかと思うような腕時計もたくさんあります。そういった背景や物語に心を動かされますね」


「決してヴィンテージだから良いというわけではなくて、プロダクトとして作り手の偏愛を感じられるのが魅力なんです。『これを作りたくてしょうがなかったんだろうな』と微笑ましくなるような腕時計を発見すると、つい嬉しくなって買ってしまいますよね。ちなみに、新たな『ギーク・ウォッチ』は今なお増え続けているんです」

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単なるプロダクトとしての珍しさではなく、その背景にある作り手の情熱に惹かれている。しかも、現在進行系で新しいプロダクトが増え続けているというから驚きだ。


おかげで、ドナルド氏の蒐集業も休む暇がないという。


「たとえば、SONYが作った最新のFES Watchは、バンドが電子ペーパーになっているので、ボタン一つでデザインを変えることができます。余裕でギーク認定ですね。SEAHOPE社の作ったニキシー菅(ガラスの中にコイルが巻いてあり発光して数字を表示)の腕時計もかなりのギークさ。時計の概念を変えようという意気込みを感じましたね」


「今や1日1本くらいのペースで購入していて、日によっては5本くらい手に入れる時もあります。周りの人たちから新情報が続々とギーク・ウォッチ所蔵部に寄せられるので大変なんです。歯止めをかけないと破産しそうですよ(笑)」

日本人の感性と生真面目さが、純粋に表れたプロダクト。

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ドナルド氏は、自身のライフワークである改造を続ける中で、自然な流れでギーク・ウォッチに出会った。


蒐集のきっかけとなったモデルは、1971年にSEIKOが発売した「V.F.A WATCH」という腕時計。それを見た途端に、日本人のモノづくりにかける情熱に感銘を受けたと言う。


「いろいろな時計を改造しているうちに、縁があってこの腕時計が手元に回ってきました。SEIKOのラインの中でもV.F.Aは別格。グランドセイコーという高級ラインのさらに上をいく、最高峰のラインのプロダクトなんです。V.F.Aとは、Very Fine Adjusted(特別調度品)のことで、手練れの職人にのみ作ることが許されていたんです」

SEIKO「V.F.A WATCH」(1971)

SEIKO「V.F.A WATCH」(1971)

「多面体をクリスタルカットしていたり、文字盤がグラデーションになっている豪華さ、LEDが1秒ごとに点滅するという遊び心……。さらに、Apple的な曲線とはかけ離れた、日本人の生真面目さが滲み出た角形のデザインがたまりません。変に影響を受けて欧米化していないところが良いんですよね」


車のデザインがスクエアフォルムから流線型に変わったのと同様に、日本人のプロダクトデザインは次第に欧米の影響を受け始めるようになったという。ドナルド氏は、ギーク・ウォッチと出会ったことで日本人の感性や技術の高さを再認識したのだそう。


「最近は、Apple Watchがすごいと話題になっていますが、昔日本人が作っていた名作を見せてあげたい。SEIKOが1982年に発売した『UC2000』というモデルは、通称“腕コン”と呼ばれていて、腕にコンピューターを身につけるというコンセプトで開発されていたんです。付属のキーボードにドッキングして、タイピングした文字を時計の画面に映せるのはすごい技術ですよね。デザインも完成していて、まさに元祖Apple Watchだと言っても過言ではないと思います。おそらくAppleの人たちもこれを研究しているはずです」

SEIKO「UC2000」(1982)

SEIKO「UC2000」(1982)

「他にも、CASIOが発売した、通称ペラと呼ばれているフィルムウォッチがあるんですが、それはケースもバンドも立体成型で極限まで薄くしているんですよ。100万本以上売れたと言われるのも納得がいきますよね。外国人には絶対にあそこまで凝るという美意識はないと思います。そういう日本の本当にすごい技術が忘れられて埋もれてしまわないためにコレクションしているという気持ちはあります。僕自身も蒐集することで、気づかされた部分も多かったですからね」

ギーク・ウォッチ史におけるマスターピースたち。

SEIKO × 横森美奈子「LED WATCH」(1991)

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ファッションデザイナーの横森美奈子さんがデザインしたモデル。女性の社会進出をテーマにしたLEVANT(ルバン)というプロジェクトで、当時活躍していた女性とコラボして生み出された。

この腕時計が誕生した1991年に、SEIKOはLEDウォッチを作っていなかったが、横森さんの想いに応え、消費電力の少ない新たなドットシステムを開発して実現。ボタンを押さないと時間が表示されないのは、「人間は今や時間に支配されてしまっているが、私は時間を支配したい」というコンセプトによるもの。

ALBA × 松本零士「アストロボイス」(1980)

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「銀河鉄道999」の松本零士さんがデザインしたモデル。トーキングウォッチで、ボタンを押すとキャラクターが時間を教えてくれる腕時計。

市場に出回ることは稀で、見つけても壊れていて声が出ないものが多いのだそう。プラスチック製の良い意味でのチープさが、デザインの愛らしさを際立たせる。

Hewlett-Packard「HP-01」(1977)

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コンピューター関連を開発する米国のヒューレットパッカードが手がけた腕時計。7桁の四則計算を行うことができる計算機付きLEDデジタル時計。

