世界的評価を受けるHIRO YANAGIMACHI。聡明な靴が出来るまで。

取材日: 2017年4月18日

取材・文/飯野 高広
写真/佐々木 孝憲

世界的評価を受けるHIRO YANAGIMACHI。聡明な靴が出来るまで。_image

国内国外問わず、通の革靴好きから支持されている柳町弘さん率いるシューブランド「HIRO YANAGIMACHI」。服飾ジャーナリスト・飯野高広さんも「聡明な靴」と例える革靴たちは、製作の過程も非常に計算され洗練されたものだった。柳町さんが大切にしている靴づくりへのこだわり、そして見据える先について聞いてみた。

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注文紳士靴の工房を訪ねる

紳士靴なるものに興味が湧いてくると、いつかは…… と必ず憧れるのがビスポーク、すなわち既製品ではない注文靴の領域だろう。タイル1枚程度の大きさの作品に、作り手の技術が、そして彼らと使い手双方の思いが凝縮された小宇宙には、単なる実用品として以上の価値が、確かに存在する。

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今でこそ多くのメディアで採り上げるようになったそんな注文紳士靴も、20世紀の終わり頃には我が国ではほとんど知られていない、いや存在こそしていたが正に風前の灯だった。

なぜ今、以前よりはるかに注目を集めるようになったのか? 単に消費の成熟化と片づけてしまって良いのか?さまざまな注文紳士靴の工房を訪ねるのを通じて、その理由に迫ってみたい。最初の訪問先はあっさり決まった。柳町 弘之(やなぎまち ひろゆき)氏が率いるHIRO YANAGIMACHI(ヒロ ヤナギマチ)、そのアトリエである「HIRO YANAHIMACHI Workshop」だ。

「美しい線を引く」延長に現れた、靴作りという道

HIRO YANAGIMACHI の靴を語る際の切り口は数々あるのだが、まずこのアトリエの代表である柳町氏の経歴を語らない訳にはいかない。

氏はもともとインダストリアルデザイン畑の人だ。その分野で昔も今も優秀な人材を輩出し続ける千葉大学工学部の修士を経て、某大手重電メーカー(ヒント:社名に「電機」が付くところ)に入り、革や布ではなく家電、つまり金属や樹脂を相手に新たな線・新たな造形と格闘していた。

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HIRO YANAGIMACHIの靴から出てくる線や面構成に、他には見られないモダンなものをふと感じたり、普遍的でありながら古臭さを覚えなかったりするのも、そんな柳町氏の若い頃の経験から来ているのかもしれない。

柳町氏の足元も、もちろんご自身の作。外羽根式のフルブローグだが、つま先にメダリオン(文様上の穴飾り)を付けていないので、同種の一般的なものに比べスッキリとした印象。

柳町氏の足元も、もちろんご自身の作。外羽根式のフルブローグだが、つま先にメダリオン(文様上の穴飾り)を付けていないので、同種の一般的なものに比べスッキリとした印象。

しかし、柳町氏はその種の「固い」デザインだけでは飽き足らなかった。自らの真なる活動の場を探求すべく、ロンドンのCordwainers Collegeの門を叩き、靴、つまり形が常に変化する生身の肉体を包むものの造形に取り組み始める。

ご本人は決しておっしゃらないが、デザイン・制作ともに非常に優秀な学生だったようで、後の代の学生が課題にのぞむ際「お手本」として出されるのは大概、柳町氏がここに在学中の作品だったとの声は今でも多く耳にする。また、在学中にJohn Lobb (もちろん注文靴のみを扱うロンドンの元祖のほう)などで修業をするのを通じ、英国のビスポーク文化そして技術に触れていたことも、その後の身の振り方に大きな影響を与えたようだ。

ヨーロッパの顧客に人気の外羽根式のエプロンフロント=日本で言うところのUチップ。本来はカントリーシューズ的な要素の濃いスタイルだが、柳町氏の手にかかると洗練さの方が全面に出てくる。

ヨーロッパの顧客に人気の外羽根式のエプロンフロント=日本で言うところのUチップ。本来はカントリーシューズ的な要素の濃いスタイルだが、柳町氏の手にかかると洗練さの方が全面に出てくる。

既製品ではなくオーダーに可能性を託す

卒業・帰国後の1997年、一旦は「フットウェアデザイナー」として活動を開始。しかし、当時の我が国での量産主体の靴製造、そして販売全般の環境に納得がいかない日々が続いた。
これまでの枠を越えた靴の広め方ができないものか…… 救いの手は靴のセレクトショップの大御所・World Footwear Galleryが差しのべることになる。

1999年に自らのブランド「HIRO YANAGIMACHI」を立ち上げ、World Footwear Galleryの神宮前本店に制作工程の全てが見え、創り手自らが接客する画期的なインショップ「Works on the knees」を開設。デザインはレースアップのみ8タイプ、素材は僅か数種類からのスタートだったものの、既製品ではなく注文靴制作に大きく舵を切ったのだ。

