おじ靴→革靴に呼び方を変えました
「革靴」と文字にすると、紳士靴=男性のものというちょっと遠い存在に感じる方もいるのではと考え、当初連載では親しみやすく「おじ靴」と呼んでいました。初回の本文を読んでいただいた方はご存知だと思いますが、実は連載当初から飯野さんと「おじ靴」という表現は違和感あるよね。と話していました。ただ、他に的確でしかも簡潔な表現を見つけることができず、代わりの名称を模索しながらのスタートとなりました。
連載が進むにつれその違和感がふつふつと大きくなり、番外編での座談会や靴のイベントで実際の声を聞くことで、改めて「おじ靴」という呼び名ってどうなの?と立ち返りました。今の時点ではまだ完全に相応しいと感じる呼び名を探し出せてはいませんが、第6回からは「おじ靴」という呼び方をやめ、デザインにある程度以上のドレス性と古典性を有し性別も気にせず履ける靴の総称として「革靴」を用いてみようと思います。ただし、私達が気付いていないだけで、もっと相応しい呼称があるかもしれません。皆さんのご意見を賜りたく、SNSなどでお気軽にご意見いただけたら嬉しいです!
※連載名とタイトルは「革靴」と変更しましたが、第5回までの本文ではそのまま「おじ靴」と記載しています。
おじ靴の性格を決定付ける「底付け」
お陰様でご好評いただいている「おじ靴」連載、前回は靴の代表的なスタイルについてお話した。おじ靴・紳士靴にも様々なスタイルがあるが、案外系統立って存在していることがお解りいただけたのではないだろうか。この辺りは婦人靴に比べると、やはり理屈っぽいと言うのか縛りがキツイと言うのか……。 でも逆に言うと、頭での整理はし易いってことでもあるのかな(笑)?
さて今回は、靴の底付け・製法についてお話したい。
婦人靴やスニーカーでは殆ど話題にならない一方、おじ靴・紳士靴ではどうしても、どうしても触れなくてはならないのが、何を隠そうこの領域だ。頑強に見える構造から華奢に見える構造までとにかく多種多様で、スタイルにも大きな影響を与えるからだ。それのみならず、靴の履き心地や耐用年数にも大きく関係し、足と靴に対する考え方の多様性を示せるからでもある。
ただ、いきなり製法とか底付けの方法とか言われても、正直チンプンカンプンの読者が圧倒的多数だろう。そこで今回はまず、代表的な五種類の系統に大まかに分けた上で、断面図を示しながら更に細かく分類してご説明申し上げたい。既存の製法を機械化に伴いリファインさせたもの、ある製法と別の製法を掛け合わせたようなもの……。 実はこれも、相当系統立って存在していることに驚かれるのではないだろうか。そして今回も、婦人誌は勿論のこと、もはやメンズ雑誌でも載せてくれない位に詳細な説明(笑)を書いたので、シンドイと思う方は構造そのものの説明文は読まずに結構ですので!
なお、予めお断り申し上げておくが、これらの製法に絶対的な優劣は存在しない。どの底付けにも長所と短所がある。それらを踏まえた上で、適材適所的に靴選びの参考としていただければ幸いである。
まずは自分の靴でチェック!
