コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、「自分の家に書斎をつくりたい」という人が多いといいます。そこで注目を集めたのが前回ご紹介した「ライティングビューロー」ですが、もうひとつ人気を集めているのが「ライティングデスク」です。ビューローと比べ、少し大きめの机なのですが、歴史や由来を知っていると面白い、ロマン溢れるデスクが多いのです。今回もアンティーク家具専門店「ジェオグラフィカ」の岡田明美さんに教えていただきました!
歴史や由来を知るともっと楽しくなるライティングデスクの世界
自宅に書斎を作ろうと考えたとき、一つの選択肢となるのが「ライティングデスク」。
その名の通り、書き物をするための家具であり、前回ご紹介したライティングビューローよりも機能的でワークスペースが広めな机です。
もちろんライティングデスクと一言で言っても、いろいろな種類が存在します。今では見られない変わったデザインが多く、なかには、映画の中で、一国の宰相が使うような重厚感のあるライティングデスクも存在します。
機能面も、現代のオフィスデスクや勉強机と遜色ありません。
「アンティークのライティングデスクのなかには、入荷するとすぐ売れてしまう人気モデルもあります。すべてのライティングデスクが大きいわけではなく、小ぶりで化粧道具が入るデスクもありますよ。
あまり見慣れないフォルムが多いですが、そのデスクがどのように誕生し、どんな使われ方をしていたかを知ると、すぐ腑に落ちると思います。
例えば、ドクターズデスクというライティングデスクは、一方が座った対面に別の人が座れるようになっています。これは医者が患者と話しやすいようにするためです。そんな風に、ライティングデスクのつくりには必ず理由があるんです」
船の中で使う用に作られたダベンポートデスク
ライティングデスクの中でも、コンパクトかつ機能的で人気が高いのがダベンポートデスク。名前の由来は、このデスクを初めて使った人だそう。
「イギリス海軍のダベンポート大佐の為にキャビネットメーカーのギローズが制作したことから、ダベンポートデスクと呼ばれるようになったんです。
ダベンポート大佐は船の船長をしていたのですが、船の中は船長室といえども狭くて、あまり大きいデスクは持ち込めないんです。
そこでダベンポートさんは特注でこのデスクを作らせて、船に持ち込んだと言われています。ここで執務をしていたのです」
天板がスロープ状になっているのも、揺れる船内で書き物をするとき、紙やノートを安定させるためだったようです。
天板をはね上げると、下が全部収納スペースになっており、そこにペンやノートなどを入れておけます。これだけ大きい収納スペースをとったのには理由がありました。
航海中、船は揺れるので、天板に書類などを出しっぱなしにしておくと落ちてしまい、インク瓶などが割れる恐れもありました。そのため、ものをたくさん収納できるスペースが必要だったのです。
サイドには、ドア付きの引き出しが3段搭載されています。鍵つきのドアがついているのは、揺れて引き出しが出てきてしまうのを防ぐためと他の人には見せられない大事なものを入れておくため。ドアを閉めると収納が見えないようになっているデザインもおしゃれですね。
そら豆のような形がユニークで、使い方も独特なキドニーデスク
ダベンポートデスクのほか、ライティングデスクで人気が高いのがキドニーデスクです。キドニーとは腎臓のこと。腎臓とはそら豆のような形をしていることから、このそら豆状のデスクはキドニーデスクと呼ばれるようになったそう。
「このキドニーデスクは1930年代にイギリスで作られたものです。ウォールナット材という衝撃に強い木材で作られているので見た目よりも頑丈なんです。
キドニーデスクにもいくつか種類があるのですが、このタイプはフリースタンディングといって、部屋の中央に置いて使える用に作られています。壁にデスクをつけるのではなくて、壁や窓を背に座って使う感じですね」
そら豆状のフォルムは、座る部分がへこんでいるため、体を無理なくデスクに近づけられるという利点があります。キドニーデスクはキドニーシェイプとも呼ばれ、同じフォルムのテーブルも数多く存在します。
また、自動車メーカーのBMWは90年以上前からキドニーグリルというそら豆状のデザインを車のフロント部分に採用しています。キドニーデザインの発祥は定かではないですが、ヨーロッパには古くからそら豆状のデザインが好まれる風土があったのかもしれません。
