おじ靴→革靴に呼び方を変えました
「革靴」と文字にすると、紳士靴=男性のものというちょっと遠い存在に感じる方もいるのではと考え、当初連載では親しみやすく「おじ靴」と呼んでいました。初回の本文を読んでいただいた方はご存知だと思いますが、実は連載当初から飯野さんと「おじ靴」という表現は違和感あるよね。と話していました。ただ、他に的確でしかも簡潔な表現を見つけることができず、代わりの名称を模索しながらのスタートとなりました。
連載が進むにつれその違和感がふつふつと大きくなり、番外編での座談会や靴のイベントで実際の声を聞くことで、改めて「おじ靴」という呼び名ってどうなの?と立ち返りました。今の時点ではまだ完全に相応しいと感じる呼び名を探し出せてはいませんが、第6回からは「おじ靴」という呼び方をやめ、デザインにある程度以上のドレス性と古典性を有し性別も気にせず履ける靴の総称として「革靴」を用いてみようと思います。ただし、私達が気付いていないだけで、もっと相応しい呼称があるかもしれません。皆さんのご意見を賜りたく、SNSなどでお気軽にご意見いただけたら嬉しいです!
※連載名とタイトルは「革靴」と変更しましたが、第5回までの本文ではそのまま「おじ靴」と記載しています。
「言葉」が判ると、理解もより深まる!
「ANNE(L5679)」¥75,000+税/トリッカーズ青山店
多くの読者の皆さんのリクエストにお応えし、前回はお勧めの靴ブランドの最新作・大定番をご紹介したこの「おじ靴」連載。イメージとヴィジュアル、そしてキャッチーな表現最重視の女性誌を愛読なされている方には、スタイリングやモデルさんの着用写真は敢えて使わず、ひたすら同じ構図で撮られた商品の解説に徹した構成は違和感大爆発だったかも(笑)。しかしその分、ブランドごとの性格の違いが紳士靴、そして婦人靴(ヒールやパンプス)以上にはっきり表現されていることに気付かれた方も多いのではないだろうか。
これらの「違い」をより深く理解するために絶対に知ってきたいのが、まずは「プレーントウ」や「ローファー」のような、靴のデザインやスタイル名。だが、実はそれをより深く理解するためには、一歩手前の「パーツ」の用語から是非とも押さえておきたい。と言うことで今回は、「おじ靴」を構成するパーツとデザイン・スタイルの詳細を2回に分けてお話ししよう。なお、私の悪い癖で解説はしっかり書いているので(それでも最小限にまとめたつもりではあるが……)、挫折しそうな方はそれを読まなくても大丈夫。各項目の図表やイラストだけをご覧になられて、「これを『メダリオン』と言うのか」とか「私の持っている靴は『内羽根式のフルブローグ』なんだ」などとご理解していただければ、まずは十分ですので!
靴の「表側」にあるパーツやディテール
まずは「外から見える部分」について。
これらは今日では靴のスタイル・デザインを変化させる要素。しかしその起源は全て、靴の機能面から産み出されたものだ。まずはこの絵で、各パーツの位置関係だけでもご確認いただきたい。
1. アッパー
靴本体の上半分全体、底部より上で表に露出している部分の総称。日本語では「甲革」。
つま先を覆う「トウキャップ」、
甲の前半分全体を覆う「ヴァンプ」、
甲の峰になる部分を覆い(次回お話しする)「レースアップ」の靴ではアイレット(鳩目)が配される「レースステイ(羽根)」、
その下に設けられる「タング(舌革)」、
土踏まずより後ろ半分全体を覆う「クウォーター(腰革)」
そしてかかとを覆う「アウトサイドカウンター」
などの各パーツに更に分かれる。
2. トウシェイプ
つま先部全体を上から見た形状のことで、見た目だけでなく足との相性を大きく左右する重要なライン。丸めの「ラウンドトウ」角張った「スクエアトウ」、ノミで削りだしたような「チゼルトウ」などが代表例だ。長め(ロングノーズ)短め(ショートノーズ)も含め、婦人靴ほどではないにせよおじ靴・紳士靴でも、これには大まかなトレンドが存在する。
3. メダリオン
トゥキャップなどに施される穴飾りの英語での呼称。米語では「パーフォレーション」。起源は16世紀~17世紀にアイルランドやスコットランドで履かれていた労働靴に付いていた、通気性や排湿性を確保するための穴。つまり実用的なディテールがデザイン化したものであり、草花の模様や動物の顔をモチーフにしたものが多い。
4. ステッチング
アッパーの切り替え部分に沿って施される縫い目を、シンプルに縫い糸のみで表現した意匠のこと。縫い糸のピッチが細ければ繊細な、太く粗ければワイルドさを演出できる。
5. ブローギング