早速だが、代表的な五種類の系統の大まかな見分け方をチャートに纏めてみた。今履いている靴をチェックしてみよう! あなたの靴は一体どの系統? 続いて各系統の細かな説明に移りたい。
A. ウェルテッド系
コバに「ウェルト」と称する細い革を介在させて、アッパーとインソールそれにアウトソールとを縫合する製法。
具体的には、
①「掬い縫い(つまみ縫い)」:インソールの底部の周囲にある種の「突起」を設け、これとアッパー・ライニング・ウェルトとをまず縫い合わせる。なお「つまみ縫い」とは、この「突起」を細長い布製テープ=リブの接着で作り、手ではなく専用のミシンで縫合する場合の、より厳密な表現である。インソールの底部にフィラー(中物)を入れ、ものによってはミッドソールを挟み、
②「出し縫い」:コバで上から下にウェルト・(ミッドソール)・アウトソールの順に重ねて縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。機械化の度合いで更に2種類若しくは3種類に別けられる。
a. 【ハンドソーン・ウェルテッド製法】「手仕事」ならではの最強バランス
①の「突起」を、インソール底部の周囲に「ドブ」と呼ばれる細長い棒状の凹凸を削り起こして作成し、「掬い縫い」を手作業で行うもの。
②の「出し縫い」も手で縫うものを日本では「十分(じゅうぶ)仕立て」、専用のミシンで行うものを「九分(くぶ)仕立て」と更に分ける場合も多いが、いずれにせよ今日でも手縫いによる底付けを代表する製法だ。
丈夫さ・立体的な成型による履き心地の良さ・適度な軽さをハイレベルに追求でき、製作可能なデザイン・スタイルも限りない。紳士靴のイメージがあまりに強いものの、おじ靴はもちろん、コバの処理を工夫すればパンプスのような婦人靴もこの底付けで製作可能だ。
また「出し縫い」さえ解けば、アッパーに影響を与えずアウトソール交換が複数回可能なので、お手入れさえ怠らなければ半永久的な使用も期待できる。ただし完成には多くの時間と手間が掛かるため、「九分仕立て」ならまだ既製品でも存在するが、「十分仕立て」となると今日ではビスポーク(注文靴)以外の製品で見ることは、まずない。
因みに起源は15世紀終盤のドイツと言われ、今日でもベビー靴やバレエシューズ等に用いる底付け(ターン式製法)を改良したとされている。気候上厚めのソールが不可欠な欧州北部を中心に16世紀以降一気に広まったものだ。
b. 【グッドイヤー・ウェルテッド製法】「おじ靴」高級品の代名詞的存在
a. ハンドソーン・ウェルテッド製法との違いは、インソール底部の周囲に凹凸を起こすのではなく、細長い布製テープ=リブを接着した上で、「掬い縫い(つまみ縫い)」を専用の機械で行い、「出し縫い」も別の専用ミシンで行う点。
リブを取り付ける高さを稼ぐため、インソールを薄く(フィラーを厚く)する必要があり、その分a.より靴は重くなる。履き心地もやや硬くなるものの、安定性や頑丈さ、それにソール交換の容易さには大差なく、機械が多く使えるのでコストもそれより抑えられる。
こちらはa. ハンドソーン・ウェルテッド製法をベースに1874年~79年にかけて、当時靴需要が旺盛だったアメリカでチャールズ・グッドイヤーJr.が考案したもの。ミシンを多用した大規模な工場での靴製造の道を世界的に切り開いた製法であり、クラシック・トラディショナルな雰囲気のおじ靴・紳士靴との相性が特に優れている。
クロケット&ジョーンズやトリッカーズ、それにチーニーなどのイギリスの主要な靴メーカー、コードヴァンのアッパーで有名なアメリカのオールデン、それに日本のスコッチグレイン等の製品は、ほぼ全てこの底付けで作られている。
B. ステッチダウン系
コバの部分でアッパーの端を外側に曲げた状態で、アウトソールと縫い付ける製法。特に屈曲性に優れた=足の「まねき運動」を行い易い靴に仕立てることが可能だ。今日人気があるものは2種類に大別できる。
c.【ステッチダウン製法】 指の「曲げ」への反応が抜群
「出し縫い」:コバで上から下に、端部を外側に反らせたアッパーとライニング・インソール・アウトソールの順に重ね、縫い合わせて完成させる底付け。
