「アロハシャツは集めるものじゃない」。すべて“着る”ために揃え、その数1000枚に
20世紀前半にハワイで誕生したアロハシャツ。
多くの人がイメージするハイビスカス柄やトロピカル柄以外にも和柄や写真をプリントしたものなどいろいろなデザインがあり、素材もレーヨンからコットンまでさまざま。テレビ、ラジオ、イベントなどで活躍する森野熊八さんは、料理人としてはもちろん、無類のアロハシャツ好きとしても知られる存在だ。
「アロハシャツと聞いてイメージするものは人によって違うでしょうね。僕にとってのアロハシャツは“着る”もの。“集める”ものではありません。気付けば1000枚近く所有していますが、それは着るために揃えていたらたまたま数が増えてしまっただけなんです。僕は自分をアロハシャツコレクターと考えたことは一度もありません」
アロハシャツもヴィンテージものになると数十万円という高値が付くものもある。しかし熊八さんはどれだけそのアロハシャツに価値があろうとも一切興味が沸かないそう。
「だってそんなに高いと普通に着れないでしょう」と笑う。着ることにこだわる熊八さんならではの考えだ。
熊八さんが持つもうひとつのこだわり。それは季節など関係なく1年中アロハシャツで過ごすこと。
「もう15年近く前になると思いますが、冬にテレビでブラザートムさんが長袖のアロハシャツを着ているのを見たんです。それまで僕は半袖のアロハシャツしか知らなかったので『アロハって冬に着てもいいんだ!』と驚きました。それからですね。僕も1年中アロハシャツで過ごすようになったのは」
以来、熊八さんはブラザートムさんのことを(勝手に)アロハシャツの師匠と仰ぎ、コーディネートを参考にさせてもらった。「もちろん全部マネしたらパクリだし、ただのチャラいおじさんになってしまいます。あくまで一部を取り入れさせてもらうという感じですよ」と笑う。
現在ではプライベートはもちろん、テレビやイベントなどで料理をするときも白衣ではなくアロハシャツで出演する機会が増えている。熊八さん=アロハシャツというイメージが定着している何よりの証だ。
さっくりと解説:アロハシャツの歴史
アロハシャツは20世紀前半に誕生した。ただ当時はまだアロハシャツとは呼ばれておらず、ハワイアンシャツの一種だった。アロハシャツという言葉が初めて公に使われたのは1935年。新聞広告にその名が掲載されたのが最初と言われている。
ハワイには日本人の移民も多かったことから、初期には彼らが持ち込んだ着物や浴衣など和装の生地をシャツに仕立てた和風の柄が多かった。そのため現在でも和柄のアロハシャツは定番になっている。
ハワイが観光地として発展したこともあり、戦後の1940年代後半にはハワイのお土産として人気に。アロハシャツはハワイからアメリカ本土、そして世界へと広がっていった。
アロハシャツの素材は主にレーヨンで、その他にコットンやシルクなど。代表的な絵柄のパターンは「オールオーバー」「ボーダー」「ホリゾンタル」「バックパネル」の4種類。ハワイではオフィスやレストランはもちろん、冠婚葬祭でもアロハシャツは「男性の正装」として着用が許される。ただ冠婚葬祭用には選ぶ素材や描かれるモチーフに気を配る必要がある。
ただ袖を通すだけではない。熊八さんがアロハシャツの細部にこだわる理由
“アロハ”という名前からもほとんどの人はアロハシャツ=ハワイと連想するはず。
しかし熊八さんは所有するほとんどのアロハシャツを国産メーカーである東洋エンタープライズが手掛ける“SUN SURF”というブランド、およびその関連ラインで選んでいる。熊八さんも本場のアロハシャツを手にしたいと考えることはないのだろうか。
「僕はアロハシャツが好きなくせに、なぜかハワイには行ったことがなかったんです。あるとき『これだけアロハシャツが好きなのだからハワイに行ってみよう』と思い、愕然としました。カッコいいのが1枚もないんです。かなりの数のお店を回ったのですが。どれも『??』と首をかしげたくなるものばかりで」
熊八さんがハワイで見たアロハシャツは有名な柄を何となく持ってきて仕立てただけのもので、染色も粗い。「せっかくハワイまで来たのだから」と記念に数枚買ったそうだが、結局それは一度も袖を通していない。
オン・オフ問わずアロハシャツを着るようになってから、熊八さんにはこだわり続けていることがある。それは他の人から「だらしない」と思われないようにすること。
