銀器の歴史をアンティークショップ「ジェオグラフィカ」で学ぶ

取材日: 2016年5月31日

取材・文/廣瀬 文
写真/齋藤 創太

銀器の歴史をアンティークショップ「ジェオグラフィカ」で学ぶ_image

今回は銀器の美しいだけじゃない、歴史的、文化的背景についてもう一歩足を踏み入れて覗いてみたい! ということで、目黒にあるアンティークショップ「ジェオグラフィカ」の英国銀器講座を取材しました。いつもの突撃レポートとはちょっと違うアカデミックなテイストでお届け。

こんにちは、
お勉強は苦手ですが、ハマると意外と覚えの早い編集部員Aです。
(つまりのってこなければ、からっきし……)

当メディアの編集長や、ファッションライターの倉野さんなど、周囲には銀器愛のある人が数人います。そのおかげかシルバーカトラリーやティーポットなど見た目そのものの美しさや、クロスでぴかぴかに磨く手入れの楽しさ、銀器の刻印を読み解く面白さについてはすでに感じるところがあったのですが、編集長曰く「銀器はもっと深い」と。

その奥深さとはなんだろなと、一人で文献探してお勉強、にはちょっと自信がありませんでしたので(笑)、今回は専門家の方に教わる英国銀器講座にお邪魔してみました。珍しくお勉強モードです。

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会場はこちら目黒にあります、アンティークショップGeographica(ジェオグラフィカ)さん。こちらは地下一階から3階までの広〜い店内。その一角で不定期でワークショップも開催されています。

今回、英国銀器講座の講師は英国骨董の第一人者である大原千晴先生です。

大原さんは学生時代、お母様が渡英したことから日本とイギリスを行き来する生活に。その過程で英国骨董銀器に開眼、ついには銀器骨董商になられたそうです。ご自身で培った知識と経験を元に現在に至るまで骨董銀器にまつわる文献や書籍も多く執筆されています。

大原さんは学生時代、お母様が渡英したことから日本とイギリスを行き来する生活に。その過程で英国骨董銀器に開眼、ついには銀器骨董商になられたそうです。ご自身で培った知識と経験を元に現在に至るまで骨董銀器にまつわる文献や書籍も多く執筆されています。

大原さん曰く、銀器の面白さを知るためには、歴史的背景を理解することがとても重要とのこと。ちなみに私、学生時代あれだけ必死に覚えたはずの世界史、すっかり頭のメモリーからデリートされています。

そんな私ですので、古代ローマ・ギリシャの時代から……云々と一から紐解いていくことになると、それはそれは壮大で果てしなく……。ここでお伝えする私自身が気づけばふっと意識が飛んで行きかねないかも(笑)。

そこで今回は、銀器講座でお聞きしたお話から編集部員Aがなるほどね!と感じたものをピックアップしてお届けします。 船こぎ厳禁!

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アンティークの家具や照明、インテリア小物などが並ぶ素敵なジェオグラフィカの店内。

え⁉︎ こんなところにも銀器? in ウィンブルドン

シーズン中、スポーツニュースで錦織くんの活躍も報道されているテニス。2016年のウィンブルドンは勝ち進んでいただけに4回戦途中棄権は残念でした!期間中テレビで夢中になってご覧になっていた方もいたのでは。

毎年イギリスで開催されるこのウィンブルドン大会、重要な場面で銀器が登場しているんです。

それが勝者が栄冠を手にして喜びを噛みしめる表彰式。試合中は結構食い入るように見てるんですが、表彰式って結果がわかっているだけに、おかし食べたり、洗濯物干したりとか…ながら見しちゃうんですよね(笑)。

でも改めて意識を向けてみてみると、男子シングルスで優勝したマレー選手、しっかり優勝トロフィーを抱えてる! 女子シングルス優勝者のセレナ・ウィリアムもどでかい銀のプレートを抱えてる! どちらもずっしり重そうでした。

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1980年代後半〜90年代に活躍したシュテフィ・グラフ。ウィンブルドン女子シングルスの優勝者に手渡される銀器を抱えたワンシーン。顔以上に随分と大きなサイズであることがわかる。

イギリスではスポーツ競技の勝者に銀器を贈る習慣があるのですが、この銀器を勝者に手渡す人に特徴があります。それがイギリス皇室のケント公(現エリザベス女王のいとこにあたり、ジョージ5世の血筋を受け継ぐ皇族)。

皇族から勝者に銀器を下げ渡す、この儀式が重要で、勝者にとっての栄誉の証なんだそうです。誰でもいいってわけではないんですね。

ちなみに女子優勝者が手にしている銀のプレートは「ビーナス・ローズウォーター・ディッシュ(女神がもつバラの香りの皿)」と呼ばれるもの。もともとはヨーロッパ中世の王族が食事中に手を洗うための銀の水盤(ベイスン)で、一方、男子優勝者のカップはワインを入れてかき混ぜるために使用した瓶(クラテール)がモデルになっているようです。

