暑くないの!?涼しく着られる夏素材のジャケット
私の働くオフィスは駅を出てから坂道を登ったところにございます。これがちょっとした運動になるんですね〜。さらに、オフィスはビル3階(エレベーターなし)。
なのでたどり着いたときはいつも決まって、「はあ。はあ」。なんですかね、年齢のせいとは意地でも認めたくありませんが。
これもきっと、暑い夏のせいですね。気づけば、Tシャツの脇の辺りもしっとり……。もう夏ですね(遠い目)。
毎年この時期になりますと、白Tシャツ×デニムスカート×白コンバース、そして麦わら帽子、さらにリュック!というのが定番のスタイルになっておりまして(改めて文字にすると、とてもアラサーのスタイルとは……涙)。
だって夏ですよ〜、暑いじゃないですか!綿100%のTシャツやデニムなら毎日洗濯し放題ですからね〜。とか責められてもいないのに言い訳をしているあたりで、うすうす感づいてはいるんです。そう、そろそろスタイル革命が必要なころかもしれません。
さて、こんなずぼらでいまいち垢抜けない私と対極にいるのが、上司Nさんです。
「おはよう」とオフィスに入ってきた上司Nさんの装いは、きっちりアイロンのかかったワイシャツとシングルジャケット&パンツ、そして艶のある革靴まで。
いや〜、ノーネクタイスタイルでもちゃんとしてますね〜。片や、Tシャツ&ジーンズ。ああ、この対比たるや。ですね。
Nさん、涼しそうな顔してるけど、ジャケットなんか着て暑くないのかしら。自分だったらシャツに気取ってジャケットなんて暑くて死んじゃいますけど!と内なる声を読まれたのか、
Nさん「このジャケットは夏用素材で暑くないんだよ。熱がこもりにくいんだよね。アイリッシュリネンて言ってね。知ってる?」
編集A「リネン? リネンって、シーツとかテーブルクロスとかのことですか?」
Nさん「……」
編集A「Nさん今、”こいつは何も知らないんだな〜”って顔しましたね」
Nさん「……」
さて、G-グル先生に聞いてみると、リネン【Linen】は麻と呼ばれる繊維のうちで、亜麻を原料とするもの。病院・ホテルなどで、日常使うシーツ・枕カバー・タオル類など。
アイリッシュリネン【Irish linen】は、アイルランドを原産とする亜麻から取った繊維でつくられた織物。水や摩擦に強く、夏物衣料に多く使われる。だそうです。
編集A「麻。じゃがいもとか玉ねぎとかが入っている袋の生地ですか?なんかごわついて着心地悪そうですけど」
Nさん「……それは、ヘンプね。麻とは違うよ」
編集A「それ、シワになりにくいんですか?」
Nさん「もちろん、シワもできやすいけど、このシワが愛しいんだよね。着ていく内にだんだんシワが出来てくるのが嬉しくて」
シワ、シワ、シワ。3回も言われるとさすがに過敏にならざるを得ないですね。でも”シワを愛する”って、モノの愛で方初めて聞きました。素敵なシワって思い浮かぶのは、ミスチルの桜井さん(くしゃくしゃな笑顔が素敵✨)くらいなんですが(モノじゃないけど)。
リネンの中でも高価!アイリッシュリネンとは?
なんでも、Nさんがシワを愛するこのアイリッシュリネンの生地は、リネンの中でも高価なものとされるらしいのです。ちなみに、ネットで”アイリッシュリネンのベッドシーツ”なるものが販売されているのを発見しましたが、シーツ一枚が2万円超え!思わず「えっ」と声が出ちゃう感じなのですが、Nさんに聞いても割と真っ当な価格らしく。
というのもこのアイリッシュリネン。名前のとおり本来はアイルランドのみで採取されるものなのですが、すでに生産終了する工場も多く、市場に出回る量も非常に少なくなっている状況。
Nさん「これはデッドストックになっていたヴィンテージ生地で仕立ててもらったジャケットだよ。織りがしっかりしていて重いけど、その分着ているっていう実感がもてて気持ちがいいんだよ。ソリッド感があって、例えて言うなら中身のあるドイツ人って感じかな」
編集A「生地の世界でもヴィンテージっていうのがあるんですね。今生産していないってことは貴重だから、値段もさらに上がるんですか?」
Nさん「そうとも限らないね。ものによるかな。洋服好きの中ではヴィンテージを邪道と考える人もいるし。でも、僕は今は無きものに憧れるっていうか、これはロマンだよね」
生地ひとつでこんなに語り出すとは。N氏、水を得た魚のようであります。
編集A「生地にロマンを感じるって、その感覚どこから生まれてくるんですか?」
Nさん「生地への憧れなのかな。昔からメンズファッション雑誌を見ながら、洋服の生地を可能な限りすべて制覇してみたい、一通り着てみたいという気持ちが強くてね。今は生地バンチ(生地見本)をパラパラめくって、ネイビーやグレー、ブラウンの無地、チェック、ストライプなどの色々な色柄を見ている時間が至福の時だね〜」
実際、Nさんはあらゆる服地を試してきたみたいです。失敗談も数知れず。例えば、超高級!ミンクのスーツ!なんてブルジョア的なものも試してみたそうです。ミンクちゃん。さぞ、肌触りが良いんでしょうね〜。
Nさん「軽くて柔らかいミンク生地のスーツは僕には合わなかったね。僕にとってスーツは戦闘服、特にジャケットは顔のような存在だから、もうちょっとハリと重みのある感じが良かったんだよね〜」
編集A「軽くて柔らかい。それ最高じゃないですか〜!」
Nさん「確かに今は、軽くて柔らかくて着心地がいいというのを“良い生地”の条件にする人も多いけど、僕はアンチ。サラサラのものより少しざらっとした手触りがあって、重さも厚みもあるっていうのじゃないと着ている感じがしないんだよね。わかるかな〜?この感覚」
編集A「う〜ん」
Nさん「厚みがないと、長く着ることで風合いが変化するっていう楽しみを味わえないんだよね。重さも欲を言うと、基本と言われる目付け300gより、ぎゅっとつまった目付け450gが理想ね」(ちなみに目付けとは、織物およびニット生地の単位面積あたりの重さを言うそうです)
編集A「(グラム数ってお肉ですか……。通常より150g増しって、欲張り過ぎじゃないですか?)共感できるかどうかは別として、Nさんの生地に対する並々ならぬこだわりは伝わりました」
ニットじゃなくて夏素材!紳士服のモヘアってどんな生地?