アッパーの切り替え部分に沿って施される縫い目を、一連の穴飾りを伴って表現した意匠のこと。米語ではこれも「パーフォレーション」と呼ぶ場合もあり、日本語では「親子穴」。起源はメダリオンと同じで、穴の大きさや配列次第で靴全体の印象が大きく変化する。大抵の場合、ステッチングよりスポーティーな雰囲気になりがちだ。
6. アイレット
「鳩目」とも呼ばれる、シューレースを通す為の穴。次回お話しする「レースアップ」の構造のシューズ(短靴)では、レースステイ上にこれが3~6対配置され、数が少ない方が畏まった場には相応しいとされる。
ここを補強する金具が表面からは見えない「内鳩目」仕様の靴は落ち着いた雰囲気に。一方で、金具が表面に露出する「外鳩目」仕様の靴は活動的な印象だ(上の写真はこちら)。後者では鳩目自体の大きさや色を変化させることを通じ、靴の表情にアクセントを付ける役割も果たす。
7. シューレース
要は「靴紐」。フィット感を微調整するだけでなく、靴の表情を最終的に決定付けると言っても良い何気に重要なパーツだ。長さだけでなく素材や太さ、それに形状や通し方もさまざま、そして実は靴でユーザー自身の手で簡単に変更・交換できる唯一のパーツでもある。探求心を持って選びたい。
例えば、連載 第2回でご紹介したクロケット&ジョーンズのFLORENCEには、赤いシルクリボンがあしらわれている。
「FLORENCE」¥77,000+税/クロケット&ジョーンズ(トレーディングポスト大阪店、トレーディングポスト青山本店)
8. トップライン
アッパー上端の「履き口」の形状のこと。足首の下部をしっかり包み込むと同時にくるぶしには喰い込まないのが理想的で、何気に心地良くフィットする靴を探すのに一苦労するポジション。スニーカーやウォーキングシューズでは、ここの内側にウレタンパッドを封入する場合も多いが、本格的なおじ靴・紳士靴ではそのような仕様は少ない。
9. コバ
靴を真上から眺めると、アッパーの外周を取り囲むように見えるアウトソールの縁部のこと。靴の製法やその時々の流行でここの幅は微妙に変化し、広くすれば靴全体がガッチリ安定感のある顔立ちとなる一方で、狭くすると華奢で繊細な印象になる。
10. ウェルト
コバの上に載り日本語では「細革」とも呼ばれる、ウェルテッド系の底付け(詳細は別の回で!)の靴では必要不可欠な帯状のパーツ。この製法の靴ではウェルトを介在させることで、アッパーとインソールやライニング(後述します)、それにアウトソールとが2種類の縫合を経て繋がる。
11. ヒールカーブ
かかと部の後背面全体の形状のことで、履き心地の重要ポイント=かかとのフィット感を左右する重要なライン。靴の設計思想や品質が何気なく現れる箇所だ。日本人は足全体の大きさに対しかかとが相対的に小さい傾向にあるので、ここが小振りに纏まった靴の方がフィットしやすい。
靴の「内側・底部」のパーツやディテール
ここからは「表からは見えない・見え難い部分」の解説としたい。
靴全体から見ると最先端素材の進出が著しいものの、おじ靴・紳士靴では伝統的な材料もまだまだ健在!こちらも下の絵で、各パーツの位置関係をまずはおさえていただければ大丈夫!
12. 先芯
靴のつま先部でアッパーとライニングの間に挿入する芯材のこと。外部の障害や横ずれ等から足のつま先を守り、トウシェイプを維持しかつ補強する。素材や厚みは靴の性格で異なるものの、柔軟性と軽快性を最優先とした靴では敢えて入れない場合も稀にある。
13. ライニング
アッパーの補強や足への触感を向上させる目的で、その裏面に付けられる裏地。素材は、スニーカーや安価なものでは合成皮革や合成繊維だが、おじ靴・紳士靴では牛革や綿布が一般的。靴全体の柔軟性を優先する場合は、全く付けないか(これを「アンラインド仕様」と称する)、クウォーターの裏にのみ付ける場合もある。
14. 月型芯
トリッカーズ「ANNE(L5679)」を後ろから見たところ。
底部と見比べると、アッパーのヒールカーブがコンパクトに纏まっているのは一目瞭然。月形芯はアッパーのこの周囲に内蔵されている。
「ヒールカウンター」若しくは「カウンター」とも呼ばれる、かかと部でアッパーとライニングの間に挿入する芯材のこと。足のかかとを固定させると共に、外部の障害からそこを守り、ヒールカーブの形状を維持・補強する役割を果たす。アンラインド仕様のスリッポンのような靴では、これを省略したりごく小さなものしか付けない場合がある。その一方で、かかと部だけでなく土踏まず部を安定させる目的で、外くるぶし側より内くるぶし側を遥かに長くしたものを採用する場合もある。
15. インソール