両アイテム共に王の側近が手に持ち給仕する(ユワラーと呼ばれた係の存在が。腕もしくは肩に、手を拭いて頂くためのきれいなナプキンを掛けています)というのが習慣だったことから銀器を下げ渡す役目も位のある人からとのこと。

イギリスのお家芸とも言われるテニスの表彰式にイギリスが昔から受け継ぐ文化が色濃く出ているんですねぇ。

ユワラーは腕もしくは肩に、手を拭いて頂くためのきれいなナプキンを掛けている。

ユワラーは腕もしくは肩に、手を拭いて頂くためのきれいなナプキンを掛けている。

こんなに古くから存在していた⁉︎  古代ギリシアの巫女は銀器の周りでトランス状態に。

先にあげたウィンブルドンの勝者に贈られる銀器のモデル・クラテールは一体いつ頃から存在しているのか?

それは紀元前2500年(少し気が遠くなりますね)古代ギリシャの時代からではないかと言われているそうです。これは歴史上初めて歴史の書をまとめた「歴史の父」、ヘロドトスの記述にこのクラテールが登場していたことからです。

古代ギリシャ時代に、デルフォイという神様から言葉(お告げ)を受けて大きな政治判断を有権者に授けていた巫女がいた。ヘロドトスはそのお告げを受ける儀式、また儀式で使われるクラテールについて細かい記述をしています。儀式で何をしていたかというと、巫女たちは火山地帯の大地の裂け目に三脚の台を設置、そこに銀でできたクラテール(お酒を混ぜる大きな瓶)をおいて山のようにワインを注ぐ。飲んで踊って陶酔する。神経が刺激された状況で神からの言葉を授かったと。(それだけ聞くとなんだがただの酔っ払いの宴のようでもありますが…)

ここから何が言いたいかというと、紀元前2500年も前から神様と人間をつなぐ器としての銀器が存在していたということ。神聖なアイテムとして捉えられていたようです。

「歩くライオン」の刻印をはじめ、イギリスの銀器にはなぜ刻印が存在する?

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以前、こちらの記事で、イギリスでは銀器の純度をきっちりと管理していると言う旨について触れていました。

それを管理するにあたり刻印されているマークがホールマークというものです。銀の純度が92.5%のスターリングシルバーには「歩くライオン」の刻印が施されています。スターリングシルバーを保証するマークが制定されたのがヘンリ8世の1500年代頃。

なぜ設定されたのか、その背景には、国際取引のお金として銀が流通していたことにあったのです。

フランスやスペインなどがイギリスの羊毛を買いに来た際に、買い取る量に合わせて銀を支払った。ところが、この銀の純度が大陸側とイギリス側とでは重さは一緒でもパーセンテージが違った。その事実を知らずして売買を続けるという大失態を犯してしまっていたのです。結果、純度の高いイギリスの銀が国外へ流出、その事実が明るみになって国王が激怒。ようやくこの対策として銀の品位に基準を設ける動きに出たそうです。

ちなみに他大陸側は損をするようなことがなかったのか、そこは有能な両替商が大陸側にいたことで逃れていたようです。両替商は地域によって違う銀のパーセンテージを全て把握して計算する、高い能力を必要とされた有力者。そのため、絵画にも描かれ現在まで残っているんですね。

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スターリングシルバーのカトラリーの裏側。
一番左がスターリングシルバーの証「歩くライオン」のマーク。マークそれぞれからどこで作られ、どこで品質をチェックされたのかなどが読み取れる。ちなみにこの銀器は、歩くライオンマークの右隣から順に、ロンドンのアセイ(金銀検質所)で検査されたこと、1971年にアセイがこの銀器を検査したこと、この銀器が税金納付済みであるということが読み取れるという。一番右端のイニシャルマークはこの銀器が作られた工房の親方のイニシャル。

★大原先生談★

一般に英語で「ホールマーク」という言葉が使われるとき、日本語では「折り紙付」と訳される場合が多々あります。この「ホールマーク」とは、基本的に、銀のホールマークが語源です。歴史的にそれくらい、銀のホールマークは信頼度が高かったという証拠です。国家の発行する銀貨の純度がスターリング基準を大きく下回る状況になった時も、民間のギルド(同業者組合)である金銀職人組合から選ばれたべテラン職人によって構成されるアセイオフィス(金属検査所)は、92.5%の純度であるスターリング基準を守り通したからです。国家の発行する銀貨よりも、ロンドンの金銀職人組合に加盟する金銀匠の工房から送り出される銀器の銀の基準の方が、信用できるという事態が、歴史上、何度かあった。だから、「ホールマーク」=「折り紙つき」となったわけです(このあたりの背景は、大原先生の著書にも記載あり)。

ここで大切なのは、ホールマークという制度が、もともと民間の制度でありながら、公的な信用度を獲得するに至った、という点です。何事もお上が仕切るものこそ「公的」と捉える日本とは、まるで異なる興味深い文化が、こんなところに現れているんです。

なんでイギリスは銀の国と呼ばれる?

