幕開けを迎える中国靴 ー名も無きビジネスシューズー

取材日: 2018年10月26日

取材・文 / Oya
写真 / ゴトーアツシ

幕開けを迎える中国靴 ー名も無きビジネスシューズー_image

千葉県印西市に店舗を構えるレザーショップ「LEATHER PORT」。

当ショップの代表ブランド「名も無きビジネスシューズ」は、丹念な手作業でしか出現しない優美なフォルム、テーパードされたピッチドヒール、絞り込まれたウエストなど、数多くの美点を備えた「ハンドソーン10分仕立て」の一級品だ。

そんなマスターピースを生み出しているのは、中国南部で活動する名も無き靴職人だという。一体、中国の靴業界では何が起きているのだろうか。

無類の革製品好きであるライターのOyaが「LEATHER PORT」代表、井熊氏に伺ったお話を、前後編に分けてお届けしたい。

前編となる本項では、「名も無きビジネスシューズ」のディティールに迫る。

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LEATHER PORTは自然の中に佇む

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「良い靴を作る為に、好材料と高いレベルの技術を用いる……そんなのは説明するまでもない大前提。
ただ、材料、技術、構造、ラスト、作り手の審美眼と表現力、および思考、これらはすべて、一足の靴を構成する一部分に過ぎない。
大事なのは、これら全ての要素が正しくかみ合って、一足の“趣きある”靴が出来上がるのだという事。
私が売りたいのは特定の材料でも、技術でもない。“趣き”である。
“趣き”の無い靴は、例えダイヤモンドが埋め込まれていても、何の価値も持たないであろう。」

――“名も無きビジネスシューズ”、名も無き職人

千葉県印西市。成田空港からほど近い、いわゆる「高級紳士靴」というワードからはまったく想像できない場所に、「ハンドソーン10分仕立て」のマスターピースを取り扱うレザーショップ「LEATHER PORT」は店舗を構える。

取材当日は曇天。東京ディズニーランドを横目に首都高速湾岸線を飛ばし、永遠に続く県道64号の渋滞に耐え、ついに目的地にたどり着いた。

LEATHER PORTの店舗は、自然の中に静かに佇んでいた。

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「名も無きビジネスシューズ」のディテールに迫る

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Oya

ウェブサイトでも拝見させて頂いておりましたが、実物はよりシェイプが効いてみえますね。ラインナップはどのくらいあるのでしょうか?
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井熊

まず、ラストで3種類のご用意が御座います。チゼルトゥスクエアトゥラウンドトゥ。スクエアトゥはエプロン・フロント・ダービーのみの用意で、チゼルトゥとラウンドトゥは内羽根もしくは外羽根を選べ、またセミブローグフルブローグなどのデザインから好みのものをチョイスできます。ウィズはCから始まり、EEまで用意しています。
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Oya

ラストも数種類揃えているのですね。革はどんな物を選べるのですか?
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井熊

基本的にフランス・デュプイ社のカーフレザーを、お客様のご要望に合わせて手染めで提供しています。言葉で表現いただいても良いですし、Instagramなどのメディアにアップされた靴で気になった色があれば、100%同一というのは難しいですが、そのニュアンスをベースに職人が近しく仕上げることが可能です。また、まだ商品化はできていないのですが、スエードを用いたシューズが試作段階にあります。
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Oya

顧客の細かな拘りに対応してくれるのは嬉しいです。人気のモデルはありますか?
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井熊

やはり、内羽根のフルブローグでしょうか。名も無きビジネスシューズでは、長らくこのチゼルトゥしか用意がありませんでした。
内羽式のチゼルトゥ・フルブローグ

内羽式のチゼルトゥ・フルブローグ

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井熊

ただ、ここ一ヶ月くらいはラウンドトゥのモデルを指定するお客様も多いです。「冠婚葬祭用に良い靴が欲しかった」「名も無きビジネスシューズでラウンドトゥが出るのを待っていたよ」とおっしゃって頂きます。チゼルトゥ一種類しか前例が無かったので、ラウンドトゥの出来栄えに不安を持っていましたが、満足できるレベルに仕上がったと思っています。
ラウンドトゥ・セミブローグ

ラウンドトゥ・セミブローグ

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Oya

現在、月に何足くらいオーダーがあるのでしょうか。
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井熊

月間約20足程度のオーダーをいただいています。工房では、2名体制で日々制作を続けています。納期で言うと現時点では7ヶ月~8ヶ月程度、もしかするとそれ以上、ストレッチする可能性もあります。
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Oya

少人数で制作を行なっているのですね。全てのラストに共通する特徴はありますか?
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井熊