キドニーデスクは部屋の中央に置いても使えるフリースタンディングというデザイン。そのため、裏側にもしっかりと装飾が施されており、美しいビジュアルに仕上がっています。
「裏側が見られてもいいデザインなので、部屋の真ん中で使用する以外に、お店でカウンター代わりに使う人もいますね」
なめらかな曲線美がキドニーデスクの魅力ですが、この曲線に沿って木材を加工するのは非常に難しく、今の職人でも作れる人はごくわずかしかいないのではないかと言われています。
「デスクだけじゃなく、引き出しも同じカーブになっていますよね。昔の職人の技術の素晴らしさがわかる部分だと思います。今のインテリアはコンピューターにデータを入れて機械で削り出していくという作り方が多いですが、こういう曲線の多いものは手彫りでないとできません。細部を修正するぐらいなら今の職人でもできますが、これを1から作る技術は後継者もいないでしょうし、現存するデスクがなくなったら、消えていく技術なんだろうと思います」
ハンドルの装飾も美麗です。
天板にはレザーが貼られています。100年近く使われてきた色味が味わい深いです。
女性に人気が高い猫脚。これも職人が手作業で掘り出したもの。雰囲気の良さだけでなく、技術が詰まったものだと思うと、よりすごさを感じます。
装飾が美しく小ぶりなレディースデスク
コンパクトサイズで、細かい装飾が施されていたり、化粧道具を入れるスペースがあったり、ミラーがついていたりする女性用デスクは、総じてレディースデスクと呼ばれています。実はこれらのデスクに正式な呼び名はなく、インテリア業界で便宜上使われている俗称だそう。
「昔、女主人が家で仕事をしたり、寝室に入れて勉強したり、化粧したりするのに使われていました。ミラーがついているのは化粧用だけでなく、電気がない時代にキャンドルをデスク上で灯すと、炎が反射して明るくなるからという理由もありました。細かい装飾はギャラリーと呼ばれています。このギャラリーが多かったり小さい引き出しが多かったりするのは、レディースデスクの特徴ですね」
レディースデスクは細部まで細かく施された装飾も見どころ。小引き出しやチェアに座って足を入れるニーホールにもこだわりが伺えます。天板はあまり広くはないものの、収納スペースがたっぷりついているので、昔の女性は、仕事だけでなく趣味の時間もこのデスクで楽しんだのかもしれません。
中央の蓋を開けると、手紙や筆記具が入る収納スペースが現れます。インクボトル置きと思われるスクエアなスペースは、今なら小物類を入れておくのにピッタリ。
天板にはレザーが貼られており、書き物をするとき、ペンがガリガリすることもなく快適に使えます。サイドの引き出しの横にも装飾が施されており、つい目がいってしまう美しさ。部屋の中でひときわ存在感を主張するし、用がなくてもデスクに向かいたくなりますね。
ライティングデスクを使う事で歴史の一部になる楽しみ
アンティークデスクの魅力は、長い年月を経て生まれた雰囲気の良さのほかにも、様々なポイントがあります。ひとつは、今では再現できない精緻な技術が使われていたり、細かいパーツにまでこだわりが詰まっていたり、作り手の思いが随所に見受けられること。
さらに、当時どんな人がどのように使っていたのかを想像することで、このデスクがどれだけ愛されいたのかを伺い知れるのも面白いところ。
1つのデスクの中には作り手と使い手の2つの歴史があり、それを読みといていくほどに愛着が湧いていきます。そして、自分もこのデスクの歴史を紡ぐ1人になると思うと、ちょっと誇らしげな気持ちになるのです。そんな奥深きアンティークデスクの世界へ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
ーおわりー
(今回紹介した家具はいずれも一点物につき、既に販売済みの物がございます事ご了承ください。)
ジェオグラフィカ
東京・目黒通り沿いに店舗を構える、アンティークショップ。地下1階から3階までの広い店内には、目利きのバイヤーが現地から買い付けてきた家具、照明、アンティーク小物が幅広く豊富に取り揃えられている。購入したアイテムは店舗スタッフが丁寧にアフターサービスの対応をしてくれる。アンティーク家具に囲まれた店内の雰囲気を楽しみながら食事をすることができるカフェも併設。不定期でアンティークにまつわるイベントも開催される。
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