スーツやジャケットを仕立てる際の生地。ウールは熱伝導率が低く、吸湿性が高く、汚れがつきにくく、スーツの表地に向いた要素を数多く持ち合わせています。ヴィンテージのスーツ生地はウール100%のものが多いこと。ポリエステルやモヘアなど他の繊維を混紡する際のベースとなる繊維はウールであることからもその機能性は裏付けられています。
ウールがスーツの表地に向いている理由をもう一つ。ウールは羊の種類、糸、生地の構成などによって多彩に表情を変えます。
毛織物には梳毛糸を使って織られたものと紡毛糸を使って織られたものとがあります。両方とも繊維はウールですが、紡績方法および糸を撚る方向が異なっており生地の持つ特性は非常に異なっています。
梳毛とは?
梳毛とは、読んで字のごとく梳(くしけず)った毛のこと。繊維が櫛をとおることで、短い繊維を取り除き、一方向に揃えられその長い向きに対し水平に揃えて撚りを入れた糸が梳毛糸です。
刈り取られた羊の毛が工場に入り、選別や洗浄、梳きといった梳毛紡績工程を経て糸がつくられます。梳毛糸で織られた生地は光沢感があり、滑らかでハリとコシがあります。薄くても耐久性が高く、いまのスーツ地に用いられる糸はたいていの場合は梳毛糸です。
梳毛糸を用いた代表的な生地に、トロピカルやポーラがあります。
梳毛糸を用いた代表的な生地:トロピカル
トロピカルは、ウールを主原料とし、平織り(タテ糸とヨコ糸を交互に交差させる織り方)で織られた軽くさらっとした手触りの生地。かつてイギリスが熱帯地域向けに輸出していたことが名前から名付けられました。春夏素材の王道であり、スーツの代名詞的な素材です。
梳毛糸を用いた代表的な生地:ポーラ
ポーラは、2プライもしくは3プライの糸を使って平織りで織られた生地です。トロピカルよりも目が粗くザラッとした手触りで、米国ではPora(ポーラ)と呼ばれていますが、英国では商標名であるFresco(フレスコ)と呼ばれています。糸を強く撚って反発力を持たせているのでシワになりにくく、スーツにも適した素材です。
糸の撚りについて
繊維はまず糸に束ねないと生地として織ることができません。「撚り」とは繊維を並べてねじることです。この撚りを通じ、糸として一定の太さにまとめて丸め均一性を持たせています。ぬめり感のある生地を作る場合、撚り糸は緩やかに撚られ、シャリ感を出す場合は強く撚られます。
紡毛とは?
もう一方の紡毛とは、繊維の梳きをあえて行わないことで、短い繊維や均一でない繊維を含み、また梳毛のように一方向に繊維が整えられていない毛を指します。
その繊維でつくられた糸が紡毛糸です。梳毛に比べ繊維同士の隙間が大きくなるため、空気を含み熱伝導率が低くなっています。糸が均一に揃えられておらず、また太くて毛羽が多いため艶はなく粗野な印象の糸に仕上がります。防寒に適したものが中心で、生地に仕上げる際に縮絨(縮絨)を施すことでよりより保温性が高く、厚みの割に軽い生地に仕上がります。
紡毛糸を使用した代表的な生地に、フランネルとツイードがあります。
紡毛糸を用いた代表的な生地:フランネル
フランネルは経糸・緯糸ともに紡毛の単糸を用いて平織りとし、縮絨をほどこして仕上げます。素朴な質感で、しかも暖かい生地でもっぱら秋冬向けのスーツ、しかもややカントリーテイストなものに用いられます。ただしこの生地には綾織のものも存在し、これをサキソニー・フランネルと称します。また、平織であれ綾織であれ、紡毛ではなく梳毛を用いたものもあり、こちらはウーステッド・フランネルと呼ばれます。
紡毛糸を用いた代表的な生地:ツイード
ツイードは主にウールが用いられ、経糸・緯糸ともに紡毛の太い単糸を用いて、綾織りもしくは平織りとした生地です。もともとはスコットランドの家庭で手織りをして作られていた毛織物が始まり。羊の品種名や、織られた産地名、柄名などがそれぞれのツイードの名前の由来になっています。フランネルと異なり、縮絨はほどこさずに組織をはっきり出して仕上げます。総じて地厚で硬くザラッとした素朴な風合いながら、頑丈で空気を多く含んでいます。
ーおわりー
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
この一冊があれば、ジャケット素材の知識は完璧⁉︎
メンズ・ウエア素材の基礎知識 毛織物編
スーツやジャケットをデザインや機能性ばかり意識して、何気なく着てしまっていませんか。本書では繊維や糸の特徴はもちろん、生地の製造工程、素材の品種などオールカラーで詳しく解説しています。メンズ・ウェア素材の奥深い世界の扉を開ける一冊です。
紳士服を極めるために是非読みたい! 服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の渾身の1冊。
紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ
服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書、第二弾。飯野氏が6年もの歳月をかけて完成させたという本作は、スーツスタイルをはじめとしたフォーマルな装いについて、基本編から応用編に至るまで飯野氏の膨大な知識がギュギュギュっと凝縮された読み応えのある一冊。まずは自分の体(骨格)を知るところに始まり、スーツを更生するパーツ名称、素材、出来上がるまでの製法、スーツの歴史やお手入れの方法まで。文化的な内容から実用的な内容まで幅広く網羅しながらも、どのページも飯野氏による深い知識と見解が感じられる濃度の濃い仕上がり。紳士の装いを極めたいならば是非持っておきたい一冊だ。