踏まずと甲のおさえが特に顕著なラストになっています。ヒールカップは小さめですが、たとえば浅草のRENDOさんや、Gaziano Girlingさんまでは攻め込んでいません。また、東洋人の足型に合うよう前足部はゆったりめに作っています。また、中ものはコルクではなく革を使っているのも特徴です。
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Oya

「名も無きビジネスシューズ」の優美なデザインは、どの国のスタイルを参考にしているのでしょうか?
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井熊

職人は、よく「欧州靴の総合系を目指している」と言っています。フランス、イタリア、イギリスの、彼が好きなスタイルを目指したい、と。そして、たとえばウィズなどは、東洋人に合わせてデザインに落とし込み、美しいが実際に履いてもストレスの無い靴作りを心がけています。様々なニュアンスの入った面白いデザインだと思います。

全5種類モデル解説

チゼルトゥ・フルブローグ

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名も無きビジネスシューズの原点とも呼ぶべきチゼルトゥの美しいフルブローグ。

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トゥの非常にシャープなエッジを見てほしい。分かる人なら分かると思うが、これは手練の職人が十分に時間をかけて丁寧に吊り込みをしなければ出すことができないラインだ。日本のビスポーク職人の方もオーダーにいらっしゃるというのも頷ける。ムラ感のある、ビビットすぎない深いサファイア色の革も、手染めの良さが映える。

セミブローグ

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コニャック色のセミブローグ。

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オーセンティックなデザインにラストの良さが映える。こちらも革の色合いが素晴らしく、味わいがある。

エプロン・フロント・ダービーシューズ

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ブラウンのエプロン・フロント・ダービーシューズ。こちらだけその他の3モデルとは価格が違う。数あるモカ縫い技法の中でも最高難易度に位置づけられるという、ライトアングルステッチも綺麗に決まっている。エドワード・グリーンのドーバーと比べ、繊細かつしなやかで女性的な印象だ。

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プレーントゥ・ダービー

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プレーントゥ・ダービー。ふくよかかつシャープなノーズが実に好ましい。
革は下地にブルーを入れ、それから黒を入れるという手法を用いており、硬質な印象の色合いだ。名前はミスティブラック。

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ストレートチップ

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今回、アトリエにお邪魔して真っ先に目に留ったストレートチップ。海上すれすれを掠めて飛行する戦闘機のように平たくシュッとしたノーズ、そこから甲に向けて立ち上がるライン、全体の曲線美、その魅力を加速させるツイステッドラスト。濃く、黒に近いブラウンの革色、そしてその透明感。写真では全ては伝えられないかもしれない。実物を見たい方は今すぐ印西市に向け車を走らせることをお勧めする。

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靴の写真を見ていただければお分かりになると思うが、いわゆるビスポークシューズに多用されているギミックが数多く取り入れられている。ツイステッドラスト、ベベルドウェスト、ピッチドヒール、パティーヌ仕上げなど、靴マニアにとっては垂涎のスタイルだ。

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LEATHER PORTの始まり、そして未来について

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Oya

LEATHER PORTの入っているかくれ里は、どういったコンセプトのお店なんですか?
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井熊

私の実家が営んでいる料理屋なんです。
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井熊

LEATHER PORTを立ち上げる前は、家業に従事していた訳ではなく、名古屋で商社のサラリーマンとして働いていました。話はもう少し遡るのですが、大学生の時、中国言語学を専攻しており、中国に2年間留学をしていました。その過程で中国の言葉や文化について理解を深め、さまざまな中国人の友人ができるなか、アイアンブーツの職人と出会ったんです。
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アイアンブーツは、中国南部に工房を構える、6人の職人によってハンドメイドで作られるワークブーツブランドだ。世界中のあらゆるブーツを解剖・研究し続けてきた工房責任者兼職人のもと、ラスト、素材、製法全てにおいてハイクオリティを追求し続ける次世代ワークブーツ工房で、国内外から大きく注目されている。

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井熊

中国の人は、いわゆるご縁を大事にするんです。またアイアンブーツの職人のみならず、中国の革職人は日本の職人を非常にリスペクトしています。中国のレザー文化が育ってきたのは、日本の影響が大いにあります。そういった背景があり、これも何かの縁だから一足作ってやるよ、と彼から提案を受けました。
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井熊

でもその時は中国の靴職人のレベルを知らなかったのでMade in Chinaだろ?と思っていました。しかし箱を開けてみると、想像をはるかに超えたクオリティの物が届いていました。そこから交流が加速していき、ビジネスが始まりました。
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Oya