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銀器はイギリス以外の国にも存在しています。ではなぜイギリス=銀の国と言われるほどなのか。そこには大きく3つの背景が関係しているよう。

その1、貴族階級制度が今も残っている
銀器は昔から高価なものとして貴族階級でのみ使用され、代々受け継がれてきた文化があり、切っても切り離せない存在だったようです。これはイギリスに限らず欧州でも同じだった。

つまり貴族階級の崩壊=銀器の崩壊と言っても過言ではなく、フランスにおいてはフランス革命をはじめとした一連の革命で銀器は溶かされお金として使用されてしまった。一方イギリスはいろんな時代を乗り越え今もこの貴族階級が残り、骨董銀器の数々も残されているということです。


2、大英帝国時代の富が莫大であった
大英帝国時代は世界中のあらゆる土地から富をかき集め蓄えていた時代。そのため第二次世界大戦前までは世界一の大帝国として君臨していたイギリス。そこから贅を尽くした品々が残されているということです。


3、貴族階級外のミドルクラスが誕生した
産業革命時に富を得るようになったのが、貴族ではなく植民地開発や貿易商を営んでいた実業家たち。彼らはミドルクラスと呼ばれるようになり、蓄えたお金で貴族を真似た生活を始め、銀器においても真似るように。そこからまた新しい銀器のデザインの波が生まれ今に至るまで豊富に銀器を残すこととなったそうです。

1920年ごろにバーミンガムで作られたカップ。こちらは複製で、モデルとなったのは1889年ギリシアのエウロータス河畔の遺跡から発掘された品々の一部。大原先生曰く、英国で19世紀後半からしばらく続いた、古代遺跡発掘への熱狂から生まれたものではないかとのこと。

1920年ごろにバーミンガムで作られたカップ。こちらは複製で、モデルとなったのは1889年ギリシアのエウロータス河畔の遺跡から発掘された品々の一部。大原先生曰く、英国で19世紀後半からしばらく続いた、古代遺跡発掘への熱狂から生まれたものではないかとのこと。

銀器の美しさの背景には様々な時代での出来事、風習があると言うこと。今回はほんの一部となりますがお届けしました。

同じ講座に参加されていた聴講生の方の中には、大原さんの講座を受けるうちに骨董商を目指したいと開眼された方もいらっしゃいました。銀器からその背景、歴史や文化への好奇心が強くなったという方も。私もまたアンティーク市に足を運んでみたくなった次第です。

もっと詳しく知りたい!と言う方にはわかりやすくまとめてくださっている大原さんの書籍をおすすめします。もちろん、まずは講座をというのもアリです!

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教えてくれた方

大原 千晴
骨董銀器専門家。食文化ヒストリアン。料理研究家の母・大原照子氏がイギリスに転居したのを機会に、日本と英国を行き来する生活が始まる。その過程で骨董銀器の魅力に開眼する。1991年「英国骨董おおはら」開業。著書に「食卓のアンティークシルバー」(文化出版局)、「アンティークシルバー物語」(主婦の友社)、「名画の食卓を読み解く」(大修館書店)などがある。http://www.ohara999.com/

カルチャーサロン プティ・セナクル

アンティークに触れ親しみ、学ぶための講座、ワークショップを開催している。アンティーク鑑定士を目指す上級者向けの専門的な長期コースから、アンティークを生活に取り入れて楽しむための初級者向け入門基礎講座(単発クラス)までバリエーション豊富。今回ご登場された大原千晴先生によるクラスも定期的に開催。次回は大原千晴先生のもう一つの肩書き、食文化ヒストリアンとしての特別講座が開催予定です。

★次回大原先生の講座はこちら★
10/2(日)11時〜14時
「美食の街パリの足跡 フランス料理誕生の秘密」
イベントの詳細はこちらよりご確認ください。
http://www.antiqueeducation.com/

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ジェオグラフィカ

東京・目黒通り沿いに店舗を構える、アンティークショップ。地下1階から3階までの広い店内には、目利きのバイヤーが現地から買い付けてきた大型家具、照明、アンティーク小物が幅広く豊富に取り揃えられている。購入したアイテムは、家具修復国家資格を有する店舗スタッフが丁寧にアフターサービス対応してくれる。アンティーク家具に囲まれた店内の雰囲気を楽しみながら食事をすることができるカフェも併設している。不定期でアンティークにまつわるイベントも開催される。

〒153-0065 東京都目黒区中町1-25-20
03-5773-1145
午前11時~午後8時
定休日なし(年末年始は除く)

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