主要なスタイルの靴は店内に手に取れるように飾られている。写真とかではなく実物を足元に置いた上で、どれにするか選べるわけで、顧客も完成時のイメージを掴みやすい。何気ないがありがたい心遣い

主要なスタイルの靴は店内に手に取れるように飾られている。写真とかではなく実物を足元に置いた上で、どれにするか選べるわけで、顧客も完成時のイメージを掴みやすい。何気ないがありがたい心遣い

2008年にはより広いアトリエを求めて現在の地に移転。デザインやベースになる木型のバリエーションを徐々に増やし、オーダーシステムを洗練させるなど、その後も一歩一歩着実に内容の進化・深化を図っている。

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HIRO YANAGIMACHI Workshopは顧客のコーナーのみならず、アトリエ全体がいつ訪れても整然としている。どこに何があるかが、すぐに解かる明晰な空間。作品の表情にもそれが表れている気がしてならない

散らかった印象のない、聡明な靴

鳩目の周囲を竪琴型にくり貫いたような「アデレイド」の意匠を採用したクオーターブローグ。華やかさと清廉とさが高度なバランスで共存しているからか、こちらもヨーロッパの顧客に人気だ。

鳩目の周囲を竪琴型にくり貫いたような「アデレイド」の意匠を採用したクオーターブローグ。華やかさと清廉とさが高度なバランスで共存しているからか、こちらもヨーロッパの顧客に人気だ。

HIRO YANAGIMACHI の靴が他の紳士靴のビスポークとは大きく異なる点がいくつかある。

まず、オーダーの仕組みだ。価格の低い順に、ベースの木型をそのまま用いる「パターンオーダー」、ベースの木型に修正を加える「モディファイドオーダー」、そして木型をゼロから作る「フルスクラッチオーダー」の3種類の中から、注文主の足のコンディションと嗜好で選ぶ訳だが、フルハンドメイドの製造技術や使用する素材に違いは全くない。

極めて珍しい内羽根式のエプロンフロント(日本で言うところのUチップ)。甲のモカシン縫いと履き口の少し下にある縫い目線とが呼応し合い、伸びやかな一足に仕上がっている。

極めて珍しい内羽根式のエプロンフロント(日本で言うところのUチップ)。甲のモカシン縫いと履き口の少し下にある縫い目線とが呼応し合い、伸びやかな一足に仕上がっている。

つまり、ベースの木型を修正せずとも問題のない足の持ち主が、用意されているデザイン通りで満足であるなら、何も「フルスクラッチオーダー」で注文する必要はなく、「パターンオーダー」で大丈夫なのである。非常に合理的で注文主に親切な仕組みであり、靴のビスポークをより身近な存在にしたいと言う柳町氏の思いも素直に伝わって来る。

常に進化・深化を続けるHIRO YANAGIMACHIのデザイン

前述したとおり、古臭さを感じさせないスッキリとしたデザインも大きな特徴だ。今では50種類以上のバリエーションを誇るまでになったが、そのどれもが緩急の妙味と言うか、力強くかつ伸びやか。定番的なものであれかなり現代的なものであれ、ゆるんだ印象や惰性、それに破綻は微塵も感じさせない。

この内羽根式のプレーントウは、アメリカの顧客に人気の作品。型紙を重ねたりずらしたりの作業の中でデザインが思いついたそうだ。あの線が消え、別の線が二重になり…… アッパーで表現される「線」の意味を考えさせてくれる一品。

この内羽根式のプレーントウは、アメリカの顧客に人気の作品。型紙を重ねたりずらしたりの作業の中でデザインが思いついたそうだ。あの線が消え、別の線が二重になり…… アッパーで表現される「線」の意味を考えさせてくれる一品。

「どこにどのような線を入れるかについては、美しさだけでなく力学的な意味も必ず考慮しています。『デザインがハレーション(他に影響をおよぼすこと)を起こしていない、バランスの取れた靴』に仕上げないと、見ていても、履いていても快適ではないので」

もちろんそのためにはデザインの微妙なリチューンも欠かさず行っている。「これで善しとする」ではなく、常に更なる進化・深化を模索し続けているのだ。

最新作の一つで、これがもともと「Uチップ」と呼ばれていたスタイルの靴。ブローギングの曲線が引き締まっていて、弛んだ印象を受けない。前から見ても、後から見ても精悍だ。

最新作の一つで、これがもともと「Uチップ」と呼ばれていたスタイルの靴。ブローギングの曲線が引き締まっていて、弛んだ印象を受けない。前から見ても、後から見ても精悍だ。

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柳町氏の頭脳を証明するかのような計算された空間、そしてチームとしての創造。

そして、World Footwear Galleryのインショップの頃からずっとそうだが、ここまで清潔感あふれるアトリエも他ではそうは見られない。初めて訪れた時にはとても靴づくりの場所とは思えず、現代建築の設計事務所に錯覚したほど。柳町氏の聡明な頭脳を証明するかのような空間であり、どのような靴が完成するかを自ずと想像できる。また、だからこそ柳町氏のみならず他のスタッフの顔と役割もはっきりとわかる。