カジュアルでゆったりしたアロハシャツは、着方によっては相手に不快な印象を与えかねない。それだけにコーディネートには、ある意味“アロハライフ”を始める前以上に気を遣っているという。
「近所で買い物をするときなどは別ですが、基本的にアロハシャツを着るときは長ズボン。足もともサンダルではなくちゃんとした靴やスニーカーを選ぶようにしています。ドレスコードを意識しているというか、“リゾート感”を出さないように気をつけています」
そして、しわの付いたアロハシャツは絶対に着ないのが熊八さんのスタイル。袖を通す前には必ずアイロンをかけてしわを取る。
イベントなどにアロハシャツで出演する際は現場に行くまでのアロハシャツから衣装のアロハシャツに着替える。なぜなら移動中に座ったときに、シャツにしわがついてしまうから。出張の際は“MYアイロン”と“MYアイロン台”を持参するほどの徹底ぶりだ。
「僕は料理を仕事にしています。料理人にとって清潔感がないのは何もいいことがありませんからね。とくにレーヨン素材のアロハシャツはだらしなく見えやすいので。インナーのTシャツもアロハシャツを着始めたときはいろいろな色のものを選んでいましたが、今はホワイトに決めています」
また、デザインはTPOを考えてチョイス。たとえば年配の方が多い打ち合わせに参加するときは派手な色のものは選ばないようにする。
「体が大きいから、派手なものを着ると周りの人に威圧感を与えてしまうこともあるので(笑)」
通称「メニュー柄」と呼ばれるアロハの元となったフランク・マッキントッシュという画家のイ ラストも持っている
年に数回スーツを着るときに締めるネクタイも、裏地には女性の柄が。「アロハシャツは着なくても、ここでささやかな抵抗をしています(笑)」
お気に入りの数々より厳選してご紹介! 柄(パターン)で見る熊八アロハシャツセレクション。
アロハシャツの柄には大きく分けて4つ「オールオーバー・パターン」、「ボーダー・パターン」、「バックパネル・パターン」、「ホリゾンタル・パターン」がある。
「実はホリゾンタル・パターンはあんまり着ないから持ってないんだけど」という熊八さんだが、それぞれのパターンをお気に入りのアロハシャツとともに解説いただいた。
アロハシャツの定番<総柄(オールオーバー・パターン)>
生地全体に柄が描かれているデザインが総柄。このシャツはネイビーとブラックを混ぜたようなシックな色とハワイらしい極楽鳥花(バード・オブ・パラダイス)の組み合わせが気に入っている。「総柄は同じ生地でもシャツになったときに柄の配置が変わるため1枚ずつ雰囲気が異なります。だからこそ気に入ったものに出会えると嬉しいんですよね」
シンプルさが魅力<ボーダー・パターン>
柄が縦に配置されているものをボーターと呼ぶ。「シンプルで分かりやすいデザインがいいですよね。長袖なので冬に着ることが多いですが、ベースの色が派手なので上着はなるべくシンプルなものにしてチャラチャラした雰囲気にならないよう注意しています」
背中で語る一枚<バックパネル・パターン>
背中一面に大きな柄が描かれているタイプ。「正直言って、バックパネルは前から見てもおもしろくないですよ。でも後ろから見た姿がね、いいんですよ。これはカメハメハ大王。SUN SURFは毎年違うバックパネルをリリースするので手に入れるのが習慣になっています」
意外にも着用率が低い⁉︎ <ホリゾンタル・パターン> 写真提供:SUN SURF
柄の中に水平線(ホライズン)が現れることからこう呼ばれるパターン。「シャツのボトムに柄のボリュームがくることが多いので、裾広がりに見えて僕にはちょっと着こなしが難しいかな(笑)。デザインは好きなんだけどね」。1000枚あるなかでもあまり着用しないパターンがあったとは意外だが、すっきりとした着こなしに気を配る熊八さんならではのコメント。写真はSUN SURF 2016SUMMER COLLECTIONより「COCONUT PALMS & DIAMOND HEAD」
上の4種類以外にも、特徴的な柄があるので熊八さんのコレクションから見せていただいた。
ド派手な赤がお気に入り<和柄(オリエンタルデザイン)>
アロハシャツの歴史をひも解くと、ハワイに移り住んだ日系移民が深く関わっているという。そのため、意外かもしれないが実は和柄もアロハシャツの定番デザイン。「これはかなり初期の頃に手に入れた1枚です。大きな鯛とベースになっているレッドがおめでたいでしょう」
家族史が凝縮された個性派<ピクチャープリント>