構造上アッパーの「縫い浮き」が出易く平べったい印象になり易いものの、アウトソールの曲がりに優れ、また軽量で構造も簡単なので、かつては子供靴の代表的な製法だった。
英国・クラークスのデザートブーツがこの底付けで作られている靴の代表作。この靴を開発した同社は、1850年代にミシンによるこの底付けの方法自体も考案したとされる企業。それまでの室内用スリッパの製法を応用したそうで、確かに今でも室内用スリッパはこの製法の応用形が多い(アッパーの端部をインソールとアウトソールとの間に折り込んだ上で「出し縫い」を掛けているので、ご家庭でチェックしてみて!)。
d. 【ヴェルドショーン製法】イギリス陸軍の靴のDNAが残る
簡単に申せば、b. グッドイヤー・ウェルテッド製法とc. ステッチダウン製法とを交配したもの。
すなわち、
①「掬い縫い(つまみ縫い)」:インソール底部の周囲にリブを接着し、これとライニング・ウェルトとをまず専用ミシンで縫い合わせる。
インソールの底部にフィラー(中物)を入れ、ものによってはミッドソールを挟み、
②「出し縫い」:コバで上から下にアッパー・ウェルト・(ミッドソール)・アウトソールの順に重ねて、別のミシンで縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。
c. ステッチダウン製法の屈曲性とb. グッドイヤー・ウェルテッド製法の堅牢さを兼ね備えるのが特徴。そのため、主にイギリスの靴メーカーで長い間軍靴、とりわけ歩兵用の戦闘靴の底付け方法として採用していた。この底付けで今でも製造可能な既製靴メーカーは、要は過去に軍靴を英国政府に納めた実績のある会社。現在でもカントリーシューズの製法として健在で、近年日本で人気の英国・チーニーの「ケンゴン」はこの製法を用いた代表作で、本国では超・ロングセラーである。
因みに語源は、南アフリカ共和国で話されるアフリカーンス語で「草原の靴」を意味する”Veldtskoen”。17世紀からそこに入植したオランダ系住民が農作業時に着用した靴の底付けを改良したものだ。
C. ノルウィージャン系
アッパーのソールとの境目の側面に、「掬い縫い(つまみ縫い)」の縫い目が確認できる製法。文字通りノルウェーが発祥と言われるが、下記に挙げる通り今日では何故かフランスの靴メーカーに秀作が多い。
また、「ノルベジアン」等の日本語表記のみならず、呼称そのものが各メーカーで結構錯綜しており、名称と定義とを一致させ難い底付けでもある。
e. 【ノルウィージャン製法】柔軟でも堅牢で足ブレを起こし難い
簡単に言うと、c. ステッチダウン製法のアッパーの側面で「掬い縫い」を加えたもの。
つまり、
①「掬い縫い」:インソール底部の周囲にドブを削り起こすかリブを取り付け、これとアッパー並びにライニングを、まずインソールの側面と平行に縫い合わせる。
インソールの底部にフィラー(中物)を入れ、ものによってはミッドソールを挟み、
②「出し縫い」:コバで上から下にアッパー・(ミッドソール)・アウトソールの順に重ねて縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。
c. ステッチダウン製法に比べ着用時に左右のブレが少なくなる一方で、前後方向の屈曲性はしっかり備えることが可能なので、見た目に比べ柔らかな履き心地を得られる。連日の長時間歩行を前提とする靴に最適な製法とされ、ヨーロッパの大陸側を中心に例えば軍靴や中装備用登山靴、それに狩猟用の靴に古くから用いられて来た。
近年街中でも多く見るようになったチロリアンシューズやトレッキングブーツも、この製法のものが多い。メンズではJ.M.ウエストンの重厚なUチップ「ハントダービー(日本ではかつて『ド・ゴール』と呼ばれていた)」が代表例だ。
f. 【ノルウィージャン・ウェルテッド製法】問答無用、最も頑強な底付け
簡単に言うと、a. ハンドソーン・ウェルテッド製法のウェルトと「掬い縫い」を、靴の外側に完全に露出させた製法。若しくは文字通りe. ノルウィージャン製法にウェルトを付けた製法。
つまり、