すべては偶然から始まったのですね。名も無きビジネスシューズの生い立ちについても教えて下さい。
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井熊

アイアンブーツに在籍していた職人のうちの1人が、ドレスシューズの制作に取り組みたいという強い意思を持っていました。彼はブーツを作りながらも、休み時間などに自分用のドレスシューズを作っていたんです。それを見たアイアンブーツのオーナーが、やはり君はドレス畑の方が性に合っているだろう。ここに居ないで、好きなことをやってみろと、独立開業を後押ししたのです。
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この、かくれ里の奥まった場所にある展示スペースは、あまりにもトラディッショナルな日本家屋だが、そこに西欧文化の象徴である紳士靴の陳列がなされている様子に、何故か妙な調和を感じてしまった。日本家屋は自然素材である木を多用しており、そこに置かれる調度品も木材や金属の占める割合が多い。靴もまた木と革と金属の集合体であるから、この一体感が生まれるのだろうか。何にせよ、世界を見渡しても間違いなくオンリーワンと呼べる見事なアトリエである。

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Oya

最後に、今後の展望について教えてください。
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井熊

よく、お客様から東京で店を出す気はないのか、とおっしゃっていただくのですが、現状、首都圏で店を出すことは考えていません。今は手の届く範囲で、オーダーコントロールしていくことができればいいと思っています。ビスポークも今のところ考えてはいませんが、もし機会があれば中国から職人を呼んで、トランクショーなどを開催できれば嬉しいなと思っています。
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オーダーの実際

本項では実際に筆者が「名も無きビジネスシューズ」をオーダーした様子を紹介する。

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独自制作したという計測器で、井熊氏の手から採寸いただく。採寸は実に丁寧で、全長、足囲、甲の高さなどを綿密に計測していただく。すると、暫くして私に合うサイズが浮かび上がってきた。

私はEdward Greenであれば6.5E、John Lobb、Aubercyであれば6Eを履いているが、「名も無きビジネスシューズ」の場合、24.0cm、ウィズはC(!)であることが判明した。

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取材当日は24.0cmのDウィズのみ在庫がありフィッティングしたところ、羽根が丁度閉まりきる状況のため、ウィズを下げることをご提案いただいた。レングスについてはジャストに感じ、ヒールの食いつきも良好であった。

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そしてデザインは悩みに悩んだ末、アトリエを訪れて真っ先に目に飛び込んできたストレートチップに決めた。
優美な曲線、透明感のある革色、しなやかさ、張り詰めた感じ、優しさ、柔らかさ、ふくよかさ、それらすべてが醸し出す「趣き」に一目惚れしてしまったらしい。

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木型から起こしたシューツリー、そしてトゥスチール(トライアンフのスチールを研磨し、銀色に仕上げているという)のオプションも追加し、井熊氏からInvoiceがPayPal経由で届いた瞬間、即代金を支払った。

あとは時を待つ作業に徹するのみ。届くのは来年春、ブラウンのシューズを軽やかなセットアップに(ここはベタにネイビーのナポリ仕立てのジャケットにライトグレーのトラウザーズだろうか)合わせるのがちょうど良い頃だろうか。向こう8ヶ月、ロクに寝られそうに無い。

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・靴オーダー料金(標準スペック。新商品ラウンドトゥラストでのオーダー含む):88,800円(+消費税)
・靴オーダー料金(エプロンダービー):116,800円(+消費税)
・オリジナルシューツリーオプション料金:8,000円(+消費税)

価格情報というのは言わずもがな、良くも悪くも先入観を形成してしまう要素のため、あえて最後まで記載せずにいたが、今この価格を見てみなさんはどう感じるだろうか。

後編につづくーー

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LEATHER PORT

千葉県印西市に店舗を構えるレザーショップ。代表ブランド「名も無きビジネスシューズ」を始めとした、中国各地の名も無き職人が生み出すマスターピースを数多く取り扱う。

千葉県印西市滝883-20

*お店に足を運ぶ前に、HomePageで最新の情報を確認することをお勧めします。

Shop

終わりに

Oya_image Oya

本業(IT系サラリーマン)での業務時間も含めると、恒常的に一日10時間以上ネットサーフィンをしている無類のネット好きの筆者であるが、広大なネットの海を漂えば漂うほど、今回の取材先のような「ダイヤの原石」を発見できるのがその醍醐味の一つだ。ちなみに、私のオーダーした靴の到着は7ヶ月後だが、実は最近は待つことの楽しみより苦しみのほうが大きい。飛行機に乗った時のように、睡眠から目覚めたら7ヶ月後にワープしていたら良いのだが。

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