文字通り、写真がプリントされているアロハシャツ。「このシャツはブラザートムさんがデザインしたものです。幼少時代のトムさんや家族の写真がプリントされていますが、ベースのピンク色の部分はよく見ると星型になっているんですよね。トムさんだからこそできる遊び。さすがだなと思いました」
ヴィンテージ感漂うアロハ<メニュー柄>
ハワイとアメリカ本土を結ぶ客船で使用されていたレストランのメニューに描かれていた絵を図柄にした、アロハシャツの中でも人気のタイプ。「これを手に入れた時期などは忘れてしまいましたが、打ち合わせに着ていくと相手からビビられる1枚(笑)。完全にプライベート用ですね」
自分の名前がタグに入る。オリジナルアロハを作る機会に恵まれた歓び
2010年に熊八さんはご自身がデザインしたアロハシャツを作る機会に恵まれた。自分の好きな分野でオリジナル製品を作れるというのは夢のような話だったという。
デザインは総柄で、イラストはロコモコやカルアピッグなどハワイならではの料理に。自ら一年中アロハシャツを着ていることもあり、半袖以外に長袖も製作した。
「いわゆる特注品で数枚作るのではなく、自分が考えたものがカタログに載るのですから。本当に嬉しかったですよ。街で僕がデザインしたアロハシャツを着ている人と会ったことはないですが、テレビでブラザートムさんやさまぁ~ずさんが着てくれているのを見たときは鳥肌が立ちました」
アロハシャツを着るようになった頃と比べると体型も変わり、初期に買ったものはサイズが合わなくなり着れなくなっているという。
保管する場所もなくなってきたのでこのまま集め続けてもキリがないと感じることもあるそうだ。「でもやめるきっかけが見つからないんですよ。友人にあげる気にもならないし」と笑う。
熊八さんが抱いているこの悩み。コレクターなら共感できる感覚なのは間違いない。中には同じ理由から自分の愛用品のいくつかを手放し後悔した経験を持つ人もいるはず。
熊八さんは「自分はコレクターではない」と話すが、「集めたものをきちんと使う(着る)」ことを信念にした愛好家であることは間違いなさそう。
料理中も軽妙なトークで場を盛り上げ、明るく爽やかな雰囲気でいろいろな料理を私たちに教えてくださる熊八さん。
料理人ならではの白衣姿も素敵だが、やはり熊八さんにはアロハシャツの雰囲気が似合っている。キリがないと言わず、ぜひこれからもアロハライフをまい進してほしい。
ーおわりー
アロハシャツは柄はもちろん、タグに凝ったものもある。左は熊八さんオリジナルアロハのタグ、右はブラザートムさんオリジナルアロハのタグ
アロハシャツを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
熊八さんがストーリーを手掛けた食育絵本
みなみのしまのカウカウ カイじいさんとおおきなさかな
「もったいない」。食育の活動にも力を注いでいる熊八さんが常々子どもたちに伝えたいと思っていた「食べ物に感謝して美味しく頂く心」。楽しく学んでもらうためにあたためていたアイディアがついに絵本に! 熊八さんも美味しい料理法を教えてくれる「クマクマおじさん」として登場。食育レシピも公開予定!子どもと一緒に楽しみたい一冊です。
ヴィンテージアロハの魅力と歴史を凝縮した一冊
VINTAGE ALOHA BOOK: ビンテージ・アロハのすべて
お目にかかれない貴重なヴィンテージアロハシャツを、一挙紹介/アロハブランドと様々なメーカーとのコラボレーションアイテム特集/デザイン、モチーフ、生地、ボタン、アロハシャツのディテール/レディース・キッズアロハシャツ/アロハシャツの歴史、アート的観点に迫る/アロハブランドハワイ取材/アロハコレクター取材など。
終わりに
わずか数着ですが、私もアロハシャツを持っています。しかしそれを着るのは夏の短い期間だけ。時間にすると10日ほどかもしれません。もちろん着るのはオフタイムです。インタビューにも出てきますが、多くの人はアロハシャツにリゾート的なイメージを抱くと思います。リゾートにあるのは、気候や時間など解放的で自由なイメージ。余暇という限られた時間ならのんびり自由を謳歌しても誰も文句を言いません。しかしそれを日常にまで持ち込むのは並大抵のことではないはずです。自由であり続けるのはとても大変なことなのですから。「アロハシャツを1年中、仕事でも着る」と決めた熊八さん。それはやりたいことをやる“覚悟”だと思います。コレクションの話を伺いに行ったはずなのに、熊八さんの生きざまに頭が下がりました。