①「掬い縫い」:インソールの底部の周囲にドブを削り起こし、こことアッパー・ライニングそれに断面がL字状になったウェルトとを、まずインソールの側面と平行に、手で縫い合わせる。インソールの底部にフィラー(中物)を入れ、ものによってはミッドソールを挟み、
②「出し縫い」:コバで上から下にウェルト・(ミッドソール)・アウトソールの順に重ねて、同じく手で縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。
ウェルトが靴の内部に全く潜り込まない状態でアッパーの端部を隠すことになるので、a. ハンドソーン・ウェルテッド製法とe. ノルウィージャン製法の長所に高い防水性・防塵性が更に加わり、製法上は最も頑丈な靴になる。
以前は革製のスキー靴や重装備用の登山靴の底付けとして知られていたものの、重さと工程の複雑さが災いし、現在ではもはやビスポークの靴でも滅多にお目に掛かれない。なお、上記の目的で用いる際は、ウェルトの縫い目やアッパーとの境目に松脂やワックス等を塗ることで耐水性を完璧にしていた。
g. 【リバース・ウェルテッド製法】機械化と耐水性・防塵性を両立
こちらは簡単に言えば、f. ノルウィージャン・ウェルテッド製法を工場生産向けに簡略化したもの。或いはb. グットイヤー・ウェルテッド製法でウェルトと「掬い縫い(つまみ縫い)」を靴の外部に完全に露出させたものとも言える。
つまり、
①「掬い縫い(つまみ縫い)」:インソールの底部の周囲にリブを接着し、こことアッパー・ライニングそれに断面がL字状になったウェルトとを、まずインソールの側面と平行に、専用のミシンで縫い合わせる。インソールの底部にフィラー(中物)を入れ、ものによってはミッドソールを挟み、
②「出し縫い」:コバで上から下にウェルト・(ミッドソール)・アウトソールの順に重ねて、別の専用ミシンで縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。
カントリー系の靴で多く見られる底付けで、製靴方法の機械化に合わせb. グットイヤー・ウェルテッド製法とf. ノルウィージャン・ウェルテッド製法とを交配したと考えると解りやすいかも? そのためか、日本では「外縫い式グッドイヤー・ウェルテッド製法」と呼ばれる場合もある。
今日、世間でf.と呼ばれている靴の殆どは、実際にはこの底付けである。とは言え構造自体はそれと同様に頑丈で、防水性や防塵性もf.と同じく極めて高い。すっかり人気の定着したパラブーツのUチップ「シャンボール」やチロリアンシューズ「ミカエル」などが代表例。
D. マッケイ系
ソックシート等で隠される場合もあるが、靴の内側に底付けの縫い目が確認できる系統の製法。地面の突き上げ感があり耐久性もやや劣るが、軽く返りの良い靴に仕上がる。
また、前述のA. ウェルテッド系、B. ステッチダウン系、C. ノルウィージャン系とは異なりこの系統は「出し縫い(この系統のものは特に『マッケイ縫い』とも言う)」の際、一旦木型を外す必要に迫られる。そのため、アッパーにはその際に皺の残り難い柔軟なものが求められる。
h. 【マッケイ製法】華奢な印象と軽い履き心地
「出し縫い(マッケイ縫い)」:靴の内部で上から下に、インソール・ライニング・アッパー・アウトソールの順に重ね、専用ミシンで縫い合わせ完成させる底付け。
底付けの縫いが一工程しかないのはc. ステッチダウン製法と同様だが、靴の外周を縫い上げるそれとは対照的に、こちらは靴の中に縫い目がグルッと現れる。
縫いの全く掛からないコバを薄く・狭くできるので(中にはそこに縫いが掛かっているものもあるが)、華奢な印象を強めたい靴との相性に優れる。現在ではイタリア製のおじ靴・紳士靴のイメージが強いが、この製法が同国で盛んになったのは実は第二次大戦後である。なお、婦人靴でもイタリアの今は亡き名門タニノ・クリスチーの製品は、消滅直前までこの底付けが主流だった。
また、変わったところではアディダスのスニーカーの古典的名作・スタンスミスやスーパースターも、実はこの製法の応用編。「出し縫い(マッケイ縫い)」を、凹状にしたアウトソールの側面に掛けているこの技法を「サイドマッケイ」とか「オパンケ縫い」と称する。