ベルトに仕込まれた細い金具でボタンを押すことでき、まるでスパイのような気分を味わえる。

Freemason Watches

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秘密結社「フリーメイソン」の時計。三角形の時計は1911年製。大きなダイヤルの付いた時計は、1894年に作られた懐中時計を改造して腕時計にしたもの。ダイヤルに描いた絵は手書きで、偽物も多く出回っているのだとか。

ピストルは懐中時計のゼンマイを巻くためのキー。右の腕時計は1950年代にスイスで作られたもの。ドナルド氏曰く、「フリーメイソン」公式として作られたのではなく、当時の貴族たちが個別に時計師たちに発注して作らせたもののため、本物かどうかを見極めるにはかなりの審美眼が必要。

死ぬまでのお守りに、ユーモアのある相棒を。

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「ギーク・ウォッチ」をお店に並べるようになってから、想像以上の反響に驚かされたという。とくに意外だったのは、普段から腕時計を身につけないお客さんもいて、そういう方が購入していくケースが多いことなのだとか。


「僕にとっては昆虫採集のようなコレクションなので、正直に言えば売れなくても良いと思ってました。みんなに見せて、時計の話をしたいだけだったんです。ところが、時計のストーリーを話していくうちに興味を持って購入してくださり、買ってしばらくしてからお店に見せびらかしに来てくれる方も多くて(笑)。きっと、時計というよりも相棒に近い感覚なんですよね。時間を正確に計るための時計ではなくて、見るとほっこりさせてくれるような存在なんだと思います」

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そう言いながらニンマリと微笑むドナルド氏。「ギーク・ウォッチ」を手で弄ぶ姿は、まるで友人たちと会話を楽しんでいる時のようだ。最後に、「ギーク・ウォッチ」に込めた想いを語ってくれた。


「僕のジュエリーブランドは、『死ぬまでの旅のお守り』というコンセプト。『いつか死ぬことを忘れないで。そして、今を楽しく生きよう』という想いを込めています。ギーク・ウォッチにも同じ想いを持っていて、死ぬまでのお守りとして愛用して欲しいと思っています。そんなお守りにこそ、ユーモアがあった方が面白いじゃないですか(笑)。バカバカしい機能の付いた時計だからこそ、愛らしくてずっと手元に置いておきたくなると思いますよ」

ーおわりー

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+R.I.P. STORE

国内外のアート本や写真集、エッジの効いたスーベニアを扱うお店「on Sundays」内に常設された小屋。ショーケースにずらりと並べられたギーク・ウォッチコレクションは圧巻だ。ノスタルジーと新鮮さが同居した佇まいの時計ばかりで、物欲のツボを刺激されるはず。その他には、オーナーであるドナルド・ムネアキ氏の手がけたお護りジュエリーや改造品も所狭しと並べられている。余談だが、併設されたカフェスペースで注文できる自家製のジンジャーエールは絶品だ。

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異分野からの挑戦者たちが時計づくりの常識を変えた!

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ジャパン・メイド トゥールビヨン-超高級機械式腕時計に挑んだ日本のモノづくり

最高の腕時計作りを目的とした共同開発企画「プロジェクト トゥール・ビヨン」の活動の記録をまとめた一冊。1つの部品に2ページや3ページも割いている書籍は他では見かけない。裏を返せば、部品1点1点にこだわりが反映されていることの証明に他ならない。独立時計師の浅岡肇氏、精密機械加工を手がける由紀精密、工具メーカーのOSGが一丸となって作られたトゥールビヨンは、省力化やコストパフォーマンスが重視されている日本のモノづくりに一石を投じるくらい、徹底的にクオリティにこだわっている。著者たちのモノづくりに対する愛が伝わってくる内容になっている。

激動の昭和期、時代を席捲したセイコー腕時計の姿を収録。

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国産腕時計セイコー クラウン・クロノス・マーベル

1996~98年に刊行、絶版になっていた3冊を復刻・合本して追記した増補版。世界初のクォーツ腕時計アストロンをはじめとする35系、薄型手巻きのCal.68系ほか、注目度の高いモデルを紹介し、当時の価格表の抜粋などを掲載。

公開日:2018年6月2日

更新日:2021年7月2日

Contributor Profile

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松田 佳祐

1987年生まれ。新潟県三条市出身。大学在学中にセレクトショップに勤務し、洋服のカルチャーと小売業の仕組みを学ぶ。卒業後、フリーランスの編集・ライターとして活動をスタート。数々のファッション・ライフスタイル誌に携わる。その後、編集プロダクション・広告代理店・デザイン会社を経て2017年に独立。現在は、フリーランスの編集者/コピーライターとして活動。

終わりに

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コレクターさんには、自分だけで楽しむ方と周囲を巻き込んで楽しむ方の2パターンがいますが、ドナルドさんは間違いなく後者。膨大な知識に裏付けられた審美眼にも脱帽ですが、なにより「ギーク・ウォッチ」への愛情が伝わってきて、僕も自然と巻き込まれていました。お店へ行ったが最後、自分だけの相棒を身につけて帰るハメになるでしょう。あくまで良い意味です(笑)。

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