ロシアの香りが漂う腕時計。エンドケイプさんが語る「ボストーク」の浪漫

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取材・文/塚田 史香 写真/ミューゼオ・スクエア編集部

ユーリィ・ガガーリンをのせ、1961年に人類初の有人宇宙飛行を成功させた宇宙船ボストーク1号。その名を冠した時計メーカーが、ボストークだ。
中でもコマンダスキー・シリーズは、ミリタリーウォッチらしい無骨さとノスタルジックなデザインの絶妙なバランスが、唯一無二の存在感を放つ。

1991年という旧ソ連の歴史的タイミングに偶然ボストークと出会って以来、今もボストークに惜しみない愛をそそぐクリエイターのエンドケイプさんに、ボストークの魅力を伺った。

コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。

時代のうねりに巻き込まれた、腕時計ボストークの歴史

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ボストーク社は、戦前に軍用の時計を製造していたモスクワ第2工場を前身とし、1961年にその名前で国営企業となった。

ソ連国防総省より公式の時計供給工場として納品をはじめたのは1965年。この年に、ボストークを代表するモデル「コマンダスキー」が生まれた。2010年に経営破綻し、今は権利もブランドも散り散りになってしまったという。

「僕が所有しているのは、コマンダスキーというモデルと、アンフィビアという潜水モデルです。特に1990年代のものを中心に集めています。現在もボストーク・ヨーロッパの名前で、さまざまなデザインの腕時計が作られていますが、受け継いだのは名前だけという状態です。時計好きの方がボストークと聞いて想像するのは、ボストーク・ヨーロッパで製造されているスタイリッシュなデザインのものではないでしょうか?」

エンドケイプさんがはじめてボストークを手にしたのは、1991年ごろのこと。

ソ連が崩壊した前後、北京語の勉強で中国の大連に留学をしていた時期だった。当時の中国は大都市であっても今ほどは開発が進んでおらず、町中には、何の肉かわからない屋台の隣でジョウロを売るような、雑多で巨大な市場があった。

「そこに行くのが楽しくて、毎日のように足を運んでいました。ボロ市のような市場の一角で、おっちゃんが時計を売っていたんです」

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「どこかで仕入れてきたんでしょうね。ソ連が混沌としていた時期ですから、出どころを聞けないようなものもあったかもしれません。中国のなかでも北の方、ロシアとの国境に近い町では、工場からの横流し品が出回っていたとも聞きます。ソ連の時計という以外はメーカーさえもわかりませんでした。

でも見た目だけで『かっこいい!』と思いました。バリエーションの豊富さにもひかれ、一つ二つと買い始めたことがきっかけです」

魅力は2つ。バリエーションとおもちゃ感

「魅力のひとつは、バリエーションの圧倒的な多さです。絵柄の図面、盤面、ケース、ベゼル、秒針の形状など。組み合わせが天文学的に存在しています。すべてを把握できている人は、内部にさえいないのではないでしょうか」

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同じパーツの組み合わせで製造した方が、コストもかからずロット管理も楽だったはず。なぜ「誤差?」とも疑われかねない微妙な匙加減で、バージョン違いを次々に製造したのだろうか。その理由は不明だがこういった謎の多ささえ、愛好家たちの心をくすぐる要素となっている。


もうひとつ、エンドケイプさんがボストークに魅了される理由がある。それは旧ソ連‐ロシア製特有の「おもちゃ感」だ。

「ボストークは、ソビエトデザインの象徴です。日本や欧米のセンスでは生まれない色やデザインなど、ソビエトらしさがぎゅっと詰まった一品です」

「特にボストーク・コマンダスキーは、ジャンル的にはミリタリーウォッチでデザインはごつごつと無骨です。でも、決して見た目ほどには頑丈ではありません(笑)。トータルで作りが緩く、ちょっとした故障は叩けば直る。そういった雑さを、僕はおもちゃ感と呼んでいます」

たしかに旧ソ連製品は、時計に限らずカメラや車にも特有のたくましさがある。簡単にガタつき、簡単にまた動き出すイメージだ。

かつてハリウッドで制作されたSF映画には、宇宙ステーションのシステムトラブルをロシア人宇宙飛行士がバンッと叩いて直し、切り抜けるシーンもあったので、ある程度共通の認識だと言えるだろう。

「自分が仕事をする時も100を求めない方が、いいものになると考えています。完璧よりも、80や90の方が人間らしさと言える魅力を感じます。洗練されていないチープさも、デザインの無骨さも、プリントの雑さもありますが、ボストークのすべてが可愛いんです」

ボストーク選びのポイントは、インスピレーションと浪漫

ボストーク・コマンダスキーを日本国内で入手するならば、インターネットが主な購入ルートとなるだろう。ボストークの選ぶときのポイントについて伺ってみた。

「基本はインスピレーションです。ボストークに実用性を求めてはいけません(笑)。未使用のデッドストック品でさえ、時間に正確に動く保証はありませんから、そこも含めて可愛いと思えるものを選びます。見た目にグッとくるか。そこから自分の中で物語を創れるか。必要なのは、浪漫です」