つまりは「中底」。足を直接下支えする重要なパーツ。柔軟性と耐久性との両立が不可欠で、抗菌性や通気性も高度に求めるので、おじ靴・紳士靴では通常は分厚い牛革製。ただし、靴の構造次第ではこれが付かなかったり、ライニングと同素材となる場合もある。
16. ソックシート
インソールと混同される場合が多いが、こちらはいわゆる「中敷」。すなわちインソールの上に貼り付けるシートのこと。後述するヒールリフトを繋げる釘や、マッケイ製法(詳細は別の回で!)系での底付けで表れてしまう縫い糸のような、インソール表面に露出する凹凸から足裏を保護し、違和感を無くすのが役割。通常はインソールの後ろ半分に敷かれるが、全面を覆うものも多い。おじ靴・紳士靴では革製の薄くシンプルなものが用いられる。なお、稀にではあるが底付けの工夫を通じ、これが付かないものも存在する。
連載 第2回でご紹介したカルミーナの1463は、アッパーの黒とソックシート(中敷)とライニングのオレンジのコントラストが印象的だった。
「1463」¥62,000+税/カルミーナ(トレーディングポスト大阪店、トレーディングポスト青山本店)
17. フィラー
アウトソールとインソールの間にできる隙間を埋め、同時にクッションの役割も果たす詰め物のこと。日本語では「中物」。素材は軽くて柔軟性・衝撃吸収性に富んでいることが絶対条件で、それと同時に長年踏まれてもヘタらない耐久性も求められる。既製靴ではコルクやスポンジなどが主に用いられる。靴の製法によってはこれが付かないものや、ミッドソールで代用されているものもある。
18. シャンク
土踏まず部でアウトソールとインソールの間に入る細長い芯のことで、小さなパーツながら「靴の背骨」とも言える大事な存在。足の縦・横のアーチを支え、体重による負荷でインソールやアウトソールを必要以上に歪ませなくするのが役割。そのため適度な弾性が求められ、以前は木や革を薄くへら状にしたものが使われ、20世紀以降は鉄製のものが盛んに用いられて来た。今日では、軽量化の追求と飛行機の搭乗時に金属探知機を誤作動させない目的で樹脂製も多い。因みに、近代的な婦人靴で鉄製のこれを初めて採用したとされているのが、婦人靴ブランド・フェラガモの創業者=サルバトーレ・フェラガモだ。
19. ミッドソール
靴の用途や製法次第でインソールとアウトソールの間に入れるケースがある、もう一枚のソールのこと。これを入れると靴が重くなり足の返りも悪くなるが、底部全体の頑丈さは格段に上がる。
なお、これを全く付けない仕様を「シングルソール」、底面全体に付けたものを「ダブルソール」、土踏まず部より前だけに付けたものを「ハーフミッドソール」と呼ぶ。
20. アウトソール
トリッカーズ「ANNE(L5679)」はオーソドックスなレザーソール仕様。
穴が開いても複数回総交換できるので、長い年月に渡り履ける!
日本語では「外底」「本底」。靴が地面に直に接する部分であり、耐熱性・耐水性・耐圧性・耐摩耗性など、靴の中では最もタフな性能を求められるパーツ。安定した歩行を支える柔軟性や適度な弾力性、それに通気性も不可欠な要素だ。代表的な素材は牛革、そしてゴムや合成系のものも今日では人気が高い。良質で長持ちするおじ靴・紳士靴は、素材がどうであれここが摩耗し穴が開いても少なくとも一度は全交換可能。
21. トップピース
「トップリフト」とも呼ばれる靴のかかと部で地面に接する部分で、直立歩行時に全ての体重が掛かる足のかかと部を支え、ふら付きや滑りを防ぐ役割を果たす。実は靴の中で最も消耗の激しいパーツ。そのため、継続的な交換を大前提として設計されている。今日では牛革と合成ゴムを組み合わせたものや、合成ゴムやスポンジ・ウレタンの類のみで出来たものが主流。後者は後述のヒールリフトと同一素材で一体化させたものも多い。
22. ヒールリフト
かかと部に掛かる体重を足底に平均的に分散させると同時に、高さを調節することで足を蹴り出す力を地面により早く伝え歩行を補助する目的も果す、一種の積み上げ壇のこと。牛革や細かな牛革を固めたレザーボード、合成ゴム等を一層~数層重ねて作られる。
なお、紳士靴の場合はかかと全体の高さは、ここ百年では2.5cm±0.7cmと婦人靴に較べ極めて集約されている。要はワンパターン。その意味でもおじ靴では、ここの高さや形状のバリエーションを楽しんで選んでいただきたい。
ーおわりー
撮影協力
● トリッカーズ青山店 (☎︎03-6805-1930)
● トレーディングポスト青山本店 (☎︎03-5474-8725)
● トレーディングポスト大阪店 (☎︎06-6251-1244)
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