Nさん「夏の素材と言えば、モヘアも良いんだよ〜。知ってる?」
編集A「(え、まだ続くの⁉︎)知ってますけど、モヘアって暑くないんですか?よく冬に着る、あのふわっふわのセーターじゃないんですか?」
Nさん「厳密に言えば同じ素材だけど、紳士服では実はこれも夏素材なのよ」
編集A「え⁉︎ そうなんですか?」
ちなみにこだわり派のNさんは、このモヘアと呼ばれる生地の中でもさらにお気に入りのメーカーの生地があるらしく、それがこちら「ドーメルのトニック」。
ドーメル社が昔生産していたヴィンテージ生地らしいです。セットアップにして、ビジネスシーンのスーツとしても使用できます。
ドーメル社という生地会社のモヘア(アンゴラ山羊の毛)を配合した生地を、トニックと言うらしいです。これが、会社が違えば生地の呼び名も変わるそうなんです。ほー。
編集A「特定のメーカーの生地が好きって、相当ですね」
Nさん「ここのモヘア生地は、光沢感とこのコシがたまらないんだよね〜。でも純粋100%モヘアが良いってわけじゃなくて混紡率、つまり他の素材と組み合わせて紡績(織る時)するときの割合が重要なんだよね〜。だから……(まだまだ続く)」
さらに加熱するNさんの話を聞いている私の気分は、たまたま地面掘ったらうっかり温泉源発掘しちゃって、さらにはぼこぼこと溢れるように温泉水が湧き上がっちゃって、もうどうにもこうにももう止められないんですけど〜‼︎‼︎的な感じですね。
しかし、夏の素材と言えば麺、いや綿100%でしょ!となんのバリエーションの取り柄もない私にとっては目からウロコのお話でございました。
「じゃあ、明日からアイリッシュリネン着てみるか!」ってなことにはなりませんが、Nさんが「自分の感性に合う素材がいい」と言っていたように、自分に合う素材の違いが分かる淑女になってみたいものだわ。そんな風に思った、夏の昼下がりでございました。
熱気のある繊維話を聞いて、さらに背中や腰のあたりもジンワリしてまいりました。もう夏……ですね。(遠い目)
ーおわりー
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
この一冊があれば、ジャケット素材の知識は完璧⁉︎
メンズ・ウエア素材の基礎知識 毛織物編
スーツやジャケットをデザインや機能性ばかり意識して、何気なく着てしまっていませんか。本書では繊維や糸の特徴はもちろん、生地の製造工程、素材の品種などオールカラーで詳しく解説しています。メンズ・ウェア素材の奥深い世界の扉を開ける一冊です。
紳士服を極めるために是非読みたい! 服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の渾身の1冊。
紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ
服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書、第二弾。飯野氏が6年もの歳月をかけて完成させたという本作は、スーツスタイルをはじめとしたフォーマルな装いについて、基本編から応用編に至るまで飯野氏の膨大な知識がギュギュギュっと凝縮された読み応えのある一冊。まずは自分の体(骨格)を知るところに始まり、スーツを更生するパーツ名称、素材、出来上がるまでの製法、スーツの歴史やお手入れの方法まで。文化的な内容から実用的な内容まで幅広く網羅しながらも、どのページも飯野氏による深い知識と見解が感じられる濃度の濃い仕上がり。紳士の装いを極めたいならば是非持っておきたい一冊だ。
終わりに
リネンの意味、そして意外な夏の素材の存在を知って、大げさですがひとつ賢くなった気がしました。軽くて柔らかい生地を着心地が良いとする人もいれば、重くてハリのある生地を心地良いと感じる人もいる。では、自分が心地良いと感じる生地はなんだろうか。そんなことを考え、生地の世界の入り口に一歩踏み入れてみたいと感じた2回目の連載でした。世の中には知らないことがいっぱいあるなぁ。