「ネットオークションで、ネジが回せないというジャンク品をみかけることがあります。もちろん本当にジャンクである可能性が高いのですが、基本的にボストークのネジは回すのにコツが必要で、コツを知っていてもそこそこ回しにくい。そういう手間のかかるところも、可愛くて仕方がないんです」

ボストークの手巻きのコツ

リューズ(ネジ)を奥から手前に回します。
②ネジを緩める感覚で回すと、一定のところから遊びができます。
③遊びができたらそこで今度は逆向きに回してみてください。カリカリカリ…という手ごたえがあれば巻けています。
④時間をあわせる時は、さらにもう一段階リューズを引き出します。

時計としてみる前に、ボストークとしてみる

エンドケイプさんにとって、ボストークに限らず腕時計は好きなアイテムだという。なぜなら「腕時計は、唯一体につけられるメカ」だから。

普段はスマートウォッチも使うというエンドケイプさんは、どのようなシーンでボストーク・コマンダスキーを身につけるのだろうか。

「ボストークをはめるのは、これをはめたいと思った時です。腕時計を巻いているのではなく、ボストークを巻いていると考える。 時計として見る前に、ボストークとして見る。するとロシアの香りが漂ってきます」

エンドケイプさんのベスト・ボストークを選んでいただこうとお願いしたところ、あまりにも(おそらく選びきれないという)苦しそうな表情をされた。そこで特色の分かりやすいボストークをピックアップしてご紹介する。

コマンダスキー、看板モデル陸海空の3点セット

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1990年代に中国で入手したもの。ボストーク・コマンダンスキーを象徴するデザインの3パターン。左から陸軍(タンク)、空軍(パラシュート部隊)、海軍(潜水艦)のイラストが描かれている。文字盤に描かれたモチーフだけでなく、ベゼルのデザイン、インデックスのフォント、秒針の色など、自由すぎるバリエーションで楽しませてくれる。

コマンダスキーのレアモデル

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「形、文字盤とも、とても美しいです。状態の良さもピカイチです」

ベゼルに数字がなく、盤面の文字の並びも美しい。文字盤の下部、「7」から「5」のさらに下に小さく書かれた「3АКА3 МО СССР」は、旧ソ連国防省の正式発注品であることを示す表記。

キリル文字がアルファベットの「3・AKA」に見えるので、暫定的に「サンアカ」と呼ぶ(命名はエンドケイプさん)。多くの場合、ここに書かれる文字は「Сделано в СССР(ソビエト連邦製)」や「России(ロシア製)」。

ロシアの車メーカー、「ラーダ」とのコラボウォッチ

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プーチン大統領も御用達の、ロシア国産車ラーダ(ЛАДА)のロゴが入ったコラボウォッチ。ボストークは、日本国内よりも海外での認知度が高く、世界中に熱心なファンがいる。

愛好家が集うサイトにこのボストークの写真を投稿したところ、かなりレアな一品であることが発覚。「初めてみた」「ぜひ譲ってほしい」と問い合わせもきたのだそう。
ボストークには、このようなコラボものが他にも多く存在する。モスクワオリンピックやエリツィン大統領などもモチーフとなっている。

英雄ユーリィ・ガガーリンと目が合うボストーク

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注目はベルト。旧ソ連-ロシアの英雄、ボストーク1号のパイロットであるガガーリンの肖像があしらわれている。時計本体は、前掲の陸海空3点セットの「海」と色違い。かと思いきや、ここでも秒針の形や日付表示の有無などの違いがみつかる。

「ガガーリン大佐が好きなんです。はめていると目が合うので気持ちが引き締まります。このボストークはいただきものなのですが、とても気に入っています」

大事な時代の何かを埋める、エンドケイプさんにとってのボストーク

「何かを集める行為は好きですが、ボストークには物欲とは別の思いがあります。穴を埋める作業というのでしょうか」

中国で2年間通った学校を卒業した後の1993年ごろ、エンドケイプさんには希望も何もない時期があった。昔聞いた音楽を聴くと当時のことを思い出すように、エンドケイプさんは、ボストークを眺めると中国で過ごした時のことを思い出すという。

「無茶苦茶暗い思い出ですが、自分にとってはものすごく重要な時代なんです。そのころの何かを埋めるのが、ボストークなのかもしれません」

浪漫を感じるボストーク・コマンダスキーに出会った時は、これからも積極的に集めていくと語ってくれた。我が子を見守るようなまなざしに、のろけ話をするような語り口。エンドケイプさんに見染められたボストークは幸せにちがいない。

ーおわりー

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公開日:2018年1月27日

更新日:2021年11月26日

Contributor Profile

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塚田 史香

東京在住。ライター。PRSJ認定PRプランナー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館です。

終わりに

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「ここも、ここも素晴らしい。だから好き」ではなく、「ここも、ここもダメ。だけど好き」というエンドケイプさん。無償の愛、底抜けの愛の、お手本をみせていただきました。

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