「なぜ靴作りの道へ?」誰もが驚く異色の経歴。
久しぶりに靴職人の取材に行ってきました。WFGマエストロサロンで展開する「SEIJI McCARTHY(セイジ マッカーシー)」の靴を手掛ける靴職人セイジ マッカーシーさんだ。
まずセイジさんのユニークなところは学歴と職歴だろう。職人さんの中にも高学歴な方はいるがスタンフォード大学を卒業した人はまずいないだろう。しかもINSEAD MBAを取得している。またニューヨークのNational Basketball Association(NBA)でビジネスコンサルタントとして働いた経験があるなど、現在の靴職人とはまったく結びつかないのだ。
足を履き入れた瞬間、見える景色が変わった。
セイジさんと現在の職業を結びつけたのは靴好きという点だ。
もともとスニーカーが大好きだった彼は、ある日アディダスでスニーカーのデザイナーになろうと決意する。しかしデザインの経験がないため無理と言われ、ミラノで3ヶ月間靴のデザインを学んでいる。そのときに訪れたBerluti(ベルルッティ)でドレスシューズに目覚めてしまう。
ベルルッティの靴を履いて鏡の前に立つと背筋が伸び、スニーカーとも違う世界を感じたという。その後はロンドンに渡りハンドソーン・ウェルテッド製法を習得し、ドイツのベルリンで他社の靴と自らの靴を作る日々を送る。
しかし自分が作る靴に納得ができず悩み続ける日々。そんな時にインターネットで見つけた「HIRO YANAGIMACHI」の靴を見て、「これは凄い靴だ」と思ったそうだ。
来日した際に「HIRO YANAGIMACHI Workshop」で、数回にわたってトレーニングプログラムに参加する。そこで底付け、ラストメイキング、パターンメイキングを完全に習得したのである。
セイジさんは「素材や使う道具、木型など、すべてが良くなかった」と5年間のドイツ時代を振り返っている。しかし辞めようと思ったことは一度もなかった。彼はもともと何かを作るのが好きな人間なのだ。
木型に合わせてアッパーの革をつりこんでいるところ。けっこう力のいる仕事だ。
均等にムラなく革が吊り込めているか、靴の正面から背面からあらゆる角度から丹念に確認する。
アッパーの型紙製作から縫製、木型の製作まですべての工程をセイジさん一人で行っている。
フランスの名門タンナー、アノネイの革を中心にセイジさんが良いと認めた革のみを厳選。アノネイの革よりも光沢が控えめなイタリアのタンナー、ゾンタもラインナップ。アウトソールは耐久性のあるベイカー、JRなどを使用する。
フォルムの美しさを最大限に活かすため。潔さを感じさせる引き算の美学。
「SEIJI McCARTHY(セイジ マッカーシー)」のオーダーの方法について説明しておこう。
サンプルの靴から好きなデザインを選んで、フィッティング用のサンプルを試着する。フィットして問題がなければ「Made-to-Order」。修正が必要な場合はハウスラストに革を貼るなどして対応する「Made-to-Measure(メイドトゥメジャー)」。フィッティングサンプルが合わない場合はラスト(木型)から作る「Bespoke」。基本的にこの3ラインで展開している。ともにフルハンドメイドである。
サンプルを試着して、サイズがつまっているところや余っているところを手で触って確認する。
セイジさんの説明を受けながら、実際にサンプル(アデレイドのクォーターブローグ、フルブローグ、パンチドキャップトウ、ブラインドフルブローグの4型)を手にとって見せてもらった。
彼が目指す靴は伝統的な技法に基づいたコンテンポラリークラシックだ。装飾的なものは避けてクリーンでピュアなデザイン。具体的に言うとアッパーのW文字状の切り替え部分のピンキング(ギザギザ)や穴飾り(ブローグ)をなくしたものや、ステッチのみで切り替え風に見せているものなど、モダンなデザインに徹しているのだ。
通常ヒールカップに見られるシームもなくしている。後ろから見て踵の縫い目が見えないのである。
装飾的なディテールをあえて排除するには理由がある。それはフォルムをより目立たせたいからだ。