起源は若干複雑だ。まず1858年にアメリカのライアン・ブレイクがこの底付けの機械化を考案し、その特許を同じアメリカのゴードン・マッケイが取得し製品化した。そのような経緯のため、この底付けはヨーロッパ大陸では「ブレイク製法」と称する。
i. 【モカシン製法】人類最古の靴の現代版
①「モカシン縫い」:まず足裏を包むようにU字状に配置したアッパーの甲より前の部分を、別のアッパーで蓋をし、両者を縫い合わせる。
②「出し縫い(マッケイ縫い)」:靴の内部で上から下に、アッパー・アウトソールの順に重ね、専用ミシンで縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。
上から蓋を被せる構造上、デザイン面での制約は多い。しかし、ライニングやインソールを付けなくても靴になるので、この系統の中でも特に履き心地が軽やかに仕上がる傾向が強い。デッキシューズやアメリカのバスのコインローファー、それにイタリアのグッチのビットモカシン等、素足で履くのが許されるカジュアル度の高い靴への採用が多いのも頷ける。
なお、「モカシン縫い」の起源には、ネイティブアメリカン説やノルウェー先住民説など諸説あるものの、いずれも太古のモンゴロイドの履物に辿り着くとされる。靴としての最原点の一つであることは間違いない意匠で、今日では様々なバリエーションがある。
j. 【ボロネーゼ製法】靴下のような優しい包まれ感
①「ボロネーゼ縫い」:予め靴の前半分のライニングの上部を、同一素材で別パーツの底部と縫い合わせて袋状とし、これにアッパーを被せる。
②「出し縫い(マッケイ縫い)」:靴の内部で上から下に、ライニングと靴の後半分に付けたインソール・アッパー・アウトソールの順に重ね、専用ミシンで縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付け。
靴の中の前部を覗くと、底面に上記の①と②の二種類の縫い目がグルッと確認できるのが見掛け上の大きな特徴で、「インシームマッケイ製法」とも呼ばれる。
i. モカシン製法の天地を逆さにするのを通じ、その欠点であるデザイン上の制約を排除した製法とも言える。前半分にインソールが付かず、その代わりを果たすライニングが足を靴下のように包み込む構造となるため、足あたりが特段にソフトで密着度にも優れた靴に仕上がる。「最も足音の立たない製法」との評もあるほどで、体重が男性に比べ軽く重めの靴がさばき難い女性にとっては、ある意味理想的な底付けの一つ。おじ靴にもっと採用されて欲しい製法だ。
その名の通りイタリアのボローニャを起源とする底付け方法で、原型は13世紀頃から存在した。それをh. マッケイ製法をベースに機械化し、第二次大戦後からイタリアの靴メーカーを中心に広まった。紳士靴・婦人靴共に、イタリアのア・テストーニ社の製品が特に有名。
k. 【ブラックラピド製法】パッと見グッドイヤー・ウェルテッド?
①「出し縫い」その1(マッケイ縫い):靴の内部で上から下に、インソール・ライニング・アッパー・ミッドソールの順に重ね、専用ミシンで縫い合わせる。
②「出し縫い」その2:コバで上から下に、ミッドソールとアウトソールの順に重ね、専用ミシンで縫い合わせる。
これら2種類の縫合を経て完成させる底付けだ。
h. マッケイ製法の欧州での呼称「ブレイク」と、速いを意味する”RAPID”を合わせ、イタリア風に名付けられたもの。縫合を2回要する製法の中では最速で靴に成形できるのに因んだ命名らしい。ミッドソールの端部にb. グッドイヤー・ウェルテッド製法でのウェルトの役割を持たせたのが構造上の特徴。つまりb.とh.とを交配したものであり、日本ではそれ故「マッケイグッド製法」とも呼ばれる。
ミッドソールが必ず入るのでやや重くなり、マッケイ系でありながらコバに出し縫いが必ず掛かるので気持ち重厚な印象にもなるが、b.の重厚な雰囲気を容易に、しかもより低コストで得られる。おじ靴・紳士靴では靴メーカーの商品以上に、イタリアやフランスのラグジュアリーブランドの商品を中心に採用される傾向が強い。ソックシートを全敷にするなどを通じ、一見b.と区別できなくなる場合も多いのでご購入時はご注意を!
