美味しい料理をつくる人はきっと、とっておきの調理道具があるに違いない。そんな期待を胸にお話を伺ったのは、料理人の横田渉さん。フランス料理をベースにした肉料理が評判となり、“肉王子”の異名を持つが、近年は野菜を使ったレシピも追求している。そんな彼にとって欠かせない調理道具を見せてもらった。
お皿にソースをどう流すかで、スプーンの選び方も変わってくる
東京世田谷。「エーダンモール深沢」という、どこか懐かしい空気が漂う商店街の一角に横田さんのキッチンスタジオはある。道路に面した部分にはガラスのショーケース、室内には大型の貯蔵庫。そう、肉屋を居抜きで使っているのだ。
「40年ぐらい続いた肉屋さんで、私もよくコロッケを買っていたんですが、昨年末に閉店したんです。それを知った翌日に直接訪れて交渉しました(笑)」
思い入れのある店なので、何らかの形で残したいという思いもあった。いまでも「コロッケありますか?」と聞かれることがあるというが、ご本人いわく「微笑みで返してます」とのこと。
両親が共働きだったため、隣の祖父母の家で遊ぶことが多かった。そこで料理好きの祖母から教わったことが、いまでも横田さんの基礎となっている。幼稚園時代におにぎりを結び、小学生でケーキを焼くなど、料理に関しては早熟だった。
調理専門学校卒業後は、フランスとアメリカで料理と文化を学び、様々な調理道具に触れてきた。一番大きかったのは、アメリカの人気レストランでの超多忙な厨房体験だ。次から次へと来るオーダーを限られた人数で回し、かつクオリティの高いものを作らないといけない。
「そのためには料理の腕もさることながら、道具が本当に大事だと実感しました。お皿にソースをどう流すかで、スプーンの選び方も変わってくる。道具の機能性を理解していないと使いこなせません。ただ、それは言語化できないので、それぞれが試行錯誤をしながら探っていくしかないんですよね」
「気に入った道具と洋服は捨てられないタチ。その代わり、ちゃんと手入れをして長く使います」と笑う横田さん。調理道具というキッチンの相棒とともに、今日もおいしい料理で人々を笑顔にさせる。
横田 渉さんのこだわり調理道具
材木店で購入した木板が 盛付け用の大皿として大活躍
人の温かさと豊富な食材が気に入って年に数回行くという福岡市西部の糸島。横田さんは、そこの材木店で購入したひのきの木板を盛付け用の大皿として愛用している。地元の宮大工さんにカンナをかけてもらい、さらに食品OKのウレタン樹脂を塗布。これによって強度が増すうえに、表面がコーティングされる。油やスパイスなどが板目に染み込まないので、繰り返し衛生的に使えるという。「以前はアクリル板などを使っていましたが、冷たい感じがして。野菜を自然物に盛りたくて木板を盛り皿にしました。アクリル板や陶器に比べて持ち運びも断然ラクです」。
15年以上連れ添う、思い入れ たっぷりの愛用フライパン
町の洋食屋のシェフが使っているような、直径22cmという小ぶりの厚底パン。「料理人になろう」と決意した高校時代に、東京・合羽橋の道具街で購入したという思い入れのある一品。当時はこれで、きれいにオムレツを作る練習をさんざんした。フライパンを上手に振るコツをつかむために、塩だけを入れて振り方の研究もしたそうだ。普段から手入れを欠かさず、15年以上経った今も、肉を焼いたり野菜に焼き目を付けたりといった調理過程で使用。使用後は必ず空焼きして油を塗る。鉄製のため、洗剤を使うと被膜が剥がれてしまうのだ。
決め手は大きさと形、 調理の効率を上げるスプーン
サンフランシスコのレストラン勤務時代に、同僚が使っているのを見て「高っけえ!」(本人談)と思いながら購入。その店は夜間営業だけで400人以上が訪れる人気店。厨房は戦場のような忙しさで、常に10種類ぐらいの料理を同時に作る環境。必然的に効率性が問われる。「このスプーンは具材を大量にすくえるうえに、先が細くなっているのでソースをきれいにお皿に流せる。別のスプーンに持ち替えている時間はないので、とても便利。しかも、フライパンで炒める際にも使えます」。料理人の腕は、こうした道具選びにも如実に現れるのだ。
ケータリングでも大好評の一品。
「お皿の上に畑を再現」 HATAKEとローストビーフ
今回、横田さんが作ってくれたのは、深い交流のある茨城・久松農園の野菜と黒毛和牛のローストビーフという取り合わせ。「お皿の上にその日の畑を再現しようと思って」と言いながら、手際よく調理していく。野菜をひとつひとつ丁寧にフライパンの上に乗せていく姿が印象的。黒毛和牛のモモ肉は、福岡・ミツル醤油醸造元が作る醤油のもろみでマリネしてから焼く。醤油のもろみは肉を分解してやわらかくしてくれるという。食材本来の味を生かした、まさに“畑”そのものを食べているような感動を得られる一皿だ。
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<編集部員のひとこと言わせて!>
肉王子の異名も持つ横田さんの「焼き豚」や「和風おろしステーキ」レシピは、ぜひとも試したい! 料理下手な方(私)にも真似しやすいよう、巻末の「知っておきたい! 調理の下ごしらえ」(だし汁のとり方からイカのおろし方、アジの背開きの方法を紹介)があるのはありがたいですね。
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自身アロマセラピストの資格を持ち、精油などを調合したり、香り文化を研究している著者が、香りと食のつながりについてまとめた書籍になります。
レシピは、シェフ・フードディレクターの横田渉氏が制作。
終わりに
閉店した肉屋を居抜きでキッチンスタジオにするセンスに、脱帽。実際作ってもらった料理も、ひとつひとつの食材に愛情がこもっており、まさに一期一会の絶品です。「きれいに盛り付けるとみなさん喜んで食べてくれるんですよ」と、はにかんだように笑う横田さん。道具へのこだわりはもちろん、料理で人を笑顔にしたいという強い思いが伝わって来る取材でした。