セイジさんの目指す靴は曲面と曲面が自然につながりあった美しい靴。フォルムの美しさをより引き出すためにも、できるだけスッキリと見せているのである。曲面というのはアッパーだけではなく、アウトソールも含めての話だ。つまり全方向ぐるぐる回して見ても美しいというわけだ。発想が素晴らしいと思う。
①アデレイドのクウォーターブローグ
「アデレイド」と呼ばれる琴型の切り替えをレースステイの周りに配したクウォーターブローグ。ピンキング(ギザギザ模様)のないすっきりとしたデザインだ。ソフトスクエアトウ。
②フルブローグ
一見すると普通のフルブローグなのだが、よく見るとステッチだけで切り替えしに見せていて、ピンキング(ギザギザ模様)もない。装飾的だがモダンな雰囲気。スクエアトウ。
③パンチドキャップトウ
一文字部分に飾り穴を配したキャップトウのことをパンチドキャップトウと呼ぶ。セイジさんの靴作りは、イギリス靴をベースにしているというのがよくわかる一足。ラウンドトウ。
④ブラインドフルブローグ
アッパーにWの文字の切り替えをデザインしたフルブローグだが、穴飾りを無くしたブラインドフルブローグになっている。ビスポークでは珍しいデザインだ。アーモンドトウ。
目指す究極の曲線美は、旧車のボディデザイン。
彼が好きなデザインについて伺ったところ、1960年代の曲線を帯びた車が好きとのこと。とくに流麗なボディデザインで知られる「Jaguar E-type(ジャガーEタイプ)」が好きだという。E-typeのデザインをそのまま靴に反映させているわけではないが、ハウスラストを作る上でも参考にしたはずだ。セイジさんの根底に流れているデザインセンスはやはり曲線なのである。
ただしセイジさんが作るのは既製靴ではない。注文主の足型に合わせて修正することも多い。どこまでそのフォルムを維持しながら、快適なフィッティングを目指すか、それがやはり難しいそうだ。
もちろん彼が目指す靴はデザインだけではない。アウトソールも歩行のしやすさを考慮して少しツイステッドラストにしているし、月型芯の内側を長めにすることで歩行時の安定感を向上させている。技術的にもここ数年で向上しているという。「ベベルドウェストの新しい作り方を考えたよ」と言っていた。セイジさんは探究心も凄いのだ。
ビスポーク=クラシックというこれまでの概念にとらわれず、自ら美しいと思う靴を作り続ける情熱は凄い。あと、価格もリーズナブルだと思う。
ーおわりー
右は試着してフィッティングを調べるフルブローグのフィッティングサンプル。左はサンプルのクウォーターブローグ。ともにアデレイド(琴型)というのはセイジさんの好みだ。
ワールドフットウェアギャラリー神宮前店 2Fマエストロサロン内
営業時間:11:00~20:00
定休日:無休(年末年始除く)
※完全常駐ではないので、依頼の際は事前予約が必要
住所: 東京都渋谷区神宮前2-17-6 神宮前ビル2F
TEL: 03-3423-2021
SEIJI McCARTHY HP
<サンプルの型>
※2016年9月よりさらに4型追加予定!
①アデレイドのクォーターブローグ
②フルブローグ
③パンチドキャップトウ
④ブラインドフルブローグ
**以下2016年9月より追加予定**
⑤2アイレットダービー(もしくは2アイレット外羽根プレーントウ)
⑥シングルモンク(もしくはモンクストラップシューズ)
⑦サイドモンク(もしくはサイドモンクストラップシューズ)
⑧ホールカット(もしくはホールカットプレーントウ)
<オーダー方法3種>
「Made-to-Order」
ハウスラストを使用。フィッティングなし。新デザイン有料。価格20万円程度
「Made-to-Measure」
ハウスラストを修正。フィッティング1~2回。新デザイン有料。価格24万円程度
「Bespoke」
ラスト(木型)をフル加工。フィッティングは無制限。新デザイン無料。価格32万円程度
※いずれもフルハンドメイド(ハンドソーン・ウェルテッド製法)、カスタマイズ無料、シューツリー付き。
終わりに
名門大学を出ていろいろな職業を経てから靴作りの世界に入ったセイジさん。「HIRO YANAGIMACHI」の柳町さんもそうだが、違う職業から靴職人になった人はやることが理論的だし、簡単にいうと頭のいい人が多いと思う(笑)。無駄のないスッキリとしたフルハンドメイドの靴に魅せられた。今後楽しみな職人だ。