E. その他
以下の2種類の製法はどちらも底付けに糸を用いない方法。いずれも特徴を理解できれば有効に活用できるものばかりだ。
l. 【ダイレクトバルカナイズ製法】キャンバススニーカーではお馴染み
①「モールド」と呼ばれる金型に、上から下にアッパー・ライニング・インソールの順で被せる。
②モールドの底部に、生状態のゴムに硫酸等を加えたものを流し込み、特殊な窯の中で熱と圧力を掛ける。
これらを通じ、弾力性のあるゴム製のアウトソールを成型するのと同時に、それとアッパーとを圧着して靴に完成させる底付けだ。底側面の周囲には補強用のゴムテープを巻く場合が多い。
必然的なラバーソール仕様は剥離のリスクを極小化でき、耐水性も高いのが特徴。オールソール交換等は実質不可能だが、それ以上に底面が剥がれないことを最重視した製法と言える。そのため、安全靴やコンバースのオールスターのようなキャンバススニーカーの底付けとしては大定番で、おじ靴・紳士靴では例えば雨や雪の中で履くことを念頭に置いたものに採用されがちだ。
なお、靴に限らず硫黄と熱でゴムを固める一連のプロセスを「加硫」と称し、これは1839年にアメリカのチャールズ・グッドイヤーが発見したもの。何を隠そうb.を発明したのは彼の息子で、偶然ではあるが親子二代で靴作りの近代化に多大な功績を残した訳だ。
m. 【セメンテッド製法】大量に速く作れ、進化もまだ続く
アッパー・ライニング・インソールそれにアウトソールを、文字通り接着剤で張り付け圧着することで靴として完成させる製法。
構造が簡単で機械での大量生産が可能。そのため、おじ靴・紳士靴ではある程度より安価なものなら、まずこの製法と考えてよい。その一方で、婦人靴では今日はほぼ全てが、またスニーカーは高価であっても大抵はこの製法だ。底付けに糸を用いない=縫い穴がないので、軽くて耐水性もそれなりにある靴に仕上がり、デザイン上の制約も受け難いためだ。
トレンド性の強い現代的な需要に見合った底付けとも言えるが、アウトソールの交換が事実上不可能なので(接着剤の改良で一回程度なら可能なものも近年登場している)長期使用には向かず、耐久性には劣るのも事実だ。
この製法の登場は意外と古く、1850年代には既に原型が発明され、1920年代法半には機械による底付け装置も開発されていた。しかし爆発的に浸透していったのは第二次大戦以降で、接着剤の飛躍的な進化と靴需要の世界的な増加のタイミングと見事に重なる。
製法の相関関係を纏めると……
なお、靴によっては、ご紹介した製法底付けを複数用いて一足の靴を完成させる場合もある。例えば連載の第2回で紹介したプリュス・バイ・ショセのボタンアップブーツは、土踏まず部より前がグッドイヤー・ウェルテッド製法、後はマッケイ製法で底付けされている。これは土踏まず部に「くびれ」をよりしっかり持たせ、綺麗なシェイプとフィット感を得る目的と思われる。
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また、グッドイヤー・ウェルテッド製法の靴であっても、レザーソールではなくラバーや合成素材系のアウトソールで、出し縫いの糸が全く露出していないものは、厳密に言うと「ミッドソールまでグットイヤー・ウェルテッド製法で、アウトソールだけはセメント製法」だ。それらの素材が糸では縫えないためであり、逆に言うとこの仕様の場合は、必ずミッドソールが付く。
それにしても話がこんがらがりそう…… と目を回している皆さんの顔が、ええ、私には見えている。そこで、少しでも頭の中に入れやすくすべく、最後に主だった製法の相関図を纏めて今回の締めとしたい。
カバー写真 「PC-5055」¥49,000+税/プリュス バイ ショセ
撮影協力:プリュス バイ ショセ (☎︎03-3716-2983)