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アッパー(底より上の部分全体)の製作を担当する江川このみさん。定番的なスタイルのみならず、現代的なデザインを有したものも、緩急のバランスが乱れることなく仕上げてゆく。

アッパー(底より上の部分全体)の製作を担当する江川このみさん。定番的なスタイルのみならず、現代的なデザインを有したものも、緩急のバランスが乱れることなく仕上げてゆく。

HIRO YANAGIMACHI の靴は全ての工程がこのアトリエの中で数名からなる分業制、つまり「チーム柳町」として作られるので、この「見える化」の意味はとても大きい。製造工程上の問題や一人では判断しかねる状況が生じても、その情報や解決方法を共有でき、進歩に全員でのぞめるからだ。

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アウトソールの縫合やヒールの取り付けなどのボトムメイキング(底付け)を担当する小関貴一郎氏。Hiro Yanagimachi の靴特有の「立体感」は、並外れた集中力を有する彼の作業の賜物だ。

アウトソールの縫合やヒールの取り付けなどのボトムメイキング(底付け)を担当する小関貴一郎氏。Hiro Yanagimachi の靴特有の「立体感」は、並外れた集中力を有する彼の作業の賜物だ。

欧米でも評価される、感性と理性とのダイナミズム

「見える化」と言う意味では、HIRO YANAGIMACHI の靴は情報発信能力もずば抜けて高い。Facebookやinstagramを積極的に活用している結果、近年は海外から顧客がこのアトリエにオーダーに多く訪れるのみならず、ビスポーク文化の中心である欧米諸国にパターンオーダーのトランクショーを行うまでになった。

「海外、特に欧米の方の足は、日本人に比べると形状が素直なので、ベースの木型も彼ら向けに変えています。ただ、それを通じて従来の木型の特徴を再認識できたり、モディファイドオーダーの際の修正ポイントを新たに発見できたり……。そうやって一歩一歩前に進んでいるのかなと」

伝統は大切にするがそれに決してしがみつくことなく、経験を通じブラッシュアップするこのような姿勢も、日本に限らず海外での好評価につながっているのだろう。

顧客の多様さが、デザインの深化に繋がる!

例えばニューヨークの顧客は人とは違うデザインを楽しむ傾向が強いので、現代的な要素が前面に出たものを注文することが多いそうだ。対照的にヨーロッパの顧客は、これまで履かれてきた靴の延長的に捉える人が多いからか、エプロンフロント(日本で言うところのUチップ)やアデレイド仕様(鳩目の周囲を竪琴型にくり抜いたような意匠を有した内羽根式のレースアップシューズ)のもののオーダーを多くいただくのだとか。

定番のスタイルだけでなく、現代的な印象のモノも完成度が高い。伝統や経験は大事にするが、それに固執し過ぎることなく「線」や「面」と常に謙虚に向き合う姿勢が、国際的な評価にも繋がっている。

定番のスタイルだけでなく、現代的な印象のモノも完成度が高い。伝統や経験は大事にするが、それに固執し過ぎることなく「線」や「面」と常に謙虚に向き合う姿勢が、国際的な評価にも繋がっている。

「どちらにしても私たちの靴のデザインのバランスを評価し、それに共感してオーダーしていただけるのを実感します。何と言うのか、こんな過程を踏まえてデザインだったものが、自らの『スタイル』にまで昇華してゆくのかな? 的な充実感。それをさらに確信するためには、例えば受注の機会の増加など、まだまだ課題が山積みですが、少しずつ前に、です」

過去からの更新を恐れず、導かれているものに真摯に向き合いつつ、一人一人の注文主に寄り添って渾身の一作を創造する根本の姿勢は変えていないHiro Yanagimachi の靴。そこにはとかく衝突しがちな感性と理性とが、高度に共存している。日本のビスポークシューズメーカーの中では、海外での知名度が最も高い存在であるのも当然、納得だ。
-おわり-


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HIRO YANAGIMACHI WORKSHOP(ヒロヤナギマチ ワークショップ)

柳町弘行(ヤナギマチ ヒロユキ)氏が代表を務めるHIRO YANAGIMACHIブランドのアトリエ兼ショールーム。顧客の足の形、癖などに合わせて一足一足フルハンドメイドで仕上げる。もともとはプロダクトデザインを手がけていた柳町氏の、計算され無駄なくデザインされた靴たちに魅せられる革靴通も多い。

その人気は日本国内だけにとどまらず、ニューヨーク、ロンドン、シンガポールなどでもトランクショーを展開。世界各国にファンがいる。

Facebookには製作した靴のストーリーが更新されており、お客さんに真摯によりそって靴作りをしている姿勢が見てとれる。また、2009年からは19時から22時までの夜間の時間を利用した職人育成プログラムも実施。モノとしての靴をつくるだけではなく、靴文化発展の環境づくりにも力を注いでいる。

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