イギリスのヴィンテージ事情をレポートしていただく本連載。今回はロンドンに根を張る日本人靴職人に、ヴィンテージシューズの修理を依頼した様子を紹介していただきます。週末ともなればアンティークマーケットが日常的に開かれているロンドン。しかし、意外なことにヴィンテージの洋服を安心して預けられる職人は少ないようです。
切っても切れないヴィンテージシューズと修理
今回は私がもっとも情熱を傾ける靴の修理についてお伝えします。ご紹介するのはソールとウェルトの交換をしなければいけない靴と、ツリーの調整が必要なブーツ。まずは靴から紹介します。
リウェルトとリソールによって生まれ変わったPeal & Coのヴィンテージシューズ
こちらは1940年代後半に作られたPeal & Co.(ピール&コー)のビスポークシューズ。
購入した際はラバーソールが付いており、既に数回ソールを交換されていました。ウェルトのオリジナルの縫い穴は無視して縫われてガタガタになっていましたが、ラバーソールにはまだまだ寿命が残っていたので気にせず履いていました。
しかし、程なくして劣化したラバーがポロポロと崩れるように。そのままでは履き続けることが出来なくなり、修理に出すことを決断しました。
さらにこの靴の場合、ウェルトの交換も必須です。ウェルトの交換(リウェルト)は非常に繊細な作業で手作業で行われます。機械で行うとソールの出し縫いと同じようにオリジナルの縫い穴が追えません。この作業を行ってくださったのがロンドンのビスポークメーカーのアウトワーカーを務める若き職人、和田 寛世(わだ かんせい)さんです。
ロンドンで活躍する若き職人、和田 寛世さん
修理を始める前に古いヒール、ソールそしてウェルトを取り外します。和田さんのご厚意で、その作業を見学させてもらえることになりました。
ヒールのトップピースを外すとなんと、Pealのスタンプが。和田さんによると、イギリスではヒールの交換をする際にオリジナルのヒールリフト(ヒールの積み上げ)を再利用するとのこと。両者興奮も冷めやらぬうちにソールの取り外しにかかります。
通常ではアウトステッチを切ると簡単に剥がれるのですが、お願いした靴のソールは違いました。工具で掴むとポロポロとラバーが崩れ、なかなか外れません。和田さんも「これは大変だ」と呟きながら、なんとか外すことに成功。靴の中身が見えてきました。
ソール交換作業中の様子
Peal & Coの伝統に乗っ取って再現されたソール
フィリングにはタール漬けのフェルトが使用されており、ダブルソールだったためシャンクは入っていませんでした。乾燥、劣化して役割を果たしていないフェルトを取り除き、和田さんがウェルトの縫い穴を確認して、リウェルトが出来ることが確定しました。
私が立ち会わせて頂いたのはここまでです。その後新しいウェルトを縫い付けた後、新しいフェルトを詰め、ソールの縫いが行われました。仕様はPeal & Coの伝統に沿ってオープンチャネルのダブルソールにライディングヒール、釘打ちも再現して頂きました。古く硬いソールからレザーソールに変わり、履き心地も格段に良くなりました。
ヴィンテージシューズを購入するポイント
私がヴィンテージの靴を購入する際、アッパー(甲革)にクラックが入っていないかどうか、ソールにどれくらいの寿命が残っているかは必ずチェックします。クラックが入っていた場合はすぐに購入を取りやめますが、ソールは寿命がほとんど残っていなくてもウェルトの状態が問題なければ購入します。リウェルトはかなり高額になので修理代が実際の靴の価格よりかかるということになりかねません。Peal &Co.の靴に関しては例外的だと言えるでしょう。
ブーツツリーのメンテナンス。削るだけ、それが繊細で難しい
次はブーツにまつわる修理です。ライディングブーツ(乗馬ブーツ)には専用のブーツツリーというものが付属しています。ライディングブーツ用のツリーは4つのピースから成り、くるぶし、ふくらはぎ部分があるためシェイプの維持が難しいライディングブーツには欠かせない存在です。
私が所有しているブーツは写真のようにハンドルの付いている真ん中のピースがきっちり収まりません。実はこのツリーはオリジナルではないのです。
購入時からこの状態で、おそらく右足は綺麗にツリーが収まったので、左足にも無理矢理収めて売りに出したものと思われます。サイズの合っていないツリーを入れたままにすると短靴もブーツもいずれ変形してしまいます。
左足のツリーを削ってブーツにストレスなく収まるようにすることが必要になり、それを引き受けてくださったのがロンドンの老舗ビスポークシューメーカー、フォスター&サンのシニアシュー・ラストメーカーを務める松田 笑子さん。
フォスター&サンのシニアシュー・ラストメーカーを務める松田 笑子さん
松田さんによるとツリーの側面部分がブーツよりも厚く、そのせいで上手く収まらないとのこと。一見簡単なようですが、削り過ぎると緩くなってツリーとしての機能を失ってしまう繊細な作業です。
作業前
作業後
ロンドンで衣類の修理をお願いするなら、信頼できる職人に
仕上がりはこの通り、真ん中のピースがちゃんと収まり、側面の圧迫感も解消されました。ヴィンテージのライディングブーツにはブーツに合っていないツリーが入って出回っていることが本当に多く、修理を求めているコレクターも少なくないのではないでしょうか。
2足の修理を通して感じたことは、確かな腕と知識を持った職人さんと修理の方向性について話し合うことがいかに大切かということです。ご両人ともロンドンで伝統的な靴作りに携わっている方々で、安心して自分の服や靴を修理を任せられる環境に乏しいロンドンにおいてとても有り難い存在です。
ーおわりー
今回ご協力いただいた和田寛世さんのインスタグラムでも修理の様子を取り上げていただいています。ぜひ、チェックしてみてください。
終わりに
Peal & Co. のヴィンテージシューズに新たな命を吹き込んでくださった和田さん、お忙しい中ブーツツリーの調整をしてくださった松田さんに感謝致します。ご両人とも私のわがままをたくさん聞いてくださいました。Peal & Co. のシューズは硬く古いソールを脱ぎ捨て生まれ変わり、ブーツもこれからは安